第4話 決断と日々


 ―――少佐はレイシスと呼ばれる存在についてレオに口を開く。


「君が要塞で会った『レイシスの子』とやらと意味深な事を言い残したその人物についてだが、おそらく我々が認知している人物と同一のものだろうと考える」


「はぁ、あれは......幻じゃなかったか」


 レオは愕然且つ疲弊とした様子で体の力を抜き、上体を脱力させ前傾させると、その後手を額に当てる。


「まぁそういうことになるかな、そのような存在を我々は、覚醒者。もしくはディスパーダと呼称している。もう少し詳しく言えば、それらは何らかの激的なきっかけで、もしくは先天的に未知数の粒子『ヘラクロリアム』を超越的に司る者達だ」


「―――ヘラクロリアム……?それって俺たちの体とか、この周りの空気とかに普通に存在してるやつだよな……?そんなもんに特別な力があるってのか……?はっ、それこそ信じられないな。そんな魔法みたいな話、それにやはり、あれがとても人間に操れる力とは思えない。あんなものが人間にあったら世界はとっくに滅んでいるだろ」


「貴殿の言う通りだな、いきなりこんな話。歴史を学ぶことの少ないこのご時世、一般常識の範疇で常人に理解出来るはずもない。そしてたしかに、かの力は人の身にとっては余りにも強大すぎる力だ。まぁだが、そこまで卑屈に考えることもないだろう」


 そういうと少佐は足を組み直し、机に乗せた腕で頬をつく。


「なぜだ……?人の身ではとても敵わないような存在が、この世にあるって言うんだぞ?」


「まぁ考えてもみろ。そのような奴らが古来から跋扈していたとして、何故今になってもこの情報化社会の中、お前たちの間では噂レベルで知り得るか怪しい存在でしかないのかをな」


 少佐のその言葉に、レオは目を細める。


「結論としては簡単な話だ。遍く全てのディスパータ達が悪者とは限らないということだ。古来より正と負、両極の均衡がお互いで相殺し合うように大きく秩序を乱すことがないように務めてきた事、そして表舞台から姿を消してから数百年の時が流れてしまっているということや、大多数の人々に歴史を学ぶ機会が無いことも大きな要因と言える」


「……えぇと、つまり。奴のように、また対になるような存在がいて、それに俺たちはずっと守られてきたから、直接知る余地がなかった……ってとこか?」


「まぁ、大局的には概ねそんな感じの認識で問題ないだろう」


 レオはそれを聞くと、再び頭を抱える。


「そうか……それもまた信じ難い話しだが......」


 レオが言葉に詰まっていると、少佐は話を切りだす。


「そこでだが、君に頼みがある。我が共和国軍独立機動部隊・レイシア隊に入隊してほしい。君のようなディスパーダとの交戦経験を持つ傭兵は貴重だ。私はそういう人材を積極的に採用している」


 少佐に部隊への勧誘の話が突如持ち出される。


「おぉ、こりゃまた随分唐突な」



 ―――少佐は俺を都合のいい手ゴマか何かにしようとしているのか、目的は分からない。分からないが、自分の中の失われていた戦闘意欲的好奇心が再び叫んでいるのも事実としてある。

 何故だが分からないが、少佐にその勧誘の話を持ち出された瞬間、俺の体はあのレイシス。奴との再戦を望みはじめていた。

 結局どこまでいっても俺は生まれながらの戦闘民族なのだろう。


 過去にレオが居た辺境の孤児院、機械軍の斥候部隊の襲撃に為す術のなかった孤児院で、幼少だったにも関わらず、大人たちが怯え隠れる中で俺は唯一抵抗し、倉庫に居た一体の軽装機械兵を傍にあったトラックに乗り込んで咄嗟にアクセルを踏み押しつぶした。

 その後すぐに、通りがかりの共和国軍が駆けつけてきて、機械兵を撃退し孤児院は一時的に救われた。そこで出会った共和国軍兵士との交流を経て、その姿に憧れ、戦闘をする事への高揚感と共に俺はいつしか共和国軍の軍人を目指しはじめた。


 その為に地方傭兵組織に加入してミリタリア社のプログラムである基本訓練課程をこなし、簡単な任務を着実にこなしては実績を溜めていった。

 組織の推薦でそのまま共和国軍への正式採用を経て順風満帆に共和国軍人になろうとした。

 が、傭兵の任務をこなしていく内に、共和国が如何に腐敗し、乱立した軍閥同士での内戦が繰り返されてるかを知った。

 何故なら斡旋される任務の内容はいつも企業間紛争や軍閥の内戦に関するものばかりだったからだ、そうして俺は共和国軍人をいつしか志す事をやめた。

 だがこの時、俺は戦線から離れた内地のセクターに異動して安寧の日々を過ごすことも出来た。だが、そうはしなかった。

 青年期を傭兵稼業で過ごしてきた弊害か、日々の安全な日常が退屈で仕方がなかった。自分の考えた戦術や会得した体術が有効に作用するか、そんなことばかり考えてろくな娯楽すら知らない体になってしまっていた。


 金の有り余る生活は俺には合わず、所詮自分は泥沼な戦場に己の存在価値を見出してきたどうしようもない人種、そうせざるをえなかった人間。

 俺にとって戦いのない日常など、それこそが非日常ですらある。

 だから、この少佐の誘い話は願ってもない話だ。

 未知の世界に踏み込み、俺はその世界を見たい。新たなる戦場を。


「―――しかし大きくでたな少佐、言っとくが生き残ったって言っても、別に奴と互角に戦ったわけでもなく奮闘したわけでもない。ただ、何の間違いか奴に生かされた。それだけだ。俺にできる事と言えば、今まで通り戦うことくらいだぞ」


「それは問題ではない、これは意志の問題だ。君からは奴と再び交えたいという意思を明確に感じられる。それに、傭兵業じゃ随分色んな作戦で戦果を上げていたようじゃないか。そんな人物が来てくれれば我々も尚更心強いよ」


 レオにとって特に断る理由もない、ないが。レオはもう少し探ろうとする。


「それで、俺が入るとしても、メリットはなんだろうか?」


「メリット?まぁ、そうだな……」


 少佐は頭を悩ませるようにしばらく間を空けてから答えた。


 確かに俺は端的に言って戦いを求め、傭兵稼業をしている。だがあくまでこれは俺の為の戦いなのであって、共和国軍のような崇高な使命をもって戦いに挑む兵士とは訳が違う。これは、兵士とは区別してもらいということを示唆した問いだ。


「独立機動部隊レイシア隊は、軍とは別個の独立した私の為の部隊だ。私設部隊だから規則は緩いし、福利厚生も特段手厚いぞ。あとは......食料に困らず、寝床もあって。崩れ切った生活リズムを正すことができる。武器弾薬には困らないし、うむ。悪い話ではないだろう」


 なんとも魅力的なお誘いだ、俺が無知な人間でなければあっさり鵜呑みにしていた事だろう。はたまた、地方の人間だと馬鹿にでもされているのか。これは、聞いたところではただの公務員の通常の待遇だ。


「いや......」


「ん、不満なのか?」


 不満ではないが現状のその話に乗ることのメリットと言えば、然程ない。なぜなら提示した例の殆どは既に自前で謳歌している事だ。


「それは、メリットとは呼べないでしょ」


 少佐は唖然とした顔をする。


「ん。いや、問題ない。どうせろくな生活をしていないんだろう。なに、深く考えることもあるまい。新たな新生活をスタートさせると思えば、な?どうせなら充実した戦場ライフを送りたいのだろう?孤独な生活はやめて、我らと共に歩もう」


 偏見まみれの言葉を羅列し、そういって少佐は今までの落ち着いた表情からは想像のつかないような笑顔で手を差し伸べた。

 となりのミーティア中尉も「さぁ」と言わんばかりに見つめてくる。


(ハニートラップにもで会っているかのようだ)


 家族の顔もろくに覚えていないし、仲間意識など要らないと思っていた。

 だが、三ヶ月にも及ぶ無職期間を経て、久しぶりに組織の一員として共に歩んでみたいとも思った。

 少しは俺の人生にも華が咲くなら、乗ってみるのも悪くないかもしれない。安易な考えだ、だが複雑に考えるような人生でもない。これでいい、どうせ碌な人生などでは鼻からないのだから。


「まぁそうだな......俺でいいのなら、その話に乗りますよ」


 そう言って、彼女の手を取った。


「交渉成立だ」

 

 レイシア少佐は俺の手を軽く握り優しく離すと、振り返って歩き出す。


 そして。


「―――あぁ、そうだ」


「ん、なんだ?」


 少佐は少女早々の眩しい笑顔でこちらに顔を向かせる。


「君の膨大な報酬金、喜んで我が部隊の資金として活用させてもらおう」


 一回立ち止まった彼女はそう言ってまた振り返って歩き出した。

 見たことのないような笑顔で。


「もしかして、俺って金目当て……?」


 レオはそう言うと、ミーティア中尉が慌てて取り繕うとする。


「そ、そんなことないですよ!あなたの実績や経歴をちゃんと考査して我が部隊に迎え入れたんです!お金目当てなんてととととんでもない!!」


 ミーティア中尉は必死の形相でそう答える。


 その後、レオはこの施設に泊まることとなった。

 ミーティア中尉に部屋を案内されると、そこは思っていたよりも快適な空間が広がっていた。

 ダブルベッドに、小さめの個人用冷蔵庫に最新機種のホログラムTVまであった。このホログラムTV、元は軍用の作戦指令室にでも置かれていたような代物であったが、それが最近になって民間にも流れ出てきた目新しい技術だ。

 網膜投影型の仕組みであり、専用のコンタクトを取り付けて実際の景色と連動した立体感のある映像を楽しむことが出来る。

 軍事的な場面では、高級将官のような人物達がリスク無き現地偵察の手段としてや、兵士たちの仮想実地訓練等で使われた。


「まるでそこら辺のホテルの一室だな」


 レオがそう言うと、ミーティア中尉は安心したような顔で胸に手を当てる。


「気に入っていただけたようでなによりです!では早速、業務の方明日からよろしくお願いしますねレオさん!では失礼します!」


「あっ、ああ。ではまた明日......」


 彼女はそう言うと、さっさと部屋を出て行っていった。

 

 聞きたいことはまだあったが......まぁそれはいい。

 今日はいろいろ突飛な事があって流石に疲れた。早めに寝て明日の業務とやらに備えるとしよう。


 レオはそんなことを考えながら、ベットに横たわった。




 ―――レイシア隊の隠家を周囲する謎の部隊の姿があった。


「―――作戦指令室より各隊通達。当該施設に標的の存在を観測手が確認、作戦をフェーズ2へシフト、また正面入り口は施錠されている。ブリーチングを行われたし」


「―――了解。待機中突入部隊は作戦行動を開始、施設にブリーチングで速やかに突入する」


「―――後方支援部隊、配置完了。ガンシップ待機中、次の指示を待つ」












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