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部活を終えて荷物をまとめて、帰る前にトイレに行こうと思ったら嫌いな先輩たちが数人見えたので、荷物が重かったけど階段を上がって普段使わない上階のトイレに行った。
電気のついていない薄暗いトイレからすすり泣く声が聴こえて、お化けじゃないかって一瞬怯えたけどトイレの前に荷物を置いてたら絵梨花がトイレから出てきた。泣いてた。
「どうしたの?」
と先に訊いたのは絵梨花の方だった。
「いや、どうしたのは絵梨花でしょ、蓮太朗となんかあったの」
赤い鼻でまつげが濡れたままの絵梨花は手の甲で涙をぬぐいながらケタケタと笑った。
「ねーナプキン持ってない?きちゃった」
モテる女子特有の馴れ馴れしさで絵梨花は私に言う。私は部活のカバンの内ポケットに確か入っていたはずと手で探る。
「なんでまだいるの」私は訊く。
「もう練習終わったの?」絵梨花は私の質問に答えず話題を変える。
「うん、もう三年いないし、試合もしばらくないからさ。はいこれ。羽根なしだけどいい?」
「いい、いい全然。ありがと」
受け取って絵梨花がトイレの個室に入って行ったので私は荷物をまた抱えたけど、そうだトイレがしたかったんだとまた荷物を床に下ろす。顔をあげると個室に入ったはずの絵梨花がナプキンを持ったまま目の前にいて「マック行かない?」と聞いてきたから、考えもせずに「ああ、うん、いいね」と答えてしまう。
駅前のマクドナルドに絵梨花と二人で行くのは初めてだった。
私は制服のスカートの中にジャージのズボンを履き、黒髪を一本に束ねている。一方絵梨花はおしゃれにブラウスを着崩し、首を動かすたび綺麗に巻いた栗色の髪が肩で弾むように揺れる。
マックフルーリーをおごってくれるというので、私は2階の禁煙席で空いた席を探し部活の大きな荷物を床に置いた。
しばらく待つと両手にマックフルーリーを持った絵梨花が階段を登ったところで見回して私を探していた。
私は手を振って絵梨花にここだよと合図する。
席につき、「いただきます」と両手を合わせてから食べはじめる絵梨花を見て、ちゃんとしてるんだなと感心する。
「蓮太朗と何かあったの?」
「なんもない。うまくいってる」
「そっか、よかった」
うまくいってるなら言う必要ないかと思ったけど、せっかくこうやって誘ってくれたんだし絵梨花にとっては喜ぶべきことかもしれないので、私はさっきLINEで見た情報を話すことにする。
「萌が蓮太朗にチョコ渡したけど……」
「知ってる」絵梨花が遮るように答えた。
「……知ってたのか。良かったね。蓮太朗やるじゃん、受け取らないなんてさ、絵梨花一筋だからでしょ」
「え! マジ!? 受け取らなかったの?」
絵梨花は表情を一変させる。そうか絵梨花は、蓮太朗が萌からチョコを受け取ったと思って泣いていたのか。私は安心させるために続ける。
「うん、本人に聞いたって誰かがグループLINEで言ってたよ、さっき」
絵梨花は目を見開いて驚いたあと、吹き出して笑い始める。大袈裟に手を叩いて「ウケんだけど!」と大きい声で言う。スマホを出してLINEの画面を見せようかと思ったけど、絵梨花がもっと喜びそうだからやめた。
「あいつさぁ、わたしに『斉木さん! あたし、宇井くんに、チョコレート渡すから!』って宣言しにきたんだよ! キモくない? あいつ嫌いだわぁー、マジでウザかったんだけど、そっか、バカじゃん、はははは!」
絵梨花がいつまでも笑って、私は自分が馬鹿にされているような錯覚に陥りそうになって、ヤバイと思ったから一緒に笑いながら「嫌い嫌い、私も嫌いなんだよね萌のこと。なんか不気味」と言う。
すると絵梨花は喜んで私の顔を指差してくる。そうだよね!という表現らしいがイラっとする。
ひとしきり笑ったあと絵梨花が深く息を吐く。
「てかもう蓮太朗とは別れる」
「そうなの?」
「うん、今決めた」
嬉しい気持ちを絵梨花に気付かれないよう神妙な顔を無理わざと作る。絵梨花と別れたからといって私が蓮太朗に告白することはないだろう。
だからこそ自分以外の誰かのものであってほしくない。もしかしたらって期待できる状態でいて欲しい。ずっと。
「なんで?」
「もっとエッチ上手い人としてみたいじゃん」
絵梨花は片方の頬にだけえくぼを作りいやらしい顔で笑う。
絵梨花は顔は可愛いのに下品だ。下品で不細工な心の中がたまにこうして透けて見える。その瞬間私はホッとする。私より美人で、モテて、初体験を済ませている絵梨花にも、醜いところがあるんだと。
「ぶは、冗談だよ! 理由はちゃんとあるよ、でも……うまく説明できなさそ」
そう言ってから絵梨花はもう残り少なくなったマックフルーリーを付属のスプーンで乱暴にかき集める。紙の擦れる嫌な音がして、私はやめろ!と叫びたくなって、それはさすがに言えないから代わりに「エッチってどんなかんじ?」と訊く。
「え」
絵梨花があからさまに嫌な顔をして、だから私は「なにを、どこに、どうするの?」とさらに訊く。
冷やかしではなく切実に知りたがっているのが伝わったのか、絵梨花の表情が変わる。教えてあげよう、という顔。
「ヤッたことないの?」
「ない」
絵梨花は黙ってうなずいて、数秒考える。
「……タンポン入れたことある?」
「去年の夏、一度だけ」
家族旅行の大型プール施設で生理になり、母にタンポンを勧められ入れた記憶が甦る。股の間の異物感。奥までうまく入らずにすぐに戻って出てしまい、歩くたびに痛くて、結局プールは30分で切り上げて一人ホテルでスマホをいじっていた。
「そこに入れるんだよ。男の……まぁ、あれを」
「え。入るの?」
「入るよ。最初は入らないけど、ちょっとずつ」
「痛いの?」訊きながら自分の鼓動が速くなるのがわかる。
「痛いよ。だって固いし、太くて長いんだよ」
「どんな……大きさ?」
「こんな」
絵梨花は手で性器の長さをあらわす。
「ちょっと待ってそんなに大きいの!?」
去年Twitterで知らない男の人の性器の写真が出回って、私はそれを何度も見た。とても気持ちが悪かったけど、嫌悪感と等しい量の好奇心があった。知らなければならない、とさえ思った。それで私は知った気になっていたけれど、絵梨花が示しているのはその写真を見て想像していたよりももっとずっと大きい。
「それをさ、ごしごし擦られる感じ。だからヤッたあとヒリヒリすんの、あそこが」
怖くなり黙っている私の心を読んだのか、絵梨花が「でも大丈夫だよ」と付け足す。
何がどう大丈夫だというのだろう。経験者が未経験者に言う「大丈夫」ほど無責任なものはない。私は擦れて痛くなった股の間を想像する。
「相手が好きな人だったら耐えられる」
言ってからうつむいて口元だけで笑う絵梨花が色っぽくてムカつく。
絵梨花との会話はそれ以上長く続かず、私たちはマクドナルドを出てすぐに別れた。ごちそうさまと言わなかったことに気付いて振り返ったけど、絵梨花の背中はもう小さくなっていた。
家に帰り、家族と食事をし、テレビを観ているあいだもずっと絵梨花から聞いたことが頭の中にあった。風呂に入り自分の体を見ていたらいやらしい気持ちになって股間がうずいた。
早々に歯磨きを済ませて母と布団を並べて眠る寝室へ行き、ふすまを閉めた。
母はまだ風呂に入っていないし楽しみにしている深夜番組があるからしばらく寝室へは来ない。
私は布団を顔まで被せ、暗闇のなかで今日絵梨花から聞いたことを思い出す。
思い出しながら右手で自分の乳房に触る。最初はパジャマの上から。そして二つボタンを外し、手を入れて直接。
絵梨花はどんなふうに体を触られたのだろう。
唇と唇を合わせ、裸になり、乳房や、陰部を、蓮太朗は触ったのだ。あの手で。
そして、身体の一部を穴の中に入れた。ごしごしと、後に陰部が痛くなるくらいに。
乳房を触っていた手を這うように下腹部に移動させる。
下着の上から触れただけで小さな核が敏感になっているのがわかる。
私は迷わず下着の中に手を入れる。茂みをかきわけて指先で核をもてあそべば気持ちよくなることを私は知っている。けれどその下にある穴の中まで触ろうと思うことはなかった。
核の下のひだをなぞり、指先で探ると穴の入り口は濡れている。
私はありったけの想像力を振り絞って思い浮かべる。
この手が、蓮太朗のものだったら。
この指が、蓮太朗の固くて太いものだとしたら。
私は吐息を漏らしながら、まだ誰をも入れたことのないところへ、蓮太朗をゆっくりと挿入する。
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