3-2 普通じゃない二人
こんばんはって、今は昼だぞ。
「こんにちは」
わざと言い直してやると「あっ」と相手は大きく声を上げて、それからここが図書館である事を思い出したのか口を塞いで周囲の様子を確認した。
どう見ても悪い人ではなさそうだ。
「えぇと、新しいスタッフさん?」
困惑した顔で尋ねてくる。
どうやら知り合いだと思って声をかけたらしい。
でもそこにいたのが全く知らない人間だったから、狼狽したのだろう。
「幹と言います。夏の終わりごろからここでお世話になってます」
「ああ、そうなんだ。僕は──」
「見神さん、ですかね」
尋ねると男性は驚いたように目を見開いた。
「原田さんから聞いてます。本のバイヤーをされていて、ここの仕入れをしてくれてるんですよね」
「そっか、原田さんが……」
彼は言うと頬を掻いた。
「仕入れっていう仕入れじゃないけどね。諸星さんには高値で取引できる本の情報をいつももらっていて。そのかわりに仕入れた本の一部をここに寄贈してるんだ」
「諸星?」
一瞬誰の事かわからなかったが、すぐに館長の名前だと気づく。
そうか、館長の名前は諸星か。
普段あまり姿を見せない上に、話した事もろくにない。
謎の老人としか認識がなかった。
館長がここに姿を見せるのは決まって星が良く見える日。
どれだけ晴れていようが、月明かりで星が隠れてしまうとここには来ない。
ただ、ポラリスには時々顔を出すらしく、以前休憩でポラリスに行った際、ばったり遭遇した事があった。
成り行きで雇ってもらってここにいるけれど、そう言えば館長の事は何も知らない。
原田さんは図書館の事情に精通して見えるし、やよいは当然内情についてよく知っている。
なんだか今だに自分だけがお客様扱いな気がして、あまり面白くない。
「そうだ、それで本なんだけど」
不意に思い出したのか見神さんは話題を変える。
「今回ちょっと持って来過ぎちゃって。全部引き取るのは無理だろうから、要るやつと要らないやつで仕分けをお願いしたいんだけど」
「それなら、僕より原田さんの方が向いてると思います。奥で作業してるんで呼んできますね」
すると見神さんは慌てた様子で首を振った。
「いや、いやいやいや、いいよ。邪魔するのも悪いしね。それに」
「それに?」
「結構重労働だから。男手があるほうが僕も助かるんだ」
言葉のニュアンスに何か特別な意図がある気がして、違和感を覚えた。
図書館の外に止められている見神さんの車には、両手でやっと抱えられそうなダンボール箱が十個は積まれていた。まずはこれらを中に運ばねばならない。
両手に抱えたダンボール箱は中々の重量で、油断すると腰を痛めてしまいそうだ。
「いつもこの作業を?」
「ああ。女性にはとても持たせられないからね。荷入れはいつも一人でやるんだ」
聞いてるだけで気が滅入りそうになる。
「と言っても、いつもはこの半分くらいだけどね」
「倍の量を二人でやるんだから、結局作業量変わらないじゃないですか」
「それもそうだ」
たははと見神さんは苦笑する。なんだか少し抜けていて、話していてちっとも嫌味っぽさがない。
会ってまだ一時間も経っていないが、好感が持てる人だ。
二人で一気に作業する。ダンボールをカウンター周りの開けた空間に運んでいく。
端の方に置いているとは言え、積み上げられたダンボールの存在感は大きい。
本を読んでいた利用者達の視線が、ちらほら注がれるのが分かった。
ようやく最後の一つを運び終わる頃には額から汗が流れていた。
両手が疲労で震える。運動不足だな、なんて思う。
「ようやく終わりましたね」
「まぁ、ここからが本番なんだけどね」
そうは言いつつも、見神さんの息は荒れていた。
本音を言えば、ちょっと休憩したいところだ。
「わ、すごい」
その時、ちょうど作業を終え戻ってきた原田さんが、積み上げられた箱の量に声を上げた。
「あ、原田さん、お久しぶりです」
どことなく緊張した声で見神さんは頭を下げる。
「ああ、見神さん。……今回はまた随分多いんですね」
「海外で安い古書を扱ってる店を見つけまして。状態の良い日本の本もいくつかあったので、よさげなのを見繕っていたら多くなっちゃったんですよね」
「これは私も仕分けに加わった方が良さそうね」
「出来ればお願いします」
まさか二人でやらす気だったのだろうか。
そう思っていると「あら」と原田さんは声を上げた。
「幹君、汗かいてるじゃない」
「え? ああ、まぁ。結構重労働でしたから」
「じゃあ休憩してらっしゃい。ここは私一人でも大丈夫だから」
さすがに疲れたのでここはお言葉に甘えよう。
「それじゃあお願いします。ポラリスに居ますんで、何かあったら言って下さい」
「ええ。さ、どうぞ見神さんも。行って来てください」
「え、いや、でも」
「どうぞ、行ってきてください」
原田さんの口調には有無を言わせない強さがあった。
最初は渋っていた見神さんだったが、やがて諦めたのか「はい……」と少し肩を落とす。
探るつもりはないが、傍から見てても普通じゃないのは分かる。
何かあったなこの人たち。
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