第6話 別れと決意

 次の日、背嚢に着替えと保存食を詰め込んで背負う。

 今日は遂にこの村を去る日だ。

 両親、エイミーにアルと別れるのは悲しい。凄く寂しいし、胸が苦しい。

 だけど、男が一度決めた事だ。今更取り止めるなんて出来ない。


「よし、行くか」


 家を出る。家の外にはもう馬車が止まっていた。

 そして、両親も馬車の直ぐ近くにいる。


「父さん。母さん」

「来たかクリス」

「クリス……」


 母さんは感極まったのか、涙を流しながら俺を抱いてくれる。

 俺も母さんを強く抱きしめた。

 抱擁を交わした後、離れる。

 そして、今度は父さんと抱きしめ合う。


「強くなれよクリス」


 背中をポンポンと叩かれる。


「うん! 俺、頑張るよ。強くなってみせる!」

「それでこそ俺の息子だ」

「ええ、私達の自慢の息子ね」


 二人は笑ってくれる。

 自慢の息子……か。そんな事、前世の親には一言も言われたことのない言葉だ。

 それだから嬉しい。

 この言葉は俺が転生して努力したから手に入れた言葉なんだから。


「クリス。剣魔の里に着いたらこの手紙を村長に渡せ。俺からの紹介状みたいなもんだ」

「私も書いたのよ。剣と魔法のどちらも極められるようにね」

「ありがとう! 父さん。母さん! 5年経ったら戻ってくるつもりなんだ。だから、それまで待ってて」

「ああ、分かった。それまで、さよならだな」

「ええ、頑張るのよクリス」


 馬車に乗る。


「行きますか坊ちゃん」


 馬車の従者の人に問いかけられる。

 目を閉じて一拍置いて答える。


「行ってください」

「あいよ。わかりましたよ」


 馬車がゆっくりと進み始めた。


「クリス! 風邪には気を付けてね! それと、怪我にも気を付けるのよ! 無理もするんじゃないのよ! 絶対に無事に帰ってきてね」

「うん! うん! う゛ん! ぅ、う゛ん!」


 次第に声が涙声になっていく。父さん、母さんの姿が歪む。

 瞳からぽろぽろと涙が零れて地面に落ちていった。


「クリス! 男なら成し遂げて見せろ!」

「う゛ん!」


 こんなに素晴らしい両親の下に生まれて本当に良かった。

 胸がとても暖かくなるのを感じた。

 俺はこんなにも両親に愛されていたんだ。

 その事実がとても嬉しくて、幸せだった。



 そして、残酷にも父さんと母さんの自宅は、豆粒のように小さくなっていった。

 黄金の海が風で揺れる稲穂も豊かに実った果実や野菜を後ろに馬車は前に進んでいく。


 村を出て離れまで来た。エイミーの家がある所だ。

 エイミーはどうしているんだろうか。いや、タイムマシンの改良に精一杯なんだ。

 俺と同じく、エイミーも既に戦っているんだ。


 すると、後ろからガシャンガシャンと音を立てて何かが走って来てくる。

 あれは!


「アルにエイミー!?」


 アルの肩に乗ったエイミーが走りながら馬車に近づいて来ていた。

 そして、馬車に手が届くところまで来るとエイミーが飛んでくる。

 俺はエイミーを受け止めた。


「危ないじゃないかエイミー」

「バーカ」


 エイミーは俺の胸に顔を埋めてその顔は見えない。

 そして、エイミーが顔を上げる。


「本当に決めたら即実行のバカなんだから……でも、そんなバカは嫌いじゃないわ」


 エイミーが顔を近づけて来て頬にキスをした。


「な、お前! なな!」


 顔がカーッと熱くなった。エイミーも顔が真っ赤になっている。


「……今度は、クリスからしてよね」

「お、おう……」

「じゃあ、またね。五年後を楽しみに待ってるから」

「エイミーも頑張れよ。俺も頑張るからさ」

「うん! あ! 後、浮気は絶対に許さないからね」

「わ、分かってるよ」

「本当に分かってるの?」


 ジト目で見られる。ただ、その目には薄っすらと雫が付いている。

 俺はその雫を取る。


「本当さ。信じてろよ」


 エイミ―の手を繋ぐ。エイミーもその手を握り返してくれる。


「じゃあね」

「ああ、またな」


 繋いだ手を離した。これから5年間はこんな事も出来ないんだな。


 エイミーはアルに飛びついて、アルにキャッチされた。


「バーーーーーーーーーーーーーーーーーーカ! 大好き!」

「ははっなんだよそんな別れ方」


 俺もエイミーの事が好きだ。

 エイミーを幸せにしてやりたい。

 そして、一緒になって、のんびりとほんのちょっとのスパイスのある生活をエイミーと送りたい。

 ただ、その為には魔王を倒さないといけないんだ。

 絶対に、絶対に魔王を倒して見せる。そう心に深く刻み込んだ。


 遂に、村の外に出てしまった。段々と村が小さく、小さくなっていく。

 その光景を見続けた。

 俺の大切な両親。大切な人。大切な村だ。五年間はもうこの光景は見れないんだ。

 だから、しっかりと俺はこの光景を目に焼き付けた。




 馬車の旅は順調だ。

 安全な整備された道を通っているというのもあるが、魔物に襲われることもなく安全な旅だ。

 一日目は目に入る光景に一喜一憂した。だが、二日目にもなるとそれも飽きた。

 馬車の中でやることもないので筋トレと魔法の鍛錬をすることにした。

 筋トレで汗を流し、魔法で洗い流して魔力を増やす為に限界まで魔力を使い切る。

 そして、魔力切れで眠る。

 そんな生活を続けて二週間。



 やっと、目的の剣魔の里に到着した。


「着きましたよ坊ちゃん」

「ありがとう! おじさん」

「ああ、じゃあな。坊ちゃん」

「うん。ありがとう」


 従者のおじさんは翻して馬車を走り出した。

 ここは従者のおじさんの目的地の途中だったらしい。

 そこに父さんが手配してくれて、同行させてもらったみたいだ。

 本当に感謝感激である。


 剣魔の里に入る。里は村程じゃないが、町程でもない。大体中間見たいな大きさだ。

 俺の村よりは少し大きいくらいかな。

 そして、なにより店に鍛冶屋が並んでいたり、魔道具店があったりする。

 それになりより何かの雄たけびと何かの打ち合う音が鳴っている。

 ここが剣魔の里か……。


 さて、まずは村長の家に、父さんと母さんに書いてもらった手紙を渡さなければ。

 多分、入り口から直ぐ遠くに見える大きな建物が村長の家だろう。

 偉い人は一番でかい建物にいる。それがファンタジーとかRPGの鉄板だからな。

 間違いはないだろうさ。


 一番でかい建物の近くに着いた。

 そこでは大きな訓練所があって、多くの人が打ち合ったりしている。

 俺がそこを通って中に入ろうとすると、多くの人の目が見てくる。

 多くの視線に晒されて、緊張するが、臆せず建物の中に入っていった。


 中は古き良き日本家屋という作りの木造だ。

 畳なんかもある。

 ここって本当にファンタジーか? 日本じゃないのだろうか。


「誰じゃ!」


 中に入った時に、大声で問われる。


「村長さんに渡したい手紙があってきました」

「そうか! なら、入って来い!」


 玄関でブーツを脱いで目の前のふすまを開ける。

 すると、十畳の部屋が四つ繋がっていて、その一番奥にその声の人がいた。

 この人が村長だろう。村長の下に向かった。


「貴様、名は何という」

「クリス。クリス=オールディスです」

「む、あのオールディスか。今更ワシになんの用があるのだ」

「それはこの手紙を見て頂けたらと思います」


 手紙を手渡す。村長はその中身をじっくりと見た。


「…………ふむ。なるほどな。貴様の事を鍛えて欲しいと書いてある」

「はい、俺は誰よりも強くなりたいからこの里に来ました」

「はははっ! 誰よりも強くか。それは面白い」

「………」


 俺は何も言わずにその目を見続ける。こっちは遊びや観光気分で来たわけじゃない。

 絶対に強くなる為にきたんだ。


「だが、良い目をしている。面白い。試験を設けよう」

「ありがとうございます!」

「では、直ぐに行うとしよう。外に出るぞ」


 村長と外に出て、訓練所の空いたスペースに付いた。

 村長が出てきたことに多くの訓練をしていた人が集まってくる。

 と、同時に俺にも視線が浴びせかけられる。


「セシル=アルバーン! ワシの孫はいるか!」


 村長の大声が響き渡る。

 人並が割れて俺と同年齢くらいの男が進み出てきた。

 髪は金髪で女と見間違えるような顔立ちをしている。


「はい! ここに」

「この者はクリス=オールディス。この里で訓練を積む為に来た。お前が試験として戦え」

「わかりました!」


 村長の孫と対戦か。大事にされているんだろうな。

 でも、そんなこと関係ない。絶対に倒してやる!


「では、両者木剣を構えて」


 お互いに剣を抜いて構える。

 俺は正眼に、セシルは上段に構える。


「はじめぃ!」


 村長の大声と共に戦いの火蓋が幕を開けた。


「紫電(ライトニング)!」

「ぐああああ!」


 速攻で中級雷魔法を叩きこんだら、それを受けてセシルが倒れた。

 お、これで試験は突破か? 楽勝だな。

 だが、観客からは「汚いぞ!」「いきなり魔法を使うとはどういうことだ!」「卑怯者!」

 と、罵詈雑言を受けた。


「うむ。クリス=オールディス。なぜ、魔法を使った」

「これは戦いと言われたからです。剣でやれとも魔法でやれとも言われてない。だから、自分の全力で叩き潰しただけです」


「ふむ。なるほどな」


 セシルは少し経ってから立ち上がった。その目は怒りに満ち溢れている。


「この卑怯者め!」

「………」


 その言葉を無視する。全力でやっただけだ。遠距離攻撃を想定していなかったセシルが悪い。


「では、今度は魔法は禁止する。それで再度試験を行うぞ。良いな」

「はい」

「はい! 潰して見せます!」


 相手はやる気満々だ。魔法は禁止になったけど、それだけだ。


「では、はじめぃ!」


 セシルが上段の構えで進んでくる。

 俺は正眼の構えで、相手に少しずつ近づいていく。


「ハッ!」


 セシルから振り下ろしが来る。

 それを受けるが、木剣の一撃の重さに潰されそうになる。

 身体を反らしてそれを躱す。

 返しの薙ぎ払いをするが、それも意図も簡単に受け止められた。

 それから、何度かの剣戟が交差する。

 一進一退。

 だが、静かに実力の差で俺が押し込まれていく。

 相手がニヤリと笑うのを見た。


 ここだ!


 俺は足で土を掬ってセシルの目にぶちまけた。

 そして、相手の木剣を弾いて相手の首に木剣を突き付けた。


「両者、そこまでぃ!」


 勝ったか。今度こそ試験が終わっただろう。

 だが、観客からの罵詈雑言は激しさを増している。


「クリスの試験は合格だ」

「お言葉ですが、先ほどの汚い戦いでは認められません」


 一人の男が前に出て村長に声を掛ける。その声と共に同調するような声が観客から浴びせられる。


「沈まれ馬鹿者があ!」


 その声に誰もがシンと静まり返った。


「クリス=オールディス。今の戦いはなんだ?」

「はい。悔しいけど、俺は剣の腕ではセシルに勝てません。なので、小細工をして勝ちを拾いました」

「それが卑怯者だとわからないのか!」


 セシルが吠える。


「うるさい! なにが卑怯者だ。俺は綺麗なチャンバラをしに来たわけでも魔法をしに来たわけでもない! 強くなる。誰よりも強くなる為にここに来たんだ! その為だったらどんな手段だって汚い事だってやってやる! 俺は剣技をしたいんじゃない! 勝つ為に来たんだ!」

「ワッハッハッハッハッハ! 聴いたか皆の物!」


 俺の怒りの咆哮に村長が皆に問いかける。


「お前らはぬくぬくと剣技をお行儀よく勉強する為に、魔法を勉強する為に来たのか? もしそうなら騎士学校へでも行け! ここは本当の強さを求める者が集まる里! 先ほどのクリス=オールディスがしたことも、戦いとしては至極全うな作戦じゃ! それを咎める等、言語道断!」


 観客は誰もが口を出そうとするが出ない様子だ。村長の一喝が効いたな。


「ありがとうございます!」

「うむ。クリス=オールディスよ。その強さで何をする。何が目的だ」

「世界を救う英雄になる為に」


 その問いに真剣に答える。


「ワッハッハッハッハッハ! 気に入った! 明日から訓練をするから、好きなだけ家に泊っていけ!」

「はい! ありがとうございます!」


 俺と村長は人並みが割れた道を通り、村長の家に入った。

 後ろを振り返ると、悔しそうにこちらを怒りの眼差しで見つめるセシルが目に映った。

 勝負は勝負だ。剣だけで戦えと言われたわけじゃない。

 俺はチャンバラをしたいわけじゃない。魔王を倒す為に、本当の強さを身につける為にここに来たんだ。

 そんな甘い考えな奴なんて俺が全員叩き潰してやるよ!

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