第4話 いざ異世界へ

 ぐすぐすとまだ鼻をすすっているサリタの手を繋いで歩く。まだ小さな手だ。もっと幼いころはよくこうして僕が手をひいてやったのを覚えている。やんちゃで喧嘩っ早くてすぐに問題を起こし、父も母も仕事に出ているため代わりに謝罪に行ったり、何かと面倒をみた。時には兄という役割に嫌気もさしたが、可愛い妹には変わり無くて。お兄ちゃんお兄ちゃんとひっついてくる小さな妹は僕が守らねばならない雛鳥のような存在であった。あれからほんの数年なのに気が付けば随分と大きくなったものだ。先ほどの、リリィ・マエリスと対峙した姿は僕の知らない妹だった。成長したのだなと、感慨深い。


「ほら、もう機嫌直せ」


 いつもの、よその子と喧嘩をして謝りに行った帰りみたいな調子で僕は言う。状況は全く違うが、そうしていないと僕自身まで不安で泣きそうだった。いま何が起きているのかとか、これからどうなるのかとか、父と母や他の人はどうなったのかとか、聞きたいことは山のようにある。


「だってお兄ちゃんわたしせっかく昨日の宿題やったのにもう提出できないんだよ」

「そういう問題かよ」

「頑張って解いたのに」


 また泣き出しそうなサリタの手をぎゅっと繋ぎ直してやる。


「そうだな、頑張ったならやっぱりちょっとだけ残念だな」


 世界が砂の城のごとく消え去る現実に直面した今、心が痛む。例え世界データベースの全てが言語テキストで構成されいても、僕はあの世界データベースで生まれ育った。別の世界というものが存在しているということは授業で少しだけ習っていたが、どこか遠い場所の話だと思っていた。


「お兄ちゃんー」

「なんだよー」

「鼻水ふいてー」


 我が妹ながら、なかなかに図太い神経をしていると呆れる。涙と鼻水でくしゃくしゃになった顔をサリタの目線にかがんでハンカチで丁寧に拭ってやる。


「もう子供じゃないんだから甘えるな」

「まだ子供だもん!」


 少し先を歩いていたリリィ・マエリスが冷めた目でこちらを見ていた。


「戯れはそこまでになさってください。ここから先が私たちの世界です」


 そう言い指差した先には青い両開きの扉がぽつんと存在していた。リリィの白い指先が扉に軽く触れると、音もなく扉は開く。


「ようこそ、現実世界へ」


 圧倒的な物量のデータと言葉テキストに言い表せぬ何かが流れ込み全身を包む。今までに経験したことのない膨大な情報量に僕はただただ驚き、そして感動していた。これが異なる世界。いいや違う、僕にとってはまるで新世界。胸が希望に高鳴る。ここから何かが始まることを、本能は知っているのだ。


 差し出されたリリィの手に導かれるようにして僕とサリタは一歩をふみ出した。

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