第51話 世界に愛され歪まれる少女

 レイシスの少女、ダクネスとのその日の稽古を終えたレオは地下要塞の自室でゆっくりと身を休めていた。


「俺は、以前とはまるで変わっちまったみたいだ」


 レオはどこか自分が自分でないような感覚に苛まれていた、急激に変革した己の肉体や特異な力に精神的な領域が置き去りになっているようだった。

 特に負の領域であるレイシス側の力はとても精神面に多大なマイナスの影響を及ぼす、中和剤のおかげでレオは精神を安定させているが本来ネガヘラクロリアムを極度に取り込んだレオの精神は極めて不安定のものであるはずだったとドクター・メルセデスは言った。


 そんな思いに耽る一時に、レオの自室に数回のノック音が響き渡る。


「ん?クライネさんかな。またメルセデスの診断書か何かだろ」


 レオは気だるげそうにベットから上体を起こし、そのまま立ち上がると訪問してきた人物に会いに玄関の方へと向かう。

 ドアを開けると、そこにはエクイラの姿があった。


「えっ......?エクイラさん!?」


「御機嫌ようレオ様、少しお時間の方は宜しいでしょうか?」


「えっ、あぁもちろん。どうぞ......」


 レオは固い身動きで中へとエクイラを手招きをする、他に人がいないか辺りを見るもどうやら今回は付き添いのような人物はいないようだった。

 エクイラが部屋に入りきると、そのままレオは丁寧にドアを閉める、中へ通されたエクイラは迷う様子無くレオが寝ていたベッドに上品に座り込む。


「えーと、そう言えば前に話したいことがあるとか言ってましたよね......その件のこと、ですかね......?」


 レオは部屋の中で立ったままエクイラに話を振る。


「えぇ、そうですわ。その前にどうぞこちらの方に」


 エクイラは優しい手振りで自らの横に座るようレオを誘うが、レオはそれに強く動揺する。


「あぁいやそういうのはさすがにマズイっていうか......」


「あら、どうしてですの?」


「いやぁ......、それはまぁ......。そのエクイラさんは有名人ですから......、スキャンダル的なあれやこれはマズいでしょう......」


 レオの言葉に思わずエクイラは上品に手を口に当てて微笑む。


「そんな事を気にしてくださるなんて、レオ様は優しいですね。でもここは見ての通りの閉ざされたような狭き世界です、どうか私の願いを聞き入れてはくださいませんか......?」


 エクイラは上目遣いのような表情でレオを見つめる、それに対してレオは照れた様子で思わずエクイラに背を向けて目線を逸らす。

 すると、レオは参った様子で大人しくエクイラの隣にゆっくりと少しだけ空間を設けながらベッドに座る。


「ありがとうございますレオ様」


 エクイラは隣に座ったレオに朗らかな笑顔を向ける。


「えぇ、まぁこれくらいは......。それで肝心の話って......」


 エクイラは静かに頷くと、エクイラのドレスの様な変わった洋服の懐辺りから何かを取り出す。


「え、これって......」


 レオはエクイラが取り出したソレに対して、息を呑みながらそれを見た。取り出されたソレは帝国軍の標準装備に採用されているAEハンドガンだ。


「少し、見ててください」


 エクイラはそう言うと、そのハンドガンを自らの頭部に向ける。


「えっ、エクイラさん......一体何をして......」


 エクイラはそのままトリガーに指を掛けると、躊躇する様子もなくその引き金をあっさり引いた。

 しかし、その瞬間。エクイラが持っていたそのハンドガンは内部からエネルギーが暴発し、眩い光を辺りに照らしながら破損した。

 その光景を眩い光に阻まれつつも熟視を続けていたレオにすら、何が起こったのかは理解できなかった。


「一体何が......?銃が勝手に......?」


 エクイラは破損した銃を膝元に置くと、儚げな様子で正面に視線を向ける。


「私は、生まれた時からこの方一度も体に傷が出来た事がありませんの。自分でこのように傷つくことすら許されず、勝手に物が自己崩壊を引き起こすのです」


 エクイラは視線を膝元に置かれた破損したハンドガンに向けるとそれを優しく撫でる。


「そんな事が......。で、でもエクイラさん、さすがに今のはこっちが死ぬほど驚くのでマジで勘弁してもらいたいところですね......」


「ふふ、ごめんなさい。私のこの恩寵の使い道、こんなことにしか思いつかないものですから......」


「そんなこと!詳しい事はよくわからんですけど、でも要するに今のところ無敵ってことですよね?とても凄い事なんじゃ......?」


 レオが軽い口調でそういうと、エクイラは俯く。


「いいえ、そうではありませんの。私のこの恩寵は誰の役にも立つことはありません、誰かを守ることも出来なければ、誰かを気づける事も出来ない。本当に唯、私が私でいる為だけの力、純粋に私という存在を守る為の力。どこまでも独り善がりで孤独な恩寵なのです。そしてそんな巡りあわせの中で私が抱いてしまった唯一つの願い。きっとレオ様になら叶えてもらえるかもしれないと思ったのです」



「そのただ一つの願い、というのは......?」


 レオは固唾を飲みながらそれを問うと、エクイラはレオに近づき手を取ると顔を近づけながら答える。


「―――レオ様、私を、殺してください。いつの日か」


 レオはその囁かれた言葉に思わず絶句する、なぜ彼女のような人がそんな思いをしなくてはならないのか。なぜそのような願望を持つようになってしまったのか、巡り巡る思いがレオの中で乱れ打つ。


「なぜ......そのような事を......。仮に俺にそんな力があってもそんな事......」


「私は怖いのです、親しき者たちを置いて、いつしか私一人しかこの世界にいなくなってしまうんじゃないかって。私はこの力が嫌いです、私しか生き残る事が出来ないから、誰も守れず、愛しい人すら我が身で未来に繋げることすら叶わず。そして、更に私の体は老衰がどんどん緩やかになっていっているとドクター・メルセデスに言われました。このまま行けば、やがては本当に不死に成り兼ねない、と。そんな事になってしまったら......私は......」


 エクイラの話にはレオにとって同情する余地はなかった、難解な境遇である事に加えここでその話を否定すべきか肯定するべきなのか。つい最近まで唯の人であったレオにはその答えを導き出すことは出来なかった。


「俺には、なぜ貴方がそこまで自分に絶望してしまってるのか分かりません。エクイラさんのその願いに応えることが、果たして本当にエクイラさんにとって救いになることなのかも。でも貴方がその力で生きてくれたおかげで、俺はこうして貴方の透き通るくらい綺麗な声を聴いて、そして貴方の歌を心待ちにしている人たちがいる。それだけで、そうやって貴方が居るだけで十分なんじゃないかって。俺が拙い言葉で言えるのはこれくらいだけど、俺はエクイラさんの願いの為に殺す方法を探すより、貴方が生きていたいと思えるものを探したい」


 レオがそう言うと、エクイラの膝元に数滴の液体の粒がにポツポツと不規則に置かれた鉄の塊へと降り注がれた。それはレオが初めて見た女性の涙だった。


「まさか、そんな事を言ってくださる方が居るなんて......、ごめんなさい。思わず感極まってしまって......、本当にごめんなさい。はしたない姿をお見せしてしまって」


 エクイラは流れ落ちた涙を裾のポケットから取り出したハンカチで優しく拭き取る。


「い、いえ......」


 レオは、自分の発言をふと思い返すと余りに飾ったような言い回しにある種の羞恥心のようなものを覚えていた。


(うっ、エクイラさんの前だからってさすがにかっこつけすぎてしまった......!恥ずか死ぬ......)


「レオ様、ありがとうございます。その言葉に私の濁った心の中が少し和らいだ気がします。でもそんな事を言われしまっては尚更......」


 エクイラはそう言うと、レオの腕に抱きつくかのように腕を絡める。そして恍惚つした表情で彼女は言う。


「一層、レオ様に殺していただきたくなりましたわ」


(まじかー)


 エクイラはレオから離れてベッドから立ち上がると、近くの机に破損したハンドガンと先ほど涙を吹くのに使ったハンカチを添える。


「これらはレオ様にお預け致します、これからはレジスタンス全体がいよいよ忙しくなりますでしょうから、そんな傍らでもこれで私の事を思い出して頂ければこのエクイラは嬉しいです。いつか私を殺せる方法が見つかった時は、これをお返しに来てくださいね。では私はそろそろこの辺りで失礼いたしますわ」


 レオはエクイラを玄関前まで送り届ける。


「それではまた何れ会う日までご機嫌用、レオ様」


 笑顔でレオにそう言って背を向けると、エクイラはどこかへと帰っていった。去って行くエクイラを見届けるとレオは自室へと戻り机に置かれていた破損したハンドガンとハンカチに目をやる。


「『いつか私を殺せる方法が見つかった時は、これをお返しに来てくださいね』か、そんな日が来ないことを俺は願いますよエクイラさん」


 そして再びレオはベッドに着くと、目を閉じてその日を終えた。



















































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