第17話 諸刃

 「一体、今……何が起きたんだ?」


 レオの目はその一連の動作を捉えきることができなかった。明らかに無防備であったアイザックに確殺の一撃を加えたはずのアルフォールとセドリックのソレイスは、アイザックの素手で雨粒を振り払うかのようにあっけなく受け流されてしまった。慣性を受け流された二人は、そのまま減衰することなくアイザックの後方に軽く吹き飛ぶ。


「―――ちっ、なんだァ!!いまのはよぉ!」


 己のソレイスを軽くあしらわれた事に腹を立てたのか、セドリックは大声を荒げながら再びアイザックに真正面から切り込もうとする。


「やれやれ、全く。お前は相変わらずだなぁ」


 アイザックに再び向けられ猛攻する切っ先は寸前にしてその動作を急激に停止させ、間合いを詰めながらアイザックの周りを急速周回する。


「ほう、少しは頭を使うようになったかセドリック。えらいぞぉ~」


 アイザックはそう言いながら自身の周囲を駆け回るセドリックに注視し続ける。


(ちっ、一々口調がムカつく奴だぜ。だが、それがアイツのレイシス連中に対する戦略なのは俺も知っている。散々やられたことだ、俺でも分かっている。レイシスはキレやすいからな、俺の動きを単調にしようと考えているんだろうが、さすがにもうその手には乗せられねぇよ!)


 アイザックはセドリックへの注視を一旦やめて動きを見せないアルフォールの方へと一瞬目線をやると、その隙を見たセドリックは突如急速周回を気づかれない位置で静穏にやめる。セドリックが足を止めたその位置はドンピシャでアイザックの背後であり、死角だ。そのまま周回によって得ていた加速エネルギーを切っ先に伝達させ、アイザックの背後に目掛けて常人では到底視認することのきない速度で地に一足ついて刺突を繰り出す。


「......セドリックよぉ、お前はまだ真理に気づいていないのか」


 背後をついていたはずの渾身のセドリックの一撃はアイザックの素手で軽く受け止められその剣を素手で掴まれていた。ただ一つのかすり傷もなく。


「―――クソがっ!いみわかんねぇ......」


 セドリックがそう言った後、アイザックは掴んでいたソレイスを離す。そしてセドリックはアルフォールのいる位置まで瞬時に身を引いた。


「―――相変わらずお強いですね先生、さすがの『オールド』というだけある。無駄に長生きしてるわけじゃないんですね。しかし、先生。バカのセドリックはともかくとして、そうやって僕のことも侮らないで欲しいですねぇ』


「あっ!?!?アルてめ......!」


 アルフォールはセドリックの反応に気にする素振りを見せずそのまま話を続ける。


「先生、かつてあなたは僕に言いました。力の根源を負の感情に頼り、恩恵を得るレイシス。それは何とも愚かで、邪の道であると。レイシスの力など所詮見かけだけの紛い物に過ぎぬと。しかし、僕はあの時より学び、そして理解しました。純粋な力の前に人道や倫理など無意味であることを。先生?だとしたら聖なる倫理は弱気人々や愛する人を救えるのですか?先生、あなたは間違っている。やはり力だけがこの世の真理であり、その拠り所に善悪などない。それを僕が証明しますよ」


 アルフォールの顕現させたソレイスは美しい金銀色の施しを受けた槍状のシンプルなソレイス。その美しさはレイシア少佐のソレイスを初見で見た時と同じほどの衝撃を受ける。あれほど精密で美しいものが人体から生成される歪な現象に、未だレオは慣れる事ができない。

 そして、アルフォールは負の感情を象徴するかのように空中で腕を振ると、その軌跡に沿って可視化された漆黒のベールが現れる。

 やがてそのベールは膨張するとアルフォール自信と槍のソレイスを丸ごと飲み込んだ。


「......はぁ、アルフォールよ。お前はセドリックよりバカだ、その力を使うくらいなら無知である事の方が余程幸せな生き様だ。お前達は不幸な生命体だ、そいつに心を売るなアルフォール、その力は真理ではない」


「お、おい......。アル、その黒いの......それはどういう......?そんなの聞いてないぞ......」


 セドリックは変貌しはじめるアルフォールに対して疑念と恐怖心を抱きながら少し距離を取った。ベールに包み込まれたアルフォールは黒き繭の中でもがき苦しみながら、やがてその殻を破る。


「黙れよ、先生......。真理が何かは自身で決める事だろ......なぁ......はっはっは」


 先ほどの清楚な青年のイメージからかけ離れた言動や獣じみた動作は、その力の狂気を伺うことができた。アルフォールは黒い繭から槍を引きずりだし、正面に突きたて、アルフォールは静かに苦し紛れに言い放つ。


「―――我が道を、切り開いてくれ......」


 その冷徹な呼び声と共に周囲に纏っていた漆黒のベールは一気に空間に離散し、アルフォールの体に対してまるで包帯を誰かの手によって巻かれるかのように糸状に巻きついていく。その包帯状の帯には読解不可能な象形文字列が下半身から上半身にかけて刻まれ、槍のソレイスにもそれが巻きつきはじめる。


 やがて謎の形態変化を遂げたアルフォール。その風貌はまるで病院に入院している重病患者のようだ。しかし、それまで旺盛であったはずのアルフォールはその場から一歩も動かずに居た。というより動けずに居たという方が適切なのだろうか。その力を完璧にコントロールできていないようである事は素人目のレオにもあからさまだった。


「『レナトゥス・コード』か......。アルフォールよ、一体何がおめぇをそこまでさせたんだ。教会の連中は一体何をお前に吹き込んだ......」


 アルフォールのもがき苦しみ変わり果てた姿を見て、アイザックは頭を抱える。


「......いいかアルフォールよ。その術を使うには、余りにもお前は優しすぎるのだ。お前の捨てきれない人情の分だけ、その禁忌の術はお前に代償を払わせる。愚かな弟子よ、道を踏み外したな......。はぁ、なんと不甲斐ないことか」


 アイザックはアルフォールに聞こえてるかも分からない言葉を連ね、その隙間にレオは銃型のソレイスをアルフォール方へと向けながらアイザックに静かに駆け寄った。


「おっ、おい!これどういう状況だよ......。よく分からんがいまのうちに逃げれるんじゃないか?あいつらから」


「ふ~む......」


 レオのその言葉に、悩ましいような太い唸り声をあげながら応えるとアイザックは変貌したアルフォールを見据えながら腕を組んで立ち尽くす。


「―――なぁ……嘘だろアル……なんだよその黒いのはよぉ……なんで何も言ってくれなかったんだ……アル……」


 セドリックは言葉を失っていた、彼にとってアルフォールのしたことは余りにも予想外の出来事であったようだ。


「......お、おいアイザック。マジでどうすんだ?俺にはこの状況があんたらの身内ノリ過ぎてとてもじゃないが飲み込めねぇよ、俺の勘が正しけりゃ今が絶好の逃げ時だと思うんだがねぇ……。弟子が心配で動けねぇってんなら俺一人でこの場を引かせもらうが?」


 レオは冷や汗をかきながらアイザックへそう言って銃のソレイスをアルフォール達へと絶えず向け続ける。何かを永遠と悩み込むアイザックだったが、突如として腕組を外した。


「そうだな、じゃ。逃げっか」


「......いいんだな?同情するわけじゃないが、一応あいつらアンタの元弟子とかなんだろ?見るにかなり苦しそうだが」


 アイザックは答えを詰まらせ。強く握り拳を作り、そして手のひらに跡を残すと踏ん切りがついたように脱力させる。


(オールドでありながら、俺もまだまだ甘い......。)


「はぁ......まぁ、あれはほっといてもまだ大丈夫な段階だ。空撃ちとでも言うべきか、アイツにはあれを使うだけの器量が元来備わっていない......。それ故にあれを発動させた代償をその身をもって償わなければならん。あの尋常ならざるであろう苦しみはその代償だ、しばらくは動けんだろうが、それをもって反省することを師として俺は期待するのみだ」


「あぁ、わかったよ。じゃあずらかるぞアイザック」


 変貌の代償で苦しもがくアルフォールと、それに寄り添うように見守り続けるセドリック。念のためレオは銃口を彼らに最後まで向け続けるが、アイザックが彼らに背を向けてもその者達が追撃してくる様子はなかった。


 そのままアルフォールとセドリックの帰還を待ち続ける空中戦艦を背にして、その影を浴びながらアイザックとレオは倉庫区画を後にした。その後、エターヴの増援はせっせと倉庫区画包囲網を構築していたが、それがアイザックの手によって不毛な労力と化す事は想像に難くない。しかし、されどエターヴは卿国の支援下にある訓練されたテロ組織とされる。訪れた時に乗車した車両に乗り込んで、そのまま数ある包囲線を突っ走って逃走するのはさすがに難しい。


 ―――はずだが、それでもアイザック達は車両に乗り込んでは堂々と。張めぐされた包囲線でエターヴの警告通り丁寧に降車をし、真正面からエターヴをそのまましばき倒していく。はなから彼らに対してエターヴの包囲線など殆ど意味をなさない。そうしてアイザック等はそのままブリュッケン都市郊外へと脱出するのだった。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る