第18話 レナトゥス・コード

 ―――都市部の倉庫街から車両で移動し随分離れた。ブリュッケン都市圏からは既に外れている頃だろう。

アイザックがレオを乗せてしばらくが経った頃、静穏の車内が続く中、レオはアイザックにふと言葉を切り出した。


「―――なぁ、差し支えなければ"先生"に是非教えて頂きたいんだが。さっきのあんたの弟子?アルフォールとか呼ばれた奴。あいつの身になにが起きてたんだ?堂々と俺達の前に現れた割には、なんかその。変な力でも使ったのか勝手に自滅していって外野の俺は置いてけぼりな訳だが」


レオのその問いにアイザックはしばらく黙り込むが、道路の夜間街灯が数度アイザックの顔を照らし過ぎた頃。アイザックから冷ややかな空気感と共に言葉が放たれる。


「......アイツは我々が最も禁忌とする心理の深層領域。レナトゥスに足を踏み入れた」


「―――れ、レナトゥス......?」


レオはその聞きなれない発音の単語に対して首を傾げる。


「ま、要するに性格の捻じ曲がった奴しか使えねぇ裏技みてぇーなもののことだな」


レオにそれ以上踏み入れさせまいとするような、簡単な物言いでアイザックは答えた。


「ふーむ、そんなものがあるのか。あんたらも大変だな」


レオの簡素な反応にアイザックは眉をひそめる。


「ほう、聞く割にはあんまり興味がなさそうだな」


アイザックのその言葉にレオは一間おいて口をゆっくり開いた。


「......まぁな。あんたもそんなに深堀して語るつもりもなさそうだし、なによりあんたらは複雑すぎる。いっちまえばめんどーな生き物だ。興味がないというよりは、関わりたくないのかもな」


「ふっ。まぁ間違っちゃあいないその見方は」


アイザックは少し笑ってそう言いながらハンドルを横にきり、郊外の森の方へと車両の進路を変える。


「お前さんの言う通り。俺達『覚醒者』......ディスパーダは複雑でめんどくさい生き物だ。特に我々のような『レイシス』わな。お前も知ってるかもしれねぇが、レイシスっつーのは負の感情を根源として力を顕現させている。故に、生物としては余りに好戦的すぎる種族なんだよ。憎悪や絶望、嫉妬のような強力な感情がそのまま力に直結する。そんな世界だ。だが、そういったものを糧にする種族だからと言って、当人が必ずしもその感情を吐き出し続けることが出来る人間性とは限らないわけだ。お前さんがさっきみたあの光景は、そんなような奴が負の深層領域に無理やり踏み入れた者の末路というわけだ。その領域に踏み入れたものは己に苦痛という名の呪刻印を刻みこみ、その生物的ストレスによって個体としての次の段階への進化を試みる。通常の人間では到底その苦痛ゆえに到達することの出来ない深層領域『レナトゥス・コード』へと至る為の秘儀。と言ったところだ。だがあれでは器量が足りず不完全形態となっていた、あれなら本格的な精神汚染が始まる前に外装が剥がれて元に戻るだけだ」


アイザックはアルフォールの行なったレナトゥス深層領域に関してそう物悲しい様子でそう語った。


「んーまぁ、なるほど?要するに、あのアルフォールとかいう心優しき人物はあんたに勝つために無理して自爆した。そういうわけだな」


「ま、そういう認識で問題ねぇよ」


そう放った言葉を最後に、再び車内に静寂が訪れる。



 森の山の方に入った車両はとある一軒のボロ屋の前に停められた。辺はすっかり暗くなり、ブリュッケンから放たれる都市光の明かりだけが周囲の情報を照らしてくれる。夜の帝国都市は、まさしく景観法によって維持されたアンティークにふさわしい都市全体の造形美を誇る。まるで何千年も前から構造物だけが時を歩のを止めたかのような光景に再びレオは目を奪われる。


「綺麗な都市だ」


「だろ」


「街灯りはこんなにも暖かいのに、よそでは血みどろの戦争をしているなんて何とも歪な感じがするな」


「ハハァ、感想が思想家のそれだな。とりあえず車は捨てて、こっから徒歩でサッサっとクライネちゃんとの合流地点に向かうぞぉー」


「......クライネちゃん?」



 ボロ屋前に車両を乗り捨ててから、山を下り道沿いに出る。ここら一体は森だらけだが小さな住宅街でもあり、交通量もそこそこあるため隠密性は低い。

 道沿いの外れの道路でしばらく立っているとアイザックが「おっ、きたきたぁ」と言うと、一台の変哲もない一般車両が目前に停まった。すると勢いよく運転席のドアが開かれ、そこから一人の女性が飛び出すように現れた。


「―――ちょっとたぁ~いさぁ!!探しましたよぉ!!なんで予定時刻の合流地点にいないんですかぁ!?」


 そうアイザックに対して声を荒げたその人物は、服装はコートとワンピースの服を重ね合わせたような物を着ていた。クールな雰囲気で端正な顔立ちの女性であった。


「ごめんごめん、クライネちゃんの怒ってる顔が見たくてさぁ!ついつい、ね?」


「う~っわ、キモいです大佐」


「いや嘘嘘冗談だって!そんなに怒んないでよクライネちゃん......ちょっと厄介な連中に絡まれちゃったんだよ。仕方ねぇだろぉ~?」


「はぁ、もうそういうのいいんで早くお二人方お乗りください」


 クライネと呼ばれていた人物が乗ってきた車両に、アイザックとレオは乗り込むとクライネは颯爽と車両を出発させた。


「......えっと、彼女は?」


レオは車内の後部座席、隣席するアイザックにそう尋ねた。


「ん?あっ~クライネちゃんはねぇ―――」


「あっ!自分で言うので結構であります大佐!」


アイザックが説明をしようとしたところにクライネは食いつくかのように遮って自身の口から自己紹介を行う。


「私は元『ヒットマンの英雄小隊』直属。帝国中央作戦局第一課所属のオペレーターを努めていました!『クライネ』と申します!以後宜しくお願い致します。レオさん!」


「ど、どうも」


(『ヒットマンの英雄小隊』......聞き覚えがあるな)


レオはクライネとの簡単な挨拶を終えた。


「あのぉ、それで大佐。ここまでに乗って来た車両はどうされたのでしょうか」


「いやぁ、いつもんとこに置いてきたよ」


「えぇぇぇ!?またウチで回収させる気ですかぁ!?護送車の時といい動かせる工作部隊にも限りがあるんですから雑に指定ポイントを使用しないでくださいよ!」


「悪いねぇクライネちゃん。ま、結果オーライということでね」


「はぁ......!」


クライネは大きなため息をあからさまについてみせた。


 クライネとアイザックの会話から察するに、裏でつながった協力関係なのだろう。どうやらクライネは非正規的に実働部隊を動かすことのできる役職に居るらしく、アイザックのむちゃぶりの散々付き合わされてきたようだ。クライネがアイザックとの会話の中でアイザックに関するありとあらゆる愚痴を吐き終わると、レオは本題に切り込む事にした。


「随分仲がよろしいようで何よりだが。まず俺は今後どうあんたらに扱われるのかお聞きしてもよろしいですかねアイザック大佐殿」


「ま、それは追々に話す。いまは別にどうこうするつもりはねぇから安心しなぁレオ」


「はぁ、まぁ少なくとも敵対的な理由で俺を捕まえにきたって感じではなさそうだな。今はあんたらの指示に従うとするよ、なにせ俺は囚われのしがない傭兵なんだからな」


 レオはそう言って眠りにでもつくかのように両手を頭の後ろに回して瞼を閉じた。


「......あぁ、そうしな」


アイザックはそう、怪訝な表情でレオを横目で見流しながらそう言った。


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