薔薇の都3

 この少年ルーティスはこの廃墟のアンデッド達を全員浄化すると言っていた。だったら私もついていくのがいいだろうとみさきは思っていた。それが一番だし、何より『薔薇の都』の情報も集まるものだ。

 クラウンにとって二つの大事な仕事の一つはこの情報収集にある。得た情報は街から街の市井に、その街の支配者にと伝え。近隣付近の様子を事細かに伝えてゆくのだ。こうした行いがクラウンの信用を獲得するに至っているのだ。

 ぴたりと。ルーティスが立ち止まる。驚いたみさきが見てみると。ルーティスは一点を悲しげに見つめていた。

 彼の視線の先には、大きな教会がそびえ立っていた。

「ルーティス君?!」

 みさきの声に答えずに、ルーティスは教会へと進んで行く。

 ルーティスは教会の用を成さない程に傷んだ扉を押し開けて。礼拝堂に入ってゆく。

 天井には大穴が空いて沈みかけた三日月と星の光が降り注ぐ礼拝堂は、眠りにつく美を端的に創り出していた。用を終え、もうこの世から消えてゆく美学……。あたら美しさを覚えるものだ。

(……この街、何で滅びたんだろ?)

 確か疫病で滅びかけていたらしいが旅の白魔導士が訪れた時、治療法を伝えたはずだし風の噂だと、その治療法を元に街を巨大都市に発展させたらしい。

 それなのに、滅びてしまっている。何らかの理由があったのだろうか……?

 ふと気が付くと、ルーティスがいなかった。慌てて奥に向かうみさき。多分彼が向かったであろう先の道は、地下に螺旋階段が伸びている。

(納骨堂……かしら?)

 大体の教会にはそれがある。そもそも其処しか思い至らない。みさきは螺旋階段を下り地下へと向かう。

 やがてたどり着いたそこは、納骨堂ではなかった。

 一面に高級なガラス瓶やビーカーの立ち並ぶ棚があり、長方形の木の机がある部屋だった。

 ……そこに、少年はいた。歯ぎしりしながら羊皮紙の広げて、険悪な眼差しで。

「やっぱり、やっぱりそうだったんだ……! 僕は! こんな事の為に『ワクチン』の技術を教えたんじゃない!!」

 話しかけたかったが。みさきには言葉が見つからない。ただただ、黙って聞き耳を立てていた。

 彼の怒りの声を。


 夜明け前の紺碧の空の下。ルーティスは教会の屋上に座って哀しみと怒りを静かに湛えた眸で、『薔薇の都』を眺めていた。

 ――この街の事を、何か知っているのかな?

 みさきは少年の傍らで、そう感じた。自身の直感に狂いは無い。絶対にそうだ。

「……さて、使命を果たさないとね」

 ルーティスはそう呟くと立ち上がった。哀しげな風が吹いて、彼の髪とマントを優しく揺らす。

 目を閉ざして、ルーティスは魔力を集中させて、魔法を構成する。

「遥かなる平原、世界樹の在りし約束の地よ」

 ぴりぴりとした針が満ちるような空気に都市全域に気流が発生する。大規模な魔法が構成されるのだと、みさきは知った。これ程莫大な――都市全域のアンデッドを浄化する魔法は後にも先にも見た事が無い。

「還り行く魂に刻まれし傷を穢れを落とし再び約束の中へ。時の風はアブサラストの野を巡る」

 あまりに美しい組み上げの魔法。みさきがそれに見とれていた時だった。

「……来たか」

 ぽつりと、極点の如く冷えきった声音でルーティスは呟く。

 見やればみさきの眼下に、ローブをまとったゾンビが憮然と立っていた。

「リッチ……!」

 力有る魔法使いは死んでも生き続ける事があるとか。みさきはその伝説を思い出した。

『何者だ、貴様ら――』

「ご挨拶だね、フラントロス領主の元お抱え魔導士アルベール」

 ぴしゃりと相手の名前を呼んだルーティスに、

『小僧、どうして私の名を……?』

 リッチは眉をひそめる動作をとった。

「忘れたの? 薄情だね」

 嘆息するルーティスの顔を見て、みるみる狼狽するリッチ。

『ま、……さか、ルーティスか?!』

「そうだよ」

 バカな、バカな! リッチは何度もかぶりを振る。


『貴様はあの時に『十字架に架けて生きたまま油をかけて焼き殺した』はずだ!!』


「何とか甦ったんだよ、アルベール。白魔導士を甘くみないでよ。後、焼き殺すなんて酷いじゃないか」

 ルーティスは気にもかけずに返す。その間も、浄化の魔法は構築され続けている。

 みさきはただ成り行きを観ていたが、ふと気になった。

 今少年は魔法創成に全力を注いでいるはずだ。多分……余力を回すような余裕は無いかも。

 だったら。魔法が完成するまでこいつの邪魔をすればいい。リッチを確認した以上、それも組み込んで魔法を創るだろうから。

 みさきは決心すると投げナイフをこっそり出した。

『くそ! せっかく疫病を使って戦争に勝てると思ったのに!』

 リッチは杖の先端をルーティスに向ける。ルーティスを殺す魔法を創り出そうとしていた。

「悪いけど、ここの犠牲者ごと眠らせる予定さ。そんなつまらない物を戦争に使うなよ。後――」

 ルーティスは一旦言葉を切って、


「そんな事の為に『ワクチン』の作り方を教えたんじゃない!!」


 ルーティスは叫んだ。一筋の涙が光る眸で。

『ほざけ! 戦争に勝つのが一番だ‼』

「カフェのエリスお姉ちゃんは季節の果実水を作るのが上手で綺麗だったから皆から結婚の申し込みをされていた……」

 ルーティスはさらに涙を湛えて告げる。その声は小さいが返しのある針のように心に刺さり、そして、抜けない。

「ヨシャは僕と同い年だったけど病気のお母さんの為に必死で働いていて……アレンは孤児だったけどいつか立派な神父になって皆を救うんだって頑張っていて……! エドはお父さんの後を継いで凄いパン職人に成りたかったんだぞ‼

 ――死んだんだ! 皆みんな死んだんだ‼ 君たち支配者は何を護りたかったのさっっ‼」

 激昂し、落涙と共に怒りをリッチに叩きつけるルーティス。

『黙れ黙れガキが! 貴様はここで――!』

 刹那、リッチの腕と首筋にナイフが突き刺さる。

 確認するまでもない。みさきの投げナイフだった。今ので邪魔をされて、リッチの魔法は霧散した。

「ありがとう、みさきお姉さん」

 ルーティスはお礼を述べて。魔法を創り出す。

「さぁもう一度、約束を。次の旅路は誤らぬように」

 魔法が完成した瞬間、光芒が雨のように降り注ぐ。都市全域を包み込んだ光たちは。リッチも含めアンデッド達を優しく眠りにつかせて、浄化した。

「おやすみなさい」

 ルーティスは胸に手を当てて一礼して。死者を弔い続けた。

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