第13話 なれ果『ネクローシス』②

「―――何を言っているんだ貴様......?連れて行ってどうするっていうんだ......?彼は唯の新兵だぞ......?」


 少佐はそう返答する。


「―――この場で議論をする気はない、取引に応じるどうか。それだけだ、そのものを差し出すか、もしくは遍く死か。だが、我々とてなるべく事を穏便に済ませたい。賢明な判断を貴殿らに期待する」


「ふざけた事まぁぺらぺらと平然に要求できるものだな『ネクローシス』とやら......!!!」


 怪我の処置をする共和国兵を退け、中途半端に巻かれた包帯をぶら下げながら少佐は立ち上がる。


 ―――共和国兵がぞんざいに扱われながらも処置の続きを試みようとするが。


「もういい!下がってろ!お前たちもだ!さっさとこの場を離脱しろ!!!!これで分かっただろう、足でまといだ。お前たちが寄って集って勝てるような敵じゃない」


「―――しかし......」


 そう言い寄ってくる共和国兵を「これは命令だぞ、次また言わせるようなら切る」と少佐は言い放つ。


「おい、いつまでいるつもりだ。命令だと言ったはずだが......?」


 少佐の背後に立ち続ける四人の部下は、その場から微動だに動こうとしなかった。それどころか交戦の意思を示すように武器を構え始める。


「―――まぁ、所詮僕たちは正規兵とかじゃなくて、少佐の私設部隊ですから。上官の命令に従う義務は......まぁあまりありません。よね......ですよね......?皆さん?」


 フィンはそう言った。


「その通りだァ!何が何でもここから離れないぜぇ!俺たちは最後まで少佐と共に戦う!!!」


 そう言ってゼンベルは近くの共和国兵からライフルを奪うように取り、構えた。


「落ちぶれた元第一師団候補生の俺を拾ってくれた少佐には、まだまだ恩を返し切れてないですしねぇ......。ここで逃げてちゃあ、これから先も隊長には何もお返しはできませんでしょうよ」


 ルグベルクは少佐にそう頑固たる恩人への意思を見せつけた。少佐はこれ以上言っても聞かないと悟ったのか、何も言い返すことなく微笑み返した。


「馬鹿な奴らだ、上官の命令を聞かない部隊などあるものか。これはまた部隊採用基準を見直す必要があるな」


 少佐はそう言った。


「さて、レオ・フレイムス。君は別にここで我らと共に戦う義務も義理もない、他の部下達は頑固野郎共で私の命令をちっとも聞こうとしないが......。優秀な君は違うな?レオ」


「少佐も随分酷いことを言ってくれる......。入隊して日の浅い新人とは言え、俺も立派な部隊の仲間だ。そうだろう?少佐。たしかに初任務からこれはちとキッツイものがあるがぁ、だが。最後まで皆と戦わせてほしい。俺はこの戦いで、今までの傭兵稼業にはなかった絆のようなものを、やっと感じ始める事が出来ている気がするんだ.....。いさせてくれよ、少佐」


「......いい決意だな。私が見込んだだけのことはある。そうだな、いずれにせよ出し惜しみしてられるような状況ではない事は確かか。奴らはどういうわけか君を差し出せと言っている、まるで意味や目的が分からないが。まぁ細かい事はあとでいい、倒してしまえばそれまでなのだから......なぁネクローシスとやら?......今は目前の脅威に全力を持って対処する......!!」


 少佐は取引を持ち掛けてきた中央の大剣を持った敵、その人物だけを一点に見つめながら答える。

 レイシア隊の結束が今ここに極まると、大剣のレイシスはこちらの答えを察したかのように、地に突き刺した大剣をゆっくりと引き抜く。


「―――どうやら答えは決まったようだ。愚かな者達だ。イニシエーターが一人、そしてその他有象無象の非力な人間ごときが本当にこの状況を覆せると思っているのか?では仕方ない。お望みどうり、勇敢で非力な諸君等を称え。この場を一瞬で終わらせてやろうか」


 大剣のレイシスがそう言う。

 しかし、背後の双剣とガントレットのレイシスには特に動く気配がなかった。どうやら大剣のレイシスが一人でこの場の共和国軍全員を相手取るつもりのようだ。


「―――さぁ、かかってくるといい」


 大剣の矛先をこちらに真っ直ぐ向ける、その重圧に思わず怯みそうになるが体を何とか持ち直す。


「一人でやる気かァ?アイツ。大した自信だなァ......」


「ついでに傲慢です、後悔させてやりましょう」


 ゼンベルとフィンはそう言った。


「どういう訳か後ろの二人は動かないようだ......これは好都合だな。いいかレオ。私が近接戦を仕掛ける、それで何とか奴の弱点を探り隙を狙う。先の戦闘から考察するに、奴の展開する空間障壁が尋常ではない強度を誇っている事は確かだ、そのライフルに取り付けられているグレネードランチャーを近接戦を仕掛けている途中の私の合図で、適当に打ち込んでみて欲しい。それで障壁に隙がないか伺う、フィンとルグベルクは奴が自由に動けないように奴の予測退路に弾幕を張れ、大して意味はないかもしれんが......。背後に隙がないという事が分かるのならそれでいい。ゼンベルは落ちてるワイヤーガンを再利用できるようにし、これも私の合図で打てるようにしろ。物理的な手法も選択肢に入れる。ではいくぞ、各自作戦行動開始!!」


 各自の「了解!!」の合図と共に少佐は目にも止まらぬ速さで真っ先に大剣のソレイスに正面から突っ込む。

 そのまま少佐のソレイスを瞬時に腹部へ突き刺そうとするが、その図体からは想像がつかないような速度で大剣を振り回し少佐の刺突をいなす。


「―――しっかし......貴様の体は一体どうなってるんだ......?こんな質量のある大剣をよく片手で振り回せる......」


「―――なに。ちょっとした訓練を積んだけだ」


「へぇ......それがちょっと......ねぇ!!」


 少佐は自身の小柄な体を活かし、小回りの利いたソレイスは絶え間なく上段、中段、下段の突きをランダムに繰り返す。そうやって奴の防御の動きを上下に徐々に大きくさせることで隙を作ろうと試みる。

 だがしかし、奴は体の中心軸をほとんど動かさずに、大剣を持った片手だけで少佐の剣戟を凌いでいた。


「このままではらちがあかない......。なにかアクションが必要だ......。フィン!!ルグベルク!!」


 ルグベルクの放つ改造チェーンガンとフィンの大容量マガジンライフルの弾の嵐が、その大剣のレイシスに注がれる。

 しかし、先程と見た光景と同様に銃撃は本体に着弾する前に一定の距離で寸前に弾かれる。


「クソ、通常兵器が通用しない......!こいつはもはや反則なんてもんじゃない......完全に打つ手なしだぞ......」


「あれだけの銃撃をを防ぐなんて、一体どんなからくりですかね?如何に強度な障壁だろうと、無限の耐久力があるわけではないはず......」


 フィンとゼンベルは、その状況に唖然すると共に絶望感に襲われる。


「奴に通常兵器は意味を成さないことが改めて分かったが......、だからと言って果たしてどうしたものか......。仕方ない、思いつく限りのことをするしかない!!ゼンベルいけるか!?」


「こっちは準備万端ですぜェ!!」


「よし、合図を待て。レオ!!ランチャーを二発ぶち込め!!」


 そう言われたレオはすぐさまランチャーでグレネードを二発発射する。

 そのままグレネードは大剣のレイシスに直撃し、爆煙がそのレイシスを包み込む。爆発のよるダメージなど鼻から期待せず、レイシスの視界を奪う目的で少佐はグレネードランチャーを使用した。そして少佐は爆煙が巻き上がると共にその方を目掛けて再び突っ込む。


「―――ゼンベル!ワイヤーを私に目掛けて射出しろ!」


「了解でっせぇ!!」


 ゼンベルの放ったワイヤーは少佐に直撃しそうになる。


「離すなよゼンベル!!」


 そう言うと少佐はワイヤーをソレイスで絡め取りレイシスの足元に滑り込む。

 少佐は小さな体で奴の全身を駆け巡り、ソレイスに括りつけたワイヤーで全身の関節を括り付けるように物理的に拘束する。


「さぁ貴様がどの程度の化け物っぷりなのか......私に見せてくれ!!」


 少佐はそう言うとそのレイシスからは少し距離を取る。

 そして周りの兵士や部隊員達はその光景に目を疑う、あの豪腕っぷりを披露していた大剣のレイシスは、その得物を振りかざせず、物の見事に動けずにいるのだ。


「遂に奴の動きが......止まった!?」


(奴の障壁は何のことはない、強力な慣性に反応する我々の物と殆ど同様のもの。特殊なものでないと分かればこちらのものだ......!!)


「―――レオ!ゼロ距離だ!!」


 少佐はそうレオの方に向かってそう言い放った、それを聞いたレオはすぐに少佐の意図を汲み取りその大剣のレイシスに急速に接近する。

 そして手元のグレネードランチャーの付いたライフルの先を、レオは奴の腹部に強引に押し当てる。


「―――これならどうだ!!」


 レオはそう言いながら直に数発発射する。そのグレネードランチャーによって辺は更なる爆煙に包みこまれ、レオや少佐の姿も見えなくなった。少佐はともかくとして、さすがにあの距離で発生した爆風ではレオ無傷では済まないと、誰しもがそう思った。そして......その爆煙が晴れ始めると、少佐がレオを自身の空間障壁で庇う姿が見え始め、両者共に深手を負っている様子はなかった。

 しかし、更にその先の光景に不気味なものが現れる。人型をなぞるように煙が残されたのだ。


「......どうなってんだこれは?」


 レオはそう言うと、少佐から返答がやってくる。


「......簡単な話だ。奴の不可視の障壁は二重壁だ......。そして外側の障壁は内側からの力にも対応している」


「えぇと......?」


 レオは少佐のその説明に、軽く首を傾げる。


「そのままの意味だ、奴は二重の空間障壁をどうやってか展開している......。我々がいま近距離で突き破ったと思ったほんの一部の外側障壁の更に奥には別の障壁が、それが奴の体を形どる様に用意されていた。そして爆煙は収束する外側の障壁と内側の障壁によって逃げ場をなくし、このように煙が人型を形作った」


「―――ご名答」


 障壁に閉じ込められていた煙が一気に吹き出し、大剣のレイシスが再びその姿を現した。


「―――しかし惜しい。実に惜しい。あと一歩足らなかった、仕組みを暴くまではよかったものの、結局それ以上はどうする事もできない。弱者の限界だ」


 煙が完全に晴れると、その身に届いていたはずの他の数発のグレネード弾は寸前に止められ宙に浮いているのが見えた。

 内側からの障壁の圧力と外側からの障壁の圧力により、そのグレネード弾はつまみあげられているかのように宙に浮かされていた。


「馬鹿な......、こんな芸当が......」


「―――さて、お遊びもここまでとしよう。中々楽しませてくれた、【シュベルテン】、奴らの武器を封じろ」


 大剣のレイシスはそう言って後方の双剣のレイシスに手を挙げて合図を送ると、途端に周囲の部隊員達の銃は重量を増し、誤作動を起こしたかのようにトリガーが引けなくなる。


「どっ、どうなってんだ一体!?チェーンガンが急に作動しなく......!?」


「僕のライフルも......反応しませんね」


 フィンとルグベルクはこの謎の現象に動揺を隠せずにいる。


「【シュベルク】、レオ・フレイムス以外の有象無象を跪かせるのだ」


 再びその大剣のレイシスはそうガントレットのレイシスに合図を送ると、レオ・フレイムス以外の隊員や兵士達は突如地に崩れ落ちるように手をつけはじめる。その様子は、見るからに動くことも喋ることもままならないようだった。

 困窮に渦巻く中、少佐はただこうして跪くだけにはいくまいと思考を全力で巡らせた。


「―――どうすればいい......!?何が出来る!?なにかほかには!!レフティアは......レフティアはどうした!?本当にやられてしまったのか!?あとは!?あとは何が!?考えろ、考えるんだ!!」


 考えてる暇も迷ってる暇もない。弱者はただ非力にあがらい、戦う。それしかないのだ。


 少佐は、シュベルクによって跪かせられていた強力な重力から足を破損させ、いさましい叫び声をあげながら抜け出した。

 そのまま大剣のレイシスを目掛け渾身の一撃をくらわそうと己のソレイスを振るう。しかし、その間合いに双剣のレイシス【シュベルテン】が現れた。その双剣を手前に構え、強力な電磁波を発生させるとパルスエネルギーを作り出しはじめる。

 そのエネルギーは球状に収縮し、眩い閃光を帯び始める。


「―――彼方へと消え去るがいい、イニシエーター」


 その閃光はやがて破壊力を伴い、レイシア少佐を包み込むようにしてその閃光は放たれた。


「―――あぁ......私は終に、部下の一人も守ることができずに敗北したのか」


 視界は閃光に包まれ、何も見えなくなった。パルスエネルギーにより全身は重度の火傷に覆われ、様々な身体障害が発生し始める。

 そんな状況に少佐は為すすべもなく、ただ破壊力を伴った閃光によって吹き飛ばされていく。

 部下たちやレオ・フレイムスの、レイシアという少佐の名を叫ぶ声が聞こえてくる。

 そんな事にすら気が回らない程、少佐の意識は思考が焼き切れるように遠くなっていく。


 やがて、少佐は閃光の中で目を閉ざしていった。








































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