第24話 中尉の決断
―――化粧室から出てきたミーティア中尉を、レイシア少佐は廊下で迎える。
「―――まったく......君というやつは......」
呆れ気味にレイシア少佐は、頭を抱えながらそう言った。
「あっはっはぁー、すみません少佐ぁ......」
すごい量の汗でもかいたのか、ミル中尉は疲労した様子を見せる。よほど切迫した状態だったのだろう。
「はぁ、まぁいい。話の続きをしよう......場所をプライベートハウスに移すぞ」
レイシア少佐は略帽を軽く手直ししながら、そう言って廊下を歩きだす。
「あっ、はい!」
それにミーティア中尉は慌てて彼女の後ろへと続いた。
レイシア少佐等はやがて議会館を出ると、イニシエーター協会管轄区の兵舎エリアへと訪れる。そこには数多の独立機動部隊等が身を寄せるプライベートハウスエリアが存在し、規模に応じたプライベートハウスが割り当てられる。概ね、共和国中央セクターにおける拠点のような場所であり、この場所を通じて協会や共和国軍は独立機動部隊に様々な要請を行い、兵站関係の支援物資も指定がない限りここへと運び込まれる。
レイシア隊に割り当てられている比較的中規模サイズなプライベートハウスに、レイシア少佐とミーティア中尉は帰還すると、リビングには普段通りにだらしなくソファーに横たわるレフティアの姿がそこにあった。
「お、帰ってきた帰ってきた~やっほー!ミルちゃんとレイシアァ~~~」
レフティアはソファーから大きく身を乗り出すようにして手を振りながら二人を迎える。
「なんだ、急に議会館から居なくなったと思えばここに戻っていたのか、どうりでこのハウスから怪訝な粒子の乱れが感じ取れるわけだ」
レイシア少佐はそう言いながら上着のコートを脱ぎ、近くのポールハンガーにそれを掛けると、レフティアの座るソファーから低いテーブルを挟んだ向かい側の席へと腰を掛けた。
「まぁね~、私のワクワク感が伝染しちゃってたか~。まぁちょっと野暮用を済ませてからここに帰ってきたんだけど、多分レイシア達もくると思ったから、先にここで待ってたわよー」
「ワクワク......ですか?」
ミーティア中尉はそう言いながら、リビングに訪れてから特に着崩すこともなく、背筋を伸ばしながら姿勢正しくレイシア少佐の隣へと座った。
「そっ、ワクワク。ワクワク任務だよ~。さてミーティア・ミル・クォーラム中尉。君に重大な任務を言い渡します‼」
レフティアは調子づいたような大きな声をあげながら、人差し指を天井に向けて決めポーズを取りながらそう言い放った。
「はっ、はい!なんでしょうか⁉」
ミーティア中尉はその威勢に思わず気圧され、その場で勢いよく起立してしまう。
「―――これより!帝国領へと潜入し!レオ・フレイムスくんドキドキ救出作戦を実行しま~す!参加メンツは~?私とミルちゃんの二人でーす‼いぇ~い!どんどんどん!ぱふぱふぱふ~!」
レフティアはそう言ってミーティア中尉を置き去りにするような盛り上がりを見せつける。
「りょ、了解です......その命。謹んで拝命致します」
ミーティア中尉は少し言葉を詰まらせながら、レフティアに対して敬礼をする。
「......して、作戦期間は如何程なのでしょうか」
ミーティア中尉は恐る恐るした様子でそうレフティアに問う。
「理想は半年以内、場合によってはそれ以上......かな」
レフティアの代わりにレイシア少佐がそう答える。
「......半年ですか......戦時下において、しかも協会の支援がない中での潜入任務ってわけですね。これは中々骨が折れそうですね......」
私は恐れを包み隠すこともせずに、率直な不安を発露する。
「あら?珍しいわね。諜報任務がお得意のミルちゃんがこの手の任務で嫌そうにするなんて、いえ。嫌というよりも、怯えていると言った方がいいのかしら?」
レフティアは再びソファーへと座り込むと、足を組み直してそうミーティア中尉に鋭い視線でそう指摘する。
「―――えぇ......まぁその、正直に言ってしまいますと。今回の場合って戦時下じゃないですか、そういうのって私初めてですし......。それにレオさんの救出が主な計画なわけですけど、帝国側の思惑を全く把握出来ないまま行くことになると思うので、なんというか。今までに感じたことのない恐怖や懸念のようなものを感じるんです......。協会の助けも受けられないとなると......私......その......すみませんレフティアさん、うまく伝えられそうにありません」
ミーティア中尉は今その身が感知する恐怖にも似た何かを言い表せるような言葉を持ち合わせてはいなかった。
その言葉を聞き、レイシア少佐とレフティアは顔を見合わせる。
「―――中尉。無理強いするつもりはない、私とレフティアは貴官の判断を尊重する......だから―――」
「いえ、そうではありません」
ミーティア中尉はレイシア少佐の言葉を遮った。
「あくまで今の話は指摘に応じて私が率直に感じ取った感情の言語化を試みたまでの事です。ですが、それは私の望みとは異なります、私はレオくんを救いたい。そして、このかつて経験したことのないような任務をやり遂げ、少佐のご期待にお応えしたい。それが私の本懐です。己の体が発する警鐘など、こんなのは私の意思とは反するただの生理的な現象です。任務を拒否する理由足りえません、是非この任務を全うさせていただきたく存じます」
ミーティア中尉はレイシア少佐の方へと全身を向け、力強くそう言い放った。
―――少佐の言葉は、願ってもない言葉のはずだった、今の私は最高に気分が悪い。今にでも辞退したいと心のどこかで本当はそう思っている。なぜなら、明らかにこの状況を取り巻くあらゆる情報は不足しているし、あくまで私の評価された能力というのは、協会や作戦局の強力なバックアップを前提とした立ち回りにおいて、たまたまピースが上手く当てはまってきたというだけの話。
私は1から100の情報を知るのは得意だが、0から1を知ることは不得意な人間なのだ。見せかけだけの能力しかないことを誰よりも自覚している。ゆえに、特に今回のような事前の情報が不足している任務の場合、私は実際不向きな人材なのだ、しかし、それでも―――。
私は少佐から承った強力な使命感をも同時に感じ取っていた。
私は、この任務を遂行できないかもしれない不確かな未来そのものに恐怖している、けれど、任務を受けて失敗する未来よりも。
できたかもしれない可能性を残したまま、任務を放棄することの方が私にとってが遥かに苦渋な行いだ。私は未来に可能性を残さない恐怖には従わない。故に、任務の拒絶など、最初からありえない。
「―――了解した、ではレフティア。こっちの事はしばらく私に任せるといい」
「おっけー隊長!!じゃあミルちゃん!!今から30時間後に出発するわよー!詳しい作戦内容は移動してるときにね!!」
レフティアはウキウキとした様子でソファーから勢いよく再び立ち上がると、その衝撃の余波がレイシア少佐達の体に伝わった。
「......そういえば帝国領に行くのは分かったのですが、移動方法は何でしょう?戦時下だとセクターターミナルは恐らく機能しないでしょうし、どのように手配いたしましょうか」
ミーティア中尉の口からそれを聞いたレフティアは、待ってましたと言わんばかりに彼女向けて指を振る。
「ちっちっち!その必要はな~し、なぜなら既に私が手配したからであります!じゃあここでミルちゃんに問題でーす!どんな時にでも国境渡れちゃう~便利な乗り物ってな~んだ??」
そんな乗り物があるのかとミーティア中尉は軽く考えて見せると、直ぐに彼女はそのようなことが可能なとある組織の存在について思い出す。
「―――いや、まさか......『センチュリオン・ミリタリア』ですか......!」
「わぉ!大あったりー!!!!!!」
「はぁ......なんとも......レフティアさんらしいお考えです......」
ミーティア中尉は呆れ気味にも、感心する様子でそう言った。
センチュリオン・ミリタリア。それは第二級戦術武装を保有することを共和国政府に正式に認可を受けた民間軍事会社であり、他国政府がその働きに免じて国境を越えて活動することを黙認している組織である。主に紛争地帯の救護活動や戦争跡地の遺体捜索など多様な人道的支援を行う企業だ。
「でもレフティアさん......それってちょっとマズすぎるのではないですか?いくらなんでも民間企業を利用するなんて、それにもし、そのことが公にでもなりにしたら部隊の存続所ではないような......」
レフティアは少々顔が引きつるような表情を作るが、すぐに普段の笑顔に戻る。
「だ、大丈夫よぉ!別に表立って協力するってわけじゃないしー、ていうか私たちが乗り込むこと自体知らないしぃー!」
―――まさかとは思ったけど、そのまさか。この人、アポなしで勝手にセンチュリオン・ミリタリアの機体に乗り込むつもりなんだ。
「はぁ、まぁ大体察しはつきます。とりあえず何があっても大抵のことは、レフティアさんが居てくれれば何とかなりそうではあるので心配はいりませんね」
「で、でしょー!!!」
素直に頼られるのが嬉しかったレフティアは、照れくさそうににそう言った。
「......ということでレイシア少佐、我々もしばらくは別行動、ですね」
「あぁ、しばらく苦労をかける。アウレンツ大佐の件は私の方で一旦引き継ぐ、今回の任務に全力で事に当たってほしい。レオ・フレイムスが無事帰還を果たしたのなら、改めて隊の皆でも集めて、迷惑をかけられら腹いせに派手な新人歓迎会で虐めてやるとしよう。それでは諸君。健闘を祈る」
「―――了解!!」
「―――えぇ!もちろん」
こうして、ミーティア中尉とレフティアはレイシア少佐の元を離れ、潜入任務を実施すべく敵国の地へと赴く事となった。
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