6章

 彼女に大きな転機が訪れたのは俺と会話を始めて4ヶ月後だった。俺も春を迎え高校生になって、受験勉強をしていた頃よりはこの公園に来る頻度も減っていた。彼女に勉強を教えられるのは俺だけだという少しの使命感のようなものはあったから、少しは彼女のことを気にかけていた。久々に会いに行った時、彼女は寂しそうな様子は無く、むしろ生き生きしていた。

「ねえねえケンちゃん、私お昼なら空飛べるようになったの!どこでも行けるようになったの!」

俺はシャインの件を機に地縛霊やら幽霊やら少し調べてはじめていた。ところが、もう地縛霊で無くなってしまったようだ。

「お、じゃあもうどこでも楽しく旅ができるようになったな。ここで寂しく俺と会話してなくてもいいわけだ。」

「ケンちゃんと話すのは楽しいの、寂しくなんかないの。そういうこと言わないで。」

そう話した時のシャインの顔はちょっと怒っているようにも見えた。

「それにお日様が出ている時しか動けないの。お日様が消えちゃうとまたこの公園に戻って来なきゃいけないの。」

なるほど、完全に地縛霊で無くなったわけじゃないのか。まだ何かしらの彼女の未練がこの場所に残っているのかもしれない。

「どれくらいの速さで飛ぶことができるんだ?どれくらい遠いところまで行けるの?」

「あのねあのね、昨日は海を渡ってみたんだよ。そしたらケンちゃんが話している言葉と違う言葉の国に行っちゃった。言葉分からなくて怖かった…。」

なるほど、海外も余裕で行けるスピードなのか。本当に広いな。

「分かった。じゃあ、これからは海の向こう側に行っちゃダメだぞ。海の向こう側に行かなければいろんな人がシャインの分かる言葉で話をしている。そういうのをしっかり聞いて勉強してきなさい。行くんだったら小学校に行くのをオススメするよ。シャインのわかるレベルで先生が話してくれるから。」

その後は、シャインは自力で勉強できるようになった。俺の高校生活も思ったより忙しくなっていたし、シャインが他で勉強するというのは俺にとっても丁度良かった。シャインの知能や知識も次第に上がっていって、俺の補助も全くいらなくなった。彼女が10歳を終えたあたりから、公園は本来の目的であった、俺の悩みや愚痴を吐露していく場所に戻っていった。今までは静けさ極まる公園の中で考え事をするだけだったが、シャインが成長してからは彼女が俺の悩みを精一杯聞いて、励まし、助言し、慰めてくれるようになった。全く今となってはどっちがより大人なんだって話だ。

シャインはいわゆる現世への未練を断ち切ることはできずにもう20年もこの友沢公園にいる。というより、彼女自身、自分の名前もロクに思い出せないわけだから、何が現世に残した未練なのかも分かってないのだろう。俺も、彼女のためを思って未練が何なのかを考えることをしたりするし、現世から旅立つことによって彼女が幸せになればいいと思っている。ただ、今の所、彼女は俺の数少ない遠慮をしない話し相手だから、この公園にずっと残って欲しいという勝手な思いもある。結局何も新しい行動は取らずに、俺の悩み相談だけ続けて、彼女と出会ってから20年が経ってしまった。

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