ディス・パーダ ー因果応報の戒律ー

のんとみれにあ

帝国争乱編

第1話 あの日、見たもの

 ―――作戦開始。


 傭兵達によって抵抗の術なく散って逝ったであろうこの施設関係者の人物たち。


それらの死体は無惨にも、そこらの通路に無秩序に散在している。


 しかし、雇われのプロの傭兵達はそんな事には気を止めず、仮に疑問を抱いても任務の遂行を優先する。

そしてこの、所属不明オブジェクトである衛星軌道要塞の内側を颯爽と駆け巡るのだ。


「―――そこだ……あれが中枢センターだ……」


「―――ここが概要にあったコントロールモジュールだ。これを引き抜いて施設解体プログラムの埋め込み作業を開始する、そこのお前とお前!通路を警戒してろ」


 忠実に与えられた任務を遂行する傭兵達だが。

 ここにいた施設職員の様子からして、プロの傭兵達でさえも、さすがに疑念の念を抱かずにはいられなかった。


 彼らは武装をしてろくに抵抗してこないどころか、警備兵の1人や2人くらい居てもおかしくはなかろうに、そんな人影すらそもそも見当たらない。

 

 感情を押し殺し、ただ彼らを始末する。


やがてしばらくすると、一人の断末魔が通路から聞こえてきた。


「―――何事だ!?」

 

 その場の傭兵達は一斉に元来た道を振り返る。


「―――どうした?!状況を報告しろ!」


 侵入口の警戒を担当していた傭兵部隊から一切の応答がない。


「くそっ、何が起きてる!?各隊通路を警戒しろ!なにか来るぞ!」


 その傭兵達の視線の先、行き当たりの通路から大柄の人影のようなものが現れる。


「―――なんだアイツは…」


 暗闇の中から現れたそれは、重装甲を思わせる装甲服と、それを包むように大柄のローブを体に羽織っていた。

 緋色に輝くフェイスアーマーから覗かせた瞳のようなそれは、まさしく人の命を容易く刈り取る死神のようだ。

 

 その手には実用性を感じさせない巨大で重厚な大鎌、その得体の知れない漆黒の人影に対し、傭兵達はその存在の推察を直ちに中止して直感する。

 

 傭兵達の下した判断は長年の傭兵稼業の経験から選定された迅速な判断だった。


「―――各個距離を取れ!間合いに近づけさせるな!」


 ローブを纏ったその漆黒の存在は、傭兵達に向けて、装甲に包まれたその手をかざす。


「―――なんだ……なにをする気……ぬぁあっ?!」


 前に出ていた数人の傭兵達の上半身が蒸発でもしたかのように消えていく、その有様に後ろの傭兵達は為すすべもなく、絶望に打ちひしがれ地面に倒れこむ。


 その場に居合わせていた一人の傭兵レオ・フレイムスは、その惨状を見届けるこの場の傭兵たちの一員として、同様に立ち尽くす事しかできなかったのだ。

 

そして最後に、その死神はレオに告げる。


「レイシスの子」と。







 ―――世界は争いの絶えない日常で混沌としていた。

 つかの間の平和は訪れず、世界のどこかで常に戦いが起きている。


 車窓の外を見れば大破した機械軍の無人兵器が散在しているし、民間人や共和国兵士の死体も見かけるのが普通というもの。

 まぁそれもそのはず、今この列車が走行しているここらの地域一体は機械軍と国境を接する共和国南部戦線【バスキア戦線】の迎撃城塞が立ち並ぶ外側の領域、未だ共和国軍による手が及んでいないのも仕方がないというもの。


 だがここはもう紛争跡地、時期的には死体処理や大破した機械軍の兵器の清掃もだいたい終わっていてもいいはずだが、この惨状を見る限りに置いてここが片付くのは当面の間まだまだ時間がかかるだろうに思えた。

 

 耳障りの悪い機械の軋み音が列車内の空気を伝わる。

 今乗っている砲塔付の列車、いわゆる装甲列車は元々軍事的利用の為に使われる予定の代物だったが、この地域での戦闘が予想以上に早く終結した為にただの一度も実戦に使われることなく、こうして民間の強靭な輸送手段となる盛大なギャグを披露している。

 

 ふと列車の車内からは興味深い会話が聞こえてくる。


「―――ふぅ、こりゃすげぇ有様だわぁ」


「―――ここまで機械軍は攻め込んできていたのかね、南部で聞いてた話とはまるで違うな」


「―――居住区もかなり被害を受けたようだしの。ここらの復旧にはしばらく時間がかかるだろうなぁ」


「―――てか、聞いたか?住民の何人かがあの機械どもに拐われたんだとよう」


「――あん?うそだろぉ?今更とっ捕まえて何しようって気なんだかね」


「―――だよなぁ、人を拐ったところで今更なにかメリットがあるとは思えないなぁ、人質にするにしても共和国政府様には通用しないことはもう分かりきってるはずだしな」


(ほう…機械軍が人拐いか。)

 今までそんな話は聞いたことがなかった。

 今更人体の解析でもしようとしてるのか?そんなはずがない。

 なぜなら機械軍は元々共和国の兵器であり、尚且つ統括プロトコルサーバーを管理していた連中だ。

 人体の弱点や有効な毒ガスなどを今更調べる必要がない。それと捕虜にするなど人間相手ならありえなくもない話だが、機械軍がそんな事を今更するとは考えにくい。

 なぜなら機械軍は共和国を独立してから数百年余りの時が流れているからだ、今になって何を人間側に求めると言うのか。


 



 ―――しばらくすると共和国第7セクター中央ステーションに到着した。砲塔列車の荷物保管室から自分の荷物を受け取ると、事前の打ち合わせにあった作戦会議センターに向かった、そこが目的地だ。

 ステーションの外に出ると街並みが見えた。いくつもの想像を絶する高層の建物が立ち並び、自分が元居た辺境と比べてその余りに発展した風景からは、まるで戦争などなかったかのような確かな平穏がそこにはあった。


 その光景はどこまでも美しくいつまでも見ていたいと思わせる程に豪奢である。これはある種のカルチャーショックとでも言えようか。

 この都市部だけでも人口は恐らく数億人はいるだろうか、このステーション自体が高層の位置にある為、下の街を一望することができた。見るとこ全てに人が居てとても賑やかだ、自分がこれまでに見てきた光景とは裏腹に人の温もりを感じる事ができる。大都市とはなんとも温かい場所だ、往々にして文化の発祥地であり、ここに人が集まりたがるのも分かる。


 しばらく歩き会議センター付近に到着すると、入口に同じ生業らしき人の集りができていた。傍から見ると随分と不衛生な印象を抱く連中だ、まぁ自分もそんな連中と同じ部類の人間ではあるのだろうが。


 施設に近づくと見張りの共和国兵士が声をかけてきた。


「正規採用の傭兵か?所属組織コードと作戦コードの提示を」


「あぁ…分かった」


 作戦参加用に事前に支給されていた端末を提出する。

 すると、その兵士は手に持った自前の大型の端末に提出した端末をはめ込んだ。


「作戦コードの認証が完了した、このまま先に進み、上層の会議室に向かえ」


「どうも。あぁそれとあの人集りはなんなんだ?俺と同業者のように見えるが?」


「ん?あぁ、あれは先日不採用になった傭兵達だ。高額な報酬故に引き下がらないんだよ、馬鹿な連中だ」


 その兵士はやれやれとした様子ではめ込んでいた端末を取り出し、それを返す。


「ふーん、そうなのか。じゃあ俺はらっきーって事かな」


 そうわざとらしく声を大きくして言うと、彼らに睨めつけながら会議室の方へと向かった。


 ―――会議室に着いた。

 会議室は広々としていた。特に座席の指定もなさそうなので、そこら辺の席にとりあえず座る。


(しかし思ったよりもステーションから距離があってけっこう疲れたな......)

 

 しばらくして作戦に参加するであろうガラの悪い傭兵達がかなり集まって来た、ようやく会議を始まりそうだ。。

 以前の打ち合わせはあったが、作戦概要はその場では話されなかった。その為作戦内容は初めて聞くことになる。


 しばらくすると、年端も行かないような風貌の少女が前の壇上に立った。


「ほう……これはなかなか……」


 作戦概要を聞きに来ていた傭兵たちが騒めく。

 二つに結んだ白髪の髪を靡かせ、少女のように幼い顔立ちはまるで子供そのもの。


(こんな女の子が何故こんなところに……)


 前に立った少女は一息おいて胸をはり、口を開く。


「初めまして諸君。私はレイシア・アルネート、少佐だ。まずはこの作戦に参加してくれた諸君等に敬意を表す。本作戦が非常に危険な任務であるのは事前に承知の通りだが、もし作戦を離脱するならば今の内だ。本作戦の概要を聞いた者は如何なる事があろうと作戦から離脱する事を許可できない、もちろんこの作戦を限られた者たちに持ち掛けたのは諸君等の実績があってこそだが、心変わりした者がいるのなら退くとしてこのタイミングを置いて他にはない」


 彼女がそう言い放つと周りが騒めく。


「少佐だと.....あれでか?」


「あの年端もいかなさそうな女の子が?軍部も落ちぶれたもんだ」


「あの見た目で随分物騒な事を言うねぇ」


 部屋のだれもが少女が弁舌するその状況に動揺しはじめるが、その場去る人物は居ない。

 まぁ当然のことだろう。

 彼らはまがりなりにも数多の戦場を生き残り、場数を踏んできた歴戦のプロフェッショナルなのだろうから、そもそも生半可な気持ちで依頼を受けてはいない。


「うむ、勇敢な諸君等に敬意を表す。では話を続ける」


 ―――その少女から作戦内容は話された。

 それは突如として現れた共和国領上空120㎞付近の衛星軌道上に停滞するように現れた所属不明の衛星光学兵器と思わしき巨大な旧世代オブジェクト。

 それが現れてから数週間が経っている。

 任務はそのオブジェクトに我々傭兵部隊はわざわざ乗り込み、その施設を無力化するという単純明快なもの。


 その大きさ故に夜間などは僅かに残った太陽の光で反射されたそれが目視でそれを見る事が出来るが、それを見た国防に無知な国民達はすっかり怯えてしまってちょっとした騒動になっている。

 先程も言ったようにあのような衛星砲とも呼べるようなオブジェクトは旧世代の遺物と化している、今となってはそのような兵器でさえも現代の国防システム【エイジスシステム】にかかればなんてこともないものだ。


 ―――作戦の全容を明かされた後も、傭兵たちは一人も離脱することなく後日の作戦開始日に備える事となった。








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