第5話 家族再会

 鉄のような床と無機質な壁。人工的な明かりで周囲を照らしている、先ほどまで野のあぜ道にいたのに急に地下室のような場所に移動したせいで狭苦しさを感じる。


「驚きました」


 リリィ・マエリスは驚いていない顔でじっと新世界へと辿り着いた僕らを見つめてつぶやいた。


「なにが?」


 僕が聞くと表情を変えずにリリィは話す。


「てっきり消えるかと。そちらのサリタ・エレイン嬢はわかりませんでしたが、あなたは相互性が無くエラーが出て削除されると予測していました。さすがオーウェンリードの組んだテキスト魔法、こちらでも動作するとは驚きです」


「そらそうよ、だってそのふたりは私たちとは違って人間なんだもの」


「母さん!!!」

「ママ!!パパ!!」

 僕とサリタはその声の方へ目をやる。母はいつもと変わらず平然としながら手を振っていて、父は気まずそうな表情をしながらその横に立っている。


「人間、ですか?」


 両親の元に駆けていく僕らを見ながらリリィは今度こそ目を見開き、唖然とした表情を浮かべ驚いているようだった。朝家を出てからほんの数十分しか経っていないのに色々なことがありすぎ、懐かしささえ覚える。


「キアもサリタも大変だったわね。急でびっくりしたでしょ?まあ母さんも父さんもびっくりしてるんだけどね!」

「なにがどうなってるの?全然わかんないよう、パパ」


 あっけらかんと言い放つ母のアリサ。サリタはまた泣きべそをかき父に抱きついている。父のレオは優しくサリタの頭を撫でてやり抱き上げる。


「ごめんなサリタ。キアも、よくサリタを守ってくれたな」


 父の大きな掌に髪をくしゃくしゃと撫でられ、張り詰めていた糸が緩む。本当は怖かったし、逃げたかったし、泣きたかった。ずっと我慢していた。なにがなんだかわからなくて不安で、とにかく妹を守らなくちゃと思ったのに大してなにもできなかった。悔しかった。


「家族全員そろったんだからもう大丈夫、なんにも心配ないわ」


 アリサが後ろからぎゅっと父ごと僕とサリタを抱きしめる。温かかった。家と母の香りがした。鼻先がツンと痛くなる、泣きそうだった。穏やかで優しい父と、明るくいつも気楽な母、天真爛漫な妹、そしてごく普通の僕。どこにでもいるような、だけど僕にとってはたったひとつの大切な、なによりも大切な家族。


「アリサ・オーウェンリード・・・・・・ふたりが人間とはどういう意味でしょうか」


 信じられないという表情を浮かべたまま家族の再会を見ていたリリィが声を発する。オーウェンリードというのが本当の両親の名前なのだろう。


「まさか・・・・・・まさか、テキスト魔法でもテキストエディタ魔法使いでもないと、そうとでも言うのですか・・・」


 一歩前へ踏み出し、リリィはエレイン一家、いや、オーウェンリード一家へ震える声で問う。アリサは腕を解き、リリィへ向かい真っ直ぐ告げる。


「この子たちは世界で私とレオの間に産まれた子供。直接血の繋がった子供であり、テキスト魔法が一切関与していない、正真正銘、本物の人間よ」


 当たり前すぎてそれが何を意味するのか僕にはわからなかったが、ぐらりぐらりと動揺するリリィの瞳。


「・・・・・・人間、そんな、このふたりが人間だなんて」


「これが私たちオーウェンリードが世界に篭っていた理由、現実世界に貫き通してきた嘘と、守りたかった秘密だ」


 苦々しげに父。


「そしてオーウェンリードの罪だ」


 とても悲しそうに言う。

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