第8話 侵攻の兆し

 ―――セクター7の空域から飛び出た少佐達のガンシップ。

 落ち着きを取り戻したその船内では、少佐が友軍に強襲された一連の出来事について船内の通信機から上層部と連絡を取り合っていた。


「―――なるほど......我々を襲った部隊は、アウレンツ大佐のとこの連隊規模の部隊ですか......。実に信じ難い話です。今回の騒動での指揮系統は判明しているのですか?指揮官は?アウレンツ大佐が直々に指揮を?さて、彼の恨みを買った憶えはないですが......」


 船内からは少佐の更なる上官か、又はそれ以上に匹敵する関係者と思わしき人物との会話が聞こえてくる。

 少佐の反応を見ている感じでは、アウレンツ大佐とやらの独断作戦という事らしい。それにしても物騒な世の中になったものだ、今となっては軍の内部抗争など珍しくもない話になってしまったが、まさか自分自身がそれに巻き込まれる立場になるとは。


 肥大化した軍事力を持て余す利己主義な指揮官達が己の軍閥を潤わす為の下部機関となり下がり、こうして度々軍内部での抗争が勃発する。

 その度に各勢力とは利害関係が浅い地方傭兵達はよくこき使われ雇われたものだ。

 こんな欠陥だらけの悲惨な軍事態勢のまま既に数百年が経とういうのだ。

 正に世は乱世とでも言うべきか、よくこんな国が未だに成り立っているものだと心底不思議に常思う。

 だが、少佐の言う『覚醒者』なるモノたちの存在と、周辺国との取り巻く環境を考慮すれば、一見無秩序のように見えるこんな現状でも、なにかどこかで合理的な側面があったとして不思議ではない。

 まぁ結局のところ、如何に崇高な文句を垂れた所で世界の状況を高い所から見渡せない以上、複雑な世界機構を考慮できない素人見解など、何の生産性もない私的な戯言ではあるのだが。


 しばらくすると、連絡を終えた少佐は座り込んだレオの方へと静かに近づいてくる。


「......我々を襲った部隊の指揮官、アウレンツ大佐だが......彼の遺体が先ほど自宅オフィスで確認されたのだそうだ......。それも、死亡推定時刻約三日前......、作戦決行日には既に彼は生きていない。だが作戦に関わった連隊の聞き取り調査によれば大佐は現場で指揮を取られていたと言うのだ」


「―――え、えぇと、つまり......成りすまし、ということですかね......?」


 レオはそう歯切れが悪そうにそう言う。


「―――ふむ、話によれば。大佐は部下たちとの交流は深かったと聞いている、そんな慣れ親しんだ隊員相手に気づかれない変装など、そう簡単にできるものだろうか。姿や声まで似せていたとなると非常に高度な芸当だ」


「いやぁ、その。ぶっちゃけ覚醒者の能力って線はないんですか少佐、俺みたいなそっちの事情に詳しくない素人からしたら、真っ先にそれを思いついてしまうが」


「まぁ、否定はできないな......。なにせ覚醒者の中には我々の理論で体系化できない不可思議な力を持った存在の例も、私の管轄外故に噂程度だがたまに聞く事がある。だが、さすがにそうなると尚更非現実的、不可能かもしれないな」


 ―――非現実的......?俺から見れば、少佐の能力だって非現実的なモノの類のように思える。

 それを踏まえてなお不可能に近い能力というものがあるという、いくら覚醒者といってもなんでもありというわけでもないのか。


「なぜ、尚更不可能だとお思いで?少佐」


 レオはそう少佐に問う。


「なぜ?か......そうだな。我々覚醒者と言っても、その能力の殆どは似通ったものばかりで、思う程個体別による多様性は余りあるとは言えない。そんな覚醒者すら先天的に人類の中から生まれてくる確率はずっと低く、その中でも更に特殊個体が出現する可能性は極めて低い。単純に確率的な話だ、それにそんな特異存在は上層部の組織が全土に張めぐされた地域ごとのヘラクロリアム濃度を測定する監視網によってすぐに目をつけられる。そうなったら早急にイニシエーター協会に回収されるか、イレギュラー要素であればどこかへと幽閉されるか。まぁ後者のは噂程度の話で本当にそうしているかは私でも分からないのだが」


 少佐がそう話をしていると、背後の通信機が着信音の如く鳴り響く。

 それに気づいた少佐は振り返ると、再びその通信機を手に取る。


「独立機動部隊本部からか。―――はい、レイシア少佐です。閣下でしたか......。えぇ、我々は全員無事です。それより今回の件、実に不可解ですね。そちらでも調査部隊を回して頂けると助かります、我々も一人諜報要員を置いてきましたので、そちらの方で協力して頂ければと。えぇ、あぁいえ、我々はこのまま北上してアンバラル第三共和国に向かい、前線の救援要請に応えようかと」


「―――なに、それは本当か!?ならいますぐ引き返すんだ少佐」


「......?なぜですか閣下......?」


 少佐はその通信機を手に取ったまま怪訝な顔を見せる。


「―――ヌレイ戦線は帝国軍の大規模侵攻による今しがた崩壊したとの報告が入っている。ヌレイ戦線のアンバラル北部統合方面軍は現在、第3セクターまで撤退している。前線基地は既に陥落し、非常事態宣言が何れ発令されだろう。貴様たちは一度中央セクターに帰還し、再編成の命令を待つんだ」


「そ、それは、本当なのですか閣下!?......しかし......お言葉ですが閣下。我々はこのまま北部第3セクターに向かいます。向こうに部下を置いてきています故、みすみす部下たちを見殺すような真似は、できますまい」


「―――そうか、ではそうするといい。私は止めんよ、何かと戦い続きのようだが、今は幸運を祈るとしよう。くれぐれも死んでくれるなよ少佐」


「はい、閣下」


 そう言って通信が切れると、その場には静かな空気が数秒続く。少佐の表情からは重たい空気が船内に伝わり、それは直に見ていないゼンベルですらそう感じさせた。


「......少佐?なにかあったんですかぃ?」


「ふっ、あまり驚くなよゼンベル......ヌレイ戦線が崩壊したとさ」


 少佐がそう言うと、ゼンベルは言葉にならないような声を出す。


「......うぇ?......えっ???いや、えっ?へっ?少佐。いや、えっ?えええええええええええええええええええ!?!?!?!?」


 ゼンベルは急に馬鹿でかい大声を出すと同時に機体も揺れた、レオはゼンベルのその大声に思わず耳を塞ぐ。


「うるさいぞゼンベル、とにかく今は部隊と合流する為にもこのまま第三セクター、現在の帝国軍との最前線基地に向かう」


 少佐にそう言われたゼンベルは小声で謝ると、黙々と操縦桿を握り直す。


「さて、一度や二度のトラブルで終われないのがこの職業のいいところだぞレオ?とはいっても、こんなタイミングでの帝国軍による侵攻なんてな......、まさか私が生きている内に大国同士の大戦争を拝む事ができるとは、いやはや、完全に想定外だ」


 少佐はレオの方をみながらにやにやとそう語る。


「嬉しそうだな......、少佐。しっかし、まぁまさか北方の戦線が破られるなんて、ましてや世界最強の軍団規模を誇る共和国軍に限ってそんな事があろうとはねぇ......、平和ボケってやつですかねぇ?常日頃から闘争心を燃やし続けてきた帝国の咄嗟の侵攻に対応できなかったとはね、まぁ非国民の俺からしたら別にどうでもいい話って感じだが、地方傭兵時代の俺だったら仕事が増えるつって飛んで大喜びしてたかもな」


「まぁレオ、初任務からいきなり大戦争に突入した兵士などそう居るもんじゃないぞ?こんな経験滅多に出来ないんだ、せいぜい心待ちにして欲しいものだがな」


 少佐の純粋な善意なのか、少女特有の無邪気な笑顔を振りまくその姿と、そのような皮肉かどうかすら分からない言動は、レオを悉く悩ませるが、同時に静かに胸の内で覚悟を決め始めていた。


 気流に揺れる船内で不安に煽られながらも、レオ。

 そして少佐達は戦火真っ只中であろう最前線基地、少佐の部下たちが待つ、第3セクターへと向かって行った。

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