第5話 世界を救う英雄になる為に
次の日、早朝に目が覚める。
鼻へのこの刺激臭にももう慣れた。
俺はこの世界に一つだけの希望をじいさん達に与える事が出来た。
それは、なにもなかった俺にとってはこの上ない程の嬉しさをもたらした。
「だけど……」
それでも、じいさん達にとっては一時しのぎの希望しか与えていないのだ。
魔王。聖歴七百五十年に勇者の命を代償に封印されたモノ。
それを、今度は俺たちが倒す。
果たして俺たちに出来るのだろうか。
あの白い巨人を思い出す。思わず手が震えた。あんな巨大なモノに勝てるのか。
それは分からない。
だけど、俺たちがなんとかするんだ。そう決めたんだ。
「やるって決めたんだ」
拳に力が入る。今は剣の素振りをしよう。小さな努力を積み重ねるんだ。それが大きな力になる。
そう信じて剣を振るう。
汗を流した所で、鍛錬を止めた。
近くにはエイミーがいた。それにアルもだ。
「気合入ってるじゃない」
「そりゃそうだろ? あんな化け物を倒すんだぜ? 何もしないなんて事できないさ」
「そうね。私も頑張らないと!」
「お任せクダサイ」
ああ、そうだな。エイミーにアルがいる。一人じゃないんだ。俺たちで倒すんだ。
「じゃあ、そろそろ帰りましょうか。現代に」
「そうだな。じいさん達には悪いけど帰らせてもらおう」
俺たちはじいさん達に別れを告げた。
じいさんと他の人達数名が残っても良いんだぞと言ったが、それは出来ない。
この世界に居続ける事は出来ないんだ。
じいさん達と握手をして、別れの言葉を伝えてドームを出た。
さて、タイムマシンの所に戻ろう。
荒れ果てた大地を行く。生物や魔物はいないので安全な道だ。
小山の下まで到着した。
エイミーはもう疲れて肩で息をしていた。
「なぁ、エイミー」
「はぁはぁ……なによ」
「アルに背負ってもらったらどうだ?」
「あ、それ良いわね」
「任せてクダサイ」
アルがしゃがんでその肩にエイミーを乗せた。
そして、エイミーが落ちないように片腕で固定して立ち上がる。
「うわぁーたかーい!」
子供のようにはしゃぐエイミー。って、俺たちはまだ十歳だから子供か。
なら、普通の反応だな。
あ、スカートの中が見え……。
「なにさっきから前の方に行ってチラチラこっちを見てるのよ」
「見え……見え……見えた!」
やったぜ! 白いパンツが拝めた! エイミーぽさの残る可愛らしい白いパンツだ。
「なによ見えたって……って、まさか……きゃ! 中見たわね!」
エイミーは即座にスカートを手で押さえた。ああ、見えていたのに……。
「バッチリ見えたぜ。白いパンツがな!」
「このバカ! エッチ! スケベ! 信じられない! アル! あの変態の事、殴っちゃって」
「任務遂行シマス」
「うわ、バカ! アルに殴られたら死ぬかもしれないだろ!」
あの巨体に殴られたら頭がへこむ所じゃ済まない。絶対に死んじまう!
「私が死ぬほど恥ずかしい思いしたんだから、平等でしょ!」
「パンツ見たくらいで殺そうとするなよー!」
「うるさーい!」
アルと俺の追いかけっこが始まった。
そして、小山の頂上に着いた所でエイミーに謝って許して貰えた。
いやー良かった良かった。
遠くに小さな黒い塊が見えた。あれがタイムマシンだな。
そう言えばと思い、道すがらエイミーに聴いて見る事に。
「なぁ、エイミー」
「なによ変態」
未だにぷりぷりと怒っている。ちょっと顔を膨らませている所が可愛らしい。
「タイムマシンって何人まで一緒に行けるんだ?」
なにせ、人数が無制限なら大軍勢を率いて魔王を討伐してしまえば良いのだ。
その大軍勢を率いる理由は分からないけど、なんとかして人数を増やせればそれだけ戦いは有利になるはずだ。
「今の所、三人が限界よ」
「ありゃ……人数が増えれば楽だと思ったんだけどな」
「それもそうね。だけど、その改造だけでもかなり手が掛かっちゃうわ。正確な聖歴の調整もしなきゃいけないし、そこまで手が回せれば良いんだけど……今の私じゃ無理ね」
「そうだ。エイミーの父さんに頼んだらどうだ?」
エイミーの父さんはグスタフ=ラバルというかなり有名な発明家らしいのだ。
手伝ってもらえばもっと早く完成出来たり、他の機能も付ける事が出来るんじゃないのだろうか。
「パパね……お国の発明を任されてるから今は家にいないの。それに、そっちが大変だから私の方を手伝う余裕もないわ」
「そうなのか。惜しいなぁ」
天才発明家はそれだけ国に貢献しなきゃいけないから自由はないんだろうな。
確かにエイミーの父さんを見た事は、五年間で一度もなかったしな。
ずっと家を空けて国の下で発明をしているんだろう。
あれこれと話しながら小山を下山して、遂にタイムマシンの所に戻ってこれた。
エイミーはタイムマシンを確認している。
「うん。魔力充電も問題ないしいつでも行けるわよ!」
「そうか。でも、ちょっとだけ待っててくれないか?」
「ん? なにかあった?」
エイミーが小首をかしげながら聴いてくる。
「いや、ただこの光景を目に焼き付けときたいって思ってさ」
「……そう」
俺たちは無言で辺りを見渡した。
荒れ果てた大地。
生物のいない世界にほんの少し生き残る事が出来たじいさん達の事。
それに、未来の俺がやったこと。
未来のエイミーが言っていた事。
全てを脳裏に焼き付けるかのように見渡す。
「俺たちがさ……俺たちがこの世界を変えてみせるんだ。この世界を自然の溢れる未来に変えてみせよう! 魔王を倒すんだ!」
そうすれば、じいさん達みたいな緩やかな死を待つ人達はいなくなる。
誰もが笑顔に何気なく過ごせる日常が返ってくるんだ。
「うん……そうだね」
「行こうか! 世界を救う為に!」
「ええ! 行きましょう!」
「ワカリマシタ」
タイムマシンを起動する。大きな唸り声を上げて起動する。
そして、前に見た時と同じ水溜まりのような空間が現れる。
「戻ろう! 現代に」
左手にアルを右手にエイミーと手を繋いで飛び込んだ。
青い空間が高速で過ぎ去っていく。
そして、遠くの方に光が見えた。
「見えた! あれが元の世界よ」
エイミーの声と共に光がどんどん大きくなっていく。
そして光の先に行く。
着いた先はエイミーの家の中だった。
真っ先に時刻を確認する。時刻は、午後一時半。
俺がエイミーの家に着いた時間だ。
「あんな濃密な一日半だったのに、こっちじゃ何分も経ってないんだな」
「そうね。タイムマシン……我ながら凄い物だったわ」
「そうだな。本当にあれが現実だったのか今でも不思議だ」
でも、心では分かっている。あれは現実だったと。
そして、このまま四十年後には魔王が復活して、世界は崩壊するんだということを。
これからが本番だな。そう、これから俺たちが始めるんだ。世界を救う為に。
「俺、十二歳になったら騎士学校に入るよ」
「え!? それじゃあ村を出て行っちゃうの?」
「ああ、騎士学校は三年制だから。今よりもずっとずっと強くなって帰ってくる! 十五歳の時にこの村に戻ってくるから。だから、その時に始めよう。世界を救う為に」
「ええ、そうね。私も改良に五、六年は必要だから。それまでの間、待ってあげる」
「ワタシも頑張りマス」
「そうだな。アルも頑張って強くなろう! まずは二年間は俺と模擬戦をしような」
「ワカリマシタ」
「じゃあ、早速タイムマシンの改良をしちゃうわ!」
そう言って、エイミーはタイムマシンをガチャガチャと鳴らしながら改造している。
「俺も、アルと外で模擬戦してくるよ」
「うん。分かった!」
早く強くなるんだ。もっともっと! 更に魔法も剣も強くなってみせるから。
家に着いた。家の中に入ると、温かい匂いがしてくる。
それになにより、一日半しか離れてなかったけど懐かしい匂いに感じた。
「ただいま!」
「あら、クリスお帰りなさいって凄い汚れているじゃない! 先にお風呂に入って着替えなさい!」
母さんが俺を見て怒った。服の汚れが尋常じゃないからだ。
ああ、母さんに怒られてしまったよ。そりゃ、あんな世界に1日半はいたんだから、汚れるのも当たり前か。
「はーい……」
風呂に入って、体を洗う。うちの家はこの村でも結構裕福な家なので風呂も完備されているのだ。
当然、お湯は魔法で生成したものだ。
髪の毛に付いていた砂とかも全部取り除いて、身体も洗ったのでキレイになった。
そして湯に浸かる。
ふぅ……やっぱり、家は落ち着くなぁ。
さっぱりしてから身体を拭いて、着替えた。
「母さん。お腹空いた」
乾パンくらいしかまともに食べてないのでお腹はペコペコだ。
「ん。綺麗になったわね。後、一時間は待ってて」
「はーい」
あと一時間か。本でも読んで勉強しよう。
家の書庫から歴史書を引っ張り出す。
見る内容は聖歴七百五十年。今から百五十年前の魔王軍と人族軍の戦争についてだ。
魔王軍と人間軍は熾烈な戦いを続けていたらしい。
その戦争は聖歴七百四十年から魔王軍が先に仕掛けたらしい。
十年も戦い続けていたのか……。
戦いは十年もの間続き、魔王軍が人族軍の領地の半分を占領。
もう、滅ぼされるのも目の前というところで、聖歴七百五十年に勇者が現れる。
その勇者は一人で魔王の城に飛び込み、魔王軍の精鋭を倒して魔王まで辿り着く。
そして、なけなしの体力で命と代償に封印魔法で魔王を封印した。
大将がいなくなった魔王軍は散り散りになり、人族軍に倒されていき領地を取り戻した。
だが、人族軍も消耗しており、それ以上の追撃は出来ずに魔王軍との境界に壁を建設して、戦争は硬直状態になった。
そこから小競り合いは何度かあったみたいだが、大戦は百五十年間は無いみたいだ。
やはり勇者の名前は載っていなかった。
ということは、自力で俺たちが調べないと行けないのだ。
厄介だな……。やるべき事が増えてしまった。
「クリス! ご飯よー!」
「はーい」
夕食が出来たみたいだ。さて、ここから俺が頑張らないとな。果たして許してもらえるだろうか?
でも、やるんだ! なんとしても。
夕食を食べ終って、一家団欒という所で、父さんと母さんに話があると一言。
すると、俺の真剣な目を見て、二人も目の色を変えて見てくる。
「父さん、母さん。お願いがあるんだ」
「なんだクリス。言って見ろ」
「十二歳になったら俺を騎士学校に入学させてほしいんだ!」
その言葉に二人はかなり驚いている。まさか、十歳の子供がこんな事を言うとは思いもしなかったのだろう。
「どうして騎士学校に行きたいの?」
母さんが優しく尋ねてくる。それに返答する。
「俺、もっと強くなりたい。誰よりもどんな人よりも! それで英雄になりたいんだ!」
そう言うと、二人はクスリと笑った。
「笑い事じゃない! 本当の本気なんだ!」
「そうか。本当に強くなりたいなら騎士学校は止めておけ」
「父さん。どうしてなの?」
「まず一つ目に金が無い。それと二つ目に騎士学校は礼儀作法とかチャンバラ剣法見たいなもんだ。あれは騎士っていう安定職になりたい奴が入る場所だ」
「そうなんだ……じゃあ、騎士にはならない」
「クリス……本当に強くなりたいか?」
父さんが真剣な目で問い掛けてくる。
「うん! なりたい!」
俺はそれに直ぐ問い返した。
「それは本気なんだな」
「うん!」
ああ、そうさ。このまま四十年経ったら、世界は滅んでしまうんだからな。
「そうか。なら、本当に強くなりたい者達が集まる場所がある」
「ヨハン! あそこを紹介するつもり!? まだクリスは十歳なのよ? それなのに家族が離れ離れになるなんて……」
母さんは父さんの言葉に驚き、悲しんでいる。
強者の集まる場所。そこなら強くなれるかもしれない。
「アニカ。クリスが決めた事だ。それにこの真剣な目を見ろ。決して嘘やその場の雰囲気で言ってるわけじゃない」
「だけど……」
「クリス。ここから二週間のとこに強者の集まる里。剣魔の里がある」
「剣魔の里……そこはどういう所?」
「地位も名誉も関係なく。ただ、武を極めたい者。魔法を極めたい者が集まる村だ。そこに行けば、クリスは今よりもずっと強くなれるだろう。ただ、死ぬほど厳しいぞ。それでも行くか?」
「行く! 俺は強くなるって決めたんだ! 明日からだって行くよ!」
俺はその問いに真剣に答えた。すると、父さんが一つ溜め息を吐いた。
「……クリスの成長は他の子供より早いと思っていたけど、本当に子供の成長は早いもんだな。アニカ」
「ええ、そうね。こんな真剣な瞳をしているんだもの。断れないわ。……ね、教えてクリス。それはエイミーちゃんの為なの?」
胸がドキっとした。母さんはしたり顔で見つめてくる。
「そ、それもある。けど、強くなりたいってのが一番の理由だよ」
「今から行ったら、エイミーちゃんとも離れ離れになっちゃうけど良いの?」
「良いんだ。エイミーには悪いけど。納得してくれるはずだ」
「そっか。天才発明家の娘さんだもんね。英雄くらいじゃないと分不相応だからか」
顔がカーッと赤くなる。それも理由の一つだ。エイミーに恥の無い器になるってのは狙いの一つだ。
「分かった。じゃあ、馬車を手配するから明日から剣魔の里に行け。クリス」
「クリスも男の子だもんね。悲しいけど、母さんも了承するわ」
「ありがとう! 父さん! 母さん!」
認めてくれた! 前世では両親との仲は最悪だったけど、真剣に頼み込めば許してもらえるんだ。
それに馬車まで手配してくれるなんて……って。
「あ、あのエイミーに明日伝えるから明後日で良いかな?」
その言葉に父さんと母さんは大きな笑い声で笑うのだった。
そして、次の日。日課の剣の鍛錬を行ってからエイミーの家に向かった。
扉をノックすると、エイミーの声と共にアルが扉を開けてくれる。
エイミーは今もタイムマシンの改良を行っているようだ。
俺もエイミーのとこに向かう。
喉が渇いて来た。エイミーはどう思うんだろうか。そう思うと心臓の鼓動がうるさくなる。
「エイミー。言いたい事があるんだ?」
「なに? クリス」
エイミーは背を向きながら話を聴いている。
「俺、明日この村を出て剣魔の里に行くよ」
「え!?」
エイミーはこちらを振り向いて目を丸くして驚いていた。
「本当だ。父さんと母さんに相談したら本当に強くなりたいなら剣魔の里に行けって」
「でも、直ぐに行く必要なんてないじゃない!」
「分かってくれよ。俺たちは魔王を倒さなきゃいけないんだ。二年後からじゃ遅い。今からでも修行しなきゃいけないんだ」
「そうだけど! でもぉ……」
エイミーは目を潤ませている。
まさか、二年後だと思っていたら明日からだと聴いて心の準備が出来ていなかったんだろう。
俺はエイミーの目から零れる雫を取り除いて、肩を掴む。
「安心してくれ。五年後には絶対戻ってくる。だから、それまで待っててくれ」
「バカァ……」
エイミーの罵倒も声が弱い。それだけ衝撃だったんだろう。
そして、エイミーは俺を突き飛ばした。
「バカ! クリスのバカ! どこへでも行っちゃえばいいのよ!」
「お、おい……」
「知らない! もう出てって!」
そして、家から外に放り出される。
「クリス!」
「なんだエイミー」
「う、浮気したら許さないから……」
エイミーは顔を赤くしている。俺も顔が真っ赤になっているだろう。
「ま、任せろよ」
扉が大きな音を立てて閉められた。
こうして、俺は幼馴染と村と別れる事になった。
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