第7話≪勇者はギルドでも俺ルール≫

「ンだとコラァあああ!!ああぁん!?」


「ひ、ひっ、あ、あの、そ、あ…えと…そのっ…」


 レオンは怒りをぶちまけていた。

 自分の怒りを受けて慌てるギルドの受付嬢がちょっとかわいく思えて怒りが和らいでしまいそうだったがそこはそこ、キッチリ理不尽に怒りをぶつける。


 数十分前、レオンとソニアの二人は人間の街についた。レオンが来たことのある、冒険者登録を行ったり魔法をぶっ放された宿屋が有ったりする、あの町である。


 入り口の護衛兵にちらりと見られたが、特に何かを言われることも無かった。

 エルフの姫という事でもしかしたら顔を知られていて何か言ってこられるとまずいと思い、大袋の中に入っていたちょうどいいサイズの布袋に木弓の矢で穴を二つ空け、草原地帯が終わる辺りからソニアに被らせていた。


 当然、酸素が薄くなる。息がしづらくなりソニアは重い荷物、疲労困憊の身体、がたが来ている膝、今までやったことも無い重労働、女の筋力、酸素不足、しかも中は熱い。という何十苦になるのか解らない程の苦行を強いられていたが、口を開けば出るのはレオンへの甘えた言葉や質問への的確な答えだけ。

 布をかぶせられ見えなくなってからもレオンに顔を向けるときには、その布の舌で微笑んでいた。女は見えないところでも気を遣う。


 門番が何も言わなかったのは奴隷だと思ったからなのか、奴隷制度がある世界なのか、と考えを巡らせながらの道程、そこまでは順調だった。

 しかし、いざギルド集会所へ辿り着き、テーブルにどかっと腰かけ、本来カウンターで話を聞くはずの見知った受付嬢をテーブルまで呼び寄せて、料理をいつも通り乱雑にまき散らしながら食べつつ、依頼の達成を報告したのだが…。そこでトラブルは起こった。


「困りましたねぇ~…私も依頼だと知っていれば爪を集めたのですがぁ……」


 魔物討伐以来の達成の証明にはその魔物の身体の一部が必要だったのだ。

 依頼とは伝えずにゴブリンの殺害だけを命令されたソニアは疲労やレオンへの意識からそこまで頭が回らず、その意図を推測できずにそのまま殺すだけ殺してしまった。

 ソニアにも冒険者の知識があったにもかかわらず。

 そうしてそれを受付嬢に伝えたところ、体の一部が必要との事が発覚し、このような事態に陥っている。


「はぁ?お前俺が言わなかったから悪かったって言いてぇのかぁ!!」

 怒りをソニアにも振り撒くレオン。その強い怒声がソニアの身体を振動となって駆け抜ける。


「とんでもないですぅ!私がそこまで察することができなかった、私の愚鈍さを嘆いていただけなんです、ごめんなさいレオン様ぁ……っ」


 汚く料理にしゃぶりつくレオンと違って王家直伝の綺麗な食べ方で食事をしていたソニアは思わずナイフとフォークを取りこぼし、机に手をついて頭を下げ謝罪する。

 その必死の姿とレオンの怒号に、再びギルド全体が騒然となっているが、受付嬢が傍に居るためにスタッフは出てこない。


「あ、そ、その…レオン様」


「なんだよ受付嬢よぉ……」


 地獄の叫び声の様な低いどすの効いた声にさらに怒りを乗せて受付嬢へ吐き出すレオン。しかも片手で、謝罪のために頭を下げているソニアの後頭部にべちゃべちゃと油のしみ込んだ重量のある骨付き肉を軽くではあるが叩きつけている。

 風呂に入っていないため多少汚れているがそれでも綺麗な白い輝きを放っているソニアの髪は一気に汚れ顔まで油が滴っている。ちなみに被せた布袋は頭を下げたときに剥ぎ取られテーブルに置かれている。


「は、はひ…。え、えと今回、は…登録したてで、レオン様も慣れていなかったのです、から…その、信頼を、ということで、あの…達成としますので、はい……」


 そんな処置はしたことがない。いくら強面の冒険者でもここまでの怒りをぶつけて、殺気まで向けてくるような冒険者は居なかった。そのため受付嬢は心底ビビってしまっている。

 ぶるぶると震える足の筋肉を支えるためさりげなくテーブルに手を付きながら、寛大過ぎる処置をレオンに伝え、なぜか受付嬢までも頭を下げてしまう。下げたままにちらちらとレオンの顔を盗み見て反応を伺い…。



「あんだよ、それなら最初からそう言えよな?俺様にただ働きさせたのかと思っただろ?なぁソニアよぉ」


「その通りですぅ!折角レオン様が達成した依頼を無にするなんてとんでもないことだと私も思いましたぁ…っ」


 達成したのはソニアなのだが、殿方をたてるべく…というよりこの空気でそんなことを言い出せるわけもなく、肉で机に顔を押し付けられたまま、もごもごと声を張り上げる。


 受付嬢はレオンの反応にホッと胸をなでおろす。だがそれで周囲の冒険者は収まらない。


「おい、お前…。さっきからなにやってんだ?受付嬢さんに無理な事いってんじゃねーぞ!!」


 隣のテーブルに居た冒険者がレオンへと食って掛かる。当然のことだがレオンの大きな声はギルド中に響き渡っているし、このギルドの看板である受付嬢が頭を下げたりなんかしていたら嫌でも目に付く。

 いつも通り平和な歓談をしていた冒険者たちは全員がレオン達に注目して、ひそひそと話しながら侮蔑の視線を向けていた。


「なによ、あれ……女の子に何してんのっ…」

「あいつ、昨日も居たぞ…そういやグレイスが絡まれて昨日からみてねーけど…」

「通報しちゃいましょうよ」

「それか俺らで締め上げる…」

「同じ冒険者として恥ずかしいぞ」


 だがそんな周囲の冒険者を一発で黙らせる光景が目の前に広がる。


「受付嬢さんが良いって今言ってただろ?あ?聞こえてなかったのかな?そんな役立たずの耳はいらねーなぁ!?」


 ソニアの頭に当てていた肉を振りかぶって、立ち上がり詰め寄ってきた冒険者の側頭部へ向かって、厳密にいえば耳へ向かって思いっきり振り抜いた。


「っっ…!!あっ、ぐ……い、いてぇ…あぁあっ…」

 たまらず蹲る相手をレオンは見下し、その頭に唾液を吐きかけた。


「ぺっ…。情けなさすぎんだろ。なぁ。文句つけたいんだろ?俺の行動をたしなめたいんだろ?だったら力つけてからこいや。武力が無けりゃなんもできねーぞ雑魚」


 肉は柔らかい、それゆえピッタリと耳を覆う様にくっつき衝撃を与えられた耳は内部に強力な圧力がかかった。鼓膜が破裂したのか解らないが耳からは血が流れ、冒険者は悶絶して動けない。後にも先にも肉で吹き飛ばされたのはこの男が初めてではないだろうか。


「流石レオン様……凄いですぅ」

 感嘆と尊敬の眼差しで見つめているのはソニア一人だけだ。

 周囲は水をうったように静まり返っている。この事態に流石に出なくてはいけないかと、今日も不運にも当番であった青年スタッフが飛び出てくる。


「あ、あの、ストップ…落ち着きましょー…なんて、あはは…」

 媚びた態度と低い腰でおどおどと倒れ伏し苦しむ男とレオンの間に割り込む。前回のレオンの暴虐と今回の件、更に先ほど受付嬢に怒鳴っていたことからスタッフである自分の身も安全ではないと気づいていた。

 周囲の視線が痛い程青年スタッフに突き刺さっている。なぜ腕っぷしの弱い奴が荒くれものの集まるギルド集会所のスタッフをやっているのだと。


(俺だって仕方なくやってんだよー!!)

 青年スタッフの胸中は悲痛な思いで満ちてゆく。

 レオンに強く出れない分、何もして来ないと解っている周囲の冒険者にはギロリと睨み視線を向ける青年。


「おい待てよ。俺は被害者だぞ?こいつが俺に難癖つけてきたから振り払おうとしたらたまたまこうなった。そんだけだよなぁ?」


 視線を送られたのは受付嬢。

 その言葉にギルドのスタッフとして、同意するべきか否か、一瞬考えるも答えは出ない。だが目の前で実際に目の当たりにしてしまったレオンの怪力。これに心が抗えない。


「れ、レオン様は……まだ、駆け出しなので、多めに……穏便に、お願いを…」


 力に屈し、強い者に付くことに決めた女。ゴメンね、理不尽かもしれないけど貴方が弱いから…というような憐みと、お願いだから何も言わないでという意味の視線を込めて、倒れ伏している男を見ている。


「…………耳が、聞こえなくなってるんだぞ…そいつのせい、で…冒険者にとってこれじゃ――」


 いまだごちゃごちゃと喋りだす冒険者をさっさとレオンから遠ざけてしまおうと、二人は視線で伝え合うと急いで移動の準備を行う。


「それなら医務室いきましょうか!ね?!スタッフさん、運びますよ!」


「…っはい!それではレオン様の依頼は後程こちらで処理して報酬金をお支払いしますので、少しだけ…ほんのすこーしだけお待ちいただけたりしますか…?」


「ああ……あ?いや、待て。お前知り合いに封印魔法解除できる奴いる?」


「封印魔法?それなら丁度この街に来ているアデライーダという女性の方がそれなりに有名な解呪師ですよ」


「おお、ちょうどいいのが居るんだな。よし、そいつの居場所までの地図を描いて寄越せ。そんで行って帰ってくるまでの間に報酬金も頼んだぞ」


「はい、わかりました…!」


不運にも片耳を失った冒険者を受付嬢と二人で医務室へ運び、戻ってくるといそいそとポケットから紙とペンを取り出し地図を描き始めるスタッフ。

 周囲の白けた視線をその身に受けながら最後まで気にしないように努めて地図をかき上げた。


「ふむ。手際が言いな。お前もなかなかわかりやすい地図をかくじゃねーか」


 褒められたことに、まるで評価点を足されたかのように安堵する青年。それを情けないとは思わない。強者の前では弱者はこうなるしかないのだ。


「へへ、ありがとうございます…」

 なによ、あれ。とギルド内の冒険者が不満げに呟く声が聞こえるがそんなものは知った事ではない。ぺこぺこと媚びながら、地図を受け取るとすぐさま席を立ち扉をくぐりゆくレオン達を送り出す。


2人が出て行ってからその後、暫くはレオンの話題で持ちきりだった。



――街道。


「レオン様、そこを左ですぅ」


「あいよ」


 ギルドから出たレオンは、布に穴を空けただけの視界しかないソニアに地図を渡して案内をさせていた。曰く、面倒だから。

 地図を上下左右にとせわしなく動かし、きょろきょろと街並みを小さな穴から見て、必死にソニアは頭を働かせ地図通りに進んでいく。限られた視界の中で、全体像も見れないままミスを犯さず案内をするのはとても大変だ。

 大袋の中の荷物はぼろくて使えない物はギルドへ置いてきた。使えそうなロープや布はソニアが大袋へ入れて担いでいるが、鉄の剣や木弓などが無いため普通に歩けるレベルの重さだ。

 それでも重なる肉体的疲労と集中力に費やされる精神力の摩耗で脂汗を抑えきれない。


「あ、そこのあたりのはずですぅ」


「んあー……お、あいつか?」


 武具屋や薬草屋などが並ぶ通りに、黒いローブにすっぽり覆われた人物が商品を一つも陳列していない木のテーブルに水晶玉だけを置いて座っている。


「胡散臭そうなやつだが……」


「レオン様、私行ってきますねぇ?」


「おう…」


 小走りにその怪しいローブの老婆の元へ駆け寄るソニア。

 レオンは周囲の武具屋を眺めて暇つぶししている。


「こんにちは。私はソニアと言いますぅ。貴方が解呪師さんであってますか?」


「ああ……そうだよ、私はアデライーダ。解呪はできるが本業ではないけどねぇ」


 ソニアの方を見もしないままに話し始めるアデライーダ。


「そうですかぁ。それなら私の解呪を頼みます。お代は?」


「解呪ができる人物は限られているからねぇ…。少し吹っ掛けさせてもらおうか?金貨1枚でどうだい?」


「……私は勇者様と旅を共にするものですぅ。ですからこの世界の平和のためと思って、もうすこし良心的なお値段にはできませんか?」


 ちらりとレオンの方を見るソニア。その仕草の意図がアデラに伝わるかどうかはわからないが、ソニアの事を女だと思って舐めているとあそこの筋肉男のレオンが吹っ飛んでくるぞという牽制の意味を込めたのだが。


「勇者だって?……それならあんたの記憶を少しのぞかせて貰ったらそれがお代という事で結構だよ、ひひ」


「記憶を?そんなことがお代?できるんですかぁ?」


「そういうアイテムがあるのさ。この水晶に片手を置いてくれるかい?」


「解呪が先ですぅ。ギルドの料理も後払いですよね?」


「どっちでも構わないさ、ならいくよ……」


 アデラは手のひらをソニアの額に向け、短く呪文を唱えるとガラスを割った様な音と共にソニアの身体に力が戻ってくる。


「わ……魔力が戻った…これで魔法が使えますぅ!」


 アデラの解呪の効果はすぐに解った。早速とばかりに手のひらの上で風を起こして確かめる。解放感からか楽しそうに微笑み、身体は魔力が充填されて健康的に復活していくように見える。


「それじゃ、記憶の方を頼むよ。ソニア」


「見るだけですからねぇ?」


 何を見られるのだろうか。多少不安に思いながらもうながされるままに水晶の上に手を置くソニア。元は末端とは言え姫だが、特に重要な機密を知っていたりするわけでもないし、それにそれがレオンにとって不利益になるとも思えない。それがすぐに記憶の閲覧を承諾した理由。

 それでもその目は油断なくアデラを見つめている。


「ふむふむ、ほうほう……これは凄い、すごくいい…。稀有な体験だねこれは」


 まるで美味しい果実でも食べたかのようにじゅるりと唾液をすするアデラ。

 そんな様子にパッと手を引いて気持ち悪そうな視線を送る。


「も、もういいですよねぇ。それより何を見たんですか?」


「勇者というのは本物だったね。その勇者とあんたの出会いさ」


「……レオン様はあまりあなたの事は気に入ることは無いかと思いますけどぉ」


 声を聴く限りアデラは老婆である。ローブに隠されて顔は良く見えないが、恐らくレオンの趣味とはあわないだろうと推測する。


「そうだね、私ももう少し若かったらね。でも勇者の旅なんて危険極まりない。何もしなくたって危険は向こうからやってくる。それが勇者の運命さね。だから気を付けるんだよ?ソニア」


「はぁ…解りました。それでは有難う御座いますねぇ」


 ふりふりと片手を振ってそそくさとレオンの元へ戻っていくソニア。

 その背中をアデラはねっとりとした視線で追いかけている。ソニアと、そしてレオンをしっかりと。



「レオン様。ただ今戻りましたぁ」


 武器屋で剣を物色していたレオンの隣へ歩み寄る。布を被った女性、ソニアが来た途端武器屋の店主は物珍しそうな顔を向けるがレオンの奴隷だと思ったのか特に何も言うことは無い。

 アデラは一切気にする素振りが無かったが、陳腐な客が多いからだろうか。


「ああ。魔法は?」


「万全です。魔力が身体に戻ってきてとても調子がいいですぅ」


「そうか。なら依頼に行くぞ」


 買わねーのかよ、という店主の視線を完全に無視して二人は再びギルドへの道を行く。一度通っただけあって戻るのは簡単だ。

 ギルドへ付くと真っ先に受付嬢がぶっ飛んできて対応を始めた。

 これが問題を起こさせないこのギルドなりの対応らしい。何とも特殊なギルドになってしまった。


「レオン様。おかえりなさいませ。無事に解呪はできましたか?」


 青年スタッフから話は聞いている。開口一番にこにこと営業スマイル全開でレオンへと話しかける受付嬢。

 その姿にやっぱりギルド内からは多数の冒険者の溜息が聞こえる。

 レオンは駆け出しのただの冒険者。対してギルドに居るのは今まで何匹もモンスターを屠ってきた熟練の猛者たちだ。

 とはいえ真の熟練である冒険者ランク後半の者どころか中盤の者すらいないが。

 その程度の冒険者たちでは到底歯が立たないくらいの強さを、レオンは持っていた。だからこそ誰もここでは止められない。止める自信もない。勇気はさっきの鼓膜を破壊された冒険者を見たことで砕かれた。


「おう。ソニア、元の状態と同じように万全なんだよな?」


「はい。元通りに魔法が使えるようになっていますぅ」

 エルフ美人のソニアがにこりと微笑む。姫だけあって気品に溢れた華やかな笑顔。

 それに加え、雄を知った事による妖艶な雰囲気も纏っていて手の届かない高嶺の花の様。

 惜しむらくはかぶせられた布によりソニアの顔が見れない事。


「それはとても喜ばしいことです!私もうれしく思います。それで報酬金の方なのですが、最初に紹介した通り簡単な依頼でしたので少し少なめになりますが……」


「それは聞いてたことだからな。仕方ねぇ。いいもんも拾ったし良しとする。それと俺ら二人でこなせそうな依頼を二個くらい持ってこい。今度は報酬のがっぽりもらえる奴で頼むぞ」


(よ、よかった…。でも討伐証明がないとお金が下りないからこのギルドの自腹なんですけどね…)

 だがそんな思いはおくびにも出さない。自分の身の安全のためにも出すわけには行かない。

 当初は伝説やうわさに聞くような勇気や人望溢れる人格者が勇者なんだと思っていたがそれは違った。今回の勇者が特別なのかもしれないが粗暴というか、まるで盗賊、いや盗賊より凄みがある、良く言えば蛮勇というのだろうか。

 とても豪快で畏怖すべき勇者だと受付嬢は感じていた。


(けれど……傍らに寄り添って立つソニアさんの…お顔は見えないけどとても幸せそうな声音と振る舞い、態度。別におかしいとは思いません……きっと何かあって共に旅することになったんでしょうけど、その時にレオン様の力を見たんでしょうね。道を共にする仲間というより、女としての幸せをレオン様に見出しているような態度ですもの。だからこそ、普通の仲間より繋がりが強く共にありたいと必死になれる。……だから同じ女の私には解ってしまうんです、レオン様はそれだけの魅力がある人……それに勇者様だからか解らないけれど、とても凄い強さを感じる…。粗暴な態度に命令口調もギルドとしては困るけど、きっとソニアさんと同じ立場になったら喜ばしいと感じるのかも…)


 と考えはするが、依頼達成時に帰ってきた時のギルド集会所での肉をソニアに押し付けて土下座させる姿を思い出し、やっぱりどっちか解らなくなるが、ソニアが幸福そうなのは確かな事実だと受付嬢は感じていた。


「解りました。できるだけ良い物をお持ちします――」


 と受付嬢が頭を下げてレオンに背を向けようとしたところでレオンの背後のウエスタンドアが勢いよく開かれる。

 そこに居たのは10人ほどの集団。全員同じ様相の銀の鎧を身に着け、背中には紋章のついた赤マント。腰に剣や背中に槍を引っ提げている。

 先頭に立つのは同じ装備だが頭には銀のアーマーを付けていない茶髪の初老の男性。

 その男がレオンを一瞥するとギルド中に響く様に声を張り上げる。


「貴様がレオンだな!我等はこの街に派遣されている国から遣わされた憲兵である。私の名前はエルケンバルト。公正平等のギルド内において暴力は法で禁じられている。それを平然と犯し、更には一人の冒険者を突き飛ばしたとの報告を受けた。大人しく我等と共に来てもらおう」


 それだけ一方的に告げると後ろの兵に合図を出してソニアの手首についていた様な木と鉄の手錠を持って兵がレオンの前に歩み出る。


「おい、俺様レオンハルトは勇者だぞ?勇者をお縄に着ける気か?あぁ?」


 ギルド内の冒険者は全員が大人しく事の成り行きを見守っているが、レオンのその言葉にざわざわと騒ぎ始める。

 レオンが勇者であることを知っているのはスタッフと受付嬢だけだったからだ。


「勇者だと?」

 手錠を持って歩み寄ってきた兵がどうするかとエルケンバルトを振り返る。


「……受付嬢さん、それは本当の事ですか?」


 勇者との言葉を受け暫く思案し、一転して受付嬢へは柔和な笑みを浮かべ優しい口調で話しかけるエルケンバルト。


「は、はい…。ギルドの鑑定紙で確認したのでそれは確かです…」


 あまりの急な出来事に立ち尽くしていた受付嬢が慌てて頭を働かせる。


「ふぅむ……これはどうしたものか……。しかし多数の冒険者から苦情が寄せられているのも事実…。レオン殿はどう思われますかな?」


 勇者と知っては無下にできない。この世界には魔王討伐のためあちこちに散らばっていたり国が守っていたりする勇者が使う秘宝も眠っている。

 それに伝説では勇者の持つ特別な力でないと魔王にとどめはさせないというのも誰もが知っていることであった。迂闊に手を出したりすることはできないか、と悩むエルケンバルト。


「どうも思わねーよ。下らんことに興味はねぇ。お前らが俺を捕まえるってんなら、ぶっ殺す。それだけだ」


 その返答に唸りを漏らす。

 (語り継がれている勇者はどの方も人格者。それに加え優しく温和だというが……しかし受付嬢が言うのなら勇者というのは事実の筈。今代の勇者は蛮勇という事なのか?一度王国へ報告したほうが良いか……)


「解った。それでは一度王国へ報告して判断を仰ぐこととする。仮に勇者であったとしても罪を犯すのならばそれ相応の罰が下るものと心しておいてほしい。今回の件は私の責任で不問にするが、内容は隠さずに報告する。願わくば行いを改め、勇者としてまっとうな道を歩むことを期待する」


 再び一方的に告げるとエルケンは踵を返してその場を去っていく。

 後に残されたのは静まり返ったギルド。頼みの憲兵が折角捕縛に来たのに注意で終わってしまったという絶望感と、あんなものが勇者なのかという疑惑を浮かべる冒険者たち。

 受付嬢やスタッフは疲れてへたり込んでしまっている。

 ソニアは夫を守る妻のようにレオンの前に立ちその身をかばう様に兵たちを睨み付けていたが今は心配するような眼をレオンに向けている。


 レオンだけが何でもない事の様に話が終わると即座にテーブルにつき、ウエイトレスを呼びつけていつも通り料理の注文をしていた。

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