第11話 腰抜けのイアン
今は太陽が真上にいる。午後だ。
砦を出る前に兵士から方角について聴いていたので、道に迷うことはない。
どうやら、俺達のタイムマシンは砦から南にあるようだ。腰抜けのイアンの場所も、砦から北の山の洞窟。
つまり、一直線ということだ。わかりやすくて結構。
因みに魔王の居城は砦から北東に八ヶ月だ。
そこまでの村、街、城に砦は全て魔王軍に占領されたということ。
本当に戦争末期なんだな。
その道を直進している。山は森に入る前から見えていた。
なので、道に間違えるわけ事はないだろう。着々と鬱蒼とした森林の中を進んでいる。
途中、魔物にも襲われるが、問題なく倒した。
「それにしても腰抜けのイアンは、なんでこんな辺鄙(へんぴ)なとこに居るのかしら?」
エイミーが疑問を口に出す。それは俺も思っていた事だ。
「それは分からない。だけど、そこにいる理由があるんだろう」
何故、腰抜けのイアンは、あの砦から一日の場所の山の洞窟。それも、最前線から一日の場所にいるのか。
それは、戦う気がある。ということなのか? それとも別の理由か。
何かを守っている。その可能性はあるかもしれない。
ただ、全て憶測だ。本当の理由なんて分からない。
夜になったので、魔法で火を起こして温まる。
午後から移動を開始して夜になって休憩をすることに。今の距離は大体半分かな。
いや、今は秋だから、半分も進んでいないか。精々、半分手前という距離だな。
焚火の煙が上っていった。俺とエイミーは焚火の周りを囲んでいる。
アルは近くにいるが、食事はいらないので立ったまま、待機しているだけ。
俺とエイミーは、砦の兵士から貰った干し肉を食べながら考えた。
「なあ、エイミー。腰抜けのイアンは置いておいても、ケヴィン=ブレイズはどういう存在なんだろうな」
エイミーはその問いに小首を傾げて考えている。
「んー……とりあえず、五年前には亡くなっている。そして、この世界の人達が、『勇者』だと認識している存在だった。って事よね」
「そうだな。その勇者というケヴィン=ブレイズは、今はいない。それを俺達が助けたらどうなるのか? と、思ってさ」
そうだ。もしかしたら、本当の勇者かもしれないし。そうじゃないかもしれない。
だけど、戦力には確実になり得る。そうは思えないだろうか。
「それは……どうかしら。実際に助けられるかどうか、ね。分からないわ」
まぁ、そうだよな。会ったこともない人物の話をしても意味が無い。
今は、腰抜けのイアンを見定めないとな。
それからだ。それから、過去に戻るか。それとも、どうするか決めるしかない。
「まぁ、今考えても仕方ないか」
「ええ、そうね。今日一日で色々あり過ぎたからもう疲れたわ……」
そうなのか? 今までの移動も全てアルに乗って、移動していたじゃないか。
でも、確かに今日は色々あったな。
最初にタイムマシンでこの世界にやってきて、砦を見つけて行ったら、志願兵になった。
次に、国王の話を聴いたと思ったら、敵襲で魔王軍と戦争に。
四魔将が一人トードスゴットを打ち倒したのは、大戦果だったな。
それのおかげで情報も手に入れられたし、金貨に食料も手に入れられた。
「ねぇ、クリス。ちょっと考えたくない事を考えてしまうのよ」
エイミーは恐る恐るといった風に言う。
「それはなんだ?」
「もしかしたら、私達は既に過去に『行った』事が……。あるのかもしれないって」
既に行った事がある? それはどういう意味なんだ。
「聖歴九百五十年の。未来の私を覚えている?」
「ああ、流石にあれは忘れられないさ」
裂けた大地の割れ目から出てきた、山のように白い巨人。
そして、その巨人が唱えた魔法によって隕石が世界に降り注ぎ、全てを壊したあの光景。
絶対に忘れられない。
それに、あそこから俺達は世界を救うって決めたんだ。
「私達以外にも、『別の私達』が何かをした。その可能性があるんじゃないかって」
「……ッ!」
それは、思いもよらなかった答えだ。だけど考えればそういう可能性もある。
あの未来のエイミーもまた、十歳の時に未来に行ってあの光景をみたのだ。
そして、避難用のドームと地下シェルターを作った。
それでもだ。俺達と同じように世界を救おうとした『俺達』も、またいるのではないか。
不安が募る。もしかしたら……俺達の足元に、見えない俺達の屍が、山のように積み上がっているのではないか。そんな風に思ってしまう。
「ごめんなさい。そんな可能性の話をしても仕方ないわね。今日は寝ましょう」
「あ、ああ。そうだな。寝よう」
横になって眠る。
だが、先ほどの言葉が忘れられなかった。
確かに、俺達は聖歴九百五十年に飛んだ。
そして、今は聖歴七百五十年に飛んだわけだ。
ここで思う。他にそれよりも過去の世界に、タイムマシンで行った奴もいるんじゃないか、と。
聖歴七百五十年に決めたのも、正直そこまで深く考えたわけじゃない。
それよりももっと過去。戦争の初期の、聖歴九百四十年に行った奴もいるかもしれない。
魔王軍との戦いに備える為に、戦争が始まる前に過去に行って、現地の世界の人に忠告した奴もいるかもしれない。
「……分かんないな」
考えても分からない。頭が思考の渦に飲まれてぐるぐるしている。
こんな事を考えていても何にもならない。
今は明日に備えるんだ。そして、腰抜けのイアンと会う。
それから考えれば良いじゃないか。
そう思ってはいたが、エイミーの言葉は重く圧し掛かってくる。
それから寝るのに、かなりの時間が掛かった。
早朝。朝になって目が覚めた。
「クリス。朝デス」
なにか堅い物に揺すられて目を覚ます。
目の前にはアルがいた。道理で堅いわけだ。メカだからな。
「おはよう。アル」
「ハイ。クリス」
上半身を起こして大きく伸びをする。野宿なので、体が少し痛い。
今度は寝袋とかそういう物も用意したほうが良いかな。
そう思いながら立ち上がった。
「やっと起きたみたいね」
「おはよう。エイミー」
「おはよう。クリス」
俺達は干し肉を齧りながら焚火で体を温めた。
秋とはいえ、この森の中では朝は結構冷える。
「今度からはなにか旅に便利な物とか用意したほうが良いな」
「そうね私もそう思ったわ。幸い、アルの背面装甲を外すと物を入れるスペースがあるから、今度からそうしましょう」
アルにそんな機能があったのか……。アルは便利だな。というか、それを改良したエイミーが凄いということか。
森の中を北に前進する。
すると、森林地帯を抜けて、大きな山と崖が現れた。
崖の中に、物凄くデカい穴が開いている。大体、アルが横になって三体並べるくらいの大きさだ。
「これが、腰抜けのイアンがいる洞窟だな」
俺の言葉にエイミーが反応する。
「ええ、そうね。一体どんな人なのかしら……」
腰抜けのイアンという人物と言われているくらいの人物だ。
ちょっと不安になるけど、まずは会って見なければ分からない。
崖の洞窟の中は真っ暗だ。明かりが無ければ何も見えない。
「明かり(ライト)」
前方に白い光が照らされて洞窟を照らす。
その光を頼りに俺達は先に進んでいった。
三十分程、歩いただろうか。
壁にランプが付けられている。明かりは付けられていないが……。
やはり、人が住んでいるみたいだ。
更に歩く事、三十分。先に明るく照らされた大きな空洞が見えた。
そこには人がいた。机に座っている。
「あれが、腰抜けのイアンね。行きましょう!」
エイミーが走り出すのを見て、俺達も走り出した。
「おい! 待てって!」
そして、大きな空洞に出た。一般的な家の二軒分くらいの大きさだ。
そこには黒髪でがっしりとした体格の二十歳後半くらいの男性が、こちらを見て驚いていた。
「こんな所に人が来るなんて。一体、何の用だい?」
「あなたが、腰抜けのイアン?」
そうエイミーが問うと、苦笑しながらその男が答える。
「ははっ……そうさ。私は腰抜けのイアン。イアン=ブレイズだ」
これが腰抜けのイアンか。かなり鍛えられた肉体に、顔や腕に無数に出来た傷跡。
それは歴戦の猛者にしか見えない。とても腰抜けとは思えない。
それに、体から闘気が漏れている。こちらを座りながら伺うその姿勢からも隙が見え無い。
やはりこの人だこの人が勇者に違いない! そう、確信した。
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