第9話 ヌレイ
―――共和国北部。アンバラル領第3セクター、その中央に聳え立つメガストラクチャーの外観が航行中のガンシップの窓から垣間見え始め、いくつかの黒煙がその先で発生しているのが見えた。
かすかだが、現地の無数の轟音がここまで聞こえ始める。
「―――もうすぐ到着だぁ〜、降りる準備をしておけぇ」
ゼンベルが眠そうにそう船内アナウンスをする。
総航行時間で言えば途中立ち寄った燃料補給も合わせて実に約七時間程度。ゼンベルはぶっ続けで操縦をしていた。
南から北まで一夜に横断したのだ、交代もせず一人で担っているというのだから相当な負担になっているはずだ。
「大丈夫かゼンベル」
レオは操縦席側の方へとより、そう声を掛けた。
「あぁ?まぁべつに苦じゃねーが、ちょっと眠みぃな......」
そう言って大あくびをかますゼンベルとは対照的に、少佐の方に疲れている様子はまるでなかった。昨晩あれだけのことがあったにも関わらずだ。
むしろ、これからの戦闘により真摯に備えるかのように窓外を見つめる。
しかし、その人間離れした様子からは、ただ疲労が少ないというより、
(単純に慣れているからあんなにピンピンしているのか、それともそういう覚醒者の体質なのか。どっちなのかねぇ)
「―――ん?どうしたレオ、私の顔になにかついているか?」
少佐はレオから向けられていた視線にそっと気づく。
「あぁ、いや。そういえばミーティア......中尉は大丈夫だろうか?」
レオはまるではぐらかすかのようにミーティア中尉の話題を口にする。
「ん。中尉なら大丈夫だろう。彼女とは部隊創設以来の長い付き合いだが、何かと裏工作のようなヒソヒソとした活動が得意な奴だ。今回もそれなりの情報を集めて後に合流できるだろうさ、フィジカルも強靭だしな」
「あぁ......、確かに。中尉は見た目からは想像の付かないような筋力をお持ちの様で......。その、もしかして......?」
「いや中尉は人間だ、それと彼女の前でその話は余りしない事だ。存外気にしているようだからな」
「ほう......。了解」
乗ってきたガンシップは第3セクターの軍用ターミナルに、誘導灯を持った兵士達によって場所を案内され到着した。
レオ達はガンシップから降り発着場を見渡すと、そこには多くの前線から撤退してきたであろう共和国軍兵士達の大量の負傷兵達が、ありとあらゆる場所に簡単なシートが引かれたその上で寝かされていた。
この状況を見る限りではかなり悲惨な様子だ、ここの展望デッキからヌレイ戦線を一望できるはずの景色は戦闘による黒煙によってその状況を視認する事は困難。
このセクターから少し離れた戦線側の高層ビル群のある場所では、たびたび閃光がちらついて発生し、戦闘は未だ続いていることが良く分かった。
「―――レイシア少佐お待ちしておりました。セクター管理長官が臨時司令室にてお待ちです。既に作戦会議室は開かれています、お急ぎを」
到着した瞬間、少佐の方へ駆け寄ってきたその共和国軍兵士はそう言った。
「了解した、直ちに向かう」
そう言った少佐の後に付いていこうとするレオとゼンベルだが、少佐は手を振りかざしてレオ達を静止させる。
「ここは私だけでいいだろう、君たちはここで他のレイシア隊を探し出して合流しておくんだ」
少佐は簡単にそう言い残してレオ達の前から姿を消していった。
「今更だがレイシア隊ってどうなんだ?まんまじゃねぇか......」
レオはゼンベルにそう言う。
「あぁ?どこもそんなもんだぜ。わかりやすい名前ならなんでもいいだろぉ」
「......で、そのレイシア隊。肝心の隊員は何人くらい居るんだ?」
「俺らをふくめて9人。つまりお前さんが会ってない隊員はあと5人ということになるなぁ」
「その残りの5人はどこにいるんだ?連絡は?てかまずここにいるのか?」
「分からん、まぁ多分ここにいるだろ。連絡はさっきから試してだが、ダメだ。どいつもコイツもでねぇ」
「おい、そんなんでいいのかレイシア隊......」
残りの隊員の捜索をするにしても、このセクターと呼ばれる巨大構造物はその名の通りとてつもなく広く巨大な構造物だ。
片っ端から探しまわるのは現実的ではない。
(とりあえず聞き込みでもするかね)
―――レオ達は手当たり次第に、手の空いてそうな職員や兵士に聞き込みをする。しかし、有力な目撃情報が手に入る様子はなかった。
「んあぁ、こりゃだめだなぁ」
ゼンベルが嘆く。しばらく時間が経つと、手の空いてそうな外壁沿いの通路の警備兵達を見つけ、レオは再び声をかける。
「あの、ちょっといいか。えぇと、レイシア隊を見かけなかったか?」
「―――なんだ?レイシア隊?あのいかれビッチの所属している独立機動部隊のことだっけか?」
「い、いかれビッチ!?!?それってレイシア少佐のこ―――」
レオがそれを言いかけるとその警備兵に口を勢いよく塞がれる。
「おいおい黙れよ!ちげーよ!!!あの女に聞かれたら殺されるぞお前!」
そう言ってその警備兵は手をレオの口から離す。
「―――ん、すまない。早とちりしすぎた。それでなんか知ってるのか?」
「さぁな、詳しい事は分からん。だが流れてくる通信機での話じゃあ、何かしらの機動部隊が前線逃れの兵士のしんがりを務めてたっぽいような事は聞いたが、多分それかもしれないな」
「......そうか、いや十分だ。感謝する」
レオはそう言って手を挙げて軽く会釈すると、その警備兵達から離れる。
仲間を逃がすための時間稼ぎをしていたとするなら、まだここには居ない可能性がある。負傷兵の様子をみてもまだ撤退してきた部隊が到着してからそんなに時間が経っているとは思えない。
「おい、レオ。さっきの話だが......」
ゼンベルはよそよそしくレオにそう話しかける。
「あぁ、俺も丁度気になってたところだ。そのいかれビッ―――」
「うおぉおい待て待て!いちいち最後までいわんくて言い!まじでアイツはおっかねぇからな、いつどこで聞き耳を立てられているかもわかんねぇからよぉ、死んでもその言葉をアイツの前で口にしちゃならんぞぉレオ」
ゼンベルは慌てふためく様子でレオに言葉を被せる。
「あっあぁ......。そんなにおっかないのか......?俺はもう今からでも不安を感じ始めてるよ......」
「いいかレオ、その女は確かにおっかねぇが部隊の中でも戦闘能力だけはずば抜けて優秀なんだ。ただ、その。そう罵り文句を言われるだけの事は確かにあるんだなこれがぁ、まぁお前も見れば分かる......」
「そ、そうか。肝に銘じておこう......」
レオは心に重い将来的不安を抱えながらも、話を本題に戻す。
「まっ、まぁそれでだゼンベル。肝心のレイシア隊だが、もしかするとここにはまだいないのかもしれないぞ」
「あぁ、あの警備兵の話を信じるんでありゃ、あいつらまだ戦ってるかもなぁ......」
ゼンベルは黒煙の渦巻く戦線の方へと視線を向ける。
「少佐に指示を仰いだ方が良いかもな」
「あぁ、確かにな」
ゼンベルは携帯通信機をその場で取り出し、少佐に連絡を図ろうとする。
―――しかし、その時。セクター上層階からの複数の爆破音が建物内に突如響き渡った。
「―――な、なんだっ?爆撃?!」
その爆発音が全体に響き終えた後、すぐにセクター全体に緊急警報とオペレーターによるアナウンスが響き渡る。
「―――第二区画、及び第三区画にて帝国軍の強襲突撃機による歩兵部隊の侵入が確認されました。その他襲撃位置、共に詳細戦力は未知数。周辺区画のセクター駐屯部隊はこれを直ちに迎撃してください。民間人の避難を最優先、動けるものは直ちに負傷兵の後方輸送を迅速に開始。繰り返します……」
「強襲突撃機だとぉお!?接近に気付かねぇとはアンバラル軍も落ちたもんだなぁ?」
ゼンベルは煽り口調でそう言葉を放つ。
「どうすんだゼンベル」
「ふーむ......、緊急事態だ。お前さんは迎撃に参加したほうがよさそうだな、言われてた通り負傷兵の後方輸送を手伝う」
「分かった、やっと俺の出番ってわけだ」
ここでゼンベルと別行動を取ることになった。
セクターで強襲突撃機による襲撃があったのは、上層の第二、第三区画。
発着場のここは第七区画、民間人の避難所になっているところが第八、第九区画。
荷物用エレベーターで上層まで上がれるが、問題は想定される敵部隊の規模だ。
強襲突撃機、揚陸能力を保有する小型航空機での直接突撃。突撃後は施設内で部隊を展開するという力技極まった捨て身覚悟の戦術兵器だが、これがかなり厄介な代物だ。おそらく大隊規模かそれ以上の帝国兵がセクター内に既に流れ込んで来ている可能性がある。
(てか、武器はゼンベルのガンシップに置いてきてしまっている。とっくにゼンベルは出ているだろうし、武器は現場調達だな)
「おーい!ちょっと待ってくれー!」
上層に向かうであろうと駐屯部隊にレオは声をかける。
「俺はレイシア隊......独立機動部隊の隊員だ、俺も迎撃に参加する。武器庫は近くにあるか?」
「―――レイシア隊だと?あのいかれビッチで有名なレイシア隊か!?マジかよ!おいおい助かるぜあんた!武器庫は丁度こっちだ、ついてきてくれよブラザー!」
レオは苦笑いでその場を切り抜け、その共和国駐屯兵の後を追って航空機の貨物搬送用大型エレベーターに共に搭乗する。
エレベーターは上昇し始めると、突然隣の共和国兵士の一人がレオに話しかけてくる。
「―――貴方、レイシア隊の人なんですか?そういえば他のレイシア隊も先ほど帰還したばかりだと言うのにもう上層に向かったって話を聞きましたよ。さすがですね独立機動部隊のエリートさん達は、憧れますね全く」
通常はヘルメット等で兵士の中身を見る事ができず傍から見るだけでは性別などの区別がつかないが、その兵士の声音で女性の共和国軍兵士である事が分かった。彼女はそう言って部隊を褒めているようだが、妙に皮肉じみたニュアンスをも感じ取れた。
「なにっ!?それは本当か!?」
「えぇ、先ほど仲間の部隊からそう報告する内容の話を聞きましたよ」
「そうか!良かった。このまま順調に合流できるといいが......」
貨物用エレベーターは、第四区画に設置された仮設武器・補給庫にたどり着く。
「―――よし、着いたぞブラザー。武器と弾薬はその辺にあるから好きなだけもっていってくれ。んじゃ、我々は先に向かうんで」
「分かった、感謝する。健闘を祈る」
レオにそう言われその兵士は手を挙げて去ろうとしたが、なにかを言い忘れたのかすぐ引き返してきた。
「―――おい、例のレイシア隊。あそこに居るじゃねぇか、すげぇなブラザー。あんなのと仲良くできるなんてよ」
その兵士の指を指す先に、5人の人影があった。その人物達は明らかに周りの兵士達とは雰囲気や装備の異なる風貌した人物達だった。
彼らは一つの弾薬箱を取り囲み、装備を整えながら何やら談笑でもしているようだ。
「あっ、あれか......?」
「あぁ、仲良くしろよブラザー。それじゃあな」
そう言ってその兵士は去って行った。
レオはその兵士を見送ると、再びその五人のレイシア隊の人物達に目線を向ける。
その五人の醸し出す風格や恰好はまさに戦場のプロを思わす......。
―――と、レオはそう思っていた瞬間。
少佐と同じ、一人のある白銀髪の女性の姿が目に映った。
「あ、あの人......布面積が......!」
確かに、その女性以外の周りの人物達は、共和国軍兵士とは異質の圧倒的なオーラを纏っていた事は確かだ。
他の共和国軍兵士とは別規格の装備を纏っており、防具も異なっている。明らかに特殊な兵士達だ。
しかし、その中でもずば抜けて特殊な人物の姿、全体の布面積が肌に比べて10%にも満たないようなその女性の存在は、極めて強烈にレオの脳に印象付けられてしまう。
(―――なるほどな、ゼンベルの言ってたこと。理解したぜ)
軽く赤面をしたレオは目を瞑りながら、そんな風に心の中で思うと、残りのレイシア隊達と合流すべくその五人の集団へと憂えげな様子で近寄っていったのだった。
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