第3話 理に触れざる手
「―――レイシスの子.....か......」
レイシア少佐は怪訝な顔をしながら、小声でそう復唱する。
「あれは......一体なんなんだ?培ってきた経験や知識が通じないような......、何かが生物として根本的に違う。奴と俺にある、明らかな壁......。そんな感覚を、俺はあそこで味わったんだ......」
少佐はうつむいたまま、レオの抽象的な語りを静かに聞き届けた。
「―――あれは、この世に居てはいけない存在だ。あんなものが存在していいわけがない、あんな理不尽なことがあっていいはずがない......!あんた達はアレについては何か知っているのか!?」
レオの張った声に動揺する素振りもなく、一間置いてレイシア少佐が口を開いた。
「君が求めている答えを、我々は知っている」
あんなものが本当に実在するというのか、せめて幻覚であって欲しいと、レオはそう願っていた。
かの存在に対してまるで無力であったという印象を強く抱いていたレオは、傭兵としての矜恃を、奴が存在するだけで踏みにじられているように感じていた。
レオはかつて、国際的な民間軍事会社である【センチュリオン・ミリタリア】の地方傭兵組織支部にて【戦略傭兵隊】に抜擢されるほどの腕前と実績を持つ、ベテランの傭兵だった。
彼がベテランの傭兵である由縁は、その優れた身体能力もさることながら、現場での戦術レベルの思考能力に非常に長けていたからだ。
その彼の戦術立案における大前提として、如何なる人間であろうと、例え世界一の兵士だろうと撃てば死ぬ。
それが全てだ、それはどうしたって覆らない大原則のはずだった。
だが、現実は。実はそうではなかった。
レオの中の大原則は、たったひと時であっという間に全て崩れさった。
その身に秘めていた傭兵としての絶対的な自信は、虚像の上に成り立っていたものだと知った。
レオを支えていた哲学は、その時に崩壊したのだ。
「知っているのか......奴はなにものなんだ......?あの力は一体なんなんだ……?」
レオは答えを急かすように話す。
「まぁ待て、まずは我々のところに来てくれないか?」
レイシア少佐のその言葉に、レオは一瞬困惑する。
この子は何を言っているのだろうかと。
「君が聞きたがっている話は、我々の所に来てくれさえすれば、いくらでも話してやる。その気があるならばついてくるといい」
レイシア少佐はそう言うと席を立ち、そのままあっさりと外へ出ていった。
「いっ、一体いきなり来るなり何なんだ......?」
レオがそう言うと、もう一人の付き添いで先程からずっと立ちっぱなしだったその女性軍人は、長らくの沈黙を破り、レオの目を見て話しをかけてきた。
「―――えーと、そういえば私の自己紹介がまだでしたね。私はミーティア・ミルクォーラム中尉です、以後よろしくお願いします」
ミーティア中尉はそう名乗ると、レオに対して礼儀正しくお辞儀をする。
「あっ、あぁどうもこれは丁寧に......自分はレオ......レオ・フレイムスです」
レオもそう名乗り返すと、ミーティア中尉は突如目を輝かせた様子でレオを見つめる。
「はい!それでレオさん!是非うちのところにきてくれませんか?あなたのような英雄が来たらきっと大騒ぎです!!!」
ミーティア中尉の、先ほどとの態度の変わりようにレオは目を見開く。
「え、英雄??……それにうちのところってどこ……あっ、ちょ、ちょっと!」
ミーティア中尉はレオの手を無理やり掴みながら外へ連れて行くなり、彼女たちが乗って来たと思われる重甲な装甲車両に、レオは押し込められた。
(おいおい......、ほとんど強制連行みたいなもんじゃないか、てか俺普段着だし......しかもこの人......見た目からは想像もつかないほどの握力だ......)
ミーティア中尉の手を振りほどくのは困難だ。
なにか特別な訓練でもしているのかと疑ったが、ここは変に抵抗するよりは大人しく従った方が身のためになりそうだと、レオは判断する。
そんな思考を巡らせているうちにレオを乗せた車両は目的地も聞かされないまま、すぐに走り出した。
「あ、あの。これから一体どこへ?それに英雄って一体なんのことなんだミーティア中尉殿?あまり身に覚えがないのだが……」
そう言うと、ミーティア中尉はすぐ様に反応する。
「あれ?知らないんですか?巷では未知の空中要塞の脅威から都市を守ってくれた英雄としてちょっと前に話題になってたんですよ!」
ミーティア中尉はウィンクをしながらそう言うと、レオの手を遂に放す。
「え、嘘でしょ......?」
まさかそんな事になっていたとは。
―――ここ三ヶ月。レオはずっと自宅に引きこもっていたというのと、ネットは映画や何かしらの動画を見るに時間を膨大に割いていたので、ここ最近のニュース等の外の情報は殆ど知りえていなかった。
引きこもっていた理由として、例のあの星屑作戦以来、精神的に無気力状態になっていたというのもあるが、単純に外に出る必要がなかったからだ。
あのあと事前の契約通り、莫大な報酬がレオの口座に振り込まれていた。
レオの哲学が通用しない存在と、金には暫く困らない実情のダブルパンチにより、レオは鬱にも似た無気力状態になってしまったのだ。
彼女たちは、俺がここ三ヶ月の間も精神的に深刻な状態だったとでも思っているのだろうか、そんなことは余りなく、確かに帰還直後の記憶はあの覚醒者野郎にかけられたプレッシャーのせいか曖昧で、精神的な異常を抱える日もあった。だがそんなものは無気力の精神状態のせいか初めの数週間で消え失せた。
英雄だのなんだの、褒められるようなことは何もしていない。俺は唯、任務とは言え無抵抗の職員を殺して雑に生きて帰ってきただけの凡人だ。
行ない自体は子供に出来るような事であって、俺である必要はない。
(まぁ、労ってくれていることだしそれは別にいい。しかし、まさか世間で英雄扱いされていたとは割と驚きだ。傍から見れば、俺の成し遂げたことはそれなりの偉業であるようにも見えるんだろうか?それに俺以外の選りすぐりの傭兵達が生きて帰ってこなかったことを考えれば、確かに英雄っぽくも見える)
「えぇ、ですからうちのところの子もきっと大喜びすると思うんです!あぁーもう今からでも反応が楽しみですぅ!!!」
ミーティア中尉は一人で勝手に盛り上がっている。
「えぇと、うちのところってどこのことなんだ......、貴方達は俺をどこへ連れて行く気なんだ?」
その問いに対して返答であるかのようにミーティア中尉は満面な笑顔をレオに見せるが、答えてはくれることはなかった。
ふと分厚い装甲車両の網が掛かった窓から景色を見ると、この辺は既に都市部近くに来ていることが分かった。
そこはただただ、広大に広がる住居区と格差を表すかのような高層ビル郡とメガストラクチャー。
住居区には南部戦線から逃れてきた人たちで溢れて定員を遥かに上回っている。
南部戦線は長らく機械軍の脅威に晒されており、機械軍が共和国を離反してから数百年が絶った。
大きな戦争はないものの、その間もずっと紛争が続いている。
つい最近までは、バスキア戦線の迎撃城塞に小規模の機械軍部隊が進行してきていたが、迎撃城塞が容易く撃退していた。
今となっては、軍事力を着実に増し続けていると言われている機械軍に対して、これといった対抗策が立案される事はなく、潜在戦力を鑑みて、機械軍の現在は共和国軍と拮抗状態にあるとも言われている。
それ故か共和国を含めた人類圏は、いまだ機械軍に取られた領域を取り返せずにそのままでいる。
―――共和国は東西南北の脅威に対して備えなければならなかった。
南の機械軍アステロイド、東西のアルデラン卿国、そしてかつて世界の全てを侵略する一歩手前まで迫ったガンレイ大帝国の継承国家、北のレジオン帝国。
卿国とアステロイドに関しては、元々自国軍自国領であったのだから、この惨状で敵国に囲まれているなど実に皮肉な話だ。
レオはそんな事を考えていると、気づけば目的の場所についたようだった。
場所的には第七セクター都市圏からはそんなに離れてはいないだろうが、樹木が生い茂る自然に溢れた静かな場所だ。
車両から降り、しばらく歩くと賑やかな子供たちの声が聞こえてきた。
するとやがて、遊具で遊ぶ子供たちが視界にはいってくる。
「ここは……?」
「そうだな、児童施設に併設された我々の隠れ家みたいなところだ」
レイシア少佐は子供たちの世話係に軽く会釈をする。
レオはレイシア少佐の後にそのままついて行くと、今ではお目にかかることのないような形式の古い門を開け、施設の中に踏み入る。
中は外観とはイメージのことなる近代的な内装で、ミーティア中尉は窓張り近くに椅子を引き、外の子供たちを眺められる位置に座った。
そしてミーティア中尉にこのテーブルの近くに座るよう手招れる。
全員が座ってからしばらくして、レイシア少佐が最初に口を開いた。
「さて、まずは【レイシス】について話すとしようか」
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