第7話 剣魔の里での修行

 夕方になったので夕食を食べる事になった。しかも、村長たちの家族と、だ。

 畳の上にちゃぶ台が置いてあって、それを円に上座に村長。

 左横にセシル。右横に十五歳くらいの女性。

 そして、下座に俺だ。


 メニューは焼き魚と漬物に味噌汁と玄米だ。

 和風な家に和食とはファンタジーとはどこへいったのだ……。


「あなたが、さっきから騒ぎになってた子ね」


 女性はそう尋ねてくる。年齢的にセシルの姉さんなのかな。

 髪は赤茶色のショートヘアで、素朴で可愛らしい外見をしている。

 ふと、エイミーがぷりぷりと怒ってる姿が脳裏に浮かんだ。

 いかんいかん。浮気は駄目だぞ。

 それに、転生した俺からしたら俺は五十五歳だ。こんな子供なんかに。

 こんな子供なんかに……魅了され……。うおおおおおおおおお! お姉さん最高!


「はい。クリス=オールディスです!」

「なんだ。飢えた狼が来たって、騒がれてたのに礼儀正しい子じゃない。あたしはお爺ちゃんの孫でセシルのお姉さん。カーラ=アルバーンよ。気軽にカールって呼んでくれて構わないからね」

「わかりました。カールさん」

「ふん。そんな奴に挨拶する必要なんてないよ姉さん」


 セシルは未だに先ほどの戦いを引きずっているようだ。

 女々しい奴だな。あれは、自分が対応出来なかったからだろ。

 対応出来てたらやられてたのは俺だ。

 勝負所で気を抜いて隙を見せたのが悪いんだ。


「な~に? まだ根に持ってるの? あれは、あんな小細工に引っかかったセシルが悪いのよ。そうでしょう? お爺ちゃん」

「うむ。そうだ。それに、セシルは勝てると思って一瞬気を抜いた。その瞬間を突かれたのだ。お前のその甘さが敗因だったのだ」

「クッ……」


 村長さんに言われてセシルは悔しがっている。それでも瞳は怒りを宿して睨みつけてくる。


「はぁ……」


 面倒くさいな。

 あ、そう言えば村長が剣を見てくれるのかもしれないけど、魔法は誰が教えてくれるんだろうか。


「あの! 明日からの剣と魔法の鍛錬は誰がやってくれるんですか?」

「剣はワシが見よう。と言っても、他の者の鍛錬も見るからそこまで見れないがな。魔法はカーラが教える」

「え? カーラさんが?」


 十五歳くらいの年齢なのに、そこまでの魔法使いなのか。


「えへへ、これでも火、水、雷の神級の魔法使いなのよ」


 十五歳で三つの神級の魔法使いなのか。恐ろしい才能だな。

 俺でも風、雷、土、回復の六つの聖級しか使えないのだ。

 神級なんて使えるのだろうか。


「でも、神級は大災害レベルの魔法だから。まずは魔力量を増やす事と、魔法の精密さと制御に、同時発動が出来るように練習しましょう」

「わかりました!」


 魔法の同時発動か。下級魔法の複数同時発動は、魔力切れを起こす為に良くやるんだけど。

 確かに、中級魔法や上級魔法を同時発動することが出来れば、威力は単純に倍以上になる。

 俄然やる気が出て来た。

 これが出来るようになれば、俺は強くなることが出来るんだ。


「では、明日から鍛錬を行う。弱音を吐いたら、直ぐに追い出すから覚悟しておくんだぞ。クリス!」

「はい! 宜しくお願い致します!」


 そうして、俺は村長の家に厄介になることになった。




「剣筋が甘い!」

「グッ!」


 大声とともに肩に衝撃が入る。

 村長の竹刀が俺の体を叩く音だ。

 今は素振りをしている。それも早朝から昼までの間ずっと素振りだけを延々とやっている。


「フッ……」

「セシル! 弛んでいるわ!」

「グァッ!」


 セシルが俺を見て蔑むのを、村長が竹刀による一撃で諌めた。


「良いかお前ら! ただの素振りだと思うな。全身全霊で一刀、一刀に魂を込めろ! さもなければ剣筋は鈍る!」

「「はい!」」


 村長の言う通り一刀、一刀に魂を闘志を込めて素振りを行う。

 何百回以上からは数えていない。どれだけ素振りをしたのだろうか。

 腕は棒のように重く鈍くなる。木刀を握る手の握力も震えて力が入らなくなっていった。

 それでも、全身全霊で素振りを行う。


 それから少しして、日が頭上に射した。


「そこまでだ! 一旦休憩してまずは昼飯を食うぞ。それからはワシも見ていられないから各自に鍛錬を言い渡す。良いな」

「「はい!」」



 昼飯が出された。簡単な握り飯二個だけだ。それを齧り付くように食べる。

 そして、昼飯を簡単に終えると、村長に薪割りをするように言われた。

 最初言われた時、それは剣の鍛錬なのか? と言いそうになった。

 だが――。


「薪割りを上手くやって見せろ。それが鍛錬だ」


 ――と、言い伝えられたので、渋々薪割りを行う事にした。


「ハッ!」


 斧を振り下ろして薪を割る。

 だが、上手く割る事が出来ずに片方だけに偏った木片になったり、薪を一回で割る事が出来ずに引っ掛かってってしまう。

 なんで上手く行かないんだ? こんな簡単な雑事だと思っていたのに。

 上手く綺麗に一回で割ることもできる。それでも、十回に一回程度だ。

 綺麗に半分に割れた木片を観察する。

 その木片は綺麗に木目をなぞって割られていた。


 そうか! 何故、一回で割れないのだと思っていたけど、この木目に沿って振り下ろしていないから、引っ掛かったりして割れなかったんだ。


 そうと解れば話は早い。木目を中心に持ってきてそれを狙って斧を振り下ろす。

 簡単に割る事が出来た。どうやらコツが理解出来たみたいだな。

 精密なコントロールが薪割りには重要なんだ。

 それでも、十回中八回と二回は失敗してしまうこともあるが、どんどん上達していった。


 夕日が差してくる。もう、夕方だ。

 だのに、俺の体は悲鳴を上げていた。腕が鉛のように重く、握力が無くなる。肩や腰も足も疲労が溜まっていた。

 それでも続けた。ただ、ただ強くなる為と信じてだ。

 だが、体力の無い体では、木目を沿っていても一撃では割れない。二撃が必要だ。

 それが、より腕に疲労が溜まる。


 夕日が沈み混む時に村長が現れた。


「クリス! 夕飯にするぞ!」

「は、はぃ……」


 村長はそんなボロボロな俺を気にもせずに、背を向けて歩き出す。

 俺は倒れそうになりながらその背に付いて行く。


「わかったか?」


 村長はふと、俺に問い掛けてきた。それは薪割りの事についてだろう。


「わかりました。難しさが」

「そうかそうか!」


 村長は声色を上げて頷いた。


 確かに薪割りは難しかった。

 木目に正確に振り下ろすコントロール。

 インパクトの時に手に込める握力。

 薪を割るための足の体勢の維持。

 腕を上げ下げする事による、腕だけでない肩や腰への疲労。


 薪割りは体の上半身だけでなく、下半身も使って斧を振り下ろす鍛錬。

 そう理解した。


「では、明日からもしっかりと練習するように!」



 自分で割った薪で風呂に入って汗を流す。風呂は五右衛門風呂みたいな物だ。

 体を拭いて、その場を出たら夕食を四人で取る。


 そして、その後はカーラさんからの魔法の制御や、精密さと威力を上げるコツの座学を受けて、それを夜の空に向けて実践。


「クリス君は雷、風、土の適正が高いみたいね」


 とは、カーラさんからのお言葉。

 その通り雷、風、土の中級魔法の同時詠唱は十数回目で出来た。

 だけど、それ以外の属性については今日一日では出来なかった。

 威力を上げるには魔力を多く流し込めば良いのだが、それも流し込み過ぎると暴走してしまって不発になってしまう。バランスがなかなか難しい。


 そして、夜の魔法の鍛錬も終えて寝床に転がる。

 魔力切れを起こす為に下級魔法を六つ程展開してその状態を維持する。魔法を展開してその状態を維持し続けるのだ。

 それを魔力切れまで行い、魔力切れで眠りに付いた。



 次の日、また早朝に起こされ昼まで素振りを行う。

 一日目よりも村長から竹刀による一撃は少ない。

 自分でもわかるくらい狙いを定めて精密に素振りを行う事が出来るようになっていた。

 強くなっている自分に心から喜びが沸いてくる。


「喝ッ! 良い気になるなよクリス!」


 そこに竹刀が飛んできた。


「グッはい!」


 痛みを堪えて無心になって素振りを行う。

 先ほどは気が緩んでしまったからだ。

 そんな事では駄目だ。一刀、一刀に魂を込めろ……。


 腕が棒のようになる頃に昼になって休憩になる。

 握り飯を二個ガツガツと貪り食って、その場に倒れ込んだ。

 体力を少しでも回復するために休憩をする。


 そして、薪割りを行う。

 カン、カンッと小気味良い音を出しながら薪が割れていく。

 リズム良く薪を置いて薪を割っていく。

 一日目とは大違いだ。

 それでも、夕日が差し掛かる頃にはボロボロの雑巾のようになっている。

 そこに村長が現れて鍛錬の終了が言い渡される。


 夕食後、夜にはカーラさんから魔法についての実践を行う。

 中級魔法の同時展開の維持。

 発射はせず、その状態から一つずつ。丁寧に魔法の数を増やしていく。

 だが、四つ目で限界になってしまった。


「ああ、今の所、相性のいい雷、風、土の属性でも中級魔法は三つが同時展開可能なのね。うんうん。良い調子ね」

「良い調子何ですか? 他の属性なんて中級魔法四つ展開も出来ないのに」

「焦らないの。今はそうかもしれないけど、じっくりとゆっくりと練習しなさい。剣も魔法も地道な鍛錬が最大の近道なんだから」

「そうですか。因みに、カーラさんは中級魔法だったら。どのくらいの数を同時展開出来るんですか?」

「うーん。得意な属性なら八つか九つは同時展開出来るかなー」


 ははは……。壁は大きいや。


 魔法の鍛錬も終わると、寝床で魔力切れを行うと同時に、先ほどの同時展開の維持も復習する。

 流石に怖いので下級魔法の攻撃性の無い魔法でだが……。

 そうして、魔力切れで眠りにつく。




 そんな生活を一年間続けた。

 今では剣の素振りも昼までずっと続けられる程まで、体力が付いたし精度も上がった。

 薪割りも失敗する事は無くなった。

 筋力は大分付いて、腕や背筋に足の筋肉も見違える程に鍛えられた。


 魔法の方も雷、風、土の中級魔法なら六つまで同時展開可能だ。

 他の属性なら三つまで出来るようになった。

 未だに上級魔法の同時展開は、相性の良い属性でも出来ないのだが、地道にやっていけば出来るようになるだろう。


 それと、里の皆の俺を見る目が変わった。

 前は『飢えた狼』と呼称して蔑んでいたのだが、気にせずひた向きに鍛錬をこなしていたら、誰も何も言わなくなった。


 夕食を四人で取る時も、最初は気まずい雰囲気で誰もが静かだったのだが、最近は会話をするようにもなった。

 カーラさんは特別としてもあのセシルもだ。


 ある時、夕食の時に何気なくカーラさんに尋ねられた。


「クリス君はいつも剣も魔法も一生懸命だけど、なんでそんなに強くなりたいの?」


 その言葉にセシルも耳を傾けている。


「それは、救いたい人が、守りたい人がいるからです。それと、後悔したくないから……」


 真剣に見返して返答をする。

 その言葉にカーラさんは不思議に思ったようで小首を傾げている。

 セシルも同じだ。


「後悔したくないから……?」

「はい。救える命があるかもしれない。守る力があるかもしれない。それなのに、努力をしないで時間を無駄にしたくないんです」


 そうだ。未来のじいさん達。俺の故郷。それに父さんと母さん。……エイミー。

 そして、世界中の人々を救う。その為だけに強くなると決めたんだ!


「はははっ! 小僧が一丁前に良く言いおる。だが、その歳でその覚悟。この一年のひた向きさ。嘘ではないだろう。それは分かるだろ? カーラ、セシル」

「うん。そうね。お爺ちゃん」

「はい」

「よし! 明日から午前は素振りを。午後はセシルと試合形式の鍛錬をしろ!」

「「はい」」


 村長の言葉を受けて、剣の鍛錬内容が変更された。


 夜、カーラさんと魔法の鍛錬を行う。


「じゃあ、私の鍛錬も難しいのいっちゃうよ?」

「宜しくお願いします!」

「じゃあ、今までは魔法の同時展開を一つずつやってたけど、それを一瞬で同時展開出来るようにしよう!」


 今まで、一つずつ魔法の同時展開を行っていた。それを一瞬で同時展開するのか!?

 そんな事できるのか? 魔法を唱える時、他の呪文を並列に思考しながら展開するってことでしょ?

 出来るのだろうか。いや、弱音は駄目だ。出来るようになるんだ。


「はい!」


 だが、そんな上手く良くはずも無い。

 相性の良い雷、風、土魔法でも、中級魔法を二つ同時に展開する事が出来なかった。


「クリス君。まず、合言葉を決めるのよ。そして、砲台をイメージして。こうよ!」


 カーラさんから魔力が溢れてくる。


紫電ライトニング! 六展開セットスペル! 発射シュート!」


 カーラさんの周りを六つの幾何学模様が展開され、夜空に白い雷光が六つの矢となり発射された。


「凄い……」


 今の詠唱で中級魔法を六つも一瞬にして展開して、同時発射するなんて……。


「ま、こんな感じね。さっきみたいに、ただ詠唱するだけじゃなくて、合言葉を決めてやると成功しやすくなるから」


 カーラさんは簡単そうに言うがそうは思えない。

 だけど、やってみせる。


紫電ライトニング! 二展開セットスペル!」


 二つの砲台をイメージして合言葉を入れると幾何学模様が二つ展開された。

 よし!


発射シュート!」


 夜空に白い矢が二つ放たれた。


「凄いじゃない! あれだけで最初から二つも! 瞬時展開から発射まで出来るなんて。才能があるわよ!」


 カーラさんに褒められた。そうなのだろうか。カーラさんの説明が良かっただけな気がするけど。

 解りやすいしね。

 相性の良い魔法でこれだ。次は三つ同時展開できるか試してみるか!


 その日夜空に白い閃光が走り続けるが三つ同時は出来なかった。

 一つずつなら六個まで同時展開出来るのに、瞬時に展開すると二個が限界だ。

 かなり難しい技術だ。

 でも、地道に頑張ろう。これは大きな力になる。

 それを実感する事が出来た。


 そして、いつも通り魔法の復習をしながら魔力切れで今日はそのまま気を失った。



 次の日、早朝になって訓練所に着く。

 素振りをし終えて、午後になった。握り飯を食べてから体を休める。

 午後から剣も新しい鍛錬だ。それもセシルとの一騎打ちだ。


 訓練場で、セシルと俺は離れて木剣を構える。


「あの時みたいに魔法も小細工も禁止だからな」

「ああ、分かってるよ。剣だけでやってやるさ」

「ふん。どうだか」


 セシルは鼻で笑っている。

 見てろよ。一年で俺も筋肉も精度も力も付いた。

 あの時とは違うんだ。


「いくぞ! セシル!」


 剣戟が幾度も交差。実力は拮抗。なら、後は自力だ!

 その訓練はお互いの体力の限界まで行われた。



 そして四年間。毎日、剣と魔法の訓練は続いた。

 ――そうして、俺は十五歳になった。

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