第23話 独立機動部隊総会議

 ―――同刻。共和国第一セクター中央都市セントラル・イニシエーター協会第二議会館執務室にて。


 共和国軍イニシエーター協会直轄独立機動部隊『レイシア隊』は、拉致された隊員レオ・フレイムスの捜索、及び奪還を目的とした作戦行動要項を上層部に申請。その形式上の承認をただ待つのみとなっていた。


「―――申請してからもう1週間が経つわ、上層部お抱えの事務連中は一体何をモタモタしているのよ!!」


 レフティアは執務室に置かれたソファーに、だらしなく横たわりながらそう言った。


「まぁそう急いても仕方がないだろう、状況が状況だ。帝国軍の侵攻に合わせて各省庁や軍閥との国内における戦備調整やらで膨大な手続きの対応に追われているのだろう。一端の独立部隊の申請書など、未だ目を通してすらいないかもしれない......おっ、この最新型の軽装甲機動車X-A改良型って奴いいな。今まで使って奴は最近の戦闘でも使って損耗が激しかったからなぁ......今度セーフハウスに配備してもらえるか取り合ってみようかな」


 レイシアはそう怒りを露わにするレフティアを静するように、てきとーな地方軍閥向け軍事雑誌を読み漁りながらそう言った。


「......でもレイシア?さすがにこれ以上は私待てないわよ、レオくんの安否。相手の意向はわからないけれど、楽観的に汲み取って推察したとしても、レオくんの生存に期待するのはそろそろ現実的でなくなってきたもの。この間に合わせるかのような帝国軍の侵攻に、あの奇妙なレイシス達の出現......いろいろタイミングが最悪過ぎるのよ......」


 ―――奇妙なレイシス、すなわち先日の『ネクローシス』と名乗っていた連中の事だ。今までに敵対し、この目で見てきたどの下っ端レイシスとも異なる、明らかに異質で強力なネガヘラクロリアムの加護を持ったレイシス達だ。

 ネクローシスの名を冠する通りに生者の面影を見せず、純粋な負の力の集合体のような重厚的なヘラクロリアムをその身に宿していた。

 これは憶測の域を出るものでは無いが、肉体的な質量を持っているのかすら怪しい連中であった。一例として、我々ディスパーダの中には『死傷特殊戦士』と呼ばれる、あえて自らの身体を損傷させ意図的にその部位のヘラクロリアムによる再生活動を阻害し、その分のリソースを別の部位に分配し特定の加護を強めるという行いをする者達がいる。そのようなディスパーダは特に局地戦地域においてよく見られる行為であり、実際に数人の死傷特殊に会った事はあるが、ネクローシスの纏っていたあれらの感じは、それらに近い印象を受ける。

 とはいえ実際にソレイスを交えた身としては、そもそもあれらは我らとは根本的に異なる仕組みで駆動しているかのようにすら思えたのだ。

 例えるなら、そう。まるでゾンビだ。

 肉体はとうに果てているのにも関わらず、生命活動から由来しない干渉で強制的に動かしているかのような、見えない糸で引かれた操り人形のような。そんな違和感だ。

 まぁあくまでフィーリングでそう感じたというだけであって、実際のところ重装甲に覆われたやつらの正体など皆目見当もつかないのだが。


「―――ふむ、そうだな。少将閣下殿にもう一度承認を早めてもらうよう改めて請うてみよう。まぁ私としては最終手段としてこの隊の独立性を利用し、承認を待たずに我々単独で動いてしまっても構わない......と普段ならそう考えるが、今のこの戦時下に置いて連邦議会の意向を無視するような蛮勇を振るうような試みは出来ればしたくはないな。それに私とレフティアに限ってはイニシエーター協会と連邦政府が取り決めた緊急事態条項に従って共和国部隊に暫定的に再編される可能性も大いにある。別の部隊を任される可能性がある以上、この現状では下手に動けまいよ」


「......それもそうね、その場合。レイシア隊は私達抜きで帝国に向かってもらうことになるわけね......。まぁそれは絶対無理よねぇ」


 言わずもがな。これは決してイニシエータの力がなければそんな部隊など敵地ではただの人間なぞ戦力にならない、というような意味ではもちろんない。独立機動部隊が独立機動足りえるのは、イニシエーター協会の強力なバックアップがあってこそであるからだ。例えば、帝国国内への侵入ルートや、それに要する共和国軍特務機体の手配。現地における情報部隊の支援など、これらは全てイニシエーターが所属する独立機動部隊においてはイニシエーター協会の支援がなければ為し得る事ができないものばかりだ。そしてこれらの作戦行動の権限は全てイニシエーターに付与されるものであり、部隊そのものには何ら権限は存在しない。

 むしろ存在してはならないということになっている。共和国軍、とりわけ第一セクターの中央共和国軍はイニシエーターに対して主体的な行動規範を求めており、イニシエーターが独自の指揮系統で部隊運用することを好ましく思っていないからだ。しかし、これに関しては実に用意周到な心掛けでもあると思う。

 これらは彼らなりのイニシエーターに対するリスクヘッジなのだろう、ゆえに作戦概要を承認する協会と、更にその申請を管理、審査する共和国政府側はイニシエーターが同行しない独立機動部隊の作戦行動は基本的に承認しない。つまりは無理な話であるという訳だ。


「......やはり承認を待たず、部隊単独で動いてしまうか?」


 レイシアはそっと雑誌を棚に戻して静かにそう言う。


「うーん、確かにこのまま上層があえてこの案件を先送りにしているのなら、時間の無駄だしね。その閣下といえど連邦議会の意向には楯突けないのでしょうし」


 レフティアはそう言いながら腕を組んで困り顔で天井を見上げると、何かを思い出しかのように腕組みを崩し、寝そべっていたソファーに体を起こして座る。


「......そういえばミルちゃんは今どこにいるのかしら」


「あぁ中尉か、中尉なら今は国防省作戦局で我々を襲撃したアウレンツ大佐の件について追ってもらっている。この後の独立機動部隊総会議にも私に同伴して出席する予定だ、あと数刻もすれば何れここにも来るだろう」


「ふーん......なるほどね」


 レフティアは何やら悪巧みを企む子供のような表情で考え込んでいる。


「よし!ねぇレイシア?ミルちゃんを会議が終わったら少〜し借りたいんだけど〜、どうかな?!」


 レフティアは勢い余ってソファーを立ち上がり、レイシアの両手をぎゅっと掴む。


「ど、どうかなって。一体何がだ、本人が了承するなら別に問題はないとは思うが、特別私に確認することでもないだろう、まぁ一応聞くがそれはどのくらいだ」


 レフティアは言いにくそうに口をすぼめて視線を逸らす。


「そのぉ......、まぁ。半年......?くらいかな?上手くいけばだけど......」


「―――はっ、半年!?」


 レフティアがそれを口にした時、私は思わず頭を抱えた。

 レフティアが何を考えているのかは長年付き添っている身として、ここからは容易に想像することが出来る。


「―――はぁ、レフティア。概ね中尉を帝国内に仕込ませるつもりなのだろうが。それは我らにとっても中尉にとっても危険過ぎる行動だ。ただでさえ戦時下なのだ、想定できる状況は通常とは異なる。それに共和国軍の作戦局が中尉を黙ってそのような事に使わせてはくれまいよ?」


「もちろん、そんなの分かってる。だからレイシアにこうしてお願いしてるの」


 レフティアはその時、普段の陽気な雰囲気とは違う冷気のような威圧を漂わせた。レフティアが私にこのような態度を取るのは珍しい事だ。


「はぁ、あんまり無理頼みできる立場でもないんだがなぁ......」


「うんうん、てことでよろしくねレイシア!さて私もそろそろレオ君救出計画!本格的に行動に移していくわよー!」


「やれやれ......無茶をする気だな。これは」


 こうして上機嫌なご様子でレフティアは、議会館の執務室に私を置いて出て行いくと、その後私はすぐに試案を巡らせる。

 作戦局にミーティア中尉長期不滞在の言い訳か、中尉はたしかに我が独立機動部隊の一員ではあるが、同時に作戦局諜報課にも所属している人材だ。ミーティア中尉に関していろいろと勝手に連れまわすのは私とて実に難しい。


 中尉は元々作戦局の人間ではなかったが、レイシア隊での対外情報戦における仕事ぶりを買われ作戦局にスカウトされた。

 当初中尉は拒否したのだが、部隊内の協議により、こちらは中尉を人材提供する代わりに、作戦局で展開される各方面の軍事作戦ロードマップ等概要を、他の独立機動部隊よりもより詳細な情報で提供して貰えることになっている。

 これにより、共和国軍の主要な軍団の軍事行動を先読みし、今日に至るまで様々な作戦行動を難なく遂行してきたという経緯がある。

 共和国軍とて一枚岩の組織ではない。様々な軍閥が台頭し、多くの紛争、内戦を軍閥同士で現在に至るまで引き越してきた。そのような国内軍事体制の中で正確な情報を手に入れるのは極めて困難であり、身内間ですら情報戦を繰り広げなければならない。特に軍閥に属さない独立機動部隊のような立場にとっては、より中尉のような情報戦に長けた存在は貴重なのだ。そしてそれは防衛省作戦局も同様という訳だ。



 ―――レフティアが議会館から去ってからしばらくが経つと、レイシアの居る執務室に軽く息を切らしたミーティア中尉がやってくる。室内に入ったミーティア中尉は、執務室を見渡し、やがてレイシア少佐を見つけると、彼女の元へと急いで駆け付けた。


「―――はぁ、少佐~お待たせしました~!」


 ミーティア中尉は息を切らしながら、少佐の前に現れた。


「ん、きたか中尉。そろそろ時間だな、では会議室に向かうとしよう」


「はい!少佐!」


 向かう会議室はこの議会館の最上階にあり、この議会館において最も広く、多くの人数を収容できる大会議室だ。

 一部ガラス張りになった天井を囲むように円卓の席が並べられる。ここはよく中央共和国軍に付随するイニシエーター関連部隊や師団長クラスの定例会議に使われる。

 今回開催されるのは独立機動部隊総会議であり、主な議題は戦時下における連邦評議会の要請による独立機動部隊武力行使権の自主凍結、及びそれに伴う部隊の臨時的解体と共和国軍への編成について話合われる予定だ。


 ―――数時間に及んで会議は進行し、やがて大まかな戦時下における独立機動部隊の方向性が、隊長間での書面による合意形成にて決定された。


「んっーーーはぁ。.....ま、おおよそ予想通りの内容だった」


 レイシア少佐はそう背と腕を伸ばしながら言葉を漏らした。


「少佐殿~。今回あまり口を挟まなかったみたいですけど、大丈夫なんですか?」


 ミーティア中尉はそう耳打ちするように言う。


「あぁ......まぁ私がなにを言ったところで覆せることは少なかろう、部隊の再編制は、やむなし。今後我々は独立機動部隊としての性質を失う事となる。バックアップはもう期待できないな」


「バックアップ......?少佐。これから何かレオさんに関しての行動を起こそうとお考えですか?」


 ミーティア中尉はその言葉に引っかかると、つかさず真剣な面持ちでレイシア少佐にそう問う。


「まぁな、正確には私ではなくレフティアが何かをしたがっているようでね。彼女のことだ、なにか妙案があるのだろう。ミーティア中尉、彼女を手伝ってあげてはくれないか?」


 レイシア少佐はミーティア中尉の方へと顔を向け、視線を合わせてそう言った。


「ははぁん、なるほど。そのバックアップを私が請け負うというわけですか......、これは色々と一悶着ありそうですね......」


 ミーティア中尉はそういって眼鏡をくいっと持ち上げる。


「......しかし少佐、どのみち独立機動部隊の武力行使権はいずれ凍結されますよね。どのようにして部隊を運用するおつもりですか?勝手に部隊を動かせばいくら少佐といえど上層部からのお咎めを避けることは難しいのでは......」


 ミーティア中尉は不安げな表情で、席の前の方を向きながらそう言った。


「あぁ、だから部隊を”完全私設化”することにした」


 レイシア少佐のその言葉に、ミーティア中尉は思わず身を固めた。


「えっ......?えっ???それって......たぶん反逆ざ.....」


 レイシア少佐はミーティア中尉の口元を手で優しく抑える。


「まぁ待て、中尉。いまは部隊をのことは気にしなくていい、それは私に任せておけ。中尉はレフティアに協力し、彼女の思惑をサポートしてあげるんだ。やってくるか、中尉」


 レイシア少佐はそういって彼女に儚げな視線を送った。


「えぇ、まぁそれは......、構わないのですが、作戦局がどう反応するか......」


「彼らには対外活動時に収集したアンバラル第三共和国辺りの機密情報でもリークさせて私が黙らせておく、どの道しばらくは私の部隊を全面的には動かせないが、中尉達の必要に応じて、その時までに如何なる手段を用いても何とか部隊を動かせるよう手配をしておく。それまでにレフティアと共に事に当たってくれ、中尉」


「―――了解致しました、少佐......あのぉ、それはいいとして......」


「どうした中尉、やはり何か引っ掛かることでも?」


「いえ......あの。おトイレに行ってもよろしいでしょうか......」


 ミーティア中尉のあまりにも気が抜けた発言に、思わずレイシア少佐は唖然とする。


「......はっ、あっ。いや、そ、そんなことわざわざ私に聞くんじゃない!!勝手にいけばよかろう!」


「す、すみません!実は議会館に来る前からずっと、あの我慢してまして......!タイミングを見計らっていたのですが、少佐が何やら思わせぶりな話をし始めるし......なかなか切り出せず......!」


「分かった!分かったからさっさと済ませて来い!」


 涙目になり始めたミーティア中尉を見て、少佐は席を立ち慌ててそう言い放った。その行動により周囲から一瞬の間視線を集める。


「申し訳ありません!直ちに済ませて参ります!!失礼いたします!!」


 ミーティア中尉はそういうと豪速で会議室から去っていった。その様子を見送ったレイシア少佐は大きなため息をついて再び席につくと、周囲の視線は緩やかに消失する。


「はぁ......、全く。中尉は極めて優秀な人物ではあるが、意外と気が抜けている奴でもある......。だがまぁしかし、おかげで私も思わず気を緩めることが出来た。正直中尉やレフティア達を向こう側に送り出すのには迷いがあったが、中尉は私の話に素直に同調していた。過酷な使命を言い渡しているのに等しいはずなのだがな......彼女の潔さにはどうにも調子を狂わさられる。はぁ......どうにか思考の中にある迷いの突っ張りを跳ね除けられそうだ......。―――早速行動を起こすとしよう」


 レイシア少佐は小声の独り言を終え会議室を去ると、大会議室外廊下沿いの化粧室の前でミーティア中尉の帰還をその場で密かに待つ事とした。
























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