第4話≪奴隷が逃げました≫
――宿屋。
「ここがこの街の宿屋ですよ、レオン様。フリーコロネです」
「ほう?まぁ普通の宿屋って感じだな。いいんじゃねーか?」
勿論、スターシャの肩を抱いたまま、此処まで辿り着いている。
回した手で肩を愛撫するように擦りながら宿屋の扉を開けて中へと入る。
このまま入るのかとドキッとするスターシャだったがこれから共に旅をする上に相手は勇者様、多少の事は仕方ないと、あまり嬉しくは無さそうに撫でる手を見つめながら、顔を見られないように下を向いて連れ立って歩いていく。
背後から遅れて扉をくぐるグレイスを含めた三人組だ。
「いらっしゃい、お客さん。おや?お熱いねぇ。見せつけてくれちゃってよー。料金あげてやろうかぁ?なんてな!はははっ」
カウンターに居たのは顎鬚の生えた初老の男。
レオン達の姿を見るや元気よく声をかけてきた。
「そう見えるか?それは嬉しいな。オヤジは良い目をしてるぞ」
にやりと自分の女が褒められたかのように笑うレオン。
「わ、私はそういうんじゃなくて……っ」
やっぱりそうみられてしまったかと慌てて訂正しようとするもレオンが勝手に話を進めてしまう。
「ははは、ありがとさん。部屋は一つ……ん?後ろの方も連れかい?そんなら二部屋か?何泊するんだ?」
レオンの後ろに見えたトンガリ帽子を見て覗き込み、レオンをじっと見上げるグレイスの姿が店主の眼に入る。
「そうだな、二泊くらいでいいか。部屋は一つで構わない」
「えっ!?」
「んっ!?」
二人分の声が重なった。
「あ?」
その声、に何だ?とグレイスとスターシャを交互に見るレオン。
「えーっと一部屋二泊でいいのかい?ベッドは二人くらいなら詰めれば寝られる大きさで、ソファが一つ。部屋自体の大きさは三人入っても問題はないと思うが…」
驚いてレオンを見ている二人の少女を見て、どうしたものかと宿屋のオヤジが部屋の説明を始める。
「いいよな?二泊で一部屋だ」
レオンはスターシャの肩から手を離して二人と目を合わせる。
「ちょ、ちょっと勇者様。こちらへ……」
一緒に一夜を明かすのだけは溜まったものではないと慌ててレオンを止めるスターシャ。
「ああ?んだよ」
レオンの服を引っ張って宿屋の、近くに誰も居ない隅っこへと引っ張っていく。その後ろからグレイスもついてくる。
「勇者様。部屋の大きさ……あの、主に寝具の大きさ的に、三人で一部屋で過ごすのは少し手狭なのではないでしょうか……?」
おずおずと、レオンから感じる威圧感に怯える様に遠慮がちに視線を外しながらレオンへ意見を述べるスターシャに、自分も同意です。とその背後で首を縦に振っているグレイス。
「嫌なのか?」
「その、嫌とかではなくて……寝るときとかは、どうすればいいのかな、と…」
「詰めればなんとか寝れるだろ、ごちゃごちゃ言ってねーでさっさと泊まるぞ?俺は歩きっぱなしで疲れてんだよ、シスターだよな?お手伝いだよな?」
ドンドンと苛立ったように貧乏ゆすりを始めるレオンに、あわあわと困った様に落ち着きなく視線をあちこちへと動かすスターシャ。
「グレイスぅう!!お前も反対派か?どうなの?なぁ?」
スターシャを押しのける様にグレイスの隣へ割り込むとその肩へ手を回して息が触れ合うほどに顔を近づけて尋問の様に声を怒らせるレオン。
(ど、どうしましょう……母様……)
困ったスターシャは故郷へ置いてきた母の顔まで思い出す始末。
そんなスターシャを見かねたグレイスは意を決して、反対をしようと、レオンに肩を抱かれて再び縮こまっている背筋を伸ばしてキッと睨み付ける様にしっかりと視線を合わせる。
「えっと、レオンさん?私もっ!!……わた、あの……」
「聞こえねえだろ?しっかり腹に力入れて喋れよ?」
そんなグレイスが喋り始めると同時にレオンは一度グレイスを吹き飛ばし意識を失わせ蹲らせた程のパンチを加えた個所、腹を指でトントン、と軽く小突いている。
勿論、怪我は完治しているが一度覚えさせられた痛みに身体が勝手に震えだしてしまう。
反対と言いたいのに喉が絞まって声が出なく、言葉尻が萎んでしまう。
先ほど決した意は簡単に瓦解してしまうが、それでもグレイスは…。
(それでも、それでも……いや、まって…ここなら、今ならできるわよ…!!)
勇気を奮い立たせ、巨悪へと立ち向かう。
「す、スターシャさん!逃げましょう…!!穿てエクレール!」
バチィ!とグレイスがレオンへ向けた指先から電撃を放つ。
「ぐお……っ!?」
レオンは衝撃でよたよたと数歩後退りそのまま動かない。電気による痺れかうまく動けないようだ。
「へっ!?い、急いでぇ…!!」
だが、グレイスの、無防備な身体への本気のゼロ距離電撃魔法がその程度しか効果を及ぼさなかったことに動揺する、だが止まっている暇はない。
「ぐ、グレイスさん?これは?えっ?」
展開についていけずおろおろとその場を足踏みするスターシャの手を引っ張って宿屋の外へ向かって駆けだす。
訳も分からないままにグレイスに手を引かれ連れ去られていくスターシャは、混乱して宿屋とグレイスの顔を交互に見ては不安げに口をパクパクさせている。
転がるように宿屋の外へと躍り出る二人の女。
「グレイスさん!?どういうことなんですか!?」
いきなり長年待ちわびた勇者様が目の前で会ったばかりの女に魔法をくらわされ、なぜか自分は助け出されているという、始まったばかりの魔王討伐の旅路がいきなりカオスすぎると。立ち止まって話がしたいスターシャに、立ち止まるなど有り得ないと、必死に捕まらないように、願わくば二度と出くわさないように全力を持って駆けだすグレイス。
スターシャから見えるグレイスの必死の形相はただ事ではない事が伝わってくるほど。
「グレイスさんってば…!!」
だいぶ走り続けた二人、グレイスの体力がなくなり、勢いが弱まってきたところを逆に手を引っ張り停止させる。
「どうしたんですか?いったい何が?どうして勇者様にあんな酷いことを……」
宿屋で起こったことを反芻し、レオンが電撃を浴びせられたことを思い出すと悲痛な表情を浮かべてグレイスを問い詰める。
「あの男は悪魔よ…。勇者なんて言うのは嘘に決まってるわ。出会った時の私のけがを覚えているでしょう?あれはあの男にやられたものなんだもの……」
「ど、どういうことですか…?でも、確かにあの方……レオン様は勇者様で合っていますよ?多少困惑しましたが触れられて見てよくわかりました。勇者様の力の波を感じましたよ…?」
「嘘よ!!勘違いよ!私のお腹を殴って気絶させた上に金までむしり取っていったのよ!?おかげで一文無しになっちゃったし!」
「ええ…と、その……」
悪いとは思いながらもたまった鬱憤をスターシャにぶつけた。
レオンから離れたことでストレスと緊張状態が解放されたためだ。
だがそんな事を急に言われたスターシャも困ってしまう。
今まで聞かされていた母の話の勇者からは確かにかけ離れていたが、先代の勇者と全く同じなわけはないと思っていた。
しかしグレイスの必死の形相と行動から嘘を言っているとは思えないし、しかし勇者の力は確かに感じたしで、何をどうしたらいいのかスターシャは頭を抱えて困ってしまう。
「と、とりあえず……わかりました。その、暴力の件は謝っていただきましょう?何かの行き違いかもしれませんしね?お金は私が持っているので返します……。でもいきなり魔法で攻撃するのはやり過ぎではありませんか?知らなかったとはいえあの方は勇者様なのです。
勇者様も勇者様で知らない街へ来て困惑していたのだと思いますよ?」
(ああ……だめだ、スターシャは心が優しすぎる…あの男はそんなんじゃないのよ…。勇者でも何でもいいけどとにかくもう二度と会っちゃダメっ…)
悩み抜いた末にグレイスは自分の身を案じてスターシャを残しその場を去ることに決めた。
「いい、スターシャ。私は……悪いけど、自分の身体が大事なの。だからもしスターシャがまたあの男に会いに行くっていうのなら私は一緒には行けないわ。傷を治してもらったお礼にお金のことはいいから、これっきり、無関係。いいわね?」
「そ、そんな……。いいのですか?喧嘩別れはお互いに良い気持ちを残せません…。一度会ってお話を――」
「じゃ、じゃあね!ありがとうスターシャ。頑張って!」
無理矢理別れを告げるとグレイスは走って行ってしまった。振り返ることも無く。
「グレイスさん……」
残されたスターシャはどうしていのやらわからない。
「でも、私には……勇者様のお手伝いしか、目的が……。そのために今までの人生をかけてきたわけですし…」
始まりから飛んだ災難に遭ってしまった。
誰が悪いというわけでもないが、いきなり大変なことになったと、スターシャはとぼとぼと一人、宿屋への道を辿り直す。
暫く歩くと特に問題もなく宿屋へ到着したが、入ってみても中には特に変わりがなかった。
「あ、あのー……」
一度問題を起こした宿屋。申し訳なさそうにスターシャは店主へ声をかける。
「あっ、あんたねぇ。いきなり人の宿屋で魔法ぶっぱなさないでくんねーかい!?あんたじゃないのはわかるけど、お連れさんだろう?あの男の人も痛がってたし。犯罪もいいとこだぞ!?」
「ご、ごめんなさいっ。私も何が何だかよく解らなくて……。あ、あのレオンさんは?」
ついてそうそう怒鳴られるスターシャ。
宿屋のオヤジは少し怒っていた。
自分の店の中で魔法を、しかも人に対して放つなんてされたら誰でも怒る。
そんな物騒なことが起こった宿屋と評判が悪くなることだってあるのだから。
「たまたま他にお客さんが居なかったからよかったけどなぁ。感謝しなよ、あの男の人に。あれだけの事されておいて通報しなくて良いっていうんだから全く。心が広すぎるよ。あの人なら居場所は知らないよ。あんたたちが出てった後にすぐに出て行ったからね」
(うぅ……私じゃないですのに…)
何度もぺこぺこと頭を下げながら内心不満が溜まるが自分の仲間みたいなものであったのは事実。次からはあまり信用して誰でも治すのはやめようと、誓うのであった。
「えっと、どこに行くとか言ってませんでしたか?あの人についていかないと……」
「さぁねぇ、電撃なんか浴びせられたんだから教会とか言って治癒でもしてもらってんじゃないのかい?」
教会。便利になった病院のようなもので、薬草関係の事も詳しく、買い取ってもらえたりもする。
スターシャも教会を回って治癒について勉強していた時期があった。
「そうですか……解りました、いろいろ有難う御座います。迷惑をおかけしてすみませんでした。失礼いたします」
最後に深々とお辞儀して急いで宿屋を出て教会へ向かうスターシャ。
(折角会えたのに……見失うなんてっ……)
――町の武器屋。
「はー……あいつぜってー殺すわ」
レオンは武器を物色していた。
だがグレイスを殺すためのモノではなく、まずは早いとこ冒険がしたくなったのだ。
勿論グレイスへの怒りも当然あるのだが、今はこの世界に来たばかり。最優先すべきは安定した生活や情報の収集、基本装備を整える事だ。
逃げた獲物はその後の楽しみでいい。
「やっぱ人間から……と思ったけどなんかいきなりケチがついたからなぁ……冒険に出て他の町とか亜人とかでもいい。とにかくこの街は気に入らねーわ。後でぜってー滅ぼすからな」
ぶつぶつと怨嗟を吐きながら、歩いていたところちょうど見つけた武器屋にて様々な物を振ったりして試しているのだが。
「お客さん、なかなかいいのが見つからないみたいですね?」
武器屋の小太りの男店主が話しかけてきた。
「ああ、やっぱ勇者だからそれなりの技物じゃねーとしっくりこねーもんかねぇ?」
後半の言葉の内容。自分が経営する店の商品じゃ不満だと隠しもしない態度には腹立たしいものがあるが、勇者であるとの言葉に無下に扱う事も出来ないと店主は思考を巡らす。
「貴方が今代の勇者様なんで…?」
「どっからどうみてもそうだろ?溢れ出るオーラってのがあるだろう。あ、証明書みたいなのもあるけどよぉ。見るか?」
「ぜ、是非…」
仮に勇者であるならこの店の商品は確かに役に立たないであろうが、もし勇者なら勇者が立ち寄ったことのある武器屋として宣伝文句が一つ増える。
「ほら、な?」
ギルドで鑑定してきた紙の職業欄をひらひらと揺らしながら店主の眼前に持っていく。
見せびらかされた店主は、おお!と唸りながら改めてレオンを観察する。
(容姿はよろしくないが体格は良い。筋肉もあるし、大物のオーラ…というより荒くれものの様だが、まぁ勇者ならばなんでもよい。これは良い売り文句に使えるな…)
魔王の魔の手はまだこの町まで迫っていない。故に勇者の活躍への期待よりも商売的な目先の利益に思考が行ってしまうのは仕方のないことかもしれない。
「ほらな?お前に見せたところでなにもかわんねーが、まぁどんなやつが世界を救ったのか覚えておくのもいいもんだろうなぁ?」
あまりの自信、傲慢さに苦笑いを返しながら適当な褒め言葉をとりあえず並べて置く店主。
「ああ、そうだ。鎧とかはねーの?」
「鎧ですと現在当店にはお客さんが今装備している以上の物はなくてですな。剣以外の武器というと……手甲も専門外でして……」
「んだよ、つかえねーな。なら売ってる店教えろ」
態度のでかい客だな、と眉間にしわを寄せるが接客業は忍耐も必要。しかも勇者であるし。
後の評判の事も考えて丁寧な対応は崩さない。
「それでしたらここから少し離れた街に、駆け出しの冒険者が装備する物ですがその程度の品ぞろえでしたら手甲の専門店がありますよ」
「おい、専門店なのに駆け出し用のもんしかおいてねーのか?」
「ええ。ここいらはモンスターも弱いですから、それで十分になってしまっているんですね。ですがどんどん進んでいくともっといい武具を売っている街へ行けると思います。まぁ平和なここらが住むのには一番なんですけどね」
「そうか、じゃあな」
「はい。またのお越しを…!」
振り向かずに手を振って挨拶を返し溜息をつきながらレオンはこれからの事を考える。
(どーすっか。今の持ち金だけで次の町まで行く食べ物は買えるだろうが……。とりあえず依頼でもこなして金稼いでから考えるか……意外と一人ってのは難しいもんだな。
傭兵団に居たときは……命令通りぶちのめすだけだから楽だったが、いざ新世界で生活していくってなるとめんどくせぇ。こういうごちゃごちゃしたのは人任せに限るんだが……)
機嫌が悪そうな顔を隠さずに街を歩き、ギルド集会所へとレオンは戻ってきた。
「依頼こなすか……腹も減ってきたな。飯食って依頼やって金稼いで武器買って……そんなとこか」
「あぁ!レオンさん!!」
「あーん?」
依頼掲示板の前で適当にモンスターの名前から弱そうなやつを考えていると声がかかる。
レオンが振り向くとそこには鑑定羊皮紙を持ってきたギルド受付嬢が居た。
「ええっと、なんて説明したらいいですかね。スターシャっていうシスターさんが旅に必要で、探しに行ったんですけど……会えましたか?代々勇者様を支える家系で、旅のお供のためにレオンさんを探していたんですけど」
「ああ……あの女。グレイスに拉致られてどっかいったぞ」
「ら、拉致?グレイスさん……そういえばギルドにも居ませんね?でもそんな事する人じゃ…」
「どうでもいいけどよ、適当に俺でもこなせそうな依頼見繕え。絶対死なないやつな?」
「はい。レオンさん、まだ駆け出しですもんね。あ、まだ登録もしてないから駆け出しでもないですよ!書類にいろいろ書いてもらわないと、あと依頼を受けるなら鑑定羊皮紙を提出してもらわないとなんですが…」
「俺が勇者ってばれたら面倒なことが多そうなんだよなぁ……勇者勇者って騒がれるより、ひっそりと世界を救いたいからよ」
できうる限りの爽やかスマイルで嘘をつく。受付嬢に良いとこでも見せようとしているのかもしれない。
「それなら、皆さんには黙っておきますよ?何も言わなければ誰かがリストを見ない限りバレませんし、リストを見るのはギルドの者に限りますので」
「そうか、ならそれで行こう」
あまり効果がなかったようで、レオンは内心舌打ちするが、その程度でとどめておく。
「了解しました!」
ポケットからくしゃくしゃに丸まった羊皮紙を取り出して受付嬢に渡す。
うやうやしく受け取ってカウンターの奥へ消えていく姿を見送りながらレオンは近くのテーブルに腰かける。
「おい!注文だ。煙草と酒と肉料理もってこい!」
近くのウエイトレスに大声で注文するレオン。
大雑把な内容だがギルドではそういう者も多い。勿論そうと知らないレオンの振る舞いは彼本来の物だが。
手慣れたウエイトレスは、ハーイ、と返事をするとすぐさま厨房へ向かって注文を伝える。
「はい、レオンさん。書類持ってきましたよ」
「おお、仕事はえーな」
テーブルで怠そうにしているレオンへ戻ってきた受付嬢が冒険者登録書類と羽ペンを渡して傍に立ち、レオンが全て記入を終えるまでひとつひとつ丁寧に教えている。
書き方が解らない、とレオンが甘えたためだ。
読み書きや言語は元の世界と変わらないし、書類も普通にかけるのだが、ただ女に甘えようというレオンの下心である。
そんなレオンに笑みを絶やさず丁寧に最後まで教えきった受付嬢は書類を受け取って再びカウンターの奥へと消えてゆく。
(あいつ俺の顔見ても作り笑いをしやがらねえな、女の聖人君子か?)
去ってゆく受付嬢の尻を見つめながらそんなことを考える。
この世界に降り立ってから初めて出会った女2人は忌避する眼で見てきたことから、美意識は元の世界と同じだと理解した。
レオンは荒くれものゆえ、幼少期や青年期は周囲の者が恐れてその容姿を大っぴらに馬鹿にすることは無かったが、傭兵団に入ってからは多くの者に馬鹿にされてきた。
流石に暴力を生業とするもの達の集まりの中では一番になるほどの実力は無かったのだ。
エルフの団長も強い者は入団を誰でも歓迎していたが容姿が悪い者は蔑んでいたし罵倒を浴びせてもいた。
「復讐する奴がこの世界に来てもできちまったが、まぁいい。そのうち力を付けてぶっ殺す」
「レオンさん?これで冒険者登録は完了しましたよ」
昔の事に思いを馳せながら運ばれてきた料理を次々と平らげていると受付嬢がいつの間にか横に居た。
「おう。これでランク1か、依頼はどうだ?」
「はい、依頼も用意してきましたよ。森に居るゴブリンの討伐です!適当に間引くだけでいいのであまり報酬は良くないのですけど、とりあえず依頼に慣れるという事で、どうですか?」
「ゴブリンの殺し方は?」
「えーっと、た、倒し方はですね。全身が弱点みたいに弱くて小さいので特にないですよ。知能も良くないので、レオンさんなら簡単に倒せると思います」
殺す、という物騒な言葉に苦笑いしながら言葉を直してにこやかに伝える。
知り合いでもないレオンに対して、レオンなら、という言葉の根拠は勇者の力なら簡単だろうという想いからである。
「そうか……よし、そんなら行ってくるか。地図寄越せ」
「かしこまりました」
レオンがテーブルに食べこぼした物をささっとふき取り、綺麗になったテーブルに紙を広げてペンでさっさっと記入していく。
わかりやすい地図にレオンが満足気に微笑むと受付嬢も微笑み返してきて地図を渡される。
他の冒険者にはしたことも無い好待遇だ。
レオン以外はきちんとカウンターでないと受付嬢のサポートはしてもらえない。そんな特別扱いが許されているのは先日の暴挙による畏怖と、勇者だからという免罪符のような物からである。
「それでは頑張ってくださいね!」
万全の準備ではとてもないが、最低限の物はそろった。
「行くとするか……」
めんどくさそうな重い足を引き摺るようにして歩きながら最初来た道を逆に辿って門のところまで到達する。
見えるのは最初に降り立った草原だ。
「ゴブリンなんていなかったけどなぁ。いつのまにか居るみたいなもんなのかぁ?」
小さいというゴブリンに草原という事を鑑みて見逃さないように周囲を見渡しながら歩を進めるレオン。
首から下げているのは冒険者ランク1の証である石の様な青いペンダント。
「お?なんかわらわら動いてんな」
遠くに不自然に草が動く場所があった。
よく見ると黒いような小さい者がもそもそと動いている。
「ゴブリンか?いや、まだわからねぇ」
もっと強いモンスターだったら返り討ちにあってしまう。そんなことをしている余裕は全くない。
体力的にも時間も金銭も。
屈んで拾った石をそのあたりに投げつけ、急いで身を低くして自身を隠す。
するとそれに反応したゴブリンたちが草むらからその醜い顔を突き出して周囲を確認してきた。
「くく、雑魚が……行くぞオラァアア!!」
ゴブリンだとしっかり確認できたレオンは草むらから飛び出し…。
「だ、だれか……誰かぁ!!!」
「……………は?」
剣を抜いて一歩踏み出し、ゴブリン相手に怒号で威嚇したところで、ゴブリンの鳴き声ではない、左手にある森の奥から女の悲鳴が聞こえる。
「命拾いしやがって……」
途端に鋭角に方向転換、ゴブリンたちは即座に見限り悲鳴のした方へと一目散に駆けだしてゆくレオン。
醜悪なゴブリンに突っ込むのと女の悲鳴に駆け付けるのでは当然優先順位が天地ほど違う。
「どこだどこだオラぁ!!」
抜いた剣は鞘へと納め、必死に森の中の異変を探す。
木々が生い茂り鬱蒼とした森の中、少し走りまわあるだけで汗が垂れてくる。
「はぁ…はぁっ……お?そこかっ!!」
一瞬チラリと見えた、何もない森の中で動く影。
疲れた体を必死に動かして飛ぶように駆け付ける、とそこには……。
「おお……こいつは当たりだ……」
レオンの眼が大きく見開かれる。
そこに居たのは、念願の美女。エルフである。
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