第13話 決意を変える為に
勇者は確かにイアンなのだ。だが、彼の心は折れてしまっている。
それをどうにかしなければ、イアンは同じく戦争を食い止める為に、封印魔法で魔王を封印してしまうだろう。それが、自身の命を犠牲にしてもだ。
それだけの決意を感じた。これを変えるにはどうすれば良いのか。決意を揺るがす程の
じゃあ、それは何だ。と、問われたら答えられない。
俺達はイアンの話を聴いても、何も口に出せなかった。する事が出来なかったのだ。
夜になって、イアンに夕食をご馳走してもらった。干し肉ときのこのスープ。それと、黒パンが1つ。質素な食事だ。でも、保存食が節約できるので嬉しい限り。
「アル殿は、食事はいらないのか?」
と、尋ねられたのだが、機械だからいらない。そう言うと、カラクリみたいなものか……。と、納得した。どうやら人でない事は理解したようだ。
それに、イアンは藁束を敷き詰めた寝床を二つ用意してくれた。
当初、「一応、用意したほうが良いか?」と、アルの分まで用意しようとしていたのだが、それを俺達が断った。だって、しゃがめないしな。横になれないしな。一応、エイミー曰く装甲を全て解除したら横にはなれるし、しゃがみ込む事もできるらしい。だけど、一々装甲を解除するのは面倒くさいし、アルは機械だ。眠る必要性もない。
今は寝床で横になっている。その俺の隣にエイミー。アルは俺達の前で立っている。そして、それとは離れた聖剣の置かれている台座の近くで、座り込みながらイアンは眠っていた。
「なぁ、エイミー」
夜になって、隣で反対側を向いているエイミーに尋ねる。それは勿論、イアンについてだ。俺一人では解決できない。なので、エイミーを頼ることにする。なにせ、天才発明家だ。発想力も俺よりは良いだろう。良いアイデアを出してくれるに違いない。
「ひ、ひゃい!?」
エイミーは変な声を出して、こちらを向いていた。何故かその顔は真っ赤になっている。
一体どうしたんだ? 熱でもあるのかね。まぁ、良い。聴いて見よう。
「あのさ。――」
「――ダメ! ダメよ! まだダメなんだから。……それに、イアンさんもいるのよ!? 何考えているのよ。このエッチ! 変態! スケベ!」
おや? 何を考えているって? ナニを考えているのは、エイミーだろうに。流石の俺でもこんな所で、エイミーを襲うなんてことはしないさ。本当だよ?
だって、大切な
「違う違う。そうじゃないさ。ナニを考えているのはそっちだろ」
「な、なな! 何言ってるのよ! クリスがエッチな目で見てくるからでしょ!」
その反論は厳しいぞ。だが、エイミーがそんな事を考えていたとは……。
少し、悪戯心がムクムクと沸いて来た。
「俺が本当にそんな目で見てたか?」
「そ、そうよ。嫌らしい顔をしてたわ」
深刻に悩んでいたのだが、それを嫌らしい顔と言われたらちょっとへこむ。いや、寧ろかなりへこんだ。畜生、ならこっちも攻めてやる!
「なら、さっきの『まだダメ』って言うのは、一体なんの事なんですかねぇ……」
ニヤニヤしながらエイミーを見る。もう顔はゆでだこのようだ。だが、そういう俺も顔は真っ赤になっている事だろう。
「それは、その、それは……」
「それは?」
エイミーの声は尻すぼみしていった。
「ああ、もう! 私のバカバカ! なんて事、言っちゃったのよ! こんなんじゃ認めているようなものじゃない!」
両手で顔を覆って叫ぶエイミー。
やっぱ、エイミーも俺の事を認めてくれているんだな。その、凄く恥ずかしいけど。俺もエイミーをずっと想っていたから、嬉しいよ。
「悪い悪い。もう、言わないから」
「……本当に?」
両手で顔を覆っているその指の隙間から、こちらを覗いてくる。
「本当だよ。だから、可愛い顔を見せてくれよ」
キザったらしく言って見た。今のは格好良く決まったんじゃないか? 前世でモテない男だった俺じゃあ、判断は出来ないけどな。
「は、恥ずかしい事言うの禁止!」
エイミーはぷるぷると震えてまた顔を隠してしまった。ダメだったらしい。だけど、エイミー的には、今のも良かったのかな? 反応が楽しい。おっと、こんな事を言ってたら、先に進まないな。
「さっきからその余裕と言い。クリス。あんた浮気してないでしょうね」
エイミーが顔を見せてくれたと思ったら、凄い形相でこちらを睨んできた。
いやいや、そんな事ないさ。何を勘違いしていらっしゃるんですか!?
「な、なにを言っているんだ? エイミー。俺が剣魔の里で修行してた事は知ってるだろ?」
「女は? 女はいたの?」
そんな事は無視だと言わんばかりに聴いて来た。こ、怖いんですけど。
「はい。そ、村長の孫娘さんにカーラさんがいました!」
何故か、俺が尋問を受けているような状況になっている。何なんだこの状況!?
「……ふぅーん。で、その女はなに?」
底冷えのするような声で尋ねてくる。ここは、誤魔化す事なんてしていられない。ギャルゲーでいう選択肢を選んだらバッドエンド直通な状況だ。俺はハッキリと答える。
「俺の魔法の師匠です! それ以上でもそれ以下でもないです!」
「……つまり、何もなかった。って事?」
「はい! その通りです!」
「宜しい。一応、信じましょう」
良かった。エイミーは納得してくれたみたいだ。これで一安心だ。凄い形相だったからな。今度からエイミーを怒らせないように気を付けよう……。
それにだ。
「大体、俺にはエイミーがいるのに浮気する
「だから恥ずかしいセリフ禁止!」
エイミーに禁止されてしまった。だけど、事実上。エイミーは俺の事を彼氏と認めているって事だろう? いやー嬉しいね。
「とりあえず! 話を戻しましょう。さっきのやり取りは無かった。良いわね?」
「分かったよ」
その無理やりな言葉に苦笑する。だけど、本当に聴きたかったんだ。エイミーに尋ねられるんだから良しとしよう。
「エイミーはイアンを見て、『本物の勇者』だと思ったか?」
俺の問いにエイミーは唸る。そして、少し経ってから答えた。
「『本物の勇者』でしょうね」
「そうか。因みに、兄のケヴィン=ブレイズが気になるか?」
「そうね。初めて聖剣を持った者がケヴィン=ブレイズ。それを託されたのがイアン=ブレイズ。どちらも聖剣に認められている。理由は分からないけど、兄のケヴィン=ブレイズもそれだけの器だったのよ」
それだけの器。強かったって事だ。確かにそうなんだろうな。精鋭を引き連れて魔王の城の近くまで、行ったのだ。長い戦いを乗り越えて……。
それは俺が考え得るよりもずっと、途方もない辛さだっただろう。
「じゃあ、兄のケヴィン=ブレイズを助ける。っていうのはどうだ?」
「ケヴィン=ブレイズを助ける、か。……恐らく無理ね」
「どうしてだ?」
「まず、距離と頭数の問題。タイムマシンは私の家を基点にしている。つまり、ケヴィン=ブレイズの死に際に辿り着く前に、私達だけで、魔王の支配領域を行く事が出来ない。当然、戦闘にもなるのよ。イアンさんも言ってたじゃない。国の精鋭百人を集めて、たった十人しか残らなかったって。それを私達三人だけで行けると思う?」
それは……無理だろうな。長い旅をしたんだ。タイムマシンで移動できる人数は決まっている。
距離の問題も人数の事も、現状では無理だろう。
「じゃあ、その精鋭になるって言うのはどうだ?」
「それが出来ると思う? 身元も不明な若者が、力だけで成り上がるのに一体何年、何十年掛かると思う? それに、成り上がったとしても、身元不明な若者を精鋭として選ぶと思う? 私なら選ばないわ。しっかりとした経歴のある名家の騎士を選ぶわ」
「じゃあ、それは……」
つまり、ケヴィン=ブレイズは助ける事は不可能だ、という事だ。
「悲しいけど、それが現実。だから、他の問題を考えましょう」
「他の問題? それは、イアンについてか?」
「そう、その通りよ。イアンさんに、何が何でも封印魔法を使わせないようにする。その為にはどうすれば良いのか」
イアンの心を、決意を変えさせる何か。それは、恐らくだが……。
「聖剣エクスグラスが……。折れてない聖剣エクスグラスがあれば、イアンは変わる……?」
「私もそう思うわ。聖剣エクスグラスが折れてしまった事。これが、魔王を
「そうか! なら、過去に戻って聖剣エクスグラスを持って来よう! そうすれば、イアンは立ち直るかもしれない」
「イアンさんの決意した心を変える要因が、それでしょうね。だから、聖剣エクスグラスを手に入れた五年前。聖歴七百四十五年に行きましょう。幸い、場所はこの場所だから距離の問題はクリアしているしね」
そうだ。聖剣エクスグラスはこの台座にあったのだ。それを俺達が持ってくれば、何の問題にもならない。
「ありがとう。やっぱり、エイミーに話して良かったよ」
「えへへっ! 良いのよ。でも、これもポンと浮かんだ案だからね。これよりも良い案はあるかもしれない。それを念頭に置いておきなさい」
「分かった」
そうだろうか? これよりも良い案はあるのか? 俺にはそうは思えない。まぁ、俺がそこまでの発想力がない。ってことなんだろうけど。
だけど、心の片隅には入れておかないとな。何があるか分からないんだから。
とりあえず、話は纏まった。タイムマシンで五年前の聖歴七百四十五年に戻って、聖剣エクスグラスを持ってくる。そして、それをイアンに渡すのだ。
そうしたら、イアンの心は変わるかもしれない。
そうと決まれば、早速明日から行動を開始しよう。
ああ、それと、何か気になる事を言っていたな。
「エイミー。イアンが言っていた魔王の姿って本当に、
俺の問いに、思案顔で唸るエイミー。そして、答える。
「現状じゃ分からないわ。確か、青い髪の男らしいじゃない。魔王が変貌したのか、それとも……。いえ、私の考え過ぎね。とりあえずは、今の現状を打破することが重要なのよ」
エイミーはなにか不安そうにしている。俺には分からないが、エイミーが現状を解決する事を優先しようと言ったのだ。そうするのが良いだろう。
「それもそうだな。……ふわっ」
欠伸が出た。もう、イアンも寝ている。俺達も寝ることにしよう。
「もう、夜も遅いし寝ようか」
「そうね。もう、寝ましょう」
俺達は寝る事にする。と、そこでエイミーが一言。
「あ、クリス。寝込みは襲わないでよね!」
何だそんな事か。流石にしませんって。俺も前世じゃ童貞ニートだったけど、今じゃエイミーがいる。なにを焦る必要があるというのだ。
「その……。結婚するまで、そういうのは禁止だから!」
そういうのっていうのはナニの事だろう。エイミーは見持ちが堅いんだな。その反応が可愛らしい。こんな幼馴染がいる俺は幸せだ。
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