第14話 休憩


「―――んっ……あぁ……ここはぁ……」


 見慣れない天井。瞼越しに感じる眩しさは、かつて目を閉じる直前に浴びた攻撃性を帯びた光とは違う、緩やかに空間を照らす室内の照明達。

 そんな当たり前の現象にすら穏やかに感じる程、目覚めて身が感じる光には新鮮さが伴っている。


「―――あら、やっとお目覚めになったわね。うちのお姫様が」


 少佐は重たいまぶたをゆっくりと開ける。

 その視界から入り込んできた光は随分久しぶりに浴びるような気がしていた。

 背中側からは柔らかくもふもふとした感触、それは少佐の身の両脇には包み込まれるように配置され、それは少佐が見たことのない動物を模った手作りらしき人形。

 室内を見渡し、少佐はベッドの上で寝かされていた事を始めて自覚する。

 少佐はその場で顔上げると、心配そうにレフティアが上から顔を覗き込んでくる。


「大丈夫?レイシア。まだ痛むところとか、ある?」


 そう慈愛に満ちた口調でレフティアは少佐に言葉を投げ掛ける。


「あっ、あぁ。大丈夫だ......それより......」


「分かってるわ。二週間よ、レイシア。貴方が寝ていたのは。ここ、セントラルの中央病院でね」


 予め察していたのか、聞こうとした内容は事前にレフティアが答えてしまった。まるで少佐が目覚めて最初に発する言葉の内容を事前に知っていたかのように。

 少佐とレフティア、部隊創設以前からの長い付き合いなだけあって、ある程度の性は理解している。


「中央だと......!?そこまでのこのこと引き返してきたのか......私は......」


 少佐は前線に友軍達を置いて、先に自らが安全なセントラルにまで移送されてきたことに深い哀傷を憶える。


「レイシア、貴方がそのような反応する事は分かっていたわ。どうせ味方を見捨ててきたとでも思って自分を責めているいるのでしょうけど、私達独立機動部隊は何れにせよ危機事態のプロトコルに従って中央に招集される事は自明だったし、いつまでも前線をうろついてはいられなかったわ。それにねレイシア、あなたは大量のパルス放射能を浴びて身体に深刻な障害を負ったのよ。そんな傷、如何にディスパーダといえども自然治癒ではどれほどの時間がかかるかも分からない、これを早急に癒せるのはセントラルの医療設備くらいのもの。だからこうして僅か二週間程で貴方は目覚める事が出来た、これは合理的な判断よ、貴方が悔やむ事なんて何もないわ」


 レフティアはそう少佐に畳み掛けるかのように言い放つ。


「......そうか。確かにレフティアの言う通りかもしれん。だが、現に私の実力が至らず、かのレイシス共を退けなかったことは事実として受け止めなければならない事だろう......?レフティア。それにレオ......、そうだ。レオはどうなった......!?他の者は!?」


 閃光に包まれる以前の記憶が少佐の中で徐々に蘇り始める。

 強大過ぎる力を持ったレイシスと繰り広げた死闘は、今でも尚鮮明に頭に刻み込められている。

 鮮明になっていく記憶と共に、結果に危惧する感情も強まり始めていく。


「みんなは......まぁ無事よ。今頃ゼンベル辺りは昼間っから飲んだくれてるでしょうね......。でも、その。レオくんの事は......ごめんなさい。奴らに連れ去られてしまったわ......、私は間に合わなかった」


 レフティアは遺憾の表情で、病室の窓を見つめながらそう言った。

 その光景を見た少佐は、思わず子供じみた悔しさを抱き拳を握りしめる。

 なぜ彼女が謝るのか、彼女はなぜそんな顔をするのか。今回の責任は全て私にあるというのに、まるで彼女は少佐にとっての保護者だ。ただ非力な私が、彼を救えなかった。それが全てであるはずなのに。


「全て私の責任だ。非力な私のせいでレオは連れ去られた」


「......あなただけの責任ではないわ、あの時。私達も逸早くあの場から撤退していれば、こんな事にはならなかった。あの『ネクローシス』とかいう鎌持ちの不気味な奴さえ倒せていれば......!!」


 レフティアは怒りを募らせた様子で手を振りかざしながらそう言った。


「レフティア達の元にも現れていたのか......。道理でな。あのレイシス共、一体なにものなんだ......今までのレイシス連中とは明らかに別口だった。レフティアですら手をこまねいていたなると......」


「新たな『枢爵』、もしくはそれに準ずるオールド級の者の可能性が極めて高いわね......。あの莫大なヘラクロリアム濃度に加え、イニシエーターであるレイシアを大きくを凌駕する身体能力。そしてあれだけの火力を叩きこまれても平然としていられる程の高硬度な防壁能力。どう考えてもただのレイシス連中じゃない事はたしかね」


「しかしもっとも問題なのは、枢爵クラスのレイシスともあろうものが何故わざわざ前線へ赴き、元々ただの雇われであったレオをさらったのかだ。これが全く分からない、なぜあの場にレオが来ることを知っていたんだ?奴らにとってレオは、一体どういう存在だというんだ?」


 ―――その時、病室のドアがノックされ少佐とレフティアの会話は中断される。「失礼しまーす、入りますよー」と聞き覚えのある声が聞こえてくると、その声の持ち主が室内に入ってくる。


「―――少佐!!お目覚めになられたんですねー!よかったぁ!!」


 それまで物静かで物々しかった室内は、彼女によって一気に賑やかさが足されていく。


「中尉......。君も来ていたのか......」


「えっ!なんでちょっと嫌そうなんですか!?!?」


 ミーティア中尉は強いショックを受けた様子で、しくしくと近くの席に着く。


 ミーティア中尉が持ってきたカゴの中には毛玉のようなものが何種類か入っていた。その後、少佐は自らの腕に横たわる可愛らしい動物の人形に目を向けると、ミーティア中尉が持ち運んできたその毛玉が、何の為に運ばれたものなのかを瞬時に理解した。すると、少佐は笑みを浮かべる。


「ふふ、この人形。レフティアの仕業だな?相変わらずだな全く、中尉もレフティアにまんまと加担するんじゃない」


 少佐はそういって傍の人形を手に持ち上げる。


「えぇ?いいじゃないですかぁ!やっぱ少佐にはこういうメルヘンチックな雰囲気がお似合いなんですよぉ!」


 ミーティア中尉はそう言って、毛玉を両手で持ち上げて自らの顔の前に並べるような仕草を取った。


「どうレイシア?結構練習したのよ。手を傷だらけにしながらね?まぁ直ぐに治っちゃうからよくある不器用な女の努力的の一面は見せられないんだけど!まぁそれにしても、レイシアはやっぱり可愛い物がよく似合うわね!というより、レイシアが人形みたいだから、なのかなぁー?」


 レフティアはそうからかうように人形を手に持って少佐に近づける。


「よしてくれ、もうそんな年じゃないよ。私は」


 冗談をほのめかすレフティアを少佐は軽くあしらう。

 そしてミーティア中尉はクスクスと笑いながら「本当にお人形さんみたいですよ少佐~!」と少佐の頬をモチモチと触ってくる。

 少佐は深いため息をつきながら、顔を伏せてしまう。


「まっ軽い挨拶はこの辺にして。それで、ミーティアちゃん。『ネクローシス』について何か情報は集まったかしら?」


 レフティアが話題を切り替え、室内には再び物々しい空気が舞い降り始めた。


「あぁ......。それなんですがレフティアさん......。すみません、大した情報は仕入れられませんでした......。ですが、基本的な情報と興味深い話はありました。情報源は枢騎士団高級幹部の身辺に潜伏している密偵からのですので、信頼性はあると思います」


「続けて」とレフティアは話を続けさせる。


「『ネクローシス』。表向きは皇帝直属の近衛騎士隊にして、枢騎士団屈指の精鋭部隊。のようなのですが、彼らは選抜されたエリート騎士というわけでもないらしく、組織内に何の前触れもなく突然現れたのだとか......。それでいて上位枢爵の隷下組織でもある事から、他の枢騎士団は彼らの扱いを元に物議を醸しているようで......、軍内で対立が起きているなんて話もあるそうです」


 ミーティア中尉はそう手元の端末の資料を見ながら一通り言い終えると、少佐達の方に視線を向ける。


「ほう......。ぽっと出の上司に反感を抱き仲間割れとね。レイシスらしいじゃないか、それが本当ならとっとおっ始めて、早々に自滅してもらいたいところなんだがな」


 少佐はそう言うと、訛った体をほぐすようにベッドから上体を起こす。


「ほかには?何かあった?」


 レフティアはミーティア中尉に追加の情報を求めた。


「すみません、これ以上は探っても情報は出てきませんでした。レオくんに関しても何も出来ず終いです......申し訳ありません」


 ミーティア中尉が深く頭を下げると、少佐は慌ててその頭を上げさせる。


「よせよせ!!この政治状況で敵方から情報を早急に手に入れられただけでも十分な成果だ。見事な手腕だミーティア中尉、よくやった」


 そう評価されたミーティア中尉だったが、特に喜ぶ様子を見せることもなく短い返事を小声で少佐に返した。


「さて、どうしたものか......。私も個別でなんとか探るとしよう、他のイニシエーター達なら奴らとの遭遇事例があるやもしれない。早急に手を打たなければ―――」


 そう言って少佐はベッドから立ちあがり、コート掛けにかかっていた制服を着ようとする。


「だーめっ!」


 しかしそれをレフティアがそれを阻止し、レフティアは少佐をベットに押し戻した。


「な、何をするレフティア......」


「またまたぁー、そーやって病み上がりなのにすぐ動こうとする。それもうキーンシ、身体の傷は癒えても心の傷までもが癒えているとは限らないのよ!」


「しかしだなぁ......」


「焦る気持ちも分かるけど、奴らがレオくんをわざわざ拐うってことは目的はどうあれ殺すつもりはまだないってことでしょ?それなら今はとにかくレイシアは療養が最優先!ゆっくり休んでね、勝手にフラフラしたら承知しないからね?いい?少佐といえど女の子なんだからね?体には気を使うこと!」


「あっ、あぁ。はい......」




(こうなったらもうレフティアには逆らえんな......。無理やり出ていこうにも彼女に敵うはずもない......)


 レフティアは私と同じイニシエーター、この身がいつしか成長を止めてからは戦場であろうとずっと彼女と一緒だった。

 共に戦い、共に助け......いや、助けられているのは一方的に常に私のほうだ。いつだってレフティアが私を救ってきた。

 私ができないことは全てレフティアがこなしてきた。今となっても実力で言えばレフティアは私の数倍、いや数十倍の差はあるだろうか。

 それほど彼女と私には明確な能力の差があった。しかし無欠のように思えた彼女でさえもマネジメント能力や学問においては何故か私の方が協会からの評価が高く、暫定階級では私が先に越す事になってしまった。

 これは決して彼女がそういった能力がないからだというわけではない、何といえばいいのか。彼女は少し、我々の知る倫理からは外れた所にいるのだ。

 実力は確かだが、指揮官には向いていない。そういった側面においてはお互いに同じ部隊に所属する事で補完しあっているとも言えるかもしれない、少し奢りがすぎるかもしれないが。

 そんな彼女に私はいつまでも借りを返せずにいる。

 非力で無力な自分を思い返す度たまらなく自分が憎くなる、誰よりも強くならなければと、日々自分に言い聞かせてきた。

 そしていつしか、彼女のこうした勝手に逆らえるその日まで、粛々と己の無力と付き合っていくのだ。


「あっそうだ!体調がよくなったら、久しぶりにホノルも誘ってさぁ!女子組だけでショッピングに行きましょ!気分転換も大事ってね!」


 レフティアは華麗にウィンクをキメながらそう少佐に言い放った、あのウィンクからは何が何でも少佐を連れて行くという信念が明確に伝わってくるようだった。


 こういうレフティアの圧倒的な熱量に圧倒される少佐は時々、どちらが上官なのか分からなくなってしまうのだ。



























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