4章
明くる日、定時前の三沢さんはどこか忙しそうだった。よほど今晩の予定が大事なのだろう。残業になりそうな仕事量をこなすのに精一杯になっていた。
「こりゃ、遠距離の彼氏でも帰ってくるんじゃないのか?」
うちの部長がボソッと俺に呟いた。それは飛んだおじさんのお節介発言だが、もしかしたらそうなのかもしれない。それならイケメン滝沢くんのお誘いを断ったのも納得できる。ならそうであってほしいと思った。それは、俺にチャンスがないのと共に、滝沢にもチャンスがなくなるということ。滝沢に負けた、俺もアプローチしていればという未練や迷いなく俺の淡い恋心を完結させられる。ただ、それもそれで悲しいと思う自分もいた。滝沢には負けないかもしれないが、結局恋愛では負けである。好きな人を手に入れられないということはどちらにしたって変わらない。
だからと言って、積極的にアプローチしようってわけでもないが、なんだかその2つの感情が入り混じり、なんとも言えない感情になった。諦観したい感情と諦観で終えたくない感情、ああ凄く面倒くさい。結局恋心ってこうやって俺の気持ちを不必要にかき乱すんだ。
流石に俺も35歳。その感情の変化で仕事が手につかないってことはない。いつも通り必要な仕事は全て定時で終わらせた。ただ、気持ちのわだかまりは未だ残っている。俺は、結局どうしたいんだ。どう振舞って決着を迎えたいんだ。俺は、この恋心に整理をつけるために、今日もあの友沢公園に行こうと決めた。その時には、三沢さんはすでに会社にはいなかった。
自宅から2駅離れた実家の最寄り駅に着いた。近くのコンビニで缶ビール2本とサキイカ2袋を購入し、駅から徒歩5分の公園に向かった。マンションの立ち並ぶ団地の中にその公園はある。団地の母親と子供で賑やかな昼間と違い、夜は誰にも必要とされず公園は静かに明日を待っている。3つあるうちの真ん中のベンチの左側、そこがここ約20年間ずっと俺の特等席だ。
この友沢公園には中学生の頃から通っている。中一の頃、人間関係にイライラしていた時期から何かあれば夜この公園に出向き物思いに耽った。受験の苦悩も、社会人になってからのトラブルも、俺の苦しいこと何もかもこの公園は知っている。
カシュっと缶ビールを開ける小気味好い音とともに、イーグルスを鼻歌で歌いだす。寒空の公園で冷たい缶ビールというのはちょっと体に堪えるがそれくらいの侘しさがちょうどいい。
35歳でこんな思春期みたいな恋心、ダッセえよな。歳を重ねりゃ大人になれる、あれはきっと嘘だな。俺は若い頃から変わったのは仕事の効率だけで何も成長していないのかもしれない。もうこの歳になると人生に夢や目標なんてない。ただ生まれてきたから死を迎えるまで無駄に苦しい思いをしたくなくて働いている。極端に言えばそういう人生なのかもな。ああ、なんで淡い恋心1つで人生考えているんだろ。くだらない。
「お久しぶり、ケンちゃん。また来てくれたんだね。」
やっと来たか。この公園に来るのはこいつと話したいからなのかもしれない。
「おう、シャイン。元気にしてたか。久々につまらない悩みができたから寄ってみたんだ。」
「もう、悩みが無くても来ればいいのに。寂しかったよ。」
「そんなこと言ったって、お前は毎日昼間どっか好きなところ遊びに行けるんだろ。それだけで楽しいじゃないか。」
「もうそんなこと言わなくてもいいのに。素直に喜んでよー。」
「そんな6歳児のルックスで彼女みたいなこと言っても何も響きはしないよ。俺はロリコンじゃないんだから。」
この会話を側からみたらおかしく思うだろう。だって俺が独りで喋っているように見えるんだから。そう、俺は幽霊と喋っている。なぜか俺だけに見える幽霊と。
「今日はなんの悩みがあって来たの?」
「大体わかるだろ。俺のここ8年くらいの悩みは大体上司の悪口、自分の将来、叶わぬ恋のどれか。今日は3つ目。」
「そうかー、また恋しちゃったんだ。今回こそ叶うといいね。」
「叶わないからケリをつけようとここに来てるの。」
「嘘だ、またケンちゃん強がってる。そうやって自分なんてって思って行動しないことを正当化してる。もう20年話してるんだもん。そんなことお見通しだよ。」
「20年って。この前19年って言ってたじゃないか。ああ、また俺年取ったのか…。」
「歳を取ったのは私。もう27歳になるんだよ。」
「見た目6歳なのにな。」
「しょうがないじゃん、死んでるんだから。」
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