第12話 なれ果『ネクローシス』
―――ルグベルクとフィンは少佐の方に向けて素早く敬礼すると、少佐は手で安めの合図をする。
「簡単にだが話には聞いている。君たちのおかげで友軍は順当に退却を行えているようだな、よくやってくれた。さてと、我々も後方セクターまで撤退するとしよう。戻ったらレオ・フレイムス。君の入隊祝いだ」
ゼンベルは「よっしゃぁ!」と叫ぶと、傍のフィンはやれやれと言いたげな表情でその大男に視線を向ける。
「ゼンベルさんは何かとつけて酒が飲みたいだけでしょ......」
フィンがそう言うと、ゼンベルはその言葉にうろたえる。フィンの言葉に更にルグベルクが便乗し、ゼンベルを追撃する。その様子を見ていたレオは、その瞬間。この部隊に対するアットホームな感情を密かに抱き始めた。
(なんだか、仲良くやれそうだな......)
ハッキりとした根拠があるわけでもなかったが、その光景から連想される部隊員との日常にレオが加わり、和気あいあいとするような慎ましやかな妄想をする。
今までに体験する事のなかったような欠如した環境、家族愛にも似たような絆を、この部隊に無意識に求め始めているかのよう。
そんな妄想をしている自分に気づいたレオは恥ずかし気な様子で自分の頭を軽く叩く。
(ったく......らしくねぇな......)
その後、レオや少佐達はその場からしばらく移動し、脱出ターミナルに指定された区画にまでやってきていた。
付近にガサツに建てられていた幾つもある臨時通信基地に寄ると、その場の通信オペレーター達と少佐達は上層のレフティア達の戦況を知る為に情報のすり合わせを行った。
「なるほど。敵の補給・侵攻ルートを的確に塞いでくれたおかげで、突出しすぎていた敵突撃部隊の孤立化が随所に起きているのか、追手の戦力削ぎと時間を稼ぎには十分すぎる功績だな」
少佐はテーブル上の崩落したルートにバツ印が示された地図上を指さしながら、そう言った。
「―――レフティア大尉は行き場の失った帝国軍部隊を殲滅次第撤退を開始するとおっしゃっていましたが......、どうやらこの襲撃に不自然な点があるようで、必要以上に上層に立ち止まっているようなのです」
「ん?どういうことだ?」
そのオペレーターに少佐は追加の説明を求める。
「それが......、『レイシス』が見当たらないと......」
「......!それは、本当か......?」
少佐は目を見開く様子で、何やら不穏な予感を得る。
「はい......、大尉に言われて襲撃以降の兵士達の通信記録をずっと解析しているのですが、今のところ推定ディスパーダ戦力の報告例が確認できないのです」
少佐は顎に手をやりしばらく考え込む。
「......嫌な予感がする、すぐにここを発つんだ。交戦中の部隊に告げろ、遂行中の任務を放棄し直ちにこのセクターから離れるようにと、貴殿らもそれをしたら直ぐに撤退しろ」
「―――了解」
少佐はそう言い残すと、すぐにその場から離れる。そしてそれにレオは訳も分からない様子でただ追従した。
「ゼンベル、船の準備は?」
「いつでも飛べまっせぇー!」
「よし、お前達は先に行け。私はレフティア達に加勢しにいく」
少佐はそう言ってレオ達から離れようとする、ルグベルクやフィンは特に異論を唱える様子もない。
レオは「ちょっと待ってくれ!」と少佐に言い放つ。
「いっ、いったいどういうことなんだ......?なぜ俺達を追いやるような事を急に言い始めるんだ......?さっぱりわからないですよ......。少佐」
レオはそう言うと少佐は無言でレオを一瞬振り返る、すると隣に居たフィンがレオの肩に手を置く。
「レオさん、さっきの通信基地で言ってた通り。帝国軍のディスパーダ戦力、レイシス部隊がここに来ていないということはですね、このセクターの攻略が敵の主目的でないという事なんですよ。敵は我々を何かしらの謀略に陥れようとしている可能性がある......」
「―――そうだ。我々やレフティアが友軍が撤退する為の遅滞戦闘を行うこと自体が今逆手に取られている可能性がある。私は今そう判断した、それだけの事だ。レオ」
少佐はそうフィンに被せるようにレオに言う。
「へっ......、まじかよ少佐。俺は戦うためにここに来たんだと思ったんだけどな......、今の俺は、なんだか介護でもされてるような気分だぜ......」
―――レオはそう言うと、少佐は特に何も言い返すことなくその場から離れていく、そしてレオ達は大人しく少佐の指示に従った。
大勢の共和国軍兵達が次々と兵員輸送用ガンシップを使い、このセクターから飛び立っていくのが見える。
今回の戦いだけで何万人にも及ぶ兵士が死んだのだろうか、突如として侵攻してきた帝国軍に迎え撃った兵士たちは、レオが見てきた様な金に目の無い傭兵部隊とは比べ物にならないような勇敢な者達ばかりに感じる。
士気。それ自体は傭兵のそれとは桁違いだろう、ましてや負傷した兵の為に命を張るなど、かつての傭兵時代には考えもしないような行為。
よくもまぁお国の大義の為にここまで尽くせるものだと、次々とセクターから飛び立っていくガンシップを見ながらレオはそう感心する。
戦場は人を狂わせるのだろう、過酷な兵士の生き様からは美しさすら感じる。
―――しかし、なんということか。
現実とは残酷で理不尽、滅びの象徴は突然とやってくるのだ。
ゼンベルのガンシップに乗り込もうとした直前、それらはやって来た。
「―――な、なんだ!?何が起こった!」
ルグベルクはそう声を挙げた。
レオ達やその場に残存している共和国兵達の視線は、壮絶な落下音が発生したいくつかの運搬用エレベーターの方へと一斉に向けられた。
上層から降下中であったであろうエレベーターリフトは、最終地点であるこの区画の床に見る影もなく打ち付けられるように粉砕され、その場に居合わせていたであろう共和国兵達の無惨な姿がそこにあった。
「な、なんだぁ!?ワイヤーをやられたのかぁ?」
ゼンベルはそう言う。
「封鎖されていたはずの直通エレベーターまでリフトが落下してきている......。何層にも渡る封鎖壁があるはずだ、ワイヤーが仮にちぎれても、ここまで落ちてくることは、ありえないぞ......」
ルグベルクはそう言い頭を唸らせ、その場から少し先の少佐は落下現場を睨み続けながら沈黙を続ける。
事態の真相は瓦礫と煙の中から黒いローブを纏った人物が歩いて現れると、同時に全てが判明する。
その人物から放たれる常軌を逸した殺気は、少佐を委縮させた。
黒いローブの下には金色の豪華な装飾のなされたフルプレートに、規格外の大きさの大剣を片手で構え、ずっしりと重い足運びでこちらの方に着実に向かってくる。
その姿を見たレオは、あの星屑作戦で出会ったレイシスとの既視感を得る。しかし、あの禍々しい雰囲気はあの時のとはまるで別物だ。
「―――おいおい、なんだありゃ......。一人でやったってのかぁ......?」
強固な肉体を持つゼンベルやルグベルクでさえ体は硬直し、その場でたち尽くしていた。
しかし、何とかしてルグベルクとフィンはその敵性存在を一点に見つめ続け、いつでも交戦できる姿勢を辛うじて取る。
そして二人は少佐の方へと駆け足で近づいていく。
そして、それに遅れを取りつつもレオも続いた。
「この尋常ならざる殺気に重圧感。明らかにただのレイシスじゃねぇな......」
「どうします......?やつ一人なら少佐と連携すれば何とか倒せるのでは?少佐?少佐......?」
ルグベルクとフィンは思考を巡らせ具体的な案を少佐に提示しようとするが、少佐の様子がおかしい事に二人は気づく。
「どうだ少佐?いけるか......?」
ルグベルクが話かけるも少佐からは返事が帰ってこなかった。様子を伺い顔を覗いてみると、視線の先は大剣を構えたその存在の遥か後方に向けられていた。
「まさか......まだ、なにかいるのか少佐......」
「―――三人だ、合わせて三人......。奴の後方に後、同じようなのが二人いる......」
ルグベルクは目を細め、言われた通りその後方に目をやると、別々のリフトからやってくるその存在に気づいた。
上層へ行くための三つの別々のエレベーターの扉手前、遂にリフト落下時に発生した崩落の煙の中から金色の装飾が施されたフルプレートが更に二体、ゆっくりと姿を現した。一人は剣を二本背負っており、もう片方はガントレットのような装備を両手に填めていた。
それぞれの装備は非常に酷似しているが、明確に頭部に辺る装備の造形に違いがあった。
「......ま、まじかよ。あんなのが三体も......、それに上層からって、レフティアさん達はどうなって......」
レオがそう言うと、少佐は彼にむけて軽く手を挙げる。
「落ち着けレオ・フレイムス。今はもはやそんな事を考えてる暇はない、私が時間を稼ぐ。その間に君たちは速やかに離脱してくれ、何分持つかは分からないが」
「まっ、まってくれ!あんたの腕ならあんな奴等容易いだろ?ここは協力して奴等を倒すことが先決じゃないのか?」
―――レオはそう会話を続けようとした瞬間。
「―――レオ!!!よ゙げろ゙ぉ゙ー゙!!!」
ルグベルクのそんな声が聞こえてくる、しかし体は不思議と動かない。
それが人の身では察知することのできない程の速さだったからなのか、気づいた時には、既に巨大な人影が背後にそびえ立っていた。
振り返ろうとすると、真っ先にその視界にはこちらを掴もうとする手甲に包まれた手に平がこちらに寸前に迫っていた。
しかし、次の行動で片方に握り締めていた大剣を突如、レオを目掛けて振り下ろそうとしてくる、明らかにそれが生身で避けられる速度でないことをレオは直感した。
「―――これは......やばい......」
死を覚悟したその瞬間、自らの間合いに少佐が現れている事に気づいた。その振り下ろされていた大剣は、少佐の方へと向けられて振り下ろされていたものだった。
「貴様!真っ先にレオを狙ったな。この私がいるにも関わらずな!」
間合いに入り込んだ少佐はソレイスを瞬時に生成すると振り下ろされた大剣を受け止めた。刃と刃がぶつかり合う瞬間の現実離れした凄まじい衝撃によって、その存在の間合いの外にレオは吹き飛ばされる。
「うぉおおあぁああ!!!」
ルグベルク達がいる方へ吹き飛ばされ、背中から地面に着地する。するとすぐにフィンが駆け寄ってくる。
「大丈夫ですかレオさん?」
「いてててぇ……いやぁ、痛いなぁこれは。久しぶりに死に直面した感触を味わったよ......、しっかしあいつらなにもんだよ、やっぱレイシスか?」
「レイシスであることは、まぁ間違いないでしょう。しかし......、どうも僕らが今まで見てきたのとはまるで格が違うように見受けられます。あの少佐ですら手こずっている様ですし、我々が今出て行ったところで足でまといでしょう、あのような存在と対峙する為の戦術は我々にはありません」
フルプレートのその存在が大きく振りかぶった大剣は、凄まじい連撃速度で少佐を圧倒する。最後の一撃と言わんばかりに放たれたひと振りは、少佐をレオの方へ吹き飛ばした。
「大丈夫か少佐!?」
レオはそう声を掛ける。
「はぁ、はぁ......。まずいなこれは、私一人では、手に負えない......」
「そんな......」
そう言った瞬間、背後から何やら大勢の足音が近づいて来る。
振り返ると撤退していたはずの共和国兵達が現場の異変に気づいたのか、再び発着場に舞い戻って来ていた。
救急キットを持ってきた複数の衛生兵がレオの軽い手傷の処置を迅速にし始め、少佐には色の異なる救急キットが渡された。
その中から少佐は注射器のようなものを取ると、それを首に注射する。
異彩を放つレイシス、フルプレート三人の存在に気づいた他の共和国兵達はそれを包囲するように陣形を取る。
「待て......それはお前たちが歯が立つような敵じゃない」
少佐のかすれた言葉はその兵士たちには届かなかった。
「―――動くな!貴様らは取り囲まれている!武装を放棄しろ!」
そう警告する共和国兵に、そのレイシスは聞く耳を持たなかった。すぐさま大剣を振り回し、辺りの共和国兵を真っ二つに両断していく。
それに対抗するように共和国兵は一斉射撃を開始するが、それは不可視の障壁によって寸前で弾かれていく。
「―――なんだこいつはぁ!?障壁が硬すぎる!」
「―――馬鹿な!?AE弾だぞ!?この一斉射撃に耐え得るレイシスなどいないはず......!」
次に、二本の剣を構えるレイシスに対し、取り囲んだ四人の共和国工兵は背負ってきた拘束用ワイヤー射出機をそのレイシスに目掛け射出する。
そのワイヤーはレイシスの腕に絡みつき、身動きを封じようと試みる。
「―――腕を封じた!!!グレランをお見舞いしろ!」
「―――飛び散れこの怪物がぁ!」
共和国兵によって放たれた数発のグレネードは双剣のレイシスに全弾命中し、ワイヤーがゆるんだ。
「―――やったのか!?」
ルグベルクはその光景を見てそう言うが、希望的観測は容赦なくその思惑を外す。爆煙が晴れると、依然としてその双剣のレイシスそこに立っていた。
まるで水風船でもぶつけられたかのように平然としている。
「―――ば、ばかな……」
瞬時にそれぞれの工兵の間合いを詰めた双剣のレイシスによって、グレネードランチャーを放った兵士の首が先に地に落ち、やがて一秒足らずで取り囲んでいた共和国兵士達は全滅した。
「―――クソッ!なんでだ!?なんで銃が使えない!?」
ガントレットを填めたレイシスに対し、取り囲んでいた共和国兵達はトリガーを引くが、ライフルが正常に作動しない。
銃口をかのレイシスに向けた途端、ライフルはその機能を消失した。
「―――こうなったら接近戦だ!いくぞ!!!」
銃を放棄した数人の兵士がコンバットナイフを片手に奴に突っ込んでいくが、軽く受け流されガントレットの一撃を食らった兵士の胴体は見る影も無く大破していく。
大破した肉片が付近に飛び散ると、戦意を消失した他の兵士達は使えなくなった銃を捨てその場から逃げようとするが、それを拒む様に地面が盛り上がり、ドーム状に地面の壁が現れ、その兵士達を自らを丸ごとドーム内に閉じ込めた。
そのドーム内からは無数の兵士達の悲鳴が鳴り響く、しばらくするとガントレットのレイシスは、ドームの中から壁を引き裂割くように血まみれの姿で再び姿を現した。
彼らを襲撃した共和国兵達があらかた片付けられ、場に一定の落ち着きが見られ始めると、突如。
大剣のレイシスは、少佐達の方を見ながらその剣を地に突き刺し両手を柄頭に乗せる。
「―――我々は皇帝陛下直属の近衛騎士団『ネクローシス』である、取引に応じる気はあるか、そこのイニシエーターよ」
籠ったように禍々しく加工されたような声で、そのレイシスは少佐に突然取引を持ちかける。
それを聞いた少佐は、驚愕したような表情をする。
「レイシスが......、イニシエーターと取引だと......?」
「―――そうだ。貴様が現在庇っているそこの男。レオ・フレイムスをこちらに差し出すのだ、さすればこの場に居る遍く全ての命を保証してやろう。捕虜にすることもない、そのまま去るが良い」
そのレイシスはそのように少佐に手を差し伸べながらそう言うと、レオの周囲では張り詰めたような空気が流れ始めた。
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