第2話 妹をお世話しよう
「ほら木乃美、起きる時間だよ。」
ノックをしたドアの「このみのへや」と平仮名で書かれたプレートがかけられたその下には「入るなキケン、でもお兄は可」と付け足されているため、今更、何も躊躇することなく妹の部屋に入る。
部屋の中には、もう5年は使い続けているのではないかと思われるようなクマの抱き枕を抱きながら無防備にすやすやと眠る妹の姿があった。確かに入るなキケンとはよく言ったものだ。もう中学3年にもなるというのに脱ぎ散らかされたシャツや下着類、そしてかけているはずの毛布が床に落ち、ちらちらと見えてしまっている木乃美のおへそだとか、父がそれを知ってしまったらおそらく見た人は殺されてしまうだろう。
まあしかしおとといこの部屋の掃除をさせられた俺には全く関係のないことだ。妹の下着なんてただの布だし、おへそなんて誰にでも備わっているものだ。
第一段階として肩をゆすることから始める。第一段階という表現から分かるようにこんなことで起きてくれるような奴であるなら毎日毎日苦労はしないだろうが、手間のかかるやつだ。しかしこちらももう妹を起こすことに関してはプロといっても差し支えないレベルであるのだ。
まず妹の大好きなクマの人形こと熊五郎を静かに抜き取る。するとそれを取り返そうと手を伸ばしながら少しずつベットを転がりだすのが木乃美の習性だ。それを利用してベットから落として衝撃を与えるのが第二段階、もちろん下にはふかふかのマットを敷き痛くはないようにしている。あくまで落ちた時の浮遊感で起こすことが目的だ。少し前までは「うわっ!」と声をあげ起きてくれたのだが、最近では子の浮遊感にも耐性がついてしまったのかふかふかのマットで気持ちよさそうに眠ったままである。
眠ったままの妹ではあるが、まだ抱き枕を探して手を伸ばしている。第三段階、といきたいところではあるが、実はまだこの後起こす手段がない。正直言ってあとは本人が起きるのを待つしかない。プロ失格である。
仕方がないので先に自分の部屋から持ってきたマットを片付けようとかがんでマットを掴んだ時、同時に木乃美の手も何かを掴んだ。ただ掴むだけならよかったがあろうことか木乃美はそのまま抱き枕の代わりに俺の右腕を引き込み、いつの間にか成長し始めた胸と木乃美の両腕に挟まれてしまった。
一部の男性諸君にとっては夢のような暮らしなのだろうが、まあ俺も幸せではあるが、妹の身体に欲情するような性癖は持っていないため、まったくの平常心である、うん、嘘はついていないよ。
こういう体制になってしまうとこちらも不用意に動くことができなくなってしまう。木乃美の力が意外と強いこともそうだが、以前まだ力ずくで木乃美を起こしていたとき、無理に動かしてしまったせいで木乃美の頭がベットの角にぶつかり泣きそうになってしまったことがあり、それ以来必死に力を使わずに妹を起こす方法を考えているのである。早いところ第三段階を考えなければ。
マットを片付けることも諦め、木乃美の横にそっと腰を下ろす。起こすことはできなかったが、まあまだギリギリの時間というわけでもないためそこまで急ぐ必要もないだろう。すやすやと眠る木乃美の頭を軽くなでる。かわいらしい妹の寝顔を前にしたら兄としてはなでずにいられないのである。
「あれ、お兄のにおいがする。」
父が聞いてしまったら加齢臭が、なんて気にしそうな言葉を吐いてようやく木乃美が目を開けるが、どうやらまだ夢との区別がついていないらしい。
「お兄が横で頭なでてくれてるなんて夢かー、ならもうちょっとこのままでいいかなー。」
せっかく起きたというのに再び眠りに着こうとする木乃美に痛くもない軽いデコピンをする。
「おい起きろ、今日日直だから少し早いって昨日言ってたろ。」
そろそろ時間も時間なので最終段階の「現実を突きつける」を行使する。
「おわっ、そうだよ今日日直じゃん!……ってお兄なんでそんなところでゆっくりしてるの!」
急に飛び起きたと思ったら理不尽極まりない罵倒をされる。しかしこの程度の罵倒で耐えれないくらいなら兄としては失格である。決してMというわけではない。
「いったぁーい!!」
ばちが当たったのか、飛び起きた拍子に足の小指をベットの角にぶつけて悶えている。何のために力ずくで起こさないようにしたのだろうか。
「あぁーもう、こんな時間じゃん、もっと早く起こしてよー」
「文句言うなって、いつもより10分くらい早く起こしてあげてるだろ、それなら自分で起きてくれると助かるんだけど。」
朝は朝でやることは多いから正直木乃美が自分で起きてくれるだけでも結構楽になるのだけれど、
「違うよお兄、」
でもやはり血のつながった兄弟で長年一緒に暮らしているのだからすでに俺の性格は完全に把握されてしまっているらしい。
「私がお兄にお世話させてあげてるんだよ。感謝してね。」
かわいく言っているが内容は全然可愛くなかった。
「そんなこと言ってると明日から起こしてやらないからな。」
こんなやり取りももうすでに何回もしていて結局明日も起こしてしまう自分がいることもわかってはいるが言い返しておかなければただのどМになってしまいそうなので棒読みでも言い返しておく。
妹のお世話は毎日大変である。
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