第4話 絶望とほんの小さな希望
顔を合わせるのが気まずい。未だに顔は真っ赤だろう。
エイミーも顔を真っ赤にしている。
胸もドキドキしている。鼓動がとてもうるさい。だけど、心地良い胸が暖かくなる音だ。
これが恋なのかな。前世で一回も出来なかった恋。これが、現実になるなんてな!
それにしても、この世界の俺とエイミーは夫婦なのだろうか?
五十年後だから六十歳になっているはずだよな。
あんなことやこんなこともしてたり……。
「な、なに鼻の下伸ばしてるのよバカ! 良いから探しなさいよ!」
「わ、悪い」
エイミーに怒られてしまった。しょうがない。探すか。
研究室らしき部屋には色々な資料がばら撒かれている。
この散らかりようはエイミーそっくりだ。
ただ、ここの主であるエイミー=ラバルはどこにいったのだろうか。
ふと、壁になにかボタンがあるのを発見した。
「エイミー。壁にボタンがあるぞ」
「本当? なにか仕掛けがあるのかもしれないわね」
俺は剣を抜いて待機する。
エイミーがボタンを押した。
すると、棚が動いて扉が現れた。
「仕掛け扉か……」
バイ〇ハザードでもあるまいに。
中の扉を開ける。中はかなりの大部屋になっていた。
そこには木箱が十五個と、ビニールハウスで栽培されている野菜があった。
木箱の中身も空けてみる。缶詰が沢山詰め込まれている。
「やった! 食料だぞ!」
「ええ! やったわね!」
これで、あのじいさんたちも食料にはある程度困らなくなるだろう。
それに野菜も栽培されているのだ。
そこでグゥとお腹が鳴った。
「腹減ったな……」
「なら、食べても良いんじゃない? こんなにあるんだし」
「それもそうだな。二つくらいなら貰っちゃうか」
木箱から缶詰を二個出して二人で開けて食べた。
乾パンなので口の中がかなり乾くが仕方ない。黙って食べる。食べ物に感謝しなければな。
特にこの世界では食べ物は重要な物なのだ。有難く頂かなくては。
食べ終わった後に他に何かないか元の研究室を調べる。
「ねぇ。クリス! ここにボタンがあるわよ」
エイミーがモニターの所にボタンがあるのを発見する。
「押してみるか」
ボタンを押してみる。するとカシャッという音と共になにか菱形の窪みがある箱が現れた。
なんだこれ。なんか菱形で、ペンダントに似ているような……。
「多分、これが鍵なんでしょうね」
エイミーは首からペンダントを取り出して見せてくる。
「ああ、俺もそうだと思う。エイミー=ラバルがエイミー本人ならその可能性は高いと思うな」
恐る恐るエイミーは、自分のペンダントをその窪みに嵌めた。
すると、ペンダントからホログラムの女性が現れた。
見た目はエイミーをもっと五十代にしたような感じだ。
実年齢だと六十歳のはずだから若く見えるな。
『ん、あ、あーテステス。撮れてるかしら? ……大丈夫そうね』
その女性は喋る。何かに記録しているかのようだ。
「これがエイミー=ラバルか」
「そうみたいね。確かに私に似てるし、そうなんでしょう」
『これを見ているってことは私かクリスのどちらか。それとも二人一緒なのかしら。二人一緒な事を祈るわ』
俺たちに向けての言葉だったようだな。それもそうか。ペンダントが鍵になっているんだし。
エイミーも真剣に見ている。
『まず、一つ私はこの世界の事をタイムマシンで一度だけ見たことがあるの。だから、ドームや地下シェルターを作れたんだけどね。でも、結局は村の住人とほんの少しの住人が救えただけだった。本当に情けないわね』
なんだって? ホログラムのエイミーも一度未来にきたことがあるのか?
でも、それも納得できる。ドームや地下シェルターを事前に作って準備出来るなんて未来を知っていないと出来ない事だもんな。
『それと、この映像を見て頂戴』
その言葉と共に前面にモニターに映像が映る。衛星写真みたいなものか。
それは一見、空から見たこの星の姿だ。
緑に溢れていて、街や村が小さくだが見える。それは五十年前のあの自然に満ち溢れた世界そのものに見えた。
だが、急に大地が裂け始める。溶岩が溢れ出て森や村を飲み込んでいく。
そして、巨大なその物体がゆっくりと現れる。
それはなんと形容したら良いのかわからない。
まるで、悪ふざけで誰かが描いた宇宙人のような……白く大きな巨人だ。
『■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■』
その巨人が咆哮をする。それは、この衛星写真からでも聴こえるほどの音の暴力だ。
思わず耳を塞いでしまう。それでも、まだ耳に残る程の咆哮だ。
幾何学的模様が巨人の頭上に現れる。
そして、空から隕石が雨あられのように降り注いだ。
その隕石は海に落ち、大津波を起こして大地を飲み込み。
大地に落ちた隕石は自然に溢れた森や山に、栄えている城、街や村を簡単に潰してしまう。
その映像は地獄のような映像だ。星が世界がその巨人の生み出す隕石によって全てが破壊されていく様子。生き物も自然も文明もなにもかもがだ。
『見たかしら? これが今から十年前。聖歴九百四十年に復活した魔王ヘルヴォク。私は未来に来てこの映像を見た。恐らく、その前の平行世界の私が映像を残したんでしょうね。それから私は地下シェルターやドームを作ることに専念したのよ。でも、それも失敗だった……。結局、こんな生き物も植物もいない残酷な世界に……絶望しかない世界に彼らを生き残らせてしまっただけなんだからね』
「そんな事ない! エイミーが頑張ったからじいさん達は生き残る事が出来たんだ!」
「クリス……」
そうだ。こんな世界だけど。こんな世界だろうとも、エイミーは誰かを救おうと努力したんだ。それを! その努力を無駄だなんて言わせない!
『私達は間違っていた。事前に備えるのではなくて、過去の世界で魔王を倒すべきだったのよ。歴史書によれば、聖歴七百五十年に勇者の命を代償に魔王は封印された、と書かれていたわ。お願い! 私! それにクリス。世界を救う為に過去の世界で勇者と共に魔王を倒すのよ! そうすればこんな悲劇は生まれない。こんな世界にはならないの』
『後は任せるわ。私は疲れてしまった。今からやり直す元気も希望も……そう、クリスもいないの。もう私には無理なの。あなた達には悪いとは思うわ。僅か十歳の子供に世界の命運を託すなんて……本当にごめんなさい。でも、あなた達だけが頼りよ。この世界を救って! この悲劇を食い止めるのよ!』
『それと、最後に……クリス愛してるわ。出来れば一目で良いから会いたかった……』
ホログラムのエイミーは最後に瞳から雫を零した。それと同時にホログラムも消えた。
「「…………」」
俺たちは何も言えなかった。世界が飲み込まれる様を魔王が復活する様子を見せられたのだから。
そもそも、どうやってあの巨人を魔王を倒すんだ?
勇者が命懸けで封印した魔王を俺たちで何とか出来るのか?
分からない。沸々と怒りが沸いて来た。この何もできない自分に。頭の悪い自分に。
だけど――誰かを救う英雄になりたい――そう願ったんだろ?
「そうだ。俺は英雄になりたいんだ! 誰かを救う英雄に! それが、誰にも知られない事実だとしても、誰にも理解されないモノだとしても俺は世界を救う! 世界を星を救ってみせる!」
それは誰にも知られない歴史になるだろう。でも、それでも良いんだ。誰もが普通に笑顔で生活できる。そんな幸せを守りたい。守りたいんだ。
「……クリスって本当にバカね。あんな魔王に戦いを挑むの?」
「ああ! 何もしないで後悔するよりやってから後悔するほうがずっと胸が痛くないだろ!」
前世では後悔の連続だった。結局、頑張って努力したわけでもなく後悔をし続ける毎日だった。
そんな人生俺はもう二度と味わいたくない!
「はぁ……分かったわ。作戦会議よ!」
エイミーはパンと手を叩いてそこら辺にある資料を持って床に置く。
そして、その紙に書いていく。
「まず、分かっていく事を書いていくわよ」
一、聖歴七百五十年に魔王が勇者の命と代償に魔王を封印する。
二、聖歴九百四十年に魔王が復活して世界が滅ぶ。
三、聖歴九百年には私達はこの世界に来ていた。
四、それを危惧したエイミーがドームと地下シェルターを作る。
五、聖歴九百五十年にタイムトラベルした私達がこの映像を見る。
「これが今の現状ね。つまり、この二番の九百四十年の魔王の復活を止める為には、一番の勇者が魔王を完全に倒さなければならない。それが出来たら、この世界は救われる」
「なぁ、エイミー。タイムマシンは過去の正確な聖歴に飛べるのか?」
「今は出来ないわ。元の世界に戻る事だけと、過去か未来のどこかに飛べる程度しか機能が無いの。だから私達がやるべきことは」
一、タイムマシンに改造をして正確な聖歴に飛べるようにする。
二、そこで勇者の手助けか協力をして封印することを止めさせる。
三、魔王を勇者に倒してもらうか協力して倒す。
四、その為に魔王を倒すための力を付ける。
「こんな所ね!」
エイミーは満足げだ。ふむ。俺に出来そうなのは剣と魔法の鍛錬をして力を付ける事だな。
そして、エイミーはタイムマシンの改造か。
「タイムマシンの改造はどのくらいかかりそうなんだ?」
「わからないわ。でも、五、六年でやって見せるわ」
エイミーが胸を張って答えている。五、六年でそんな機能もつけるなんて本当に出来るのだろうか?
出来たら本当に天才だな。いや、もう既にタイムマシンを作っていたりガーディアンにドームや地下シェルターも作っているんだ。本物の天才なんだ。
エイミーが五、六年と言ったらそれで絶対に出来るはずだ。
なら、俺はそれを信じて力を付けるだけだ。
あ、そうだ。
「ああ、エイミー。抜けている確定事項があるぞ」
「え? 何かあったかしら」
「六番目に『俺たちが夫婦になっている』って事だ」
「ば、ばばばば! バカじゃないの! このバカ! エッチ! 変態!」
エイミーから罵詈雑言が飛んでくる。
「はははっ!」
「こんな大事な時に何を言ってるのよ! もう、バカ!」
エイミーの顔はもう沸騰している湯気が出ているようなくらい真っ赤だ。
「でも、事実だろ?」
「それは、そうみたいだけど……って私、何言ってるの! それじゃ認めてるみたいじゃない!」
エイミーが頭を地面に叩いている。おいおい、頭が馬鹿になったら困るんだから止めろよ。
「やめろって痛いだろうに」
「うぅ……もう、そんな恥ずかしいセリフ禁止だからね!」
「分かったよ。あ、それとさ。このガーディアンを一体持って行かないか? 良い戦力になりそうだぞ」
「それは良いアイデアね。とりあえず、分解してみて壊れたパーツを組み立ててみるわ!」
「じゃあ、俺はその間、車に木箱を何個か乗せておくよ」
「分かったわ。さー……始めるわよ!」
目を輝かせてガチャガチャと廊下のガーディアンを解体し始めるエイミー。
ガーディアンを作ったのは未来のエイミーなんだし、今のエイミーでも構造はある程度分かるかもしれない。
壊れたガーディアンはたくさんあるんだし、パーツを繋ぎ合わせて作ることも出来るだろう。
ここは任せよう。
俺は、食料の木箱を車に乗せよう。
木箱を六個は乗せた。とりあえず、これで一回目は何とかなるだろう。
出来れば、ここに皆を移住出来れば、一番良い。なにせ野菜の栽培をしているんだからな。
エイミーの方も終わったようだ。
案外早いなと言ったら、パーツを組み合わせただけだからそんなに難しくないとの事。
流石は天才。俺にはわからないけど凄いね。
「じゃあ、起動するわよ!」
エイミーは恐る恐る背中の起動ボタンを押そうとする。
一応、戦闘になることも備えて剣を抜いておく。
エイミーがボタンを押した。
すると、ピーガーと音がしてからガーディアンが立ち上がる。
「私が誰だかわかる?」
「アナタはエイミー=ラバル。ワタシの開発者デス」
機械音がしてガーディアンが喋る。なんとなくボーカロイドみたいな喋り方だ。
声は男だけど。
うわああああああああ喋ったああああああああああああ!
って、定番のネタだよね。
「うんうん。じゃあ、貴方の名前は?」
「RX-九十五です」
「なんか機械っぽくて言いにくいわね」
「じゃあ、頭文字からアル。で良いんじゃないか?」
「それ採用! あなたはこれからアルよ!」
「ワタシはアル。了解シマシタ」
「俺はクリスだ。宜しくな」
「クリス。宜しくお願いシマス」
エイミーは他にも色んなポーズを出したり、ステップさせたりして動作を確認しているようだ。
三十分程、いろんな確認をし終わった所で声を掛ける。
「とりあえず、エイミーそろそろじいさんの所に戻ろうぜ」
「あ、ええそうね! ちょっと予備のパーツを拝借してっと……さぁ、行きましょうか」
「了解シマシタ」
アルが新しく仲間になって、道中を行く。
地下の梯子まで着いた所でそれを上っていく。
遂にドームの外に出た。車のトランクの中には木箱が四個と、後部座席に二個木箱を置いている。
アルには後部座席に座って貰う。
「あ、ねぇねぇ! 私が運転しても良い?」
「ん? ああ、良いよ」
簡単に答えてしまったが、ここで後悔する羽目になるとはこの時には思わなかった。
「これが、ハンドブレーキでその後にクラッチをDにして後は右のペダルを踏むと加速して、左のペダルを踏むと止まるから」
「ふむふむ。なるほどね。じゃあ、鍵を入れてっと、行きましょー!」
その瞬間、エイミーが思いっきりアクセルを踏み込んだ。
恐ろしい加速度が掛かって体が一瞬くの字になった。
「うおおおおおおおお! 速い速すぎだって!」
「気持ちいいいい! たのしーーーーい!」
車はどんどん加速して百キロメートルを超えていく。
軽い石に引っかかったのか車体が軽く浮いた。
「あぶねえええええええ! こんな荒野でスピード出しすぎだっての! エイミー抑えろー!」
「それでも男なの? 気持ち良いじゃない!」
「こっちは吐く。吐いちゃうからあああああ」
「エイミー車の運転、キケン」
「うわあああああああああああああああああ!」
行きの半分の時間でじいさん達の所に戻った。
どんだけスピード出しているんだって話だよな。
だけど、まぁ早く着けたから良いだろう。
もう、絶対にエイミーには運転はさせないけどな。
俺は木箱を一個。アルに二個持って貰って、ドームの中に入っていく。
中はいつも通り腐った匂いが充満している。
人の波の中心に向かっていく。
アルを見てびっくりしているが、暴走していないのを見てほっとしているようだ。
そして、直ぐにじいさんを見つけた。
「じいさん! 食料を持ってきたぜ!」
じいさんの目の前に木箱をドカッと置いた。アルも横に2つ置く。
「ほ、本当か!? 腐ってはいないのか!?」
「大丈夫だ。確認してみてくれよ」
じいさんはその中を隈なく探し、中身が腐ってない事が分かると大粒の涙を流した。
「お、おお!おおおおおお! ありがとう! 本当にありがとう!」
握手をしてその手に左手を添えられる。
その手に涙が当たるも何度も何度もありがとう。ありがとうと言われる。
周りの人の目にも絶望の色から瞳に光を宿してこちらを見ていた。
良かった。喜んでくれて本当に良かった。
「じいさん。もう一つのドームには野菜の栽培もしていたし、食料もまだあったぞ。出来るなら移動したほうが良いんじゃないか?」
「野菜の栽培にまだ食料もあるのじゃと!?」
「ああ、ビニールハウスが地下にあったから間違いないぞ」
「でも、どうやってこの人数を移動させるか……」
そこで、地下で拾った魔導車の鍵を見せる。
「この鍵で魔導車が動かせるからこれで少しずつ移動すれば良いだろ?」
「この鍵はどこで見つけたんじゃ?」
「ここの地下シェルターの中で見つけたんだ」
「なるほどな。分かった。まずは、皆に食料を配って体力を回復させてから少しずつ移動させようと思う」
「ああ、俺もそれが良いと思う」
「クリスにエイミー……本当にありがとう。ワシ達を救ってくれて本当にありがとう!」
その顔は笑顔になっている。
食糧庫の腐ってしまった現状に絶望し、緩慢な死を受け入れていたじいさんたちに一筋のほんの小さな希望を与えられたんだ。
こんな荒れ果てた大地で生き残りも少ないこの絶望的な世界でもじいさんを笑顔にする事が出来た。
俺は――じいさん達の――役に立てたんだ。
それを実感出来ると余りの嬉しさに目が潤んできた。
前世では誰の役にも立てない。迷惑しかかけてこなかった人生の中で俺はついに誰かの役に立つ事が出来たんだな。
涙が零れた。
「なに泣いてるのよ」
「な、泣いてなんかないさ! ……ただ、俺はじいさん達の役に立てたんだなって」
「……クリスは良く頑張ったわ。私が保証してあげる」
「ああ、クリスにエイミーはワシらの救世主じゃ!」
こんな絶望的な世界だけど、俺はじいさん達を救う事が出来たんだ!
胸に温かい気持ちが広がっていく。それに達成感が沸いてくる。
「皆の者! クリスにエイミー! 今日はワシらの英雄を祝おう!」
少なく弱々しいが歓声が包んでくれた。ありがとう。じいさん達。
ありがとう。転生させてくれた神様。
俺、頑張るよ。頑張ってもっと人を救える人間になってみせるよ。
俺達はこの日――この絶望な世界の――英雄となった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます