第3話≪金は雌から奪う物≫
男の消失と共にギルド内には再び喧噪と安堵が戻る。
「なんだよ今の?やばくないか?」
「どこのことだ?グレイスを吹き飛ばしたとこ?それともあの容姿?態度か?」
「全部だよ、全部。あんなやつどっから来た?この街の奴じゃねーだろ?」
喧噪の多くはレオンの話題だったが、冒険者の層によって話題の内容が違う。
女冒険者で駆け出しレベルの者は、レオンの容姿の醜さで盛り上がり、まるでゴブリンの擬人化だと嘲笑した。
女冒険者で駆け出しを脱した程度の者たちは魔法使いとは言えランク3のグレイスを吹き飛ばし一撃でノックダウンさせたレオンの力と、その迷いの無さについて話している。
ランク3は高い方ではないが駆け出しと比べたらかなりの実力差がある。
男冒険者で駆け出しの者は同じ話題だが話題の内容は容姿への同情であったり、力強い野性味あふれる見た目に男としての強さを感じた、などという結論に至っている。
そして男で駆け出しを抜けた程度の者はその力の強さに憧れの念を抱き、自分もあんなふうに強い力を持ちたいと考えている。
駆け出しどころかまだ冒険をしたことも、鍛えたことも無いレオンの力はなぜか強かったのだ。
以前の傭兵時代の積み上げなのかもしれない。もしくは女神の加護か…。
「あ、あれー……?レオンさん?」
きょろきょろと周囲を見渡しながらカウンターから出てレオンを探しているギルドの受付嬢は後ろに女性を伴っていた。
「おかしいですね、急用かな?さっきまでカウンターで鑑定していたんですけど……」
勇者という事で特別に説明のために連れてきていたのは先代の勇者をまだ弱いころから共に旅をして助けた経緯を持つレイラ=ディバイドの一人娘である、スターシャ=ディバイド。
ところどころに十字架のマークが入った修道服を着ているが、両肩は露出していて、健康的な小麦色の肌をしている。瞳は赤く、無垢なままの天然な妖艶さがある。
波のある金髪を肩甲骨の辺りまで伸ばしていて、大人びた感じのする女性。
ゆったりとはしておらず、胸の膨らみがそのままくっきりと出るようなタイプの修道服。
下は丈が膝上あたりまでで白い太ももまでのストッキングをはいている。
頭にはシスター帽を被っていて顔の前を抜かして頭をぐるりと回るように黒い布が垂れている。鍔は無いが、被る部分は白いしっかりとした布で額のところに十字架のマークがついている。その白い布から上に伸びる黒い布を後ろへ垂らしている帽子。
「ふふ、勇者様はお忙しいですからね。私が探しておきます。受付嬢さんは本来の仕事に戻ってください?ご迷惑をおかけしました」
受付嬢へ両手を腹の前で重ねてぺこりと礼をするスターシャ。
母であるレイラはスターシャを育てる中で勇者の事、その冒険譚についても語って聞かせていた。
どこから来るのかは解らないが、必ず世界の危機には勇者と呼ばれる職業を持った物が現れる。
その者は出会ったばかりの時はあまり強くはなかったけれど、成長がとても良く、その溢れる正義感から魔王を超えるほどに強くなり、倒すことができたのだと。
またレイラの亡き母も同じような人生を送っていたのだと聞いていた。
レイラはスターシャを同じ道を辿ることを信じて役に立つ知識や教養を教え込み、モンスターと出会っても勇者の足を引っ張る事の無いように育て上げた。
そうして母の合格をもらったスターシャはその日から様々な街を渡り歩いてそれらしい者が居ないかどうか探す旅に出ていたのだが、ようやくそれが見つかったというところだ。
待ち望んだ自分の人生の出発点を得たことにスターシャはとても喜び、勇んでいた。
「とんでもないです!シスター様。勇者様にもギルドの受付嬢が応援していたとお伝えください。私の力が必要な時は是非立ち寄ってくださいね?といっても……まだこの街で準備するのでしょうか?ともかく頑張ってください!この世界の誰もが勇者様を待っていましたっ」
「ありがとうございます。必ずお伝えしますね。勇者様も喜ぶと思います。それではまた……あ、パーティを組む登録をする際に立ち寄るかもしれませんね?」
気持ちが逸る受付嬢はもう旅立ちみたいに語っているが、まだ勇者には知識があまりないことを知っているスターシャはこの街でまだまだやることはあるんですよ、とクスクス微笑んで別れを告げた。
「さて……勇者様はどこでしょうか?お名前は受付嬢さんから伺いましたけど……」
妖艶な見た目におっとりとした表情を浮かべスターシャも数歩遅れてギルドを出立する。
――路地裏。
「お?ちょうどバケツがあんじゃねーか」
グレイスを担いだまま人目を惹きつつ街を闊歩していたレオンは手ごろな路地裏を見つけそこへ連れ込んでいた。
ドサッと乱雑に石で舗装された地面へグレイスを放り投げるが唸るだけで担いでいる途中に失った意識が戻らない。
「おらぁ!!」
バケツごと顔面へ中の水をぶっかけ、放り投げる。
水の当たる音と木製のバケツが顔に当たりガツン、と痛そうな音が鳴る。
「っ…つ、……ん、なによ……」
意識が覚醒したばかりの時、人の痛覚は鈍くなる。
状況を確認しながら何があったか思い出そうと頭を振っているグレイスの目の前にしゃがんで胸倉をつかみあげる。
「おい、しっかりしろ。金はいくらある?」
「や、なに……お金、あっ……あなた、あっ……な、なにす、なにしたの!?私、い、いだい……」
記憶が戻るにつれ、女がすることはまず自分の衣服を確認して大切なものが奪われていないかを確かめた。
次に腹を蹴られたことを思い出し、未だ残るその鈍痛に顔をしかめてお腹を押さえてうずくまる。
「金。同じ質問させんな?もう一発行く?」
痛むお腹を抱えて丸くなることも許さない。
掴んだ胸倉を揺さぶり、壁に身体を押し付ける。
「あ、あるから…っ、渡したら見逃してくれ、くれます、か……?お腹、痛くて…薬草を、あっ、薬草を買うお金だけは……残してください……っ」
初見の時にみた生意気そうな顔はもう掻き消えた。
必死に片手でお腹を抱えて、できるだけ自分の身体を動かさないようにしながらもう片方の手でポーチを探り財布と思われる袋を取り出してレオンの眼前へ掲げる。
「これ、全部です……。あの、銀貨を2枚だけでいいので……お願いします……」
レオンはグレイスを解放し、袋をひったくると中身を確認する。
グレイスはぐったりと壁に凭れて喘ぐように息をしている。
路地裏の出口へ眼を向け助けを請おうとするが、おなかに力が入らないため大声が出せない。
出したところでレオンに殴られるのが速いと考え、何もできないまま仕方なくレオンを見守る。
「金貨2枚に…銀貨5枚?よくわかんねーな。宿屋には何拍できんの?」
お金の価値を知らない事に困惑するが、下手なことは言えない。
「銀貨5枚で普通の宿屋には一泊、できます……。銀貨は10枚で金貨1枚……です」
それだけ聞くと無言でレオンはじゃらじゃらと貨幣を鳴らすと当たり前の様に袋ごと自らの腰につけたポーチへ突っ込み、立ち上がった。
「……っ!?ま、あの……銀貨を…」
「立て、お前も来るんだよ」
その言葉に恐怖と驚愕で目を見開いてレオンを見上げる。
まだ、ついていかなければならないのか、という恐怖と自分の足で立たなければならない、腹に力を込めなければならない、という痛みへの恐怖。
そしてもし従わなかったら……。
そう考えて絶望に目を白黒させながら必死に身体を起こすとまずは四つん這いになり、呻きながら壁に手を付けて少しずつ立ち上がる。
「はははっ、誘ってんのかぁ?」
パシンッとグレイスの尻を平手で叩いて笑いながら路地裏から出ていくレオン。
突然の衝撃にビクッと身体を震わせながらも倒れることは無く、慌てて後を、壁に手を付きながら一生懸命足を必死に動かしてついていく。 言い返す余地はまだ体力的にはあるが、変に盾突いて再び殴打をもらっては再起不能に陥ると感じ黙っている。
その眼に復讐の色を浮かべながら。
「んで、宿屋は……あー、そうだ。めんどくせーなぁ」
レオンはグレイスに宿屋の位置を聞こうとして振り返るが今にも倒れそうによたよたと腹を抱えて歩いてくるのを見て薬草が先に必要かと考える。
「おい、お前回復魔法使えねーの?魔法使いっぽい見た目してんだろ?」
背筋を伸ばせないために前かがみの様になって歩いているグレイスが顔を合わせないまま小声でぼそぼそとつぶやく。
「しょ、職業が違うから……。あたしは魔法使いだから…えと、使えません」
「あーそー。薬草無くてもお話はできるな?ん?」
(む、無理、絶対無理……ただ殴られただけ、なのに、内臓が潰れてそうなくらい痛いのにっっ!!呼吸するのも大変なのに!!)
「し、しん、死んじゃう……」
「はぁ?腹パンで死ぬの?お前弱くね?」
「む、無防備……だ、ったから……」
弱弱しく今にも倒れそうな女の子と、筋肉質の荒々しい態度の男との会話は路上でするには人目をかなり惹く。
道行く人が振り返り何事かと首を傾げたり仲間同士で話し合っているが助けに来るものは居ない。
余計なことにわざわざ首を突っ込むのはただの藪蛇なのだ。
「チッ。薬草買ったら俺の金が減るだろうが……」
ペッとグレイスの顔へ唾液を吐き捨てて苛立つレオンだが、薬草をひとまず買うしかないか、とあたりを見回す。
(あ、あたしのお金でしょぉが!!…くそ、くそっ……)
「ほら、早く薬草売ってるとこ連れてけよ」
と、レオンが先に行かせようと道を譲ったところで…。
「あの、もしかしてレオンハルト様ですか…?」
レオンが譲った道の、見えた先に居たのはスターシャだった。
まだ転生したてのレオンの名前を知る者はほぼいない。
誰だと振り向くが、その顔は男に向けるそれではなく、声からして女だと解っていたゆえに優し気な精悍な男風の表情を作って振り向く。
「おお!?誰だ……?」
驚きの声を上げる。
スターシャはおっとり美人であった、顔の作りがとてもよく、小首を傾げてこちらを見てくる様はとても可愛い。
もし違ったらと思っているのか眉尻が下がり不安げに瞳を揺らしている姿もそそるものがある。
「いかにも。俺がレオンハルトだ。お前は誰だ?」
表情は和らげても態度は軟化させない、自然体のままだ。
女に優しくすることはあっても決して媚びることなどない、前世の経験からも特にそのスタンスを貫いている。
「やっぱり、貴方が勇者様……!私はスターシャ=ディバイドと申します、ディバイド家の者は先祖代々勇者様のお手伝いをしている家系でして、今代の勇者様のお手伝いは私、スターシャが務めさせていただきます」
ドサリ。
そこまで喋ったところでレオンの背後で倒れる音がする。
ああん?と怪訝そうにレオンは振り返ると限界に達したグレイスが腹を抱えたまま横たわっていた。
「まぁ!大丈夫ですか?今治療しますからね……っ」
すぐさま駆け寄りスターシャはグレイスの傍にしゃがみ込み、抱えているお腹が患部であろうと推察するとそこへ両掌を向けて呪文を唱える。
「ヒール…!」
呪文というより、魔法名だ。
短い呟きだけでグレイスの身体が薄緑色の光に覆われ、引き攣った様なしかめた顔をしていたグレイスが安らかな、元の生意気な表情を取り戻していく。
恐怖と痛みで縮こまっていた身体も背筋が伸び、少し大きくなったようにも感じるほどに。
「んあ?身体の治癒だけじゃねーのか?」
その問いに得意げな顔をしてスターシャが振り返る。
「私は勇者様が心身ともに万全の状態で旅ができる様にと思いまして、治癒の練度を高めたのです。心も恐怖や不安から救う事が出来ます。とてもお役に立ちますよ?ふふ」
勇者の役に立てるという事がようやく叶った悲願であると、にこやかに伝えてくるスターシャ。
「す、すごいわ……初めて聞く治癒魔法ね?さすがシスター様……って、それより勇者って……?」
と、スターシャと共に立ち上がり感謝を述べながら質問を投げかけるグレイスの肩に手が置かれる。
「おい。治ったんなら宿屋だろ?なぁ?」
その声にビクリと身体を震わせるグレイス。
心の恐怖は取り除かれても痛みも恐怖も経験として知っている。
元気になった今なら逃げ出すこともできそうだが……。
(どう……しよ、追いかけてくるかも?でもその間に誰かに助けを求めれば……。けどシスター様を置いていけないし……)
ちらちらとスターシャへ視線を向けながらも仕方なくコクンと大人しく頷く。
意味ありげなグレイスの視線にきょとんとスターシャは小首を傾げている。
「宿屋へ行くのですか?それでは私が案内いたします。勇者様はまだこの街には不慣れでしょう?」
「おお。役に立つな。スターシャは!」
グレイスの方をちらりと見ながら、スターシャは、の部分を強調して大声を張るレオンに対し、グレイスはまだ、服の裾を握りしめて怒りに耐えることしかできない。
(それにしても、勇者ってなんで?この男が……なわけないでしょ!シスター様が間違えてる……あ、この男が騙してるのね!?でも暴いたところでシスター様も格闘はできなさそうだし……)
嫌味を言われても、背後から恨めしそうに、見えないように睨み返すことしかできない。
グレイスは心中様々な脱出案を考えながら二人の後ろをついて歩いていく。
「はは、スターシャは頑張り屋さんなんだなぁ~」
美人を見たレオンは機嫌良さそうにスターシャと雑談に興じている。
その横顔はグレイスが初めて見るものだった。
ギルド集会所で初めて見かけたときからレオンの威嚇したり怒ったりした顔しか見たことがなかったから。
(ゴブリンみたいなキモイ顔、笑ってもやっぱり気持ち悪い……ていうか、どうしてスターシャは平気なのかしら)
「ふふ、レオンさんの武勇伝も今度聞かせてくださいね?」
「俺の話かぁ。スターシャも女だからな、強い男の武勇伝が聞きたいんだなぁ?」
気を良くしたレオンがスターシャの肩に手を回して自分に引き寄せる。
「あ、はい……えっと…」
流石にスターシャも困った様にあたりを見回して周囲の通行人や商店の人の視線を集めていることに気づくと、そういう関係に思われてしまう…と、頬を赤らめて少し離れようとする素振りを見せるも、がっちり肩を掴みこまれてしまっていて動けない。
(凄い力……さすが勇者様ですね)
宿に付くまでの間だと、仕方なく我慢して歩くスターシャ。
そんな後姿を、唇をかみしめながら見つめるグレイス。
(助けられなくてごめんなさい……、私は助けてもらったのに…)
レオンの異世界での滑り出しはなかなか順調だった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます