第20話 目に映る偽りの安寧

 


 ―――レオは表での業務を終えると、定例ミーティングの行われるクライネの居る部屋へ赴いた。そこで現在のレオ達を巡る状況の説明を受ける。これは度々行われていた。この場の外に出る機会の少ない者にとって唯一の情報源だ。


「―――では定例ミーティング始めます。状況を再確認致します。現在、帝国は共和国との開戦から凡そ157時間が経過。戦力差を考えれば数に劣る帝国軍の殆ど、特にここ都市ブリュッケンを中心とした付近の駐屯軍が前線に回される頃合となります、それに伴い指揮系統の上位機関のリソースは前方に回され、後方国内の諜報能力が著しく低下します。具体的に言うならば、貴重な戦力であるレイシス、尋問枢騎官等を駆り出している現状であり、レイシスの諜報感知から逃れやすいのはむしろ相手拠点のど真ん中であるというのが今我々がここでこうしてることへの説明です。事前に開戦する事を知っていた我々はこの隙を活かす為に特殊なコーティングを施した拠点を都市内に数個築きました。その内の一つがここというわけです、ここなら感応に優れた尋問枢騎官に見つかることもなく、あなたを匿うことができるというわけですね。まぁその辺の話はいつも通りですが、外の戦況は以前説明した時と比べてたった数刻で大きな変化を遂げました」


 クライネによってテーブルに広げられた帝国本土付近の戦況地図には、帝国軍拠点の部隊配置や、数多の防衛ライン。推測される戦力規模を示した地図が広げられていた。そして、今後の侵攻計画の予定までが記されていた。


「こんなものまであるんだな」


 レオは関心した素振りでそう言い放つ。


「まぁこれは地図に書かれた私的なメモみたいなものですけど、英雄小隊諜報部から得た確実な情報です、今後もリアルタイムで情勢を把握しつつ我々も対応していくつもりです」


 ―――英雄小隊、たしか先日にも彼女はそのようなことを言っていた。『ヒットマンの英雄小隊』直属のなんたらとか。


「ところでその、英雄小隊というのはなんなんだ?」


 クライネはその発言に面食らったかのような表情をし、瞳孔を開かせレオを見る。


「......え?ご存知ないんですか?あの英雄小隊ですよ?ドラマ化もされて世界的に配信されていたやつです!!!ほら、『愛の小隊』の元ネタになった帝国軍部隊ですよ!」


 クライネは机がバシバシ叩きながらそう言った。


「あっあぁ......悪いがそっち方面の情報には疎くてな、あまりそういうのは見てないんだわ......」


 レオはクライネの熱量に気圧され、目線を彼女から外す。


「まぁ......そうだったのですか。えっと、まぁ。簡単に言うと、英雄小隊というのは過去に暗躍したとされる部隊の由来でそう名付けられ、帝国枢騎士評議会からは独立した部隊でもあり、レイシスの少数精鋭部隊として活躍していた有名な部隊なんですよ!とまぁ名前に小隊ってついてはいるんですけど、全然規模は大隊くらいはありましたね。それで私はその直属の支援オペレーターだったというわけなんです」


 自慢げに語るクライネだが、その語り方に少々の疑問を覚えた。クライネの言い方ではまるで部隊が今では存在してないか、既にオペレーターをやめているかのような言い方だ。


「だった、というのは?その部隊に所属していなければ情報なんて手に入らないだろう」


 クライネはそう言われて、恥ずかしげな態度をとる。


「えぇ、まぁその......表向きには帝国軍最強を謳われた部隊ではあったんですけどぉ......その......お恥ずかしながら......先の開戦時に共和国のイニシエーター部隊に早々と全滅させられてしまったんですよねっ!それにともなって組織は解体の後に再編成されて、私は諜報本部務めになる予定だったんですけど、なんの因果か大佐のもとに配属されちゃってて......。でも英雄小隊諜報部の秘匿回線はまだ機能しているんですよね。それで外部の色の付けられていない生の情報を手に入れられる訳です。国内で流される情報はその情報操作によって、例え軍人であっても歪曲された情報を渡されています。とてもこの戦況的事実を脚色なしで国民や兵士達の耳に届ける事等できませんから......」


 クライネは机に広げられた地図を眺め、指で自軍の配置をなぞりながらそう言った。


「―――なるほど。まぁ見る限りの現状の大体のことは分かったよ。どう考えても今回の戦争、帝国軍の惨敗だ。様々なアンバラル領の軍事的要所に侵攻を繰り返してはいるが、どれもこれも最初だけ。すぐバックアップの共和国軍に奪還され殲滅させられている。とても仕掛けた側の戦果とは思えないな、そもそもなぜ帝国軍はこんな無茶な軍事作戦を展開しているんだ......?それにこの地図上で見る限りの作戦単位上、一見同程度の戦力比に見えるが、帝国軍一個師団と共和国軍一個師団とでは文字通り戦力の桁が違うだろ......あんた達の上層部は正気なのか?」


 レオにそう言われたクライネは、そっと何かを考える素振りで顎に手を当てると、すぐさま元に戻す。


「私たちにもまだ上の思惑などについて詳しいことはあまり分かってません......なぜこのような侵攻作戦を展開し始めたのか、それを扇動する枢爵達はなぜ狂い始めたのか、私達には何も分からない。しかしまぁそれは追々わかることです。とりあえず、今日はもう疲れたでしょう?いったんミーティングは終わりにしましょう。もしまだ気になるようなら大佐にでもまた聞くといいです。今の我々の中でもっとも上層部と近いコネクションを持つ存在ですから」


 そう言ってクライネは天井に向けて腕をグッと伸ばした。









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