第16話 アルフォール&セドリック


「―――これ、持ってみるか?」


 レオ達は付近の倉庫の中に身を寄せるように侵入すると、アイザックは躊躇なく己のソレイスをレオに手渡す。


「……うぉ…これは、銃……なのか?」


 レオがそう言うと、アイザックは顔を縦に無言で振る。

 そしてレオはその手渡された銃型ソレイスをまじまじと手中で観察した、一般に使うようなプラズマ弾方式やイオンバーストライフルとはまるで異なる類似モデルの思い当たらない線形的で美しく重厚なフォルムをした銃だ。


「……って、おっも!てかオッサン……、あんた覚醒者だったんだな……」


「まぁな、ところで少年。お前はなにができる奴なんだ?」


「……えっ?」


 アイザックに突如としてそう聞かれ、レオは困惑する。


「なにがって、なんだ……?俺は元傭兵だ。さっきも見てただろ、俺は対人戦闘専門の傭兵だよ」


 レオはそう言うとアイザックは首を少々傾げる。


「いや、そうじゃない。おまえの正体はなんだと聞いている」


「えっ、はっ?……おかしなことを言うおっさんだな」


「それはこちらのセリフなのだが」


「いやいや、待ってくれ。話が見えてこなぞ、おっさんは一体何を俺に聞いてるんだ」


 アイザックとレオがそう問答を繰り返していたその瞬間、閉じられていた倉庫の隔壁が突如としてこじ開けられる。


「「この辺りに隠れているはずだ!!!くまなく探せ!!!」」


 先ほど市中でレオ達を追いかけ回していた黒服仮面の連中、エターヴの人員がゾロゾロとこの倉庫内に入り込んでくる。

 それに合わせてレオとアイザックも物陰に身を隠す。


「あーあぁ、もう目星をついてるのか。やっぱ案の定鼻の利く連中と手を組みやがってるな、一度ここで撃退するのがよさそうだなぁ」


 アイザックは敵が侵入してくる傍らでそう言いながら頭をポリポリとかく。


「ど、どうすんだ?追っかけてきてた時より数が多くないか!?」


 レオは敵の手勢をみて身を引き目に身構える。


「......?なにを怖気付いてるんだ?そりゃおめえ。皆殺しだろうがよ」


「いやぁ、即決……」


 (そうだった、彼らと俺のような常人とでは戦闘志向に大きな差異がある。今ここで普段の思考を持ち込むべきではなかった。通常これ程の人数差があれば即座に身を引いているところなのだが......かといってこちら側に覚醒者がいるにしても、これほどの敵をはたして本当に相手取るなんて可能なのか......ましてやおっさんだぞ?)


 レオはアイザックの方へと無理だというアイコンタクトを送る。


「なんだぁ?」


 しかしアイザックはレオの意図を汲み取らない。


「……おっさんはそれでも大丈夫なんだろうが、こちとらアンタらと違って生身なんだよ。無茶言われても困る」


「生身だぁ?まぁいい、とりあえずお前の力を見せてみろ」


「力……って、それはもちろん俺の戦闘技能のことを言ってるんだよな……?」


「なにをすっとぼけてやがる、お前にはあるんだろ。枢爵に目を付けられる程のなにかがよぉ」


 アイザックは穿ったような言い方でそう言う、レオはそれに対してまるで理解が追い付かない様子でいる。


「―――すまないが、あんたが何を言ってるのか少しも理解できない……」


「少年......。その反応は、マジな奴なのか?ったく……」


 アイザックは腕を鳴しながら、レオに渡した銃型のソレイスに指を指した。するとレオの手元の銃型ソレイスは謎の光に包まれながら形態を少し変化させる。


「それで普通に敵を狙って撃て、誰でも使えるように最適化してやった。ある程度の自衛システムも組み込んだ、それを使ってる間ならとりあえず多少の戦いで死ぬことはなかろう。んじゃ、俺はお先に失礼するよっ。敵の注意を引いてやる、その間に俺を援護でもしてなぁ。あと、間違っても俺を狙うなよ」


 そう言うとアイザックは颯爽と敵の包囲陣形にと向かって身を乗り出し、レオをあっという間に置いてけぼりにした。


「あっ、っておい!そんなザックリした仕様説明があるかよ!!」


 アイザックはレオの嘆きに目もくれず、こちらの居所にまだ気づいていない敵集団に対して、ソレイスどころか武器も持たずにアイザックは走り込んでいった。




 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー



「―――隊長、先遣部隊の三個小隊がアイザック大佐とb-22地区第二倉庫にて接敵。現在交戦中、どうやら『印』と行動を供にしているようです」


「―――そうか、付近の包囲網の戦力も全てそちらに回せ。もうすぐで例の『尋問枢騎官』が到着するはずだ。それまで奴の足止めをしろ、時間を稼げ。それさえすれば俺達の仕事は終いだよ」







「ふぁ〜」


 アイザックは軽粒子弾の嵐の中を退屈そうに立ち尽くしていた。


「―――ちっ、ダメだ。まるで銃が効かねぇ!!!」


「―――落ち着けぇい!これは想定通りだ!奴はレイシス、マニュアル通りでいくぞ!包囲陣形をとれ!!!」


 黒服仮面の兵士たちは、アイザックを取り囲み隙を伺っている。


「なんだぁ?もうおしまいかぁ?お前たちじゃ話にならないだろうがよ、早く増援とやらを連れてきなぁ、いるんだろぉ?お前たちはそのための時間稼ぎなんだろうが、心配しなくても逃げたりしねぇよ。久しぶりに暴れてぇからな!」


「―――なにっ!?どこいった!?」


 目の前にいたはずの男をエタ―ヴの手下達は一瞬の内に見失う、包囲していたにも関わらず男を見失った黒服仮面たちは必死に周りを見渡した。


「―――マヌケだなぁ!」


 手下達は一斉にその場で見上げると、上空に男が舞い上がっていた。

 その男のあまりの速さにその場から消えたように見えたが、アイザックはただ真上に飛び上がっただけなのだ。


「―――上だぁ!!撃てぇ!!」


「だぁから効かないっての学習しねぇなぁ......」


 アイザックは瞬時に一人の手下の背後に周り込み、豪腕な手刀でその体を容易く切り裂く。


「―――ひっ、ひぃ……い、無理だぁ!!にげろぉ!!」


 黒服仮面の手下たちは銃を投げ捨てその場から退散しようとするが、両手で銃型ソレイスを構えていたレオ・フレイムスがそれを逃さなかった。


「取り敢えず普通に使ってみるか、っておぉなんだこりゃあ!!目前にサイトが現れやがった、すっっっげぇ......。目視で捉えた敵をそのまま自動でロッキングしてくれてるわけか、便利だなこれ。俺もこういう高度なサイトシステム欲しいな」


 逃げゆく黒服仮面を全員標的に収めたレオは銃型ソレイスのトリガーを引いた。


 ―――すると、放たれた一発の弾丸らしき飛来物は標的の数だけ分散していき、直線上に飛び放っていった。その様は一見ショットガンバレットのようにも見える。


 結果は、百発百中。恐るべき精度で狙った敵は全て地に伏していった。


「すげぇ......オッサンの銃型ソレイスすげーわ......」


 感動の余りに声が漏れ出る。




(俺のソレイスを使わせても、特に変な様子は見受けられない。コイツには一体なにが秘められてるというのだ、枢爵共よ)




 数十人の敵を殺害し、これ以上敵がいないのを確認するとレオはアイザックの元に駆け寄る。


「......で、こっからどうすんだオッサン。今の奴らはまだ先遣隊だろ、これからもっと数が増える」


「まぁ落ち着け少年。まずこの都市一体から敵の追手を振り切って逃げるにはなぁ、先にある面倒な二人の人物をどうにかしないと、どの道逃げ切れないんだよねぇ」


 アイザックはそう言いながら、胸元から葉巻を取り出し倉庫の外へと出ていく。


「......具体的にはどうするんだ?」


「ここで待つんだよぉ。わざわざこっちが赴かなくても、勝手にあちらから出迎えに来てくれる」


 そう言った後、アイザックは咥えた葉巻に火をつけ深く煙を吸った。


「......だ、だが。いくらなんでもこのままじゃや状況は不利になっていく一方だろ!!」


「―――来たねぇ」


 アイザックはレオの言葉に被せるようにそう言い放ったその瞬間、突如周囲を照らしていた陽光が遮られた。

 ここに来た時には快晴だったはずと、レオは陽光を遮った存在を確認すべく空を見上げた。


 陽光を遮り、周囲の闇を生み出したその正体は、アイザックとレオが見上げると同時に直ぐに判明した。

 空に浮遊する巨大な質量をもった人工物体、その正体は旧時代の産物。全長約300mの一隻の帝国軍元主力兵器、【エアー級空中戦艦】だった。


「あれがここでお目にかかれるとは、随分大掛かりだな......」


 レオがそう呟いた後、目を細めると戦艦から落下する小さな人影が二つ見えた。

 その影は次第に大きくなり、やがて人影がはっきり見え始めた頃。それは超速で目の前に落下し、あたり一面の車両や構造物を軽く吹き飛ばしたが、アイザックの背に隠れるように居たレオはその暴風の影響を受けずに済んでいた。




「―――いやぁ、慣れないですねぇこれは相変わらず」


「―――そうだな、これを使うのはもう勘弁だ。久しぶりに玉ひゅんがキツイぜ」


 聞こえてきた声と共に落下した付近の砂埃が晴れると、空中戦艦からの落下物の正体が暴かれ、そこからは二人の人影がその姿を遂に露わにした。


「おぉ、久しいじゃねーかアルフォール、そしてセドリック。よぉ」


「―――あ、アイザック大佐。お久しぶりです、お会いしたかったですよ。セドリックもすごく先生に会いたがってました」


 細身、高身長、蒼眼。金髪の長髪で髪を結んだ凡そイケメンの持ちうる理想像であろう全ての要素を兼ね備えた方のやつをアイザックはアルフォールと呼んだ。


「―――別に会いたがってねーだろうがよ!!アル!!。でも、まぁ。先生とは一度本気で戦ってみたかったんだけどな、なぁ?アイザック先生???」


 もうひとりの粗い口調をした方がセドリック。褐色の肌に青みがかった黒髪の男、印象は悪い男だが見てくれは隣のアルフォールと遜色のないレベルだ。

 どうやらディスパータなる連中は揃いも揃って美男美女の集まりらしい、アイザックとかいうオッサンもよくよく見れば渋い顔をしたロマンスグレーって感じだ。これには何か因果でもあるのだろうかとレオはそう心の中で思う。


「先生だなんてよしてくれやぁ、久しぶりに言われると照れるだろうがよ馬鹿垂れ共」


 アイザックはそう言うとアルフォールは軽く微笑む。


「......んで、先生。そっちの後ろの奴は新しい弟子か何かですかぁ?先生のソレイスなんか持たせて連れ回しちゃって......、先輩弟子の身としては少々複雑な気分ですよ」


「そうだよなぁアル、まずは筋を通して貰わないとなぁ先生?」


 セドリックとアルフォールは同調してアイザックに挑発じみた口調でそう言う。


(先輩弟子だと......?こいつら、元々このおっさんの弟子だったやつらか)


「やれやれ困った弟子達だ、ここは先生の顔の免じて黙って見逃してくれると助かるんだがなぁ、ここは一つ。見て見ぬふりをしてはもらえないかねぇ?」


 アイザックは師弟繋がりの関係を利用して穏便に済ませようとしているのか、隣からその表情を鑑みるに戦意が見受けられなかった。


「それはできねぇ相談だなぁ先生」


 セドリックは一息つく余地もなく即答した。


「アイザック大佐、何も僕たちだって争うために来たんじゃありません。大人しく後ろに居る『印』を引き渡してください、そうすれば僕たちは事を構えずに済みます。先生だって僕たちと本気で殺し合いなどしたくないでしょう」


 アルフォールは、アイザックと同様に穏便に済ませたがっているようだ。しかし、その眼から戦意は消え去っていなかった。返答次第では容赦はしない、といった意志を明確に感じ取れる。


「はぁ、残念だねぇ......少年。下がっていなさい」


 アイザックは今までとはまるで別人のような口調でそう言って前に出る。そのような振る舞いは、まるで一人の立派な教育者のようにも思えた。

 彼らがアイザックと敵対しても尚、彼らがアイザックに対して一定の礼節を弁えているのには納得する風貌だ。


「おっさん......こいつはいいのか?」


 レオはアイザックから渡された銃型ソレイスを見せる。


「んなもんなくても素手であいつらは倒せる、それに。それは念のためお前が持っていた方がいい。あいつらがお前を直接狙ってこないとも限らないからな」


 そう言ってアイザックは袖を丁寧に捲る。


「......わ、分かった。化け共の相手を任せるぞ。おっさん、いや。アイザック......」


「へっ、やっとおっさんお呼ばわりをやめたか。やっぱいざって時頼れる人間ってのは痺れるかねぇ」


「ま、そんなとこだ」


 アイザックはアルフォールとセドリックを前にしてソレイスも持たずに彼らに立ちはだかる。それに対してセドリックは明らかに怪訝そうな表情をする。


「先生には随分舐められたもんだなぁ、そんなことして後悔するぜぇ先生」


「残念です、僕たちは本気なのですよアイザック大佐。例え丸腰だろうと手は抜きません。尋問枢騎官として職務を全うします、お覚悟を」


 セドリックとアルフォールはソレイスを目に見えぬ速さで顕現させると、一秒も経たぬうちにアイザックの懐にに入り込んだ。そして各々のソレイスを一心にアイザックに対して振るう。


 レオは覚醒者による別次元の戦いの光景を、ただ臆病に銃を構えながら彼らを射程に捉えつつも傍観する事しかできなかった。





















  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る