第18話 託される物

 エイミーが、俺の頭を抱いて撫でてくれる。そして、優しい声色で俺に伝えてくれる。

 俺がどんなに頑張っていたか、を。それが嬉しくて、嬉しくて涙が止まらなかった。

 俺にはこんなにも優しい大切な人がいるんだ、と。

 そして、エイミーが言った言葉は、俺の考えもしない答えだった。聖剣エクスグラスを持ってイアンに渡せば良い。としか思っていなかった。だけど、確かにその通りだ。折れたなら直せば良い。その通りだ。

 

「もう、落ち着いた?」

「ああ、ありがとう。エイミー」


 そうして、俺はエイミーの肩を掴んで押し倒した。


「きゃっ!」

「エイミー!」


 馬乗りになってエイミーを見る。エイミーの瞳は潤んでいる。可愛い、そしてなによりも愛おしい。

 乱れた服から見える太ももが、魅力的で興奮して来る。

 鏡を見たら俺の顔はとても血走っているだろうな。


「良いか? エイミー」

「ダメ……。ダメ……んっ」


 弱く否定するその唇を俺の唇で塞いだ。エイミーは最初、抵抗しようとしていたが、俺の体格差に勝てないと見ると、力を抜いて俺のキスを受け入れていた。

 俺はそれを良い事に、灰色のチェニックの上からエイミーの平坦……。いや、少しだけ、ほんの少し膨らんだ胸を弄った。少しだけ感じる女の子の柔らかい感触を楽しむ。


「んっ……ダメ。んんぅ……ダメだから」

「エイミー。可愛いよエイミー」


 唇を離した。そして見つめ合う。エイミーの顔は上気している。俺を見る目が潤んでいて嗜虐心をくすぐらせるというか、男の本能を呼び覚ませるというか。

 もう、止まれなかった。体が熱くて堪らない。エイミーが欲しい。


「もう、良いよな。エイミー」

「ダメ……。ダメなの」


 片手を太ももから、チェニックの下腹部に差し入れようとする。

 もう少しの所で――。


「だから、ダメって言ってるでしょ!」

「ぐほっ」


 エイミーに両手で突き飛ばされた。そのまま、壁に激突して頭を打つ。


「いてて……」


 エイミーは泣いていた。泣きながらこっちを見ている。


「この、エッチ! 変態! 色情魔! ケダモノ! ちょーっと、優しくしてあげたら直ぐこれなんだから! 何考えているのよ」


 エイミーは泣きながら怒っている。その姿も可愛らしい。

 だが、頭を冷やして冷静に考えれば、無理やりすぎだったかもな。と、思ってしまった。

 だって、そうだろ? 優しくしたらころっと豹変して襲い掛かったわけなんだし。

 でも、それを認めるのはなんか悔しい。


「でも、キスは拒まなかっただろ……」

「な、なななななななな!」

「それに胸触っても、嫌がってなかったじゃん」

「何を言ってるのよ変態! このバカ!」


 また、罵倒をくらってしまった。だけど、確かにキスは抵抗しなかったじゃないか。そうだろ?


「その、キスは…………良いわ。私も拒めなかったんだから許してあげる。でも、胸触るのと、……それ以上をしようとしたのは、絶対に許せないわ!」

「エイミーは見持ちが堅いなぁ」

「う、うるさい! 正式に結婚してからするものなんだから!」


 エイミーの貞操観念は堅いようだ。今の時代でも、結婚してからナニをしようなんて考えはあるのだろうか。そこら辺、エイミーはしっかりしているということなのかな。


「結婚って言ったか?」


 そう言うと、エイミーの上気した頬は更にカァーッと赤くなった。


「うるさい! 例えよ! 例え! 別に、クリスの事が好きとかじゃないんだから!」

「好きじゃない相手とキスしたのか?」

「そ、それは……その。……あの、き、嫌いじゃない……わ」


 エイミーの声が尻すぼみしていく。痛い所を突かれて動揺している。


「嫌いじゃない、か」


 嫌いじゃない。という事は、少なからず、俺の事を思ってくれているんだろう。なんか恥ずかしくなってきたか。


「じゃあ、エイミーが俺の事を好きになるようにもっと頑張るか!」

「は、恥ずかしいセリフ禁止!」

「はははっ!」


 笑いながら、そう言った。もう、立ち直っていた。俺は確かに、エイミーの言葉を信じてきた。

 だけど、世界を救う為に努力した事。今まで頑張ってきた事。それは、俺が自分で決めた事だ。

 決して、人形のように操られて動いていたわけじゃない。そうなんだ! 誰かに認められたい。ただそれだけが望みだとしても、世界を救う。そう決めたじゃないか。それは、偽物なんかじゃない。

 軽い気持ちで言ったわけじゃないんだ。一度失敗したくらいでなんだ。男ならやり尽くして見せろよ。

 父さんにも言われただろ? 「絶対に諦めるな」ってさ。

 なら、やってやろうじゃないか。そうだろ? ここまで来たんだ。とことんやってやる。そして、世界を救ってみせるよ。それが、出来るかはわからないけど。努力してみせる!


「クリス。元気?」

「アル。ありがとう! もう、元気さ。エイミーのおかげだ」


 アルが俺を見ていた。アルも俺の事が心配だったんだ。ごめんな。そして、ありがとう。


「ふ、ふん! 知らない。このケダモノ」

「はは、とりあえず、なんか食べよう」


 アルのバックパックから出した保存食を食べる。

 エイミーはあれから目を合わせてくれない。こっちが見てない時には見てくるのだが、見返すと、顔を上気して視線を逸らす。

 その反応が可愛らしい。乙女って感じだよな。まぁ、前世でモテた事ないから詳しくは言えないけどさ。


「じゃあ、五年後のイアンの所に行こうか」

「分かったわ」

「任務、了承」


 エイミーも洞窟を出る頃には機嫌を直してくれたようだ。未だに目は合わせてくれないんだけどさ。


 タイムマシンの下に急ぐ。エイミーはアルの肩に乗って、走っている。俺も、早くイアンに会う為に、急ぐ。

 夜になる頃には、タイムマシンの下に帰る事が出来た。


「五年後に行くわよ!」

「ああ!」


 エイミーがタイマーを弄る。聖歴七百五十年。イアンがあの洞窟にいる時の時代だ。

 空間が歪んで、水色の世界が現れる。その中に俺達は入っていった。


 そして、光の先に出る。

 着いた先は、変わらない紅葉した秋の森の中だ。

 だけど、確かなら聖歴七百五十年なはずだ。

 

「あの平原まで行こう」

「賛成ー」


 夜の森の中を走る。そして、ぽっかりと空いた平原に出る。

 ここで、バックパックから寝袋、毛布とか保存食を出して食べた。

 そうして、その日は眠りについた。


 次の日、早朝から急いでイアンの下に向かう。砦が途中に目に入るが、門兵は死んだ魚のような顔をしている。砦の中も慌ただしい。先の戦争の負傷者がまだ、大勢いるのだろうな。

 だけど、俺達はイアンの下に急いだ。イアンの下に着いたのは夕方頃だ。


「君たちはこの前の……。また来てくれたのか」


 イアンは俺達を歓迎してくれた。質素な食事だが、温かい食事だ。体にじんわりと温かさが染みた。

 食事後、イアンが問い質してくる。


「それで? 私に何か用があるんだろ?」

「良く分かったな」

「それぐらい分かるさ。こんな男の所に来るんだ。何か用が無いなら、変人か奇人か……。はたまたなにか」


 それもそうだ。用が無ければ、腰抜けのイアンに会おうとは思わない。まぁ、俺達はイアンが勇者だと確信を持っているけどな。


「ああ、実はお願いがあるんだ。イアンの……その聖剣を貸してくれないか?」


 その一言に、イアンは唖然としているようだった。それもそのはず、折れた剣だ。そんなモノを貸して欲しいなんて言う奴がいるわけがない。


「……何が目的だ。聖剣を何に使う気だ」


 恐ろしい形相でこちらを睨みつけてくる。当然の反応だ。普通の人にとってはただの折れた剣。だけど、イアンにとっては兄に託された聖剣。それだけの想いが詰まっているのだ。


「別に、それを使って有名になりたいとか、そう言う事じゃないの! ただ――」

「――その『聖剣を直したい』だけなの!」

「ッ!! それは本当か!?」


 席を立って前のめりにこちらに詰め寄ってくる。

 聖剣を直せるかもしれない。そう聴いたイアンは、驚きの表情で問うてきた。


「本当だ。方法はまだ考え中だが、俺達が未来人だというのは知ってるだろ?」

「ああ、未だ半信半疑だが」

「今はそれで良い。ただ、少しだけでも信じてるなら貸してくれ! 聖剣だって無から生まれた訳じゃない。『誰かが』鍛えて創ったんだ。俺達は、それを調べる。そして、聖剣を鍛え直してもらう」


 イアンは立ち上がり、聖剣の置かれている台座に行って、柄を手に戻って来た。

 そして、俺に渡してくる。


「何卒、何卒……お願い申し上げる!」


 イアンのその手は震えていた。それだけじゃない。イアンは全身を震わせて、何かを堪えるかのように手渡してきた。

 俺は、そっと、大事に聖剣を受け取った。


「任せろ。俺達が何とかしてみせるから!」

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