第15話 レジオン帝国『ブリュッケン』

 ―――この倦怠感に伴う吐き気、鎮静剤の影響か。

 レオは体を動かそうとするが、手が思うように動かない。

 朝を迎える時のような瞼の重さ、視界を徐々に確保していくとやがて周囲の状況が把握できるようになってくる。

 薄暗い部屋の中、先に自らの身体の状況を確認すると、その手首は椅子に拘束具で固定されていた。


「―――やぁ少年、体の方は大丈夫そうかねぇ」


 その渋い声のする主の方へと凝った首で重々しく向くと、想像通りの葉巻を吸う中年真っ只中の風貌の男が少し距離を置いて目の前に座っていた。

 その男をよく見ると、羽織っている軍服仕立てのようなコートには様々な勲章の様な物がわんさか飾られていて、そこそこ上位の将官であることが直感的に分かる。

 さらにその男の背後には見覚えのある装甲服を着込んだ二人の兵士が立っていた。とある軍旗を肩部に刻まれたその装甲服は、紛れもなく先のセクターでの戦闘でレイシア隊と弾丸を交わした敵のシルエットそのもの。


 帝国軍兵だ。


「......へっ、俺を捕まえた割には随分好待遇なんだな。それにここ、居心地がよすぎて実家に帰って来たのかと思ったよ」


 レオは呑気そうにそう言うと、目の前の男は特に反応することなく一服する。

 そして背後の兵士が持っていた灰皿に葉巻を擦り付け、まじまじとレオを見つめた。


「先に誤解を解いておくが、別に君をこれから拷問に掛ける気もなければ、殺す気もこっちにはない」


「そうかよ、で。何が目的だ?なんだって俺を攫う必要があったんだ?だれかと勘違いしてんじゃねぇーのか。おれは傭兵上がりのぺーぺーなんだぞ」


 レオはそういうと、その男は深い呼吸を行った。


「それは......、ちょうど我々も知りたいと思っていたところだ」


 男はレオの目を見ながらそう言った。


「......はぁ?」


 レオはその男の意図が読めずに困惑していると、その男の背後の扉から突然ノックもなしに三人目の帝国軍兵士がずけずけと入りこんでくる、気が知れてる間柄なのか目の前の上官と思わしき男はそれに特に気にするそぶりもない。


「―――大佐、憲兵隊がここを嗅ぎつけました。すぐこちらに向かってきています」 


 やや周りに聞こえる程度の声量で、その男に耳打ちをした。


「ふむ。やれやれだぁ、護送車の偽装がもうバレたのかよ。勘の鋭いやつらにある程度見張らされてたかねぇー」


 その男は頭を抱えながらそう言う。


「何が何だか分からないが......、どうにもあんた等からは敵意を感じられない。それにその憲兵隊とやら。俺にワザと聞こえるように言ったのかどうか知らんが、それに取っ捕まるのは、あんたらに捕まってる以上に悪い事になる気がするな、どうせ俺に出来る事は何もない。俺を帰す気があるなら素直に協力するが?」


 レオはそう言うと、目の前の男は目を緩やかに見開く。


「おや、話が早くて助かるよ。だがまずはこっから移動しないとなぁ。君の為にもねぇ」


 その男が立ち上がると背後の兵士二人はレオの方に寄ってくる。

 レオの手首の手錠にそれぞれの兵士が手を掛け丁寧にそれが外されると、レオからは速やかに離れていく。そしてレオは手首を労りながら立ち上がった。


「裏に車両を用意してある、それでここからとんずらする。付いてこい少年」


 言われるがままにこの部屋を出て、寂れた廊下をその男の背を追ってしばらく歩く。

 すると広けた空間に差し込んで来た陽光を浴びると共に出た、そこには多数の船舶の機材や備品が散在しておかれている様子が見られる。ここは民間の造船施設の様だ、先ほどの部屋はその施設の一室に過ぎなかった。

 この空間を過ぎていき、やがて施設の外へと出た。

 そこで最初にレオの目に映りこんだ光景は、まさに絶景の街並みであった。


 思わずこの光景にレオは息を呑んでしまった。


 ―――レジオン帝国首都『ブリュッケン』。長い年月をかけて形成された伝統と風格と調和のある街並みがこの都市の各地に残されていた。共和国が良好な景観や環境を求めるよりも経済性が優先されているのに対し、レジオン帝国は古来より伝わる古き良き伝統を受け継いだ古風な街並み。帝国は景観法が施行されてから何百年と経つものの、この街並みの調和は巨大な芸術品放つ威光そのものだ。強固な近代建築と古風建築のハイブリットが生み出す活気は、共和国の持つ発展した経済活動による利便性だけを追求されたそれとは違う方向性のものが宿っていた。


 大都市でありながら街と共に人があるように。


 レオは目の前の巨大湖の向こう側に広がる古風な街並みに気を取られ、足が立ち止まっていた。

 先程まで目の前に居た男は少し離れたところで車両に手を掛け、もう既に乗り込もうとしている。


「―――大佐......、憲兵隊はもう武力行使は辞さない様子です。お気をつけて」


「あぁ。後は頼んだぞ」


 その男と兵士がそのように簡単に会話を終えると、男は一瞬レオを探すようなそぶりをして、後ろの方で立ち止まっていたレオの方へと振り向く。


「うぉーい!なにそこでボーッとしてやがる。さっさと乗っておくれや」


 その男の呼ぶ声に気づいたレオは、車両の方に近寄りそのまま乗り込んだ。

 後部座席にレオが乗り込んだことを確認したその男は、そのまま車両にエンジンをかけるとハンドルに手をやり走らせた。


 しばらくして窓を見つめるレオの顔を男はバックミラーで確認すると、口を開いた。


「少年よ、ここの街並みにでも見惚れたかねぇ?」


 その男にそう言われたレオは、男の方に目をやると素直に首を縦に振る。


「あぁ......。その、確認だが......ここは帝国......なんだよな?」


「......そうだ、ここは首都の『ブリュッケン』。ようこそ少年、帝国へ」


 その男はそう言うと車両の速度を上げる。

 勢いよく加速した事によってレオは背中をシートに軽く打つ。


「もうちょっとお気遣いのできる運転をしてくれると助かるよ」


「すまないねぇ少年、今は呑気に観光してる場合じゃないもんでねぇ」


 そう言うその男はバックミラーを見ている、それにつられてレオも後部窓の方を振り返ると、荷台の付いた軍用車両の様な車両が後方から三台迫ってきていた。

 しかしその搭乗者の風貌は明らかに帝国兵のそれではなく、黒いスーツに謎の仮面を着ている人物達だった。


「あの挙動はどう見ても追っかけれてるって感じか?あれが憲兵隊?どうみても素行の悪そうな連中だが......」


「あぁその通り、やつらは憲兵隊ではない。だが我々を襲撃しようとしている。少年、その座席の下に武器が格納されてる、そいつを使って撃退してくれや」


「マジかよ、まぁ撃ち合いは望むどころだが」


 レオは座ってた席から一旦退き座席のカバーを取り外す。するとその中には数丁の帝国軍正式採用の銃火器やそのマガジンが複数収納されていた。


「これか。だがいいのか?おっさん、あいつら撃っちゃって。一応味方なんじゃねぇのか?」


 レオはそう言いながら銃器を組み立て、マガジンを付ける。


「もう味方じゃない、それに奴らは手先のマフィアだ。直接関与したくない諜報部連長が良く使う手口だ。多少殺したところで問題はない。あぁそれと、俺はおっさんじゃなくてアイザック、アイザック・エンゲルト・バッハ大佐だ。覚えとけぇ少年」


「わったぁよおっさん」


「ちっ、クソガキが」


 アイザックがそう言うが、レオはそんなこと気にも止めずにライフルを構える。


「やれやれ、こんな映画の素人の真似事みたいなことしたくなかったが......窓、開けるぞ」


 窓を限界まで引き下げ、レオは窓の外に上半身を乗り出す。ライフルに取り付けた等倍サイトを覗き込み、ひどい揺れの中で追っ手の車両の運転席に狙いを定める。


「当たるか......なっ」


 あの車両の窓は防弾機能を施しているのだろうかと疑問を残したままレオは引き金を引く。放たれた一発のプラズマ弾は狙いを定めた弾道をなぞりそのまま窓ガラスを分解させ運転席に命中する。

 運転手を射抜かれた先頭に横転した。それに続いていた二台の車両は、横転する車両に巻き込まれることなくそれを避けてこちらを追ってくる。


「おぉ、当たった。おいおっさん、取り敢えず一台は始末したぞ」


 レオは等倍サイトを覗き込んだままアイザックにそう言う。


「ほう?なかなかいい腕前だな。さぞここに来る前までは優秀な部隊に所属してたのだろうな少年」


「まぁ......そうだな。優秀な部隊に数日だけ居たな」


 そう言うとレオは次の車両に狙いを定める。しかし車両は工場地帯を抜け市街地の方へとそろそろ差し掛かろうとしていた。


「市街地にはいるぞぉ、間違っても民間人にあてんなよ」


「マジかよ、さすがに自信ねぇな」


 レオはそう言うと一旦車両の中に引き戻る。


 しかし、追っ手の車両から身を乗り出した黒服達がこちらに目掛けて軽粒子マシンガンを乱射し始める、その弾道が車体を擦り、道中の一般人に被弾する。


「おいおいマジかよあいつら!!街中だってのに!!」


「あの黒服仮面の薄気味悪い奴らはあの『エターブ』だ、目的の為なら何でもやる。取り敢えず人気のない方へいくが、お前ならパパっとさっきみたいに撃ち抜けるんじゃねぇのか」


「馬鹿言え、さっきのは緩やかに動く的を丁寧に当てただけだ。こんなに動き回られて正確に撃てるわけもねぇ、やろうと思えばこっちも乱射だ。だがおっさん達が命を賭して守って来た国民に弾が当たらない保証はねぇ、良いのならやるが?お前達にとって人々の命がその程度の価値しかないならな」


 レオはそう言うと、アイザックは目を細める。


「ほう、なかなか言うな少年。んじゃ運悪く弾があたらんよー祈りながら頭引っ込めてろ」


 そして都市はずれの別の工業地帯の方まで再びやってくる。

 アイザックの運転によって追っ手からの距離は大分離したはずだったが、相変わらず二台の追っ手が追っかけてきている、しかし見失っているようで真っ直ぐこちらにはやって来ない。


「うーし、じゃ。そこらで少し待ち伏せすっかな」


 倉庫近くの暗い細道にアイザックは車両を止める。


「待ち伏せって言ったって、一体どうすんだ?この車を盾にでもして交戦する気か?あんま無茶したくねーんだが」


「ふーん、まぁ見てろ」


 アイザックはそう言うと、レオの方へと手のひらが見えるように掲げる。

 その手はまるで拳銃でも握るかのように形を取ると、突然紅い光りがその手から漏れ出す。やがてアイザックは、大型サイズの拳銃をその手に顕現させた。


 それを見たレオは、絶句し目を見開いた。


「おっさん......レイシスか......」




 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー




「―――奴らはどこにいったぁ!?」


「―――さがせぇ!まだ近くにいるはずだ!」


「―――報告します!『印』が逃走に使用していたと思われる車両を発見しました!近くの倉庫に逃げ込んだようで」


「―――よーし、分かった。ほかの搜索に当たってる戦力をこちらに全て回せ!『印』を直ちに確保し、連れ去った連中は皆殺しにするのだ!」



















































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