第2話 世界は未知領域
ーーーあれから3ヶ月程が経っただろうか。
気づけばもう夕暮れだ。目覚めたのは約1時間くらい前。
生活リズムが完全に乱れきっていた。
重い体を起こし、部屋の隅に置かれた冷蔵庫に手を伸ばす。
冷えきったアルコール飲料を取り出すと、近くのシーツが無惨に剥がれたボロボロのソファーに腰を掛ける。
(そういえば、最近寝てばかりだな)
いまのところあれが、俺の傭兵家業で最後の任務だ。
それからは何もせず、ただ呆然と日々を過ごす。素晴らしきかな新しい日常だ。
あの作戦、生き残ったのは俺だけらしい、他の傭兵はみんな死んだとか。
俺たちは反撃する暇もなく理不尽に殺されて、俺だけが生き残っていた。
摩訶不思議な話だ。今となっても何故生き残れたのかは分からない、確かなのは俺はあの後、与えられた施設の自壊プログラムを始動させ、他の傭兵達と共にあの黒づくめのアイツに立ち向かったという事だけだ。
そして、奴は自分が意識を失う前の最後にこう言っていた。
「レイシスの子......」
俺がその言葉を思い出しながら口にその言葉を出すと、何の因果か玄関のドアがタイミングよく叩かれた。
品のあるノックが室内に響き渡る。
(なんか、頼んだっけな)
レオの住居は、共和国南部戦線『バスキア戦線』の更に向こう側。
共和国の経済圏からしてみれば、辺境に位置している。
宅配など、頼んだところで届くのは数か月後がザラだ、故に過去に頼んでいた発泡酒やらのネット注文が今頃届いたのかもしれない。
しかし、これだけ世の中が便利なって身の回り品の確保など不自由しない時代になっていながら、何故未だに辺境からの注文に関してだけは進捗がないのか。
いや、そうではない。進捗は確かにあった、だが同時に衰退もしたのだ。
それは機械文明とのある種の決別が、今の歪なハイテクノロジー社会を生み出した。
ハイテクノロジーでありながら、どこか原始的な人類社会。
随分過去にあった人工知能による、アステロイド配送サービスなど、レオが生まれる以前にしか存在していない伝説の宅配サービスだ。
今となっては、しっかりと人の手から人の手へと、その荷物は紡がれていく。
レオはドアを外側に押して、扉をゆっくりと開ける。
「はい......どちらさま......?」
恐る恐る声を出しながら、その訪ねてきた人物を目視する。
すると、そこには軍服と軍帽を身に着け、白銀の髪を靡かせた見覚えのある『少女』がそこに立ち澄んでいた。
その少女は、こちらを軍帽をあげながら視認すると、整然と言葉を放った。
「こんにちわ、私は共和国軍参謀本部から特任で参った【レイシア・アルネート】少佐だ。貴殿は【レオ・フレイムス】......で合ってるかな?夕暮れ時にすまないが、以前の君が遂行した任務について確認したいことがあってね」
(共和国軍参謀本部だと?わざわざそんな所から......今更何用だ?)
「あっあぁ......えぇと......」
ドアを開けきると、そこにはもう1人、ショートヘアの茶色の髪をした女性軍人が居たことに気づいた。レオは思わずその女性をまじまじと見つめる。
「―――あの、なにか?」
レオが見つめていたその女性は、そう言葉を放つ。
「あっ、いや......」
久しぶりに女性を見たからか、つい惚けてしまっていた。
その光景をみて、隣に居たレイシア少佐は微笑している。
レオは見覚えのある少女の方へと目を向け、頭を軽く抱えながらその少女の事を思い出す。
「えーと......たしか貴方は......」
レイシア少佐はレオと目が合うと、軍帽を両手でゆっくりと外す。
「憶えているだろうか?」
その問いに、健気さを感じ取ったレオは思わず反射で言葉を出す。
「もっ、もちろん!えぇーと、あれですね、確か【星屑作戦】の時の......」
レオは最後に共和国第7セクターに訪れた時の事を鮮明に思い出した。
「覚えていてくれたか、それは結構。ところで、中に上がらせてもらっても?」
レイシア少佐はそう言うと、ひょいと背伸びをしてレオの背後の部屋の中を少し覗こうとする。
「えっ、あっ!!!ちょっーとまってください!!!今少し片付けるんで!!!」
そうレオはこの場に言残すと、扉を閉めすぐ様部屋に飛び戻る。
缶類の飲みかけや、いわゆる如何わしい本等をまとめてゴミ袋に突っ飲み、奥の部屋隅に放り投げた。
やがてレオは簡単に清掃を終えると、再びをその扉を開け彼女たちを招き入れた。
レイシア少佐は部屋にはいるなり、辺りを見渡す。
「かなり時間がかかったようだけど、なにか見つかったらマズいものでもあったのかな?」
レイシア少佐は、ややにやけた様子でそう言った。
「いやいや!そんなことはないですけど!ただ、人が我が家に上がるのは随分と久しぶりなものでして......とても人に見せられないほどゴチャゴチャしていただけですよ」
レオはそう言うと、レイシア少佐に連れ添っていたもう一人の女性がレオの前へと出てくる。
「―――どうやら我々が思っていたよりも元気そうですね......、あなたが最後に帰還したあの時は、会話も出来る様子ではありませんでしたから......」
その女性はそう言うと、レオは妙に勘繰り触った。レオはとっとと話を済ませようと、単刀直入に彼女たちの本題へと切り込む。
「―――それで......。俺の様子を見にきたにしても、約三ヶ月近くも期間をあけて来るって事は、どうも単純な聞き取りってわけじゃなさそうだが......?」
レオはそう言うと、レイシア少佐ともう一人のその女性は目を合わせる。
「さて、どうかな......?まずは席にでも着いてから、ゆっくり話そうじゃないか」
レイシア少佐はそう言うと、近くにあった手頃な椅子に小さな体を乗せる。
レオはそう言われると、とりあえずその場にあったテーブル椅子に座る。
「ただの『よろしくやってるかどうかの』挨拶だとでも?あなた方はわざわざ何をしにここへ来た?」
レオはあくまでも鋭く、彼女たちに問い詰める。
「ふむ、そうだね......。逆に君こそ、なにか私達に聞きたいことがあるんじゃないかな?」
レイシア少佐は軍帽をテーブルに置いて、そう話す。
「んん......?」
(心当たりがない……)
するとレイシア少佐は意外そうな顔をする。
「ほう、君はあの作戦の事について何も思うところはなかったのか?」
―――忘れかけていた屈辱と絶望。そして引っ掛かる数多の出来事。
何故、今の今まで忘れていたのか。
レオは何か記憶の封印でも溶けるかのように、あの時の鮮明な記憶が蘇る。
「―――あの要塞......見かける職員は全て非戦闘員だった。武器の一つも持っていなかった、だが俺達は任務に従って抹殺した。あなた方は、あそこには非戦闘員しかいない事を知っていたのか?」
レオはそう聞くと、一呼吸。間を空けて少佐は答えた。
「知らなかった」
レイシア少佐は短くそう答える。
「そう、か……。あそこには……、暗いローブに身を包んだ、とても大きな鎌を持った奴が急に現れたんだ……。あれに他の傭兵はみんな殺された」
何度もフラッシュバックするあの光景はやはり信じられないものだった、あれは一個人の生命体が保有するには余りにも強大過ぎる。
「アイツは最後に俺だけを殺さずにある言葉を言い残していった……『レイシスの子』と」
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