5章
この幽霊に出会ったのは21年前。高校受験が近付き、親からの期待の目や塾でのプレッシャーなど、受験に対するイライラが募りここに訪れた時だった。とある年末の日の夜8時ごろだったか、いつも通りこのベンチに座っていた時に、この幽霊が話しかけて来た。聞くとつい先日この公園で死んでしまったらしい。最初聞いた頃はもちろん驚いてしまった。だが幽霊らしい怖さも無かったからか受験に疲れ切っていたからか、怖がることはしなかった。むしろ迷子になって親とはぐれた子のように寂しそうに心細そうにしていたため、逃げるかよりどう助けてあげようかということの方が頭に浮かんでしまった。
「名前は何て言うの。」
「…分からない。忘れちゃった。」
「どうやって死んじゃったの。」
「…公園の外にボール取りに行ったら、おっきい車が当たったの。とても痛かったんだけど、そしたらね、そこから何も憶えていないの。気づいたら公園にいたの。お友達が公園に来たから、こんにちはっていっても気づいてくれないの。夜になってもお母さん迎えに来てくれないし、泣いても誰も気づかないの。そしたら、死んだら幽霊さんになっちゃうって絵本を思い出して…。わたし死んじゃっちゃのかなって思って…。」
その日は自分の悩みのことなんか忘れてしまい、その子の話を寄り添って聞いてあげることしかできなかった。
この幽霊は疲れすぎた俺の妄想や幻覚なのかもしれない。一時期そう思ったこともあった。今も少しそうなんじゃないかと思っている。出会った時から外見も身なりも変わっていないが、自分に子供がいればこんな子がいいと思うくらい幼くて可愛らしく理想的だ。だから、俺が生み出した幻想だと言う推論にたどり着くのにそう時間はいらなかった。ただ、幽霊に出会うちょっと前に見た新聞3面のの小さな記事、「少女(7)がトラックと衝突、死亡」と言う記事を見たため、あながち自分の創り出してしまった空想世界とも言えないなと思った。
その日を境に俺が公園でストレス発散する時間はこの不可思議な幽霊と話す時間に変わってしまった。俺が公園にやってくると10分15分もすれば俺を見つけてこの幽霊はこちらにやってくる。
「ねえねえ、今日はどんなことを教えてくれるの?」
「そうだなぁ、じゃあ小学校で習うレベルの生き物の話でもしようか。」
話していくうちに気づいたことだが、この幽霊は容姿は変わらず小学校2年生で変わらないが言葉や知識はいっぱしの子供のようにしっかりと吸収していく。だから俺は最初のうちは、小学生レベルの理科や社会、その時有名だったニュースとか思いつくものの中で幽霊が分かりそうなレベルの話をしてやった。幽霊は普通の小学生よりも覚えが早く、俺が話したことはだいたい一回で全て理解した。だから、幽霊のくせに、「それもう一回聞いたよ。」と言ってくることもある。
一度昼間その公園に行ったことがある。だけど、彼女には会えなかった。あとで聞いてみると彼女の方は俺に声を掛けていたらしい。どうやら夜にならないと俺は彼女のことが見えないようだ。
「ケンちゃんはいつも私のことを君って呼ぶよね。でもそろそろ名前で呼んでほしいな。」
名前を教えてから幽霊は俺のことを勝手にケンちゃんと呼んでくる。現実世界では誰も呼ばない呼び方だから勘弁してほしいものだが、彼女が楽しそうだからそれはそれでいいとした。
「そう言ったって君は名前が無いじゃないか。呼ぶにも思い出してもらわないと困るんだよな。」
「じゃあ、ケンちゃんが決めてよ。私、ケンちゃんがつけてくれる名前がいい。」
「そうだなぁ…。」
日没後は暗闇の中にうっすらと光源を持ち俺の前に現れる。昼間には光と同化して姿を消してしまう…。高校受験を迎えていたため、理科の光の単元と英語で学んだ英単語が心の中に引っかかった。
「Shineってのはどうかな、シャイン。光って意味だ。日本語じゃなくて英語の名前にしたほうが本当の名前思い出したときに元に戻しやすいだろ?」
「ケンちゃんが決めてくれた名前ならなんでもいい。ありがとう!」
7歳児らしい純朴な笑顔でそう答えてくれた。
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