第23話 開戦

 その答えを聴いたエイミーは露骨に嫌そうな顔をする。


「えー……」

「聴かなかった方が良かっただろ?」

「んー、まぁそうかな。でも、悪いだけじゃないってのは分かって良かったかも」


 考えようによってはそうか。勝機はあるということだ。完全にないわけではないのだからな。

 エイミーのその楽観的な思考が、今はありがたい。

 確かにそうだ。――五日。長いが五日耐えれば援軍は来るのだ。それは、大きな決定打になるはずだ。

 

「エイミーは本当に天才だな」

「え? まぁ、そうかもね?」


 困惑しているが、天才だとは自覚しているようだ。まぁ、タイムマシンを作ったのだから天才なのはその通りなんだけど。なんだか、癪に障る。


「エイミー」

「ん? 何かしら?」

「この戦いが終わったら、エイミーを食べても良いか」

「な、なななななな! なにバカな事を言ってるのよ! このエッチ! スケベ! 変態! 万年発情期!」


 エイミーが顔を真っ赤にさせて、罵倒してくる。一応、意味は通じたようだ。なんだか、一矢報い入れられて良い気分だ。


「はははっ! 冗談だよ。……半分な」

「は、半分……ぅぅっ」


 頭を抱えてしゃがみ込むエイミー。そんなに恥ずかしかったのか。まぁ、俺もこんな人の目がある所で言ったのだから、恥ずかしい。


「……その、考えてあげる」

「マジか!!」


 思いっきり前のめりになる。


「きゃっ! 考えるだけ。考えるだけだから!」

「それでもやったぜ! ひゃっほー!」


 おいおい、俺の心に火を点けてくれちゃって……!

 目の前に人参をぶら下げられた馬のように頑張っちゃうぞ。


「本当に、エッチなんだから」


 ジト目で見られる。ご褒美ですか? それに男だから仕方ないのさ。男はそういう生き物なのだから。


「絶対に、その言葉忘れないからな!」

「あぅぅっ、言わなきゃ良かったかも……」

「だが、もう遅い! 言ったからには責任を持つんだ。それが大人だからな」


 そうだぞ。この世界では十五歳は大人。もう、責任は取らないといけないのだ。エイミーよ。覚悟しておけよ!


「考えるだけだからね! あくまで!」

「はいはい、そうですね」


 エイミーは、未だ頭を抱えている。


「本当に分かっているのかしら……」

「分かってるよ」


 エイミーの耳元で囁く。


「俺に無茶苦茶にされたいんだろ」


 決め顔でそう言った。今のは良いんじゃないか? 前世では非モテだったけど、転生した今ならそこまで顔は悪くない。エイミーも惚れるかもしれんぞ!


「…ぁぅ……ん」


 エイミーはその一言に膝を付いた。そして、俺の胸を叩く。


「バカバカバカ! そんなこと! 一言も! 思ってないんだから!」

「嘘つけ。昨日だって、拒んでなかったじゃないか」

「あ! あれは、途中まで! キスまでだけなんだから!」


 途中までとは、どこまで良いのかな? 胸を触った事か? 太ももを撫でた事か? どちらでも良い。エイミーも段々と俺に体を許してきている証拠だ。なにせ、キスは良いって自分で言ったんだからな。


「エイミーもエッチになってきたなー……」

「クリスがエッチだからいけないんでしょ!」

「ぐほっ」


 ボディに良いパンチが入った。思わず声が漏れたぜ。なかなかやるじゃないか。

 

 そんなこんなで、エイミーといちゃいちゃしていたら、夕方になっていた。

 未だに魔王軍に動きは無い。いや、後方で何かを組み立て終わったようだけど。攻めて来ないのだ。

 この様子じゃ、今日は攻めて来ないな。


「エイミー。アル。今日は攻めて来ないと思うから部屋に戻ろうぜ」

「そうなの? 本当?」

「ああ、大丈夫だろう。この様子ならな。寧ろ、しっかり休んで明日に備えたほうが良い」

「それもそうね。ここに居ても何か出来るわけでもないし。分かったわ」


 エイミーも同調してくれたので、一緒に部屋に戻った。

 

 そして、夜に一緒にベッドで横になる。


「ん!」

「なんだ?」


 エイミーがなにか物欲しそうにしている。


「腕枕して!」


 顔を上気してそう言う。こっちもその気になるぞ。

 腕を伸ばすと、そこに頭を乗っけてくる。


「明日は大丈夫かしら」


 エイミーは不安そうに尋ねてきた。


「どうかな。だけど、攻めて来るとしたら明日だろうな」

「そっか。じゃあ、頑張らないとね」


 両手でグッと握りこぶしを作るエイミー。控えめに言っても可愛い。


「エイミー。頑張ろうな」

「うん!」


 エイミーの頭を撫でる。すると、俺の胸に顔を埋めてきた。


「ん!」

「今度はなんだ?」


 瞳を閉じて顔を寄せてくる。


「お休みのキス……ちょうだい」


 その一言に胸がぐっと掴まれる。欲情してしまうが、ぐっと堪えた。


「はいよ。お姫様」

「ん……」


 唇を合わせるだけのフレンチなキス。

 それだけでも、幸せを感じた。


「えへへっ! お休みなさい。クリス」


 エイミーの綻ぶ笑顔に俺も嬉しくなる。


「ああ、お休み。エイミー」


 その日は、そうして終わった。




 明けて次の日。この日は曇り空だ。暗雲立ち込めると言った所だ。

 兵士達は外壁にて緊張と不安をない交ぜにして、魔王軍を睨んでいる。

 誰もが思っていた。今日こそ、なにかある、と。


 角笛の音が響いた。

 そして、魔王軍の軍勢が動き出し、攻城塔もカタパルトも動き始めた。

 

 まだ、弓の射程外だ。

 だけど、ゆっくりと進んでくる。人の群れに大地が震えている。

 それが、より恐怖を煽った。


 四千人。それが、迫ってくるのだ。こちらを殺すために。

 恐ろしい。そう、思った。


「クリス……」

「大丈夫さ。任せろ」

「うん」


 震えているエイミーの手を握りしめる。


 敵は三百メートル地点で止まった。

 そこから、盾を持った兵士と弓兵。攻城塔が動き始める。


 ごくりと唾を飲み込む。

 魔王軍はどんどん距離を詰めてくる。

 二百……。


「弓兵隊! 弓矢つがえ!」


 壁上の指揮官が叫んだ。

 多くの弓兵が弓矢をつがえた。


「まだ放つなよ! まだだ」


 百メートルまで敵軍が寄って来る。

 そして、五十メートルまで攻めて来た。


「弓兵隊! 放てぃ!」


 数多くの矢が相手に降り注ぐ。

 ここに、魔王軍との戦が――開戦したのだ。

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