第22話 セラフィール『人類史上世界最強のディスパーダ』


「―――ひょっとして……ですけど。最近、枢爵の老人方を騒がせている噂の”特異点”とやらって、貴方のこと……ですよね?」


 彼女はそう厨房の方へ向かって言い放った。

 どう反応するのが正解か分からず、思わず苦い顔をしながらアイザックの方を見てしまった。

 その様は図星であることを彼女に対して明確にさし示してしまう。


 アイザックやクライネと目が合うが、アイザックはその事に対して特に動揺するような様子はなかった。


「―――はて、なにを仰っているのか私目には分かり兼ねますな」


 アイザックはそうとぼけてみせるが、彼女は全てを見通し、全てを知っているかのような不快かつ毅然とした態度を、この場の人間に対して終始変えることは無かった。


「……まぁいいでしょう、私も驚きましたから。まさか偶然入ったお店で帝国中が血眼になって探し出そうとしてる存在と、まさかまさか遭遇するなんて。それでついでに、オールドレイシス、“アイザック・エンゲルト・バッハ”大佐にもお会い出来るとは……あれ、たしか今は失踪中ですよね?しかも懸賞金付きの。あら、私ったら見つけてしまいました。あれあれ、これはどうしましょうね〜」


 彼女はそう挑発的な物言いで言うと、アイザックはそれに応えるように厨房カウンターの板をコンコンとノックする。


「茶番はいい、要件を言いな」


 アイザックはそう冷静に彼女の言動をいなした。


 彼女はどういう訳か俺たちの状況を見通しているようだった。

 あらゆる誤魔化しは彼女の前では意味を成さない、そう言われているかのような威圧感だ。

 それにアイザックの事だ、いきなりこの場で戦闘になる事も十分ありえるだろう。


 ―――レオはそう考え、体を無意識に引き締める。

 その様子を見たクロナは慌てて両手を前の方で振る。


「いやいやいや!!、そんなに警戒しないでくださいよ。私はあなた方の敵ではありませんよ、ほんとうに……まぁ味方という訳でもありませんが」


「―――で、何が目的だ」


 アイザックは更に鋭い口調で彼女に先ほど投げかけた趣旨と同様の言葉で問いかける。


「いやぁまぁ......目的というか。さっきも言ったでしょう、偶然だって。それに本当にあなた方の敵ではない、なにせ私は帝国連中とは心底仲が悪いのですから、仮にあなた方とこの場でこれから敵対したとしても、あなた方に関することで帝国に協力する気はないのですよ」


 彼女は両手をあげ、まるで降参でもしているかのような仕草でそう言い終えると、アイザックは胸ポケットにしまっていたタバコを取り出し、それを一服した後長い溜息を吐いた。。


「ふぅ……、目的がないんだったらよ、なんでわざわざ突っかかってきたんだかねぇ?本当に用が無いだったらよぉ、いちいち関わらずにとっととこの場から去れば良かった話じゃねぇの。俺たちは今ナイーブなんだよ。ちょっかいをだすのはやめてくれんかねぇ~」


 アイザックは普段の調子を取り戻してそう言った。


「まぁ......それもその通りですね。ただ、ちょっと。噂の”特異点”とやらが気になっちゃいまして、あ、いや。卿国関連組織の方では”印”、共和国関係では“座標”でしたか?まぁなんでもいいですが、それにしても随分若い方なんですね。てっきりオールド系列の方かと思ってましたが......とまぁ、そんな感じの興味本位からで、まだ気になることがありましてね......そこの彼。特異点からは、全くヘラクロリアムの残滓を感じられないのですよ。どういう事なんでしょう?このカフェテリア......この施設にはある程度外部からのヘラクロリアム感応を阻害する仕掛けがあるようですが、どうやら今私が目の前で目撃している現象はこの設備とは関係なさそうです。なにせ、この私を前にし、今まで一度としてヘラクロリアムの残存性を隠し遂せた者など存在しないのだから。それがましてやあなた方レイシスのような凶悪なエネルギーを用いるもの達なら猶更......彼のような特異体質の人間を使って、枢騎士評議会は何をしようと言うのでしょう?」


 彼女の言葉の羅列からは真意を汲み取る事は難しく、レオはアイザックの方へ(どうにかしてくれ)という意味を込めた熱い目線を送る。


「......おーいアイザック、ちょっと解説してくれよ」


 レオにそう言われたアイザックは頭をポリポリと掻きながら、厨房から彼女の方へとゆっくりとした歩みで近づく。


「随分高飛車でお喋りなお嬢ちゃんだぜまったく......」


 アイザックが彼女に近づく間でも、興味津々な目付きで彼女はこちらを眺めてくる。その様子からは、彼女の言う通り全く敵意は感じられなかった。


「お、おい。アイザック......丸腰の相手に手を出すのはさすがに......」


「わーってるよ、そんなことは......」


 アイザックは彼女を目前にすると、突然言葉を詰まらせ、冷や汗でもかいてるかのように酷く動揺した様態を突如見せ始める。


「ど、どうしたんだよアイザック!?」


 アイザックは右手で口元を隠し、軽く顔面を床の方へとうつ伏せた。明らかにアイザックが動揺を隠せずにいることに、レオとクライネは絶望感をヒシヒシと一帯に漂わせる。まだ何もされていない、しかしこの中で一番の強者であるはずのアイザックが見せたその姿は、レオとクライネに絶望を与えるには十分過ぎた行動だった。


「――――――あぁ、全く。これは本当に、最悪だな......。戦闘すらさせてくれる暇もないやもなぁ......、まさかとは思ったが、そのまさかか......このようなところでお目にかかれるとはな......」


 アイザックは口元を震えさせながら、そう言った。


「......どういうことなんだ?アイザック」


 レオはそう恐る恐るアイザックに問いかける。


「いいかレオ......今俺たちの目の前に立っているこの存在は......ディスパーダ最上階級......『セラフィール・ディスパーダ』だ......。かつての枠組みでは彼女をオールドやマスタリード、プレデイト級。といったような古来の既存クラスで推し量ることが出来なかったイニシエーター協会は、彼女専用の新たな最上級の枠組みをわざわざ設けさせ、唯一のセラフィール級ディスパーダとして彼女を認定し、最上階級に君臨させ......」


 レオはアイザックのその説明に、首を軽く傾げながら口を挟む。


「えーっと......ようするに?」


「......要するにだ。今、目前に相対してるこの存在は、”人類史上世界最強のディスパーダ”ってことなんだよ。レオ」



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