第11話 補給ルート遮断

 ―――レイシア隊を乗せた運搬用エレベーターは、上層第三地区に向け上昇し続ける。エレベーターは積荷用ではあるものの、それなりに頑丈な作りになっていた。

 扉が閉じた以降、外のエレベーターを吊り上げるロープが軋む様な雑音は殆ど聞こえないほどに壁は厚い。しかし、エレベーターが上昇して行くにつれ上層の方角からは激しい戦闘の衝撃音が壁伝いに直に伝わってくる。

 エレベーターは幾度となくその衝撃によって左右に揺れ、中に閉じ込めた兵士たちの不安を掻き立てる。


(まさか俺が国家間の戦いに関わる日がやって来こようとはね......、寿命の間でもそんな事ありえねぇと思ってたぜ。まったく、何が起きるか分かったもんじゃねぇな人生っつーのは)


 まさにここは夢に見たような本物の戦場そのものと言っても過言ではない。今までの薄汚い利権を巡った根源たる人間的渇望に基づく、たかが知れた地域規模の抗争や紛争なんかじゃなく、かつて世界の覇権を巡って大戦争を繰り広げた。その後継国かつ強大な国家同士、互いの大正義を掲げた真剣真っ向勝負。

 最新鋭の兵器が使いつぶされる日常、桁違いの数の敵と、そして味方。

 その規模故に決して絶えることのない銃声、そして鳴った分だけ並ばされていくような見たことのない数の名誉死体。


(はぁ、そう考えると如何に今までの己の人生が甘ったれていた世界だったのか身にしみて分かるってもんだ、これが。本物の闘争の世界......、かつての先祖達が体験したような死に際の世界。本当に、始まるのか......。―――いま、ここから)


「「―――総員、戦闘態勢!!!」」


 かつてないほどに響き渡る銃撃音と爆発音が寸前に迫りつつ、どこからかそのような掛け声が聞こえてくる。

 それを合図にしてかルグベルクは背中に背負っていた携行用に調整された重火器、チェーンガンを正面に構え、どデカいマガジンを装填する。その面構えからは不安や恐怖を思わせない、まさに戦場のプロを想起させる。


「―――なぁレオ?」


 自分の名を呼ぶ方へ顔を向けると、マドは脚部のシースに入れていたコンバットナイフを左手で取り出した。


「せっかく隊に入ったんだ、こんなところで簡単に死んでくれるなよ?」


 マドはそう、へらへらとさせながらそう言った。


「......当然だ」


 エレベータは激しく揺れながらとうとう遂に、上層第三地区に到達する。他の共和国兵や隊の仲間は一気に身構えた。

 ここから先は正真正銘の地獄であると伝えるかのように。

 エレベーターの扉は徐々に開き始める、先ほど乗る時に扉が閉じた時よりも、開くときはとても長い時間が過ぎてるように感じる、生命の純粋接続。

 やがて扉が人一人通れる広さまで開くと、環境の音圧が切り替わる。外壁の損傷によって外の光が入り込んできており、その光は人工光なんかよりも真っ先にエレベーターの中を照らし始めた。他の共和国兵達は外へとなだれ込むかのように狭い隙間から我先にと飛び出していく。


「さてさて、お手なみ拝見といこうかな」


 マドはそう言い残すと、レオより先にエレベーターから出ていった。

 レオはこの状況に多少の興奮を憶えると、ライフルを握りしめそれに続いた。



 ―――震える地面、鳴り響く砲撃が共鳴してセクター内は、隣の仲間との声を通じての会話が困難な程に爆音に満ち溢れる。

 だが、予め渡されていた片耳に嵌めるイヤーピースタイプの無線通信機には外界のノイズを軽減する機能が備えられている、ゆえに各主要部隊間の通信、そしてルグベルクからの指示も正確に聞き取れる。


「―――ちっ、どんだけ入り込んでやがる......レイシア隊各員に通達する。敵の戦力規模は想像以上だが、この区画を一度押し返さなければ、我々の撤退の時間を稼ぐのは極めて困難だ。敵の詳細戦力は今尚不明、イニシエーターのレフティアが先陣を切る、マドとリディはレフティアの後に続け。後のものはそのまま後方から支援、まずは敵の先鋒部隊を崩すぞ!」


 レイシア隊一同の「了解」の掛け声と共に、レオはルグベルクの後に続いて既存の後方支援部隊に合流する。後方の仮拠点にはあらゆる障害物やコンテナを移動させた軽要塞が築かれていた。前に出ていた負傷兵が次々とここに運び込まれ、到着する援軍と入れ替わりに負傷兵や死体が先程とは別ルートの運搬用エレベーターに運び込まれていく。


「ルグベルク、この部隊において俺の役割は何だ?何をすればいい。前には三人だけでいいのか?」


「まぁまて、あいつらは近接戦闘に慣れた小回りの利く連中だ。戦況維持はやつらに任せ、俺達は俺達なりの役割を果たす。既に別働隊が敵の空中経由の補給線に回り込んでいる、奴らの怒号の侵攻を可能にしている補給路を破壊しにいくのが目的だ。俺たちはそれをしに行く、その為にも更にセクターの上層に上がる」


「まぁ、分かった。それは構わないが、だがどうやって上がる?」


「―――裏ルートですよ、ソレを持って付いてきてください」


 フィンに指された先には肩掛け式のランチャーが置かれていた。

 言われた通りレオはそれを抱えると、ルグベルクはランチャー二丁程を軽々しく両腕に抱える。

 そしてフィンの後を降り注ぐ銃撃戦の中で追っていくと、やがて施設内の非常階段に辿り着く。


「まさか非常階段を登っていくつもりか?」


「いやまさか、至る所の天井が既に崩落していて使えませんよ、そこ。後ろを見てください」


 少し振り向くとその先には、人為的に作られたかのような空洞が上へ回り込むように掘られていた。洞窟の壁は補強されていて、その先はどうやら上層まで繋がっているようだ。


「すげぇなこれ、いつのまにできたんだ?」


「施設科別働隊の類い稀な補強技術によるものです。彼らはその気になれば構造物に自由に独自の道を即興で作り上げられます。しかしそうは言っても応急的な補強です、道はこの揺れの中じゃあそう長くは持ちません、急ぎますよ。別働隊が先で待ってくれているはずですから」


 空洞の中は急斜面が多く、足掛けもその場限りの不自由な位置にあり非常に登りづらい。まるでクライミングでもしているかのようだ、だが建造物内での自然崩落的なクライミングなど実に斬新な体験であることは違いないので貴重な経験だ。

 登り始めて数十分が経つ頃、遂に出口と思わしきものが見えてきた。

 しかしその出口付近は飛び出たパイプや鉄線が飛び出ており、強引に登ろうとしたレオの腕は傷だらけになる。

 そうしてこうしてようやく登りあがると、敵が上層ターミナルの富裕層向け免税店エリアに築いた補給基地が見下ろせる天井作業用通路に出る。

 そしてその先には密かに息をひそめ、なにやら作業をしている別働隊の姿もあった。


「うぉまじか、ここからなら敵を一掃できるな」


「そうしたいのは山々ですが、そうもいきません。このランチャーは補給基地そのものを破壊するのではなく、補給ルートを崩すのに使います」


「よし、そうと決まれば......」


 そう言ってレオは、傭兵時代に支給品で使い慣れたその量産型ランチャーを肩に掛ける。


「待ってください!ランチャーは撃ちませんよ!こんなとこ居場所がバレたら蜂の巣ですって、使うのはその中身とランチャーに搭載された遠隔爆破機能です、残念ながらランチャーは即席爆弾の為の材料ですよ」


 フィンはそう言って背負っていたランチャーを地面に置き、手慣れた様子でランチャーを解体し始めた。ランチャーに装填されていたミサイル弾頭を取り出し、ランチャーから操作パネルを強引に引き剥がす。


「へぇ。前線で働く凄腕エンジニアって訳か」


 レオはフィンに向かってそう言う。


「まぁ役割としてはそんなとこですよ、さて。この取付用に改造したミサイル弾を所定の位置に取り付けてきてください。遠隔機能で爆破して層の地盤を部分的に崩壊させます、これで補給ルートを数か所手っ取り早く潰すのと同時に、発着している敵の輸送船の足場も限定的ですがなくしてやります」


 フィンにそう指示され、指定位置に改造されたミサイル弾を取り付けに行く。ルグベルクは主に第二地区の地盤を支える補給ルートと発着場にあたる所の支柱に取り付けに行き、レオは補給ルートの天井に当たる位置に取り付けに行った。

 全体としての構図は、補給ルートを上下で挟み込むような爆弾の配置だ。


「―――取り付け完了したぞ」


「ご苦労です、別働隊は既に退避しました。僕らもここを離れます」


 レオ達は元来た空洞を辿り後方基地に戻ると、先の別働隊と合流した。別働隊の一人が手頃なモニターを取り出すと、そこには先ほどの補給基地の様子が見れる映像が流れていた。


「有線モニターを設置しました、映像良好ですね」


「分かりました、さて。これより盛大に爆破しますよー?最新の補給部隊が向かってくる様子があったら教えてください。それに合わせて起爆しますんで」


 フィンは四つのランチャー分のパネルを無造作に合体させたような装置を取り出し、ミサイル弾を任意的に爆破させる管理画面を表示させる。

 フィンと別働隊の兵士はお互いの顔を見合わせ、その兵士はフィンに合図を出す。そしてフィンは起爆の準備を完了させる。


「なにせ即席の作戦ですからね、上手く起動できるといいですが......」


 フィンはそう言った後、改造ミサイル弾を起動するスイッチを切る。

 だが、数秒経っても爆破の衝撃が伝わってこない。


 ―――一瞬不穏な空気が流れ込み、フィンがモニターを確認しようとした次の瞬間、とある爆音が非常階段の方から盛大に鳴り響いた。

 モニターを改めて確認すると、あれほど広かった第二地区の補給ルートが瓦礫の雨に埋め尽くされていた、しばらくするとモニターの通信も徐々に途切れ始める。


「―――作戦はなんとか成功したようだな」


 安堵の息と共にルグベルクはその場で座り込み、別働隊とフィンも作戦の成功を盛大に祝い合う。

 補給ルートの大々的な崩壊と、発着場の一部崩落によって帝国軍歩兵部隊によるセクター侵攻は大幅に遅れを取ることになるだろう。

 これで駐屯軍や負傷兵達が撤退する時間を確保することができる。


 この瞬間から第三層地区で鳴り響いていた銃声は穏やかになり、敵帝国部隊の指揮系統の乱れが発生しているのか、戦闘地区では後方に引いていこうとする帝国軍部隊が散見され始める。


 ―――その時、フィンの通信機にとある報告が入ってくる。


「......なるほど、分かりました。下層の民間人の避難は概ね完了したとの報告です、そろそろ我々も撤退の準備を」


 フィンからのその報告を聞き、ルグベルクは「よしっ」と頷くとレイシア隊にも通信機で撤退準備を呼びかける。

 近くに築いていた臨時基地からも次々と共和国兵は撤退の準備に取り掛かっていく。


 ルグベルクからの撤退の呼びかけに、レフティア達と共に切り込んだホノルは「撤退ルートを塞がれて混乱した敵歩兵少数部隊の殲滅を完了次第撤退する」と応え、ルグベルクとの通信を終了する。


「おお、相変わらずおっかないねぇ。さて、先に我々は引くとするかね、すまんなぁレオ、あんまり出番なくてな」


 ルグベルクはレオの肩を軽く叩いてそう言った。


「気にしてねぇよ、出番がないのはある意味いい事だ。それに、初任務がホワイトで助かったよ」


 レオがそう答えると、ルグベルクは「がはは」と笑って見せる。その風貌はゼンベルとよく似ていた。

 驚く程静かになった前線辺りの銃撃音は、度々銃声が発せられるとはいえ戦闘の一時的な終焉と膠着を感知させられるものだった。

 レフティア達より先に撤退することになった残りのレイシア隊は、数多くの負傷兵と共にセクターを下層に向けてエレベーターで下っていく。


「レフティアさん達は大丈夫だろうか......?やはり援護しに行ったほうがいいんじゃないか?」


 レオはそう言うと、ルグベルクの軽い笑い声がエレベーター内に鳴り響く。

「何か変なことを言ったか?」といったニュアンスの目線を送ると、笑いを緩やかに止めたルグベルクが真剣な表情で見つめ返す。そして部隊のシンボルマークのようなものを胸ポケットから取り出す。


「我々はお互いの絶対的な信頼をもとに成り立っているのさ、彼女たちがこんなところで死ぬような奴らじゃないってのは我々が一番分かっている。レオ、我々が常に一番の理解者でなくてはならない。命を賭けた仲間というのはそういうものだろう?」


 ルグベルクの取り出したそのボロボロのシンボルマークからは、レイシア隊と共に戦ってきた戦場の数々が、そこからは何となく読み取れた気がした。

 絶対的信頼、それは今までのレオにはなかったものだ。


 ゼンベルや少佐と訪れた最初の区画に戻ってくると、そこにはこちらを見つけたゼンベルが「おーい!」とこちらに向け手を振ってくる。

 どうやらレイシア隊が来るのを待っていたようだ。


「うぉおいゼンベル!無事だったかよぉ!」


「うおぉ!ルグベルク!それにフィン!元気だったかぁ!?ひっさしぃなぁ!?」


 ゼンベルは彼らに近づくとフィンの肩を壊す勢いで強烈に平手で叩き、そのフィンのゼンベルを見る目つきと表情は実に険しいものとなっていた。


「まじでやめてください......」


 フィンがそのように伝えるもゼンベルは無視。

 ルグベルクとゼンベルは再び目が合うや否や、お互いに手を差し出し何か身振り手振りを繰り広げている。

 北方系出身の人々によくみられる挨拶だ。


「―――やぁ諸君、元気そうだね」


 その幼い声にルグベルクとフィンは突如背筋をただし、声のする方を振り返る。

 その先には白銀髪の美しい紅眼の少女、レイシア少佐の姿があった。






















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