第21話 1人の考古学者として
―――夕暮れ時。様々な車両や人々が行き交うかつての懐かしい街道を眺めながら、約束の場所へ向かう一人の人物がいた。その彼女にとって、この場所に訪れるのは数年振りの帰郷となる。
「おぉ!ひっさしぶりだなぁー!わが学びの地よ!私はもどってきたぞー!......っていっても、強引にスケージュルを開けて来たわけだし、少しはゆっくりしていきたいけど、そういう訳にもいかないかな」
彼女はそう呟きながら、腕の時計を見る。
―――ここはかつて私が通っていた学び舎。ラス・アルダイナ帝国学院がある街、そして帝国の首都であるブリュッケンだ。ここには随分久しぶりに来ることになる、帝国本土自体は何度も踏み入れているけど、如何せん首都にはアイツ等が多い。
あまりアイツ等に目立ちたくもなかったので、積極的にここへ足を運ぶことは普段からない。アイツ等というのは主に尋問枢騎官の事だ。だが、今日は学院時代にお世話になっていた歴史科の教授と会う約束をしている。それに、アイツ等はお国が戦争状態の今なら首都近郊には殆ど居なくなる。先生とお話をするには絶好の機会であるという訳だ。
「たしか中央公園のセンタークロックタワー......のよく見える街灯の近くのはず......あっみつけた、ディーク教授!」
待ち合わせ場所の街灯に立っていた一人のご老人、見覚えのある風貌に学院時代にもずっと被っていたハンチング帽。間違いなくその人物であった。
「おぉクロナくん、しばらくだねぇ。元気してたかい」
ディーク教授はそう言ってハンチング帽を脱いで上品に一礼する。
「はい教授、おかげさまで」
彼女、クロナも同様に挨拶を返す。
「あぁそうかい、それにしても......」
教授が目を細め、自分の全身を舐めるように見渡すと、何かを納得したかのように満足げな顔を作っていた。
「随分見ないうちに綺麗になったものだねぇ、それに少し背も伸びたかな」
教授のその発言に、露骨にクロナは気持ち悪がる様子を見せる。
「背は......伸びてないですね、後その視線の後から放たれるその発言は少し気持ち悪いですよ教授。もしかして普段からそんなことばっか生徒に言ってるんじゃないでしょうね?」
クロナはしかめっ面で教授を見つめる。
「いやいや、すまない」と教授は帽子を深く被し直すと、うしろに振り返って前に歩き出した。
「もちろん冗談じゃよ、ナイスバディになったものだと関心していただけじゃ」
「ちょっと......」
その発言を残し歩き出した教授に、多少の腹立ちを抱きながらクロナは教授の背を追いかけた。
―――教授と並んでしばらく歩いていると、かつての学院がある近くの街道までやってきていた。見慣れた制服を着た生徒たちが学院から出てくるのを懐かしみながら眺めていると、このまま少し学院の方にも寄りたいとも心の内側で抱く。しかし、そんな時間は当然、今の自分にはないことを自身に言い聞かせ、そろそろ本題を持ち出す事とした。
「さて、教授。私がここに来たのは郷愁に浸る為ではありません。教授に少し見てもらいたいものがあるのですが......ってまぁここらで立ち話ではあれですし、どこかお店でも入りましょうか」
「うむ、そうだな」
すると教授は腕を高く上げ、一つの方向に指を示した。
「なら、この先にあるカフェテリアにでもどうかね。どうやらそこのお店は我が学院生徒達の間でも好評のようでね。最近できたらしくての、僕も少し気になっていたんだ」
「えぇ、お誂え向きですね。ではそこにしましょうか」
そう言って訪れたそのお店の名前は『タロット』。外の看板は控えめに飾られていた。教授と共に店内へ入ると、そこはアンティークを模様したような古い味わいのある帝国風土らしい室内だった。歴史的な物に趣を置くこの国では、実に風情のあったお店であるといえる。少し奥へ行き、教授の腰でも労わる名目で席選びにふかふかのソファーにでもしようとしたが、よく見るとどうやら学院の生徒の先客がいるようなので出入口付近の窓側の席に座ることにした。
「さて、何を頼もうかと思ったけど。結局僕は甘いものは好まないからね、普段飲んでるものとそう変わらないものを頼むことになりそうだよ」
「あら、じゃあなんでわざわざここへ来ようと思ったんですか?」
「あはは、いやぁね。やっぱり雰囲気っていうのは大事なんだと僕は思うんだ、自室で飲む珈琲とこういったお店で飲む珈琲とでは格別なものがあると思ってね」
「ふーん、そういうもんですか」
「......というのは建前でね、本当は若い子に人気のお店にくれば、若い子をたくさん眺められるからいいよねって思うわけだよね」
「はいキモイですねと」
「冗談じゃが」
そんな問答を繰り広げ、席についてしばらくすると一人の店員がメニューを持ってやってきた。
「いらっしゃいませー、ご来店ありがとうございますー、こちらメニューとなっております。ご注文がお決まり次第お声がけください、ではごゆっくりどうぞー」
こなれた風に接客をこなす店員、少し態度が気になるが妙に体つきがよく、腕に傷が多いように思える。よく見れば顔にも数多の極細の傷が見え、明らかにここらの者でないことは容易に推察することができる。戦場上がりの......恐らく元傭兵か、軍人あたり。いや、待って。それよりもっと気掛かることが......。このお店......。
「どうしたねクロナくん」
「あっ、いえ。お店の雰囲気に少し見惚れてしまっていたようです」
「うーむ、気になるかね?あの男のことが」
「......ッ!」
考えていたことを見事に言い当てられてしまい、動揺のあまりに椅子から落ちそうになったが体制を立て直した。この色ボケ教授はすぐに勘違いをするので直ちに訂正しなければならない。
「いえいえいえ!ち、違いますよ!そういうんじゃないですよ!」
「あぁ大丈夫大丈夫、ただこの店が好評なのには、ここの店員に秘密があると僕は思うのさ。あのいかにも戦いから帰ってきたかのような風貌というかね、見事にうちの学生たちの心を射抜いてしまっているようでねぇ」
「......えぇ、まぁ。確かに。このような繁盛した区画では珍しいタイプの男性ですね、ねんていうか。あぁいうアウトローな雰囲気を放つ人ってここらであまり見かけませんし」
あの店員。たしかにこの辺りで平和に慣れ親しみ、ここに住まう者たちからすれば変わり映えした人物に映るのだろう。顔は比較的端正で、体格も筋肉質。あれで異性から人気が出ないとういうのは少々無理があるという程か。
だが、私は知っているのだ。あぁいう顔つきがいい者たちが歩んできたあまりにも過酷で残酷な道のりというものを。
顔つきがいいというのは少々語弊があるか、あの男は常に周りを警戒しているのだ、そして世間をあまり理解していないような。そんな感じ、幼少の時から染みついたものなのであろう。戦いの中を生き抜いてきた者の証明、実に人の目には凛々しく映るのだ。
そして。きっと彼は、この国の外からきたはず。それももっと辺境で、平和とは無縁な原始に住まう、そのような場所から。
「さて、注文はどうするかねぇ。んー、ここはやっぱり若い者受けがいいのかゴージャスなものが多いねぇ。僕は無難なブラックにしよう。クロナくんはどうするかね?ここはひとつ僕のおごりだ、なんでも頼んでくれていいよ」
ディーク教授はそう笑顔で腕を振るうと、クロナは瞳を輝かせる。
「あら、本当ですか?ではお言葉に甘えて、んーそうですねぇ。じゃあこのとびっきりゴージャス盛りなスペシャルトリアーテグランデセットでも頼みましょうかしら」
「おぉ?おぉ。高いとこ突いてくるねぇクロナくん」
しばらくして、お互いに注文したものがテーブルに出ると、いよいよ本題に移るために私は何枚もの写真が挟まったファイルを教授に手渡した。
「ディーク教授、見てもらいたいものはこれです」
「うむ、では拝見させてもらおうかの」
教授は受け取ったファイルを手に取り、一枚ずつそのファイルに挟まれていた写真を確認していく。
「これは......うむ......」
教授は驚きながらも興味深々な様子でファイルを次々とめくっていく。やがて見終えると付けていた眼鏡をはずし、顎に手をやり少し悩む素振りをみせた。
「こんなもの......見たこともないねぇ。クロナくん、これは一体どこで?」
「はい、これらはアルデラン卿国領土南西に位置する場所。ギリア領域付近、ヴァイロン平原にて発見された遺物です。そこに写っている遺物とされるものは、年代測定では凡そ8000年程前のギリア災害の時期と一致するのですが、この世界のかつての救世文明と照らし合わせても該当しうるものは存在しませんでした......やはり、これは未知の文明の遺物と考えてもいいでしょう」
「......周囲の地質調査、遺物の構成元素の分析はどうだった」
「この遺物の構成元素についてですが、我々の知っている物質とはどうやら異なった物のようではあることは分かっています。我々の知るところの鉄物質に近いようですが、どうにもこの遺物には不純物が多すぎるようで、正確には何とも。もしかすると我々の知らない未知の物質が含まれているのかもしれませんが、スキャナーがこの遺物から放たれる特有の磁気によって故障してしまうので、今のところは何も分からないというのが正直な話です」
教授はその後も写真を再びいくつか見続けると、一つの写真を私にも見えるように指で指しながらこちらに差し出してきた。
「この形状はどうだ、何に用いられていたと考える?」
「これは恐らく武器の類......間違いなく武器としての剣のようなものだとは思いますが、我々の知る文明の物とは違い、刃が外側にしか取り付けられていないようですね。刺突や切り裂く事に重点を置いた形状ではあるようですが、柄が長く湾刀です。これ程特徴的で美しい武器があらゆる機関の書物に記録として残っていないのは、むしろ不自然です」
「ほう......」
その後も教授は未知文明の遺物達に夢中になっていた。テーブルに差し出された珈琲が冷めきるほどに。
「もしかしたら教授ならと思いましたが......」
クロナはそう言って飲み者を手に取り、その余りに豪華で膨張した飲み物のクリームで教授の顔を自らの視線から遮った。
「いやぁすまないねぇ、これは全くの未知だ。私の手に余るものだったよ、力になれずにすまないねぇ......」
「......いえいえ、それなら大丈夫です。より未知の遺物に関して興味がそそられます」
教授は手に取っていたファイルをそっと閉じるとくたびれた様子でこちらに差し出し、クロナにファイルを返還した。
「はぁ、すっかり珈琲も冷めてしまったようだね。いやぁ面白いものを見せてくれてどうもありがとうクロナくん」
「ご満足いただけたようで何よりですよ、さて。私もそろそろ時間ですね、このファイルのコピーは後程教授の方に送らせて頂きます。ではこの辺でお開きとしましょうか」
「あぁ、そうだね。感謝するよ、しかしクロナくん。あれだけのモノをよくまぁ一人で平らげたねぇ、飲み物ていうかスイーツだよねこれ」
「えぇ、まぁ。これくらいは別腹ですのよ教授」
―――気づけばすっかり外は暗くなり、店内には私と教授とだけになっていた。席を立ち、お店の出口に構えられたキャッシュレジスターの前まで行く。教授はおごると言っていたが、さすがに悪い気がしたので私がキャッシュカードを出そうとしたところ、教授に手で制止された。
「いや、いいんだよクロナくん。お礼料、にしては安すぎるものだが気にせんでくれ。ここはひとつ、この老人にいい顔をさせておくれや」
「......そうですか、では再々。お言葉に甘えて」
支払いを終えると、教授は先に外に出て扉を開けて待っていてくれた。だが、まだ私は気掛かることがあったため、その扉を潜らなかった。
「教授、すみません。私、もうちょっとゆっくりしようかなって」
そう言われた教授は意外そうな顔をする。
「む?おや、そうかね?クロナくんってそんな食いしん坊キャラだったけね、気づかなくてすまないねぇ......」
「えっえぇ、まぁそんなところです」
クロナは苦笑いをしながらそう答えた。
「まぁ、今回は久しぶりに会えてよかったよクロナくん、ではまたそのうちにね。じゃっ、お先に失礼するよ~」
教授は開けていてくれた扉から手を放し、やがてその扉はひそかに閉まっていく。物静かな店内から教授を見えなくなるまで見送った。
「―――さて」
私は両手をポケットに勢いよく突っ込みながら店内に向けて勢いよく振り向いた。振り向いた先には先ほど注文を承ってくれた男性と、調理室に居る一人の壮年の男性。そしてもう一人のウエイトレスの女性がこちらを険しい眼差しでこちらを見つめながら、ただ佇んでいた。
私がこの店内に訪れた時から抱いていたある違和感が、ここにはあった。それは、この場がヘラクロリアム粒子の感応が極端に阻害されている空間であるということ。そして、その空間のせいで私は彼を誤認していたのだ。
先程のウェイトレスの男、この場に似つかわしくないその男からはヘラクロリアム粒子の残存性を微塵も感じ取れなかったのだ。それは余りにもありえないことだ。
この世の万物には全て、必ず有機体の構成要素として必ずヘラクロリアム粒子のエネルギーが観測する限りの構成要件とされているからだ。つまりこの場にいる彼は、この世の生物ではないか、あるいは何か他のからくりがあるのか。なんにしても彼以外からはこの空間で合っても微量に感応することが出来る。
この空間に、異様な彼の存在。最近の枢爵共の行動と辻褄を合わして考えるのなら、彼は最近巷を騒がせている『特異点』そのものだろうと私は推測した。
この場においてその特異点という大層な名称は、果たしてただのコードなのか。それとも文字通りの存在なのか。それはまだ分からないけれど。だが、明らかに彼を意図的に匿う為の場所なのだろうと、直観的にも私はそう感じるのだ。ここは一つ。カマをかけてみるとしよう。
そして、私は勢いよく振り返った。
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