第22話 戦争の行先

 遂に、決戦の日が来た。今日は快晴。戦争日和というやつか。

 朝早くから千人以上の数多くの兵士が、砦の外壁の上で弓と盾を持っている。魔法使いらしきものも多く見受けられた。

 その中で俺達も外壁の上の一角に陣取っている。「英雄殿がいらっしゃるぞ!」「あの、英雄殿がか!」と、ちょっとした騒ぎになっている。恥ずかしいので止めて欲しいものだ。

 だが、少しでも兵士の士気が上がるなら、それで良いだろう。


 魔王軍の軍勢が平地に布陣している。まだ、距離は遠い。一キロメートルはありそうだ。

 大きな塔が五つ建っていて、車輪が付いている。大きさはこの外壁と同じくらいの巨大さだ。その中に多くの魔王軍の兵士が乗っている。

 恐らく、あれが攻城塔というやつか。確かに、あれが外壁の横に着いたら直ぐにでも外壁に乗り込まれるだろう。

 他にも、屋根が付いていて、巨大な丸太を吊るしている。そこに車輪が付いているモノ。あれが破城槌だな。

 総指揮官のジェイクさんが言っていたのを思い出す。あれを壊すのが俺の仕事だ、ということだ。

 果たして出来るだろうか? いや、やらないと不利になるのはこちらだ。やらなくては。

 そして、魔王軍の後方で何かを組み立てている。カタパルトだ。

 あれを黙らせないといけない。だけど、どうやったらカタパルトを止める事が出来るのだろうか?

 弾が尽きるまで待つ? いや、ここは魔法のあるファンタジーの世界だ。土の魔法使いが魔王軍にいるならば、無限に弾を作る事が出来る。大きさは分からないが、俺が良く使う中級くらいの魔法でもサッカーボールくらいの大きさなのだ。

 それが、放物線を描きながら飛んでくるのだ。止められるだろうか。魔法で盾を五、六枚重ねれば耐えられそうだが、アル一人じゃ受けきれずにそのまま破壊されてしまうだろう。

 厄介だな。でも、それを黙らせようとして、打って出たらそれこそ相手の思う壺だ。野戦に持ち込んだら、戦力差で圧倒的に不利。

 こちらは、防衛に専念して耐えるしかないのだ。カタパルトが脅威だとしても。


「ねぇ、クリス」

「なんだ?」

「この戦い。大丈夫よね?」


 エイミーは俺の服の裾を引っ張っている。その手が震えていた。

 この戦いが大丈夫なのか。それは始まってみないとわからない。

 だが、大丈夫さ。せめて、エイミーとアルだけでも守ってみせる。


「大丈夫さ。俺に任せとけ」


 俺の声色も上ずってしまった。


「ふふっ、変な声」


 エイミーが笑みを浮かべた。少しは怖さが紛れただろうか? そうだとしたら嬉しいな。


「クリスも怖いのね」

「ただの武者震いだ」

「嘘だって分かるわよ」


 エイミーには俺が恐れている事が分かるようだ。幼馴染だからな。分かってしまうのかもしれない。それだけ、一緒に居たんだから。


「……正直に言うと、怖い」


 ハッキリと言った。男としてはだらしないけど、見栄を張ってももう遅い。


「そうだよね。最初の時は、なんかいつの間にか戦いが始まっちゃってたから、必死でこんな事思わなかった。けど、こうして魔王軍が準備している様を見ると改めて怖いって思う」


 俺もそうだ。前回の奇襲とは違うんだ。

 魔王軍の軍勢は準備をして、本気で攻めてきたのだ。

 その攻防を凌ぎきれるか。それは始まってみないと分からない。


「エイミー。守ってみせるから」


 そっと、手を繋いだ。エイミーも握り返してくれる。


「ありがとう。頼りにしているわ」

「二人はワタシが守りマス」

「そうだな。アルがいるから安心だな」

「あははっ、そうね。アルの事も頼りにしているわ」


 アルの一言に二人で笑った。そうさ。俺達がいればなんとかなる。何とかしてみせるさ。それが、男ってもんだろ?

 魔王軍を睨みながらそう心に決めた。


 

 真昼になった。太陽が真上にいる。

 まだ、魔王軍は準備していた。魔王軍が攻めてくる気配は今の所感じられない。

 それでも、外壁の上の兵士達には張り詰めた糸みたいな緊張感が、辺りに漂っている。

 いつ来るのか。まだ、攻めて来ないのか。どっちなんだか分からない。

 誰もが、不安と恐怖で魔王軍を見つめている。


「一体、いつに攻めてくるのかしら?」


 エイミーの言葉にもどう返して良いのやら……。


「分からない。もしかしたら、今日は攻めて来ないのかもしれない」

「それって、どういう事?」

「こちらが消耗するのを待っているんだよ。じっと、待っているだけでも体力は消耗する。このままずっと、この状態を続けて、疲れた所を一気に攻めて来る気なのかも」


 その可能性は高い。こっちはいつ攻めて来るのか戦々恐々と待ち続けなくてはいけない。

 だが、攻める側は今日じゃなくても、明日でも明後日でも良いのだ。糧食が持つなら、ずっと待てば良いんだ。


「と、なれば相手の糧食を燃やすか、補給線を潰せば状況は打開出来るのかもしれないのか……?」

 ぽつりと呟いた。その作戦は有効そうだ。もし成功したら、相手は無理攻めをするか撤退するかもしれない。

 総指揮官のジェイクさんに言ってみるか? 

 いや、そんな事は重々承知だろう。俺の浅はかな考えを考慮しないわけがない。

 そもそも、相手の布陣を突破して、糧食や補給線を潰すなんて出来るか?

 絶対に後方の一番安全な場所に配置しているはずだ。こちらは騎馬がいないのだ。歩兵のみで戦場を走らなければならない。そんな事であの分厚い布陣を突破なんて出来るわけがないだろうな。

 となれば、援軍を待っているのか?

 その可能性は高い。いや、寧ろそれを狙っているのかもしれない。

 援軍を使って、魔王軍の後方を攻め、砦からも打って出る。そして、挟み撃ちにして一網打尽にする。

 陳腐な案だが、それが一番勝機のある作戦のように思えた。

 だとするならば、援軍は見込めるのか。もし来れるなら、いつまで掛かるのか。それが一番重要な要点だ。


 その時、砦内部から豪華な鎧を着た騎士と総指揮官のジェイクさんが現れた。

 外壁に向かって、ジェイクさん達が来る。兵士を労おうという事なのだろうか。

 

「兵士達よ! 三人一組で一人だけ見張り、他の二人は休憩をしろ! 一刻毎に代わる代わる休憩をするのだ! 良いな!」


 全兵士がその一言に返事を返す。

 魔王軍が攻めて来ないと見て、休憩を促したのだ。

 やはり、相手は今日攻めて来ない可能性が高いのだろうな。だから、出て来たのだろう。


「俺、ちょっとジェイクさんに聴いて見るよ」

「あ、ちょっと!」


 エイミーとアルを置いて、ジェイクさんの所に向かう。

 ジェイクさんの所に着くと、騎士が行く手を阻んだ。


「何事だ!」

「それ以上、進むな! 止まれ」


 騎士は剣を抜いて、俺の首に添えてくる。


「良い。その者は先の英雄。何がしか用があるのだろう」

「はっ! 畏まりました」

「総指揮官殿が言うのならば……」


 首に添えられていた剣を納刀する騎士。

 そして、ジェイクさんが目の前に現れた。


「クリス殿よ。何事か?」


 その問いに答える。


「総指揮官殿。……援軍はいつ来る予定なのですか?」


 その俺の答えに、ジェイクさんは溜め息を吐いた。


「……それは、自分で考えた答えか?」

「はい、可能性が高い作戦がそうかと思いまして……」

「そうか……。では、誰にもこの事を言うなよ。言った場合、英雄だとしても打ち首にする。良いな?」

「はっ、承知しました」


 小さな声でジェイクさんは答えた。


「……五日だ」

「い、五日ですか」


 五日。そんなにも時間が掛かるのか? その間に生き残れる事が出来るのか。この砦は耐える事ができるのだろうか。


「これを知ったからには、奮戦して貰わなければならないぞ。クリス殿」

「……承知しました」


 援軍が来るのは五日。その間、耐え続けなければいけない。

 不安が募る。

 今なら思う。聴かなければ良かった、と。でも、遅い。知ったからには、援軍を信じて耐え忍ぶしかないのだ。

 

「では、吾輩は去るぞ。ではな、クリス殿」

「はい、ありがとうございました」


 頭を下げて、ジェイクさん達が砦内部に戻るのを見送った。


 エイミー達の所に戻った。


「で、どんな話をしていたの?」


 当然のように、エイミーが尋ねてくる。さて、どう答えるか。


「とりあえず、喋ったら打ち首なんで教えられないな」

「え! そんな重要な話だったの?」

「そうだぞ。まさか、予想が的中するとは思わなかったけどな」


 エイミーは恐る恐る尋ねる。


「因みに、良いニュース? それとも悪いニュース?」

「半々ってとこかな」


 そう答えるのが精一杯だった。

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