第17話 折れた心を癒す方法

 クリスが泣いている。全身を毛布に包ませながら、誰にも聴こえないように。小さく、小さく嗚咽を漏らしていた。

 隣で寝ている私は、そのクリスの姿を見て困惑してしまった。

 だって、あのクリスがこんなにもちっぽけで、惨めに泣いているんだから。

 声を掛ける事が出来なかった。こんな姿を見たことが無かったから、どう声を掛ければ良いのか、良く分からなかった。

 想えば、クリスは小さな頃から自信の塊見たいな存在だった。


 最初会った時は、五歳の頃。私が、タイムマシンを完成させようと魔道具を弄っていた時だ。

 カチャカチャと魔道具を組み合わせたり、付けたしたりした時、間違えてタイムマシンが爆発した。


「けほっけほっ失敗しちゃった」


 私は、失敗して、タイムマシンを爆発させてしまった。

 その時だ。


「大丈夫ですか!?」


 ドンドンと大きな音でドアをノックして、一体誰なのよ……。と、思いながらドアを開けた。

 それが、私とクリスの初めての出会い。


 そこから、毎日のようにクリスは私のとこに遊びに来た。

 そして、私がタイムマシンを改良する様を見ながら、魔道具を見たり、汚い部屋を片付けてくれたりと、色々してくれた。

 私達、ラバル一家が村の人達に疎まれて、村の離れに家を建てた事も知っていただろうに。

 それでも、毎日のように遊びに来た。

 そういえば、私の家に同年代の子供が面白半分で家に入ってきて、悪戯をしたり、私の髪を引っ張ったりして、イジメてきたこともあったな。

 そんな時、クリスは。


「お前ら、女の子にこんな事して恥ずかしくないのか!?」


 って、言ってイジメっ子を追い払った事もあったっけ。多分、その時に私はクリスに恋をしたんだなって、今ならそう想う。

 それ以降、イジメられる事も無くなったし、良く、クリスに連れられて、オールディス家で一緒にご飯を食べたり、その、あの……おばさんに言われて、お風呂に二人で入ったりした。

 今思えば、とても恥ずかしい! 子供の頃だとは言え、裸でお風呂に入って、お互いのあの、あれを見ちゃったし! それに見られたし! 

 あの時、クリスは見ない様にしながらも私の裸をチラチラと見ていた。当時は何もその視線に意識してなかったけど、今なら分かる。クリスは私を女の子として、見ていたんだって。

 だって、あの頃から嫌らしい笑みを浮かべていたんだもん。きっと、絶対そうだ! このエッチ! 変態! スケベ!

 はぁ……。今、そんな事思っても意味ないわね。


 そんなこんなで、オールディス家に招かれて、一緒にご飯を食べるようになった。毎日クリスと遊んだり、タイムマシンを改良したりもした。爆発なんかも良くしたわね。二人で顔を真っ黒にして笑ったっけ。ああ、楽しかったなぁ。

 

 段々と、年齢が上がってきて、確か、九歳になった時。オールディス家に招かれた時だ。

 おばさんが、私にコッソリと耳打ちしてこう言った。


「あなたが、クリスのお嫁さんになってくれると、嬉しいんだけど」

「は、はい!?」


 その時の私は顔が真っ赤になっていただろう。顔が熱くて、クリスを見る事が出来なくなった。

 クリスのお嫁さん。それを考えると、自分でもそれで良いかなって。それも良いな。って、思ってしまったのだ。

 それから、クリスの視線を気にするようになる。当然、お風呂は絶対に一緒に入ろうとはしない。だけど、クリスは少し残念そうだった。多分、わ、私の裸を見たかったんだと思う。本当にエッチなんだから!

 

 村の人からは、爆発があってもまたか、と苦笑される程度になっていた。

 恐らく、オールディス家のおじさんとおばさんが村の人になにか働きかけてくれたからだと思う。本当に感謝しています。

 九歳くらいからだろうか。イジメっ子が、なぜかまた現れた。何故かよそよそしい。

 そして、イジメっ子は。


「俺と付き合ってください!」


 と、言ってきた。私はその言葉に呆然とした。こいつは、何を言っているんだ? って。

 だって、今までイジメてきた相手がいきなり告白してきたのだ。誰だって、何を馬鹿な事を言っているんだって思うでしょ? 


「お断りします」


 当然のように私はその告白を断ります。そして、オールディス家に招かれた時に、おばさんに聴いて見たの。こんな事があったんだって。そしたら、おばさんは優しい声で。


「男の子はね。好きな子をイジメちゃう不器用な子なのよ」


 そんな風に言われた。男の子は、好きな子をイジメちゃう男の子。意味が分からなかったけど、一応は理解した。そして、思った。クリスも私をイジメたいって思ってくれないのかな、って。

恥ずかしい。本当に恥ずかしい! 穴があったら入りたい程だ。だけど、少し寂しそうにぽつりとおばさんに呟いたら、笑われた。


「クリスはね。好きな子を守りたいって思う。自慢の子なの」


 と、言った。そう言われて、私の気持ちは有頂天になった。胸が温かくなった。クリスは私の事が好きなんだ!って。

 それから、何度も男の子が来ては、告白する。そして、私がそれを断るという事が、何度もあった。

 クリスもその事は知っているみたいだけど、苦笑するだけ。

 私はその態度にイライラした。私がクリスを見ると、胸が高鳴ってこんなにもドキドキするのに。他の女の子と仲良くしているのを見ると、胸がムカムカしてくる。

 なのに、クリスは何も言わなかった。私だけが、クリスに片思いしているのかな、って思ってしまう。

 それを、おばさんに言うと、また、笑われてしまうんだけどね。


「大丈夫よ。クリスはエイミーちゃんしか見てないから」


 ってね。


 十歳になったある日、タイムマシンが出来た。私は意気揚々とクリスはおっかなびっくり、タイムマシンに入っていった。

 着いた先は、五十年後の荒れ果てた大地だ。そこで出会った人達。おじいさん。食料があるかもしれない。って、聴いたクリスは直ぐに地下シェルターに行った。私は怖かったけど、でも付いて行った。

 そこで、食料を発見するも全部腐っていて、食べられなかった。

 そして、クリスの白骨を見た。白骨化したクリスが身に着けていた、私からのプレゼントのペンダント。それと、手紙。

 それを見た時、嬉しさと悲しさで胸が一杯になった。涙が堪えきれなかった。

 それと同時に、未来のクリスは今でも私を想っていた。それを想って、クリスに聴いて見た。

 そしたら、大切な友達だ。ってさ。本当に意気地なしなんだから。その時に告白されていたら、絶対に断らなかったわよ。


 おじいさんに伝えなきゃいけない時、クリスと私は気分が重く、足取りも重い。

 結局、おじいさんに食料が腐っていた事がバレたけど、クリスは諦めなかった。

 どこか、他に同じような場所はないかって。おじいさん達の為に必死だった。

 未来の私の研究室に行って、ガーディアンに襲われながらも必死になって頑張った。

 それで、食料を見つけた時は、クリスは心底嬉しそうだった。

 その後に見た。あの魔王の復活と星の破壊されていく様。それを私は呆然と見ていたけど、クリスは違った。世界を救うんだ! って、そう言って、決して諦めない。


 おじいさんの所に食料を届けたときには、クリスは泣いていた。諦めていた人達にほんの少しだけ、希望を与えたんだ。嬉しくて涙を流していた。私は、そんなクリスが、立派でとても誇らしい。

 現代に戻って、直ぐに騎士学校に行くって言った時には驚いた。だけど、未来で魔王が星を破壊する様を見て、私も否とは言えなかった。


 でも、次の日に剣魔の里で修行するって言い出したのだ。しかも、明日からだって!

 私は愕然とした。なんで、そんな重要な事を自分一人で決めちゃうのって。でも、その目は真剣だ。世界を救う。その為なら何でもする。そんな目だった。

 そうして、クリスは剣魔の里に行った。最後の別れ際にその……頬にキスをしちゃったけど、あれは自分でも、なんでしたのか分からなかった。体が勝手に動いていたの。

 恥ずかしかったけど、後悔はしていない。あれはその、予約だから……。何言ってるんだろ私。


 五年後、帰って来たクリスは十歳の頃よりも背が伸びていて、体も逞しくて、……正直、惚れ直してしまった。思わず飛びついてしまったけど、それほど会えた事が嬉しかったし、逞しくなったクリスが誇らしかった。


 それからは、知っての通り。七百五十年に行って、志願兵になり、四魔将が一、トードスゴットをクリスが聖級魔法で倒した。そして、国王と謁見。情報と報酬を得た。イアンの決意を変える為に、聖剣の試練も乗り越えた。

 だけど、聖剣が手に入らないって分かった時、クリスは絶望して嗚咽を漏らしている。

 今までのクリスとは正反対に、とても小さく見えた。

 いつも諦めない。あのクリスが、泣いている。それが、私には衝撃だった。

 だって、あのクリスだよ? いつも勝手に決めて、勝手にいなくなっちゃう。あのクリスが、こんなにも体を丸めてうずくまっている。それが信じられなかった。

 今までの自信はどこに行ったのか、がぽっきりと折れたように見える。


 その日は何も声を掛けられずに私も寝てしまった。


 目を覚まして起き上がる。クリスを見ると、壁に背中を預けて毛布に包まって、ブツブツと何かを言っていた。

 その姿にイライラが募る。そして、同時にクリスは特別じゃなくて、皆と同じで、どうしようもなく心が弱いんだ。って、理解した。

 どこかで私はクリスを特別扱いしていた。だけど、クリスは他の人と一緒で、心が弱くて、臆病なんだ。そして、その姿にどうしようもない程、愛おしさを感じた。

 気づいたら、私はクリスの頭を抱きしめていた。


「泣かないで、クリス」

「……エイミー。俺は…………無力だ」


 クリスがそんな事を言うなんて、そんなに追い詰められていたのね。


「世界を救うって、大事言って、結局はこの様。聖剣エクスグラスを手に入れる事は出来ない。イアンの決意を変える事は出来ない!」

「クリス……」

「本当は、世界を救う。って言ったのだって違うんだ。誰かに、ただ、認められたかったんだ。尊敬されたかった。敬ってもらいたかった。それだけのちっぽけな存在だったんだ」


 クリス……。やっぱり、クリスは他の人と一緒。世界を救うって言ったって、心はガラスのように脆い。失敗したら、苦悩し、後悔し、泣く。そんな普通の人なんだ。


「大丈夫よ。そんな事、誰でも思う事だわ。私は知ってる。クリスはいつも怖がりつつも、一生懸命に頑張って来たこと。誰かを救おうって、必死になってた事。みんな知ってるわ」

「……エイミー。俺は、俺は!」


 強く抱きしめ返された。そして、私の胸の中で大声で泣いた。その声は、洞窟内に響き渡る。残響と共に。


「クリス。大丈夫よ。一度失敗したくらいで諦めないで。まだ、道は残っているわ」

「……そんな。道なんて残っているのか?」


 今のクリスは子供だ。小さな子供のようだ。そのクリスに優しく答える。


「聖剣エクスグラスは手に入らなかった。それは変えられない未来・・・・・・・・。なら、折れてしまった聖剣を直せば良いのよ」

「折れた聖剣を直す?」


 そう、心も剣も一緒。心は癒して、治せば良い。なら、折れた剣もまた、鍛えて直せば良いんだから。

 そうでしょう? クリス。

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