第12話 折れた剣

 イアンは、そっと机の空いた席に座る様に俺達を促した。


「立ったままだと疲れるだろう。まずは座ってくれ」


 イアンにそう言われたので俺達は席に座る。アルは座ったら椅子を破壊してしまうので俺達の後ろに立ったままだ。

 お互いに軽い自己紹介をした。


「おや、そこの大男さんは座らないのかい?」

「ええ、アルは重いので座ったら椅子を壊してしまうので」

「そうね」


 エイミーがくすくすと笑いながら答える。


「なるほどね。敬語は使わなくても良い。それだけ、大した人間でもないからね」

「そうで……そうか。ありがとう」


 さて、なにから言うべきか。とりあえず、勇者は魔王を封印した。だけど、俺は封印魔法を知らない。俺の魔法の師匠であるカーラさんも知らない様だった。

 ただ、カーラさん曰く、属性魔法以外にも特殊な魔法。というのは存在するらしい。

 それは、その一族だけが受け継いでいく秘伝の魔法だったりするらしく、誰もその魔法について誰かに教えようとはしない。ひっそりと、一族だけに教えるのだ。それだけ、特別な魔法だから。

 つまりだ。勇者が魔王を封印した。その魔法は特殊なモノなのではないか、ということだ。

 だから、そこを突いて見る。


「イアンは、特殊な魔法が使えたりしないか? 主に……『封印魔法』とか」


 私の問いに、イアンは息を呑んだ。そして、驚いた顔からこちらを不審な表情で見る。


「……驚いたな。よく知っているね。確かに私は『封印魔法』と『転移魔法』が使える。それをどこで知ったんだい?」


 転移魔法? そんな魔法まで使えるのか。いや、それなら納得だな。勇者は単独で精鋭を倒して魔王を封印した。そんな奇襲みたいな事が出来たのは転移魔法があるからなのだろう。

 思いっきり唾を飲み込んだ。緊張で手汗が出てきた。

 今度はこっちが答える番なのだが、どうして知っているのか・・・・・・・。それは未来を知っているからだ。

 だが、それをこの段階で話して良いのか? その一歩が踏み出せない。

 エイミーを見る。エイミーも思案顔だ。どう答えるのが正解なのか迷っているのだろう。

 ええい、ままよ! ここは、正直に全てを話してしまった方が良い。


「俺達は未来・・から来た」


 その答えは予想していなかったのか、イアンは呆気に取られている。

 エイミーは頭を抱えて「あちゃー……」と、言っていた。だけど、ここは腹を割って話す方が良いだろう。そう判断した。

 俺はイアンに畳みかける。


「イアンは迷っている」

「ッ! ……ほう。で?」


 迷っている事は本当なのだろう。しかし、それだけでは俺達が未来から来た事の確信は得られない。


「イアンは、これから一人で魔王の城に飛び込んで、魔王を。自分の命を犠牲にして封印しようかと迷ってい――」

「――ッ! どうしてそれを知っている!」


 席を立ってこっちを睨んでくるイアン。そりゃそうだろう。自分が思い詰めている事を言い当てられたんだからな。


「それは、俺達が未来から来たからだ。お互い腹を割って話そう」

「……分かった。まず、君達の話を聴こう」


 渋々と言った感じでイアンは腕を組んでこちらを見ている。まだ疑っているのだろうが、とりあえず、話を聴こうという感じなのだろう。


「聖歴七百五十年。イアンは単独で魔王の城に飛び込む。そして、精鋭を倒しつつ、魔王と対峙。そして、封印魔法で魔王を封印した。自分の命を犠牲にしてね。ただ、聖歴九百四十年に、今から百九十年後に魔王は復活する。そして、世界を星を全て破壊しつくす」

「それは本当か?」

「本当だ。なぜなら、俺達は魔王が復活した様も、世界が死んでしまった様子も見てきたからな」


 イアンは腕を組んだり、頭を掻いたりした後、深く溜め息を吐いた。


「……君達の言った事は荒唐無稽だ。魔王が復活して、世界を破壊する? そんなもの信じられない。だけど、その目。そして、私の封印魔法を知っているという事。これから、やろうとしている事。それを言い当てられてしまった。だから、事実だと理解した」

「ありがとう。イアン」

「それで、私に何をして欲しいんだ?」

「魔王の封印を止めて欲しいの。私達と一緒に魔王を倒すのよ!」


 エイミーが席を立って前のめりになって発現する。

 トントンと机をイアンが指で突いた。


「なるほど。私が封印した魔王は未来の世界で世界を滅ぼす。だから、魔王を封印・・するのではなく倒す・・、と」

「そういう事よ。そうすれば、未来で魔王は復活しない。未来の世界は平和になるの」

「ただ、魔王は強い。……それに、私には剣が無い」


 剣が無い? それはどういう意味だ。腰に剣は帯びている。なのに、剣は無いという。良く分からない。


「剣が無い。とは、どういう意味なんだ?」

「聖剣だ。それが今は無いのだ。……付いて来てくれ」


 席を立ったイアンに俺達は付いて行く。すると、道の先に一段高い台座と、根本で折れた豪華な剣の柄があった。


「これが聖剣エクスグラス。私の兄さんが勇者と呼ばれた所以だ」


 しゃがみ込み、柄だけのその聖剣をイアンが持つと、淡く光り輝いた。不思議な現象だ。これが、聖剣の力?


「聖剣エクスグラス……。どうして、これは折れてしまったんだ?」

「少し、長い話になるが良いか?」

「大丈夫だ」

「ええ」

「了承」


 イアンは振り返りもせず、しゃがみ込み、聖剣を持ったままぽつぽつと話始める。


「あれは今から五年前だ。――」


 淡々と話していく。

 五年前に兄のケヴィン=ブレイズとイアン=ブレイズはこの洞窟で聖剣を手に入れた。

 それは、試練を乗り越えた強者のみが手に入れる事だったのだが、偶然にも兄は聖剣を抜くことが出来た。

 聖剣を抜くと眩い光が聖剣から迸った。そう、聖剣に選ばれたのだ。

 それから、その噂は瞬く間に広まり、聖剣の持ち主として兄は国の勇者として持て成された。

 誰からも勇者として称えられ、敬われ、尊敬される。そんな存在になった。

 そんな情報が飛び交っていても戦争の中期だ。国は魔王軍との戦いで疲弊し、どんどん城や街、村を占領されていった。


 そこで、四年前に精鋭百人で魔王の城へ潜入し討伐。という作戦が立案される。

 兄はその作戦に賛成する。すると、多くの騎士がそれに賛成した。そして、イアンもその作戦に参加したのだ。


 旅は始まり、長い旅の末に多くの兵士が途中で亡くなっていった。

 魔王の城の手前まで着いた時には、既に百人いた精鋭は、兄とイアンを入れて十人にまで減っていた。

 あと少しで、魔王の城に着く。そう、思った矢先。


 中空を飛ぶ豪華な服を着て、死神のような鎌を持った青い長髪の男が現れた。


「それが、『魔王』だ。――」


 自分の事を魔王と名乗ったその男に、精鋭は我こそはと挑んだ。

 だが、それも全て鎌によって、魔法によって倒されてしまった。

 それは、勇者と呼ばれた兄も同様に魔王に切り刻まれてしまう。


「兄の死に際に、私は聖剣を託された。――」


 兄に託された聖剣。目の前で殺された兄。それを受け取ったイアンは、恐怖に震えながらも、聖剣を握りしめて魔王に一太刀入れようとした。

 しかし、魔王の鎌に受け止められた聖剣は簡単に折れてしまったのだ。

「聖剣エクスグラスはその者の心の強さに比例する。私の心は勝てない。負ける。そう、思ってしまったのだ。だから、聖剣はいともたやすく折れてしまった。――」


 聖剣が折れてしまった。その絶望に、もう完全に心が折れてしまったイアン。呆然とその場に膝を付いた。魔王は興味なさげにイアンを一瞥。そして、魔王の城に飛んで行った。

 そう、情けを掛けられたのだ。

 十人いた精鋭達はいない。兄もいない。もう一人だけになっていた。誰もが戦い死んだのだ。

 その中で一人。イアンだけが生き残った。


 イアンは絶望しながらも転移魔法でクライン王国に戻り、その一部始終を説明した。

 すると、誰もがイアンを罵倒し、貶した。「敵に情けを掛けられた哀れな者」「戦いもせず逃げかえって来た恥知らず」「この腰抜け者め!」と。

 王国に居れば大人や子供に石を投げられる始末。当然、イアンの居場所は無くなり、この聖剣を見つけた洞窟の中で今まで燻ぶっていた。


「――。というのが私の一部始終だ」


 一度、精鋭を集めて魔王に戦いを挑んだ事があったのか。けれども、それは失敗に終わり、壊滅。 イアンだけが残った、と。それで、国に戻ったは良いが、敵前逃亡と罵られ腰抜けのイアンと言われるようになったのか。

 イアンは立ち上がらない。その場に膝を付いた。しゃがみ込んで、聖剣を握りしめているだけだ。


「だけど、イアンはただ、燻ぶっていたわけじゃない」

「そう言われると、恥ずかしいな。だが、確かにそうだ。鍛錬は絶やさずやってきた。魔王を封印するために。そして、その為ならこの命は惜しくない。そう思っている」

「それじゃあ、未来が、世界が滅んでしまうわ!」


エイミーの言葉も虚しく響く。


「今の世界の人は戦争に明け暮れ、疲弊している。誰もが、終結を望んでいる。未来など関係ない。私は、今の世界の人が助かるなら未来などどうでも良い」

「そんな……」


俺にはなんとなく分かった。イアンはが折れてしまったのだ。その、聖剣と同じく。


「イアン。その聖剣を渡してくれないか?」


 その言葉にやっとイアンは振り返り、聖剣を渡してくれた。


「光らないな……」


 イアンが触っていた時には淡く白く光っていたのだが、俺が触ると光らない。やはり、聖剣は人を選んでいるという事か。イアンと兄を聖剣の持ち主として、勇者として認めたんだ。


「ありがとう。イアン」


 そう言って、イアンに聖剣を返した。それを大切そうに手に取った。


「やはり、聖剣はイアンを選んでいるんだな」

「光栄な事だが、それも今は……」


 イアンの瞳は黒く濁っていき、そして俯いてしまった。

 イアンの顔には死を覚悟した者特有の……。最初に会った時の、未来のじいさん達のような顔をしていた。

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