第19話 瀟洒なカフェテリア
―――しかし、これはどういうことなのだろうか。
気づけば俺は少し洒落なお店で見かける様なウェイトレススーツを着用し、いわゆるカフエテリア等と言われる珈琲やお茶の類を提供するお店の中で、客からのとある命令を待って立ち竦んでいた。
客の注文を聞き、そのオーダーを持って厨房へ伝える。つい前日まであらゆる国内の紛争地帯に趣き、人を何人と殺してきたと言うのに我ながら呑気なものだ。気づけば共和国独立機動部隊に入り、その後の任務では敵に拐われて、拐われたと思ったら今度はまた拐われた。そして、よくわからないままここに配属されたわけだ。
「―――俺は一体こんなとこでなにしてんだ……」
冷静に思いつめてみると数日のうちに盛大なイベントが起きすぎているのだ。感情の整理が追いつかない。そんなことを思いながらも、今はとにかくやったこともない目の前のサービス業務に務めることにした。気を取り直した途端、さっそく客席の方からオーダーの要請が来る。それに応じてレオは馳せ参じた。
「えー、あー。えっと、お。お待たせしました。注文どうぞ」
「あの、すみませーん。コレとコレ。一つずつくださーい。あっ、氷少なめクリームましましで、あぁあとお水もらえます?」
その若い客人達はメニュー表を指で示しながらオーダーを完了させ、目の前に空のコップを差し出してきた。よほど喉が渇いていたのか、来客時にお出ししたお冷は既に中身が消失していた。
「えーっと、ご注文を承りましたぁ。あぁ、あと、お代わり用のお水はセルフってやつなんで、向こう側でご自分でお取りくださいマセ」
かったるい敬語を気力を保ちながらそう話す。
「はぁ?なにこの店員、そんくらい持ってきてくれたっていいじゃん、ねぇ?」
その少女はそう蔑むような目つきで、こちらを下から上と舐めかかったような視線を流してそう言った。最近の若者というのは、異国の地とはいえ見ないうちに随分とガラが悪くなったものだ。
「そ、そうですよぉー、そんくらい良いじゃないですかー?」
先に悪態をついた少女の向かい側に座っていたもう一人の少女が、上目遣いでこちらを見て重ねてそう言った。少女たちは同じ制服を着ており、恐らく御学友だろう。
年頃の子っていうのはこういう洒落たお店が好みがちで、憧れを抱く物ってのは一応知っている。なぜなら嫌でもよくネットのトレンドになるからだ。だが、映えを気にする余りに人使いが粗いとなっては如何なものだろうと、そんなことは少女だからといって許される行為なのだろうか?そんな扱いを受ける道理はこちら側にはないはずだが、サービス業というのはこういうものなのだろうか。俺が世間知らず過ぎるだけで、これが当たり前のことなのか。その真偽はこの場では分かりかねる。
「ちょっと、お兄さーん?聴いてるぅー?」
「えっ、あぁーすみません。では、いまお持ち致しますね」
普段はこういった社会経験がないのでつい考え込んでしまった。
俺が生まれてこの方、接客どころかまともに社会的に関わった事すらなかったのだ。常識や価値観が多少異なっているのは重々分かっていたつもりだが、ここまで差異があったとは思わなんだ。接客の対応と、まともに生きることの辛さに改めて思い知らされた様だった。結局のところ、自分にないスキルを問われる場所であったり、戦場かそうでないかに限らず辛いという感情そのものは等しく平等なのだと思う。どっちが辛くてどっちが辛くないなんていう主観に頼った話はあまり意味がないのかもしれない。しかしあの子達、なぜかさっきから上目遣でこちらを見ている気がする、冷たく接してくると思えば次はあぁいう視線を送ってくる。一体どういう情緒なのだろうか。
「おいアイザック、オーダーだ」
厨房のキッチン前にその風貌に似つかわしくないアイザックの姿がある。その服装は高級レストランなんかでよく居そうなコック・コートとスカーフを首に巻いており、見た目だけは一流だ。
「おい!料理長ってよべっつってんだろうが。ぶち飛ばすぞ」
「おっと、悪りぃな。こっちの国では冷凍食を解凍するだけの奴を料理長と呼ぶんだったな。以後気をつけますよ、ウィーシェフ?」
アイザックは呆れたような視線を向けながら頭を抱えた。
「もーちょっと二人とも〜、話してないで手を動かしてくださいよぉ。ていうか結局私が下準備して用意してるじゃないですかぁ〜」
厨房からでてきたクライネは先程オーダーした物をアイザックと言い合ってる内に手慣れた仕草で作ってくれていた。
クライネは最初に会った時とは髪型が変わっており、サイドで編んだ三つ編みを後ろで一つにするように髪を纏めていた。
「おお!クライネちゃんさすがだねぇ〜、じゃあこれ運んでってもらえるかな新入りくん」
クライネは用意してくれた二つのドリンクをお盆の上に乗せ、レオの目の前にそれを差し出した。
クライネからお盆を手渡しで受け取り、レオは先程のオーダーをした少女たちの席へとお水と共に運んでいく。
「お待たせしました」
注文の品を少女達の前に速やかに置くと注文の確認をせずにその場を早急に離脱した。なるべくこれ以上なにも言われたくないし、言わせないためだ。
「───あのぉ、ちょっと店員のお兄さーん?あれー?ちょっとー!?」
「あ、行っちゃった……」
「あれ絶対聞こえないフリしてたよね、ちょっと鹹かっただけなのに」
いじけるように目の前に置かれた体に悪そうなクリームマシマシドリンクを手に取り、あの店員に聞こえるように音を立てながら啜ったが、先ほどの店員は少したりともこちらを気にする素振りを見せない。
「あぁーあぁーやっちゃったねぇ」
一緒にお店に来ている目の前の女の子はイザベルタ・マリアンナ。アンナは私と同じ『ラス・アルダイナ帝国学院』の生徒で同級生である。アンナは私を茶化す様にそう言うと、目の前の飲み物を手に取った。
「えぇーいまのダメぇ???」
「ちょっとアプローチが過激すぎるんじゃないかなぁレナちゃん。今のを付き合った私がいうのもアレだけど、どこでそんな特殊プレイみたいな方法覚えて来たわけぇ?」
「ちょっと!特殊プレイって変な言い方しないでよっ!そんな如何わしいものじゃないって!おかしいなぁ……えーとねぇ……」
呆れ混じりにそう言うアンナを前に、私は携帯していた今時女子必須と謳われる人気女性用雑誌を手にとってそれを見せる、そしてこれで先程のアプローチを知ったことを話した。
「ええ!?その最後のコラムのところのやつ間に受けちゃったわけぇ!?そりゃーないよぉーレナちゃーん……」
「えぇ……でもぉアンナ。あれには最近の男性は草食系とかいうから、ヤンキーの如く食らいついていけーってコレに書いてあったんだよぉ?そしたら男性は喜ぶって、それにこれいつもみんなが持ってる奴じゃん!」
アンナは雑誌を手に取り中身をペラペラと眺める。すると「はぁー」というため息を捲るたびに吐き、呆れたような目線をこちらに飛ばしてきた。
「あのねぇレナちゃん、全ての男性がここに書かれてるように単純ってわけじゃないのよー。それにこれって最初に相手を選んでるじゃない、ほら」
アンナの指し示すところを注目すると、そこには『M系男子攻略編』と小さくページの見切りに書かれていた。
「え、えむ系……?ねぇアンナ、これってどういう……」
「意味もわからず読んでたの!?これだからお嬢様は……分からないならいいわよ」
アンナはすぐさま雑誌を閉じて雑誌を私の方返すと、疲れきったかのように飲み物に手をかける。
「ふぅ、いいこと。レナストロ・ヴェローナ、よーくお聞きなさいな」
「どうしたのアンナ、急にフルネームで呼ぶなんて……」
アンナは「シーッ」と私の唇を抑えながらどこから取り出したのかメガネを出すとそれを自らに装着した、普段はかけないのに。
「たしかに並大抵の男ならあのわけのわからんテクでも落とせるかもしれないよ?えぇ、そうとも、というかレナちゃん自体超絶可愛いからそんなのあまり関係ないと思うんだけどね」
「えっー?」
「おっほん、まぁそれは置いといて。私が分析する限りだと、あれは中々厄介よ。てかレナちゃんを前にしてあの冷め切った態度は普通ありえないわ、並大抵の普通の男性ならね。あの男、尋常ではないわね」
「アンナ、さすがにそれは褒めす……ひゃっ!!」
私の言葉を遮る様にアンナは机を軽く叩くと、鋭い目つきで私を見た。
「あのねレナちゃん、今ここでお決まりの『そんなことないよー、レナちゃんはかわいいよー』って言ってあげてもイイんだけどね、そんなことに時間を割いてる暇は、な・い・の!」
「ご、ごめんアンナ。それじゃあ私、これからどうするべきなのかな。印象最悪だと思うし……、でもあの人……やっぱり気になるし……」
俯く私をアンナは肩を叩き、笑顔で言い放った。
「うん、諦めればいいと思うよ」
「アンナぁぁぁぁーーー!!」
先ほどの少女達は帰り、その後何人かの接客を終えると、お店は閉店時間を迎えていた。朝から動きっぱなしだったが、やっと一息つくことができる。更衣室のベンチに座り込み、凝り固まった体を伸ばした。
「はぁ疲れた」
「こんなことで一々弱音を吐くな、これからしばらくはこれが日常なんだからよ」
更衣室に帰ってきていたアイザックはそう言った。
「そうはいってもな、接客なんて初めてなんだよこっちは!いきなりこんなことに付き合わせられる身にもなってくれ」
そう言ってレオはアイザックに支給された私服に着替え終えると、閉店後の定例ミーティングに参加すべくスタッフルームに向かうことにした。
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