第52話 アンバラル第三共和国軍・セクター3

 前触れもなく始まった帝国軍のヌレイ戦線大規模侵攻、意図しない戦線の崩壊によって帝国国境付近、アンバラル第三共和国領の数個のセクターは既に帝国軍によって陥落させられていた。

 陥落したセクターの都市防衛軍はセクター3まで撤退を余儀なくされると、セクター3ではギルゼ・ルラード中将の指揮のもと、北部統合方面軍に再編成された。

 セクター3の頂上付近にある臨時作戦司令室には、ギルゼ・ルラード中将と共和国統合方面軍総括指揮官であるムハド少将の姿があった。

 アンバラルはいくつか派生した中の筆頭軍閥であり共和国本土とは内戦関係にあったが、アンバラル条約機構を元に現在は停戦している。

 ギルゼ中将はシガーを一服すると、柔軟なソファーに腰を下ろす。一方でムハド少将は立ち続けたまま、セクター3地区のビル群を一望できる司令室の窓から景観を眺めていた。


「ふはぁー、前線の状況は?」


 ギルゼ中将がムハド少将に投げかける。


「思ってたよりは酷くないぞ、構築した防衛ラインは以前堅牢だぁ。帝国軍の陸上戦力はその場で足ふみしている、こちらも各地の戦力が整えばセクター奪還も近かろう。結局、帝国の奇襲的な侵攻とはいえ奪われたセクターはたったの二つだぁ。当初ここは地政学的にも防衛ラインを築くのは難しいとも思ったが、如何せん奴らは兵の動かし方が下手らしい。数百年ぶりの大戦争の再来かと肝を冷やしたが、昔と比べればこの程度では唯の紛争だぁ。の出番はないかもなぁ」


 ムハド少将は振り返ると、ギルゼ中将の対面に置かれたソファーに着いて机に置かれていたワインに颯爽と手を出す。


「ふっ、我々と言っても。お前たちの軍が一方的に、だろう?どうせこの戦いは殆どアンバラルが負担する事になる。お前は統合戦条約に従ってここに赴いているに過ぎない、気楽でいいなお前達は」


「ふははっ、随分な言い様じゃないかぁ。立場は違えど元は同じ領土の仲間じゃないかー。こんな時くらい因縁は忘れて、目の前の敵に共に立ち向かう姿勢を目指すのが賢明だと思うがねぇ」


「その言葉をそっくり卿国や機械軍の連中にも言ってやれ」


 その返答にムハド少将はワインを飲みながら鼻で笑う。ギルゼ中将は一息つくと、手元の端末に目をやる。


「しかし帝国軍の狙いが分からんな、報告ではかなりの損害と死傷者を出していると聞いているが......。我々が攻勢に転じない事を良いことにつけあがっておるのか」


「さぁな、あの枢騎士共の事だ。どうせ内部議会で上層部が暴走しているんだろうよ、古いものを大切にしすぎるのがあの国の大きな弱点だぁ。あのままでは自ずと滅びるのも時間の問題よ」


 会話を一通り終えた直後、司令室に一人のアンバラル兵が入ってくる。すると、その兵士はギルゼ中将の方へと駆け寄った。


「中将、失礼いたします」


「なんだね」


「―――はい、それが先程帝国方面からやってきたミリタリア社の輸送機からレフティアと名乗るイニシエーターが中将に面会を求めておりまして......、如何いたしましょうか?追い払いますか?」


「ん、レフティアか。また面倒な話を持ってきたんじゃなかろうな......。まぁよい、私のオフィスに通せ」


「―――了解」


 そう言うと、その兵士は直ちにその場から退出する。


「ということだムハド少将、すまんが私は席を離れるぞ」


「あぁ、ごゆっくり」



 臨時作戦指令室から離れたギルゼ中将は自室のオフィスへと向かった、部屋に入り自分の席に着こうとすると、その席が突然こちらに振り返る。

 ギルゼ中将はそれに驚くが、そこには既にレフティアの姿があり自分の椅子に座り込んでいた。


「レフティアか......、来るのが早いな。会うのは久しぶりだな」


 ギルゼ中将はそう言うと、手前に乱雑に置かれていた簡素な椅子に腰を掛ける。


「えぇ、こうして会うのは久しぶりねギルゼ中将。少し老けたかしら?」


「あぁ、それはもう少し所ではないがね。にしても君はまだそんな露出魔のような恰好を続けておったのかね、いい加減懲りないのか」


「何よ、若き肉体を長く堪能し謳歌するのは私たちの特権じゃない?どうせ将来は老いた時間を若き時の何倍も過ごさなきゃいけないんだから今だけなのよ!!!なのよ!!!」


 レフティアは突如席から勢いよく飛び立つように立って、両手を振り挙げる。


「はぁ、もう良い。それで、こんな所にわざわざ戯言を話す為にやってきた訳じゃなかろうよ。それに帝国方面からミリタリア社の輸送機でやってきたという話じゃないか、今の時期は君たちの活動は確か制限されていたはずだがね?ミリタリア社が私的に君に関わっているのだとしたら、重大なコンプライアンス違反だな」


「そんなことはどうでもいいのよ中将、だってもうじき今の帝国は終わるんだもの」


 レフティアのその言葉に、ギルゼ中将は顔をしかめる。


「どういうことだね、レフティア」


「そのまんまの意味よ」


 レフティアはそう言うと、机にレジスタンスの作戦要綱が取りまとめられた重圧な資料を叩きつける。

 その資料を手に取るためにギルゼ中将は席から立って机に近寄る。そして手に取ると、その作戦名を読み挙げる。


「アンビュランス要塞撃滅作戦......だと。内部に反乱組織が結成されていたのか!?こちらの諜報機関でも実態は掴めていなかったが......、まさか本当にあったとは。大物を釣ってきたなレフティアよ、これを精査するのに時間をくれ」


「ダメよ、分析を待っている時間なんてない」


「何だと?」


「その作戦が実行されるまでもう数日しかない、今ギルゼ中将に問われているのはこの作戦が上手くいくことを信じた上で私の話に乗るかどうかというだけよ」


「無茶を言うな、私の独断でアンバラル軍は動かせんよ」


「無茶は百も承知、けどこの話を逃したらあなた達アンバラル第三共和国が一方的に損害を引き受けたまま終戦を迎えて私の本国に併合の隙を与えることになる。これは威厳を示すチャンスなのよギルゼ中将」


 ギルゼ中将はその場で頭を抱えながら再び席に着く。


「君はどっちの味方なんだレフティア、本国の共和国か?我々アンバラルか?」


「どっちでもないわよ、私は唯の帝国......いやレイシスの敵ってだけ」


「ふむ、そうか......。そういう奴か、それで君の考えを教えてくれるかねレフティア」


「あら、素直に聞いてくれるのね」


「あぁ、旧知の好だ。一通りは聞いてやる」


「そうね、そもそもこの話はあなた達にとっては低リスクハイリターンでしかないわ。だって大概の仕事はレジスタンスの人たちが終わらせてしまうもの、あなた達の仕事は簡単。撃滅作戦施行後、即ち枢騎士団が壊滅してアンビュランスを失った帝都ブリュッケンの政治機能を司る議事堂と中枢組織関連施設の直接制圧。これで今の戦争が損害も少なく早期に終わる、仮にレジスタンスの作戦が上手くいかなかったとしてもあなた達はいつも通りにしてればいいだけだしね?簡単でしょ」


 レフティアは自慢げにその考えを語る。


「聞こえはいいが、都市部の直接占拠だなんてどうすれば可能だっていうんだ?地上ルートからの都市進行なんて論外だぞ」


「ふふ、アンビュランス要塞撃滅作戦要綱にはエイジスシステムと固定レーダーの無効工作まで含まれているの。空の監視網を司っているレーダーが無効化されればはガラ空きよ」


だと......?まさか、空挺部隊を使えというのか?」


「その通り、しかも大規模なやつをね」


「ほう、なかなか面白い。幸いにも退屈そうに控えている余剰戦力はふんだんにある、臨時編成でならギリギリ間に合いそうだな。これはいい......これはいいぞ......、アンバラル独立以来最大の大規模作戦だ!これが上手くいけば帝国や共和国に対しても一定の影響力を我々が保有する事が出来る、素晴らしい。乗ったぞレフティア!」


「話に乗ってくれて助かるわギルゼ中将、共にこの戦いを終わらせるとしましょう」


 レフティアはギルゼ中将に対して右手を差し出すと、ギルゼ中将もそれに応じて握手を交わした。



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