4-2 星を見に行くピクニック
三月二十日。流星群の日。
大学の卒業を間近に控えたやよいの前祝いと言う形で、ピクニックは執り行われた。
集合場所へ到着すると、原田さんと薫さん、そしてやよいが先に来ていた。
こちらを見て、やよいはギクリと表情を固くする。
「あんたも来たんだ」
「来ちゃだめだったか?」
「別に……」
何だか受け答えが煮え切らない。微妙な空気が流れた所で「いいじゃん、やよい」と薫さんが割って入ってくれた。
「折角こうして図書館メンバーが揃ったんだから。楽しもうよ。こんな機会、今後ないかもしれないし」
ねぇ? と視線で尋ねてくる薫さんに「そうですね」と頷いた。
するとやよいもこちらの表情を見て「うん……」と視線を逸らせた。
「ちょっと早いけど、卒業おめでとう」
「……ありがと」
微妙な沈黙。ただ、悪い気はしない。
悪い気はしないが、原田さんと薫さんがニヤニヤしながらこちらを眺めてくる視線がすこし疎ましい。
「それで、メンバーはこれで全員ですか?」
「いや、ちょっと待って、まだ来るから」と薫さん。
「あら、他に誰か呼んでたかしら?」
不思議そうな原田さんと顔を見合わせた。今回の幹事は原田さんのはずだが、誰が来るのか知らないらしい。
しばらくすると「おぉい、すまん、待たせたな」と声が飛んできた。
やって来たのは、マスターと、見神さんだった。
「えぇ? 薫ちゃん、どうして?」
見神さんを見た原田さんはあからさまに動揺している。
「いやぁ、父さんに事情を話したら『じゃあ俺も行く』って言い出してさ。それで連れて行きたい奴が居るからって」
「この面子なら見神君が来ても問題ないだろうと思ってな。こう言うイベントは人数が多いほうが盛り上がるだろう」
「まぁ、そうですけど……」
原田さんは複雑な表情をしている。そんな彼女の元へ、すかさず見神さんが頭を下げた。
「すいません、原田さん。お邪魔でしたよね」
「いえ、そんなことはありませんけど……」
会話する二人は、空気感は見ているこっちまでドキドキしてしまう。
「さ、じゃあ暗くなる前に行こうか」
見かねたマスターが号令をかけた
かくして微妙な空気の中、ピクニックは始まった。
星を見に行くピクニックが。
近付く春の陽気に誘われ、歩みは続く。
歩くコースは、緩やかな坂道に草原が広がる丘だった。道が舗装されているため、歩きやすく、難易度も低い。
普通に歩けば一時間くらい、ゆっくり歩いても二時間あれば頂上に着くという。
景色を眺めながら歩くには最適な場所と言えるだろう。
星のピクニックを謳うポスターの効果はあまり高くないらしい。
街中に貼られていたため、もう少し人の姿があるものだと思っていたが、それほど人の姿はない。
「お父さん、体力あるなら自分で登ってよ!」
先ほどから薫さんがマスターの背中を押してはそう叫んでいた。
「薫よ、親孝行はしとくもんだぞ」
「今じゃなくていいでしょ!」
「仲良いな、あの親子」
思わず呟くと、「当たり前でしょ」とやよいが声をかけて来た。
「薫ちゃんの家は昔から親子二人三脚でやって来てんだから」
「二人三脚? お母さんは?」
「小さい頃、事故で亡くなってる」
「そっか……」
確かに、目の前の親子の姿には、他の人にはない絆が見て取れた。
心の繋がりをしっかり互いに感じている。それが分かった。
「それにしてもマスター、七十なのに凄いな。ピクニックなんか」
「祥三さん、身体は頑丈なんだよね」
七十、と自分で口にしてふと思う。
薫さんは確か二十五歳。という事はマスターが四十五歳の頃の子供か。
「えらく年子だな」
「何が?」
「薫さんだよ。マスターが四十五歳の時の子供だろ? 奥さんの年齢によるけど、十歳も二十歳も歳が離れてるとは考え難いし、三十代後半と見積もっても、その年代の女性が出産って結構リスクが高いから」
「そうなの?」
「そうだよ。お前そう言うの知っといたほうがいいぞ。いずれ自分にも関わってくるんだから」
「私にも……?」
言ってからやよいは徐々に顔を赤くして黙った。
何でだ。これじゃあセクハラしたみたいじゃないか。
いつもなら適当に流してくれるはずなのに、やりにくくて仕方がない。
「こら、そこ。人が必死に荷物運んでるんだからラブラブしないでよね」
「誰が荷物だ」
祥三さんを必死に押しながら、恨みがましい声で薫さんが睨んでくる。
「ラブラブじゃない!」とやよいがますます顔を赤くして、祥三さんが笑い声を上げた。
開始時はどうなるかと思ったが、何とか和やかになりそうだ。
そう思ったところで、ハッとした。
恐る恐る振り向く。
原田さんと見神さんの周囲には、暗黒が漂っているようだった。
山の中腹辺りで昼休憩を取ったが、見神さんはずっとうな垂れていた。
「無理だって、振られた女とタイマンは過酷すぎるよ」
「以前、本を仕分けした時もタイマンしてたじゃないですか」
「あの時は他に図書館のお客さんがいたからどうにかなったんだよ。じゃないとどうなってたか……」
見神さんはぶるりと身体を震わせた。確かに、想像するだけで震えるような状況だ。
やよいと二人、顔を見合わせる。どうしたものか。
「やよいは事情、知ってるんだよな」
「何となくはね。直接聞いたわけじゃないけど、普段温厚ないくこさんがあんな強張った顔してるんだから、嫌でも分かるって」
「だよな」
「あああ、もうダメだぁ」
見神さんは頭を抱えだした。
その姿を見てやよいが「なっさけ無いなぁ、もう」と肩をすくめる。
「それじゃあいくこさんじゃなくても、愛想尽かしちゃうよ」
「まぁ、さっきのツーショットも、ある意味チャンスでしたし。それを物に出来ていないのは、僕もちょっといただけないかもしれないです」
「幹君まで……」
「見神さんは見てくれも性格も悪くないんだから、後はちょっと頼りがいがあるところを見せたら、いくこさんも見直してくれるって。女性が男性に求めるのは、なんたって安心感なんだから」
「安心感?」
「そう。例えば……」
やよいは少し黙った後、チラリとこちらに視線を寄せた。
目が合ったかと思うと、彼女はすぐに視線を逸らす。
「何だよ」
「何でもない」
「言えよ」
「しつこい」
これ以上聞いても無駄か。
「とりあえず、今日は一端距離を置きましょう。きっかけさえあれば、また話せるようになりますって」
そう言ってあげると「そうかな」と見神さんの表情にわずかながら光が宿った。
どうやら、気休めに励まされる程度には弱っていたらしい。
「とりあえず折角マスターがお弁当作ってくれたんですから、食べましょう」
「そうだね、そうしようか」
見神さんは弱々しく微笑むと、ふらふらとマスター達の元へ歩いていく。
その背中を、やよいと二人で眺めていた。
「本音を言えば、どう思う?」
「うーん……多分、いくこさんも分からないんじゃないかな。見神さんとどう接していいか」
「好意を示されて構えちゃったって事?」
「多分。いくこさんって要領良いじゃん。だから相手が自分に好意を持ってるって分かったら、言わせないようにすると思うんだよね」
「じゃあ何で見神さんには言わせたんだろうな。気付かなかったとも考えにくいし」
「聞きたかったのかも。気持ちを」
「振ったくせに?」
「そこなんだよね、分かんないの」
「もしかしたら、いざ実際に言われて、急に意識しちゃったとか」
「どうなんだろ」
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