第2話≪腹パン≫

(……ふぅ……草原?か)

 レオンハルトは、転送後にはアリーシャとヤれなかった怒りや苛々は無かった。

 女神の話を信じるのなら此処は未知の世界、冷静にならねばならない事を理解している。


(あのクソ女神が言うには、俺の世界とはかなりモンスターの強さが違うらしいからな……。胸糞悪いが、暫くは底辺生活だな)


 転生直後レオンは草原に大の字に横たわっていた。

 その状態から一切身体を動かさずに薄目を開けて周りを見渡し、耳を澄ます。

 物音も無い。風の音だけが聞こえる、太陽が真上に見えるから昼間だろうか。

 周囲には特に異変や生物は無さそうだ。


 次に顔を横に向けて地面や草むらの中をよく観察する。

 小さなモンスターも、地面が毒の沼だなんてことも、無い。


 そこからゆっくりと身体を反転させてうつぶせになり、草から目線がでるだけ上体を起こして周囲を再び目で確認。


「なんも無いじゃねーか。町とかなんかねーのかよ」


 いきなりモンスターと出会う事は無かったと安堵するレオン。

 たとえ弱いモンスターでも何も知識がなければ命を落とすことは容易過ぎる。

 人間は脆い。


「気のきかねークソ女神だ」


 地面に何か薬草の様なものや、珍しい草や花が無いかと見回しながら歩くが何も見つからない。

 あれば売って、当面の生活資金をと思ったのだが。


「……だりぃわ。取りあえず情報手に入れてからでいいか」


 レオンはかったるそうに肩を回して周囲にまばらに生えた木のうちの一本を見上げる。 

 期待はしていなかったがやっぱり果物がなっていない事を確認すると幹を蹴りつけてその場を去る。


「勇者も最初は手探りでってことか。まぁこんな感じも悪かねーか。子供時代にかえってみたいだが……」


 レオンの子供時代は荒れていた。他の全ての子供を配下に着け、暴力で屈服させていた。

 そんなレオンでも、子供という幼さが彼を守っていた。

 成長するにつれ自分より強い者もあらわれ始め、更にはその後子供という肩書を失ったレオンは社会から罰せられてしまった。

 子供時代の万能感も何も、大人になっては通用しなかったのだ。それでも他の者よりは自由にやっていた方だが…。


「けどな、この世界。悪くねーな……。勇者ってのが魔王を倒す。つまり魔王は誰にも倒せねぇ。なら魔王を倒したら俺が最強じゃねーか。

 今までせこせこ勇者が集めた秘宝やらを奪い取って俺が使ってやるか……。そしたら次は元の世界のあのクソエルフに復讐だ……」


 可能かどうかは解らない。だが復讐心は消えていない、とレオンの眼に炎が灯る。


 動機はともあれ、目的は女神アリーシャが願った事と重なったレオンは草原地帯を歩いている。

 歩きながら情報の整理などをしているが、今までの気持ちの整頓などはできてもこの世界の事はいまだよくわからない。


「やっぱ話の通じる奴にあわねーっとダメだよなぁ…」


 ぼやきつつ、尚も歩を進めると見えたのは森である。

 どのくらいかは解らないが結構鬱蒼としている分厚そうな森だ。

 木々は短いものからかなり長いものまでバラバラに生えている。


「ちんけな森だなおい……ああ、つーか森はエルフの……。いきなり会うのが人外かもしんねーのかよ」


 エルフはモンスター指定されていない、人間と協力できると認められた種族であり、人間との共存共栄を図っている。

 そんなエルフを人外などと蔑称で呼ぶのはあまり褒められたことではない…。この世界のそんな事情は知らないレオンだが、元の世界でも同じような決まりはあった。


「……待てよ。森ってことは未知のモンスターが上から降ってきて…とかありがちな展開だよなぁ」


 上を見渡すも特に何かが見えることは無い。だが用心しておいて損はないと、ちらちら上を気にしながらずんずんと地面に広がる木の根を傷つける様に乱暴に奥へと入ってゆく。


暫く森の奥に進み、草原が見えない程になってくると微かにキィン、カン、と金属音が耳に入ってくる。


「お?剣の音だな……どこだ?」


 傭兵として戦った時間はそこそこ長い。

 聞きなれた剣と何かのぶつかる音はすぐにそれだと解った。 

剣を振るうというだけの知識があるなら話ができる奴だろうと、期待して辺りを見回すが木が邪魔をしてすぐに見つからない。


「出てこいおらぁ!!」


 硬いものがあれば剣で切り付け音を立てて気づかせたのだが、今は鈍い音のする草木しか周囲にない。

 仕方なく小石を拾いあちこちに投げながら走って森の中を探し回る。


「誰かいるんですか??」


「おーい!」


 二種類の声がした。遠慮がちな女の声と、呼びかける様な男の声。

 野郎が一緒かよ、と思ったが今は情報収集が目的だ。

 話が通じれば誰であろうが構わないと、声のした方向へ自分からも声をかけながら走ってゆくと、そこに居たのは…。


「ん?人間じゃねーか」


 四人組のパーティだった。


「あれ?あんた一人か?森に一人で入るのは危険だぜ?」


 慣れ慣れしく男が話しかけてくんなや、と思いながらもレオンは自らの置かれた立場上、今は友好的に接するしかないと、無理矢理にこやかに笑みを作り片手を振って近寄ってゆく。


「ここらの事は詳しくないんでな。一緒に連れてけや。いいだろ?」


 その言葉に露骨に嫌そうな顔をしたのは二人の女、キモ面が自称さわやかな微笑みを作ろうとも、元来の顔の作りは治せないのだから。それになにより命令口調が女の癇に障った。


「勿論、いいぜ!もしかして結構ピンチな所だったか?良かったな。俺らと出会えてさ」


 快諾したのは男の二人。

 生真面目そうな茶色の短髪、鎧を着た男。顔は厳しそうだが敵意などは無さそうだ。

 片手に大盾、もう片手に普通の剣と言った普通の装備をしている。

 もう一人の、開口一番快諾した男は青色のマントを背中に垂らした身軽な装備で黒の短髪。鉄の鎧ではなく革のジャケットのようなものを着て、腰からは大剣を下げている。


「おう、町まで頼むぞ」


 (……クソが、こっちを見ようともしねぇ女2人引っ提げて俺を入れる理由はなんだぁ?引き立て役にでもしようと思ってんのか?ぶち犯すぞクソ共が……)


 男2人がレオンの同行を許した理由はただの正義感や親切心からだったが、容易に人の善心を信じようとしないのがレオンである。

 レオンは腹にどす黒い物を抱えながら四人と連れだって歩くことになった。

 変人と思われないように質問内容に気を付けて道中話しかけていく。


「俺たちは見てのとおり冒険者でさ、いつもこの四人でパーティを組んでるんだ。今も依頼を達成して戻る帰りなのさ」


 (……は~~。依頼ねぇ。ていうか冒険者か、前の世界と同じだな、たまに雇われて同行したりもしてたっけ……)


「今回の依頼はどんなのだったんだ?」


 先ほどから顔を向ける度に女2人がそっぽを向く。

 一番左に居るレオンはその隣に男2人、一番右に女2人が離れて歩いている。

 質問に反応しているのは、というより会話しているのが男三人だけ、女は白けた雰囲気でとぼとぼとついてきている。


 (この世界の女も調子に乗ってやがる。前の世界と同じだな、こいつらもその内解らせてやる……所詮雌だってことをな)


 わざと眼をぎらつかせて女2人の全身を視線でねぶる。

 気づいた二人がぶるりと身を震わせながら更に一歩分遠ざかる様子を見て薄ら笑いを浮かべるレオン。


「今回のは特に自慢できる内容じゃないんだけどな、ただの森の奥の薬草取りさ」


 (ああ…そんな感じでいいのか、草むしりで金貰えるんならいいな。当分はそれで稼ぐとするか…)


「とはいえ森の中まで取りに行くのは危険なんですよ。ですから俺たちみたいな冒険者に依頼として出されたわけなんですからね」


「森の中は危険なのか?」


「あはは、勿論。ほんとにここいらの事は知らないんだなー。どこから来たんだ?」


「どこから……あー、まぁ遠くからだな。そこは気にすんなよ。ところで冒険者ってのは誰でもなれんのか?ああ、あと傭兵ってのもあるのか?」


 その質問に二人はポカンと口を開けて驚いている。


「冒険者も居ない遠くからっていったいどのあたりなんだ?レオン……荷物も持ってないのに」


 冒険者というこの世界では当たり前の事すら質問したのはまずかったかもしれない。

 流石に怪しまれてきたのか、レオンの全身をじろじろと観察するように男2人が見てくる。


「まぁ、いろいろあんだよ。お、町が見えてきたな……あれ、街だろ?」


 その言葉にバッと女2人が顔を上げる。

 青い長髪の女は凛々しい大人の女の顔で魔法使いの様なとんがり黒帽子に黒いローブを羽織っている。

 その顔にはやっと街についたとの安堵の表情が浮かんでいる。


「あ、私先に薬草届けてきてあげる、また後でね」


 口早にそう告げると男が持っていた薬草をひったくるように受け取って急いで街の方へ駆けだしていった。


「あ、待って!私も行くよ!」


 その後を急いで追いかけていくのは赤い短髪の少年のような顔をした女。

 へその出した軽装で短パン、手には鉄の手袋をつけているところから拳闘士とかなのだろう。


「おお、気を付けてなー」


「駆けると転ぶぞ」


 それを男2人が送り出す。女が先に行く意味を理解しているのか居ないのか。

 レオンは走ることによって揺さぶられる二人の女の尻を眺め、そういえばそろそろ溜まってきたな、とずしりと重たくなる股間を感じていた。



――〈パルベルテ〉


 草原を抜けたところにある街パルベルテに到着した一行。走って先に向かった女の二人組とさほど時間は変わっていないが、だいぶ長く草原地帯を歩いた果てにようやくたどり着いたため、既に日は落ち夕刻になっている。


「それじゃあ俺たちはこの辺で、次は迷子になるなよー!」


「健闘を祈る」


 寡黙と快活という対照的な二人の男に見送られ、むさくるしいなコイツ等、と若干顔が引き攣りながらレオンもさっさと道中教えられたとおりのギルド集会所の方へと向かう。

 目的はこれからの全てにつながる事。ギルドの様な公認の、サポートもしてくれそうな機関から自身の生活の安定などへ繋がる他の全てへと繋げていくのが目的だ。


 肩を怒らせながら道を歩くレオン。

 地面は石畳で舗装されていて、そこかしこを馬が引いた馬車が通っている。

 通りに並ぶ店先には防具や剣など様々な冒険に役立つアイテムがおいてあり、よりどりみどり。

 たまに一般的な服屋や、本屋が建っているが冒険関連の店程の盛り上がりはない。


 道行く人たちの服装もレオンや先ほどのパーティの四人と同じような魔法使いらしい恰好や騎士風の装備で整えた者ばかり。


「ここがギルド……いかにも、だな」


 ひと際大きく眼を引く建物。

 町の誰もが頻繁に利用するのだろう、出入りも激しい。

 出てくる者も、入っていく者も全員が戦える格好をしている。


「へへ……勇者ってのはどんなものなのかねぇ」


 茶色い木製の建物であるギルド集会所の大き目のウエスタンドアを勢いよく開くと、まずあるのは同じく木製の椅子やテーブル。

 雑多に置かれていてほとんどが冒険者であろう者たちで埋まっている。


 さらにその奥に目をやり、目的の場所を見つけるとずかずかと乱暴に歩いていくレオン。


「よぉ、冒険者登録がしたい」


 冒険者ギルドの受付嬢はレオンを見ても特に顔色は変えずに、にこりと微笑み説明を始めた。


「はい、承りました。冒険者登録ですね。それではこの用紙に手をかざしてみてください」


 羊皮紙の様な少し古ぼけた布のような紙を一枚カウンターの上に出される。


 (綺麗な手だな。胸はでかい、顔はそこそこか……茶髪の巻き毛、30代の姉ちゃんだな)


 薄緑色のエプロンの様な服を身に着けた受付嬢を値踏みしながら言われた通りに羊皮紙の上に手をかざすレオン。


ぼぉっと炎が灯るような音がして羊皮紙に何か文字が書き込まれているのが見える。


「それでは手をどかして内容をご自分で確認してみてください。それでもし見せたくない情報が乗っていればそのまま持ち帰ることもできますがその場合には冒険者登録はできません。ご確認いただけたらまたお声をかけてくださいね」


「ああ……」


 この紙に何の意味があるんだ?とか、情報ってなんだ?とか、疑問は尽きないがとりあえず言われた通りにやってみるレオン。



・名前「レオンハルト」

・職業「勇者」

・備考無し


「あー…?なんとなく少なくねぇか?」


レオンは説明を求めるためにも受付嬢を呼びつけて羊皮紙を見せる。


「おい、これで何がどうなんだ?」


「え、えぇ!?あなた……貴方様が勇者だったんですか!?」


 プライバシー保護のため、カウンター付近の声は漏れないような魔法がかかっている。そのため受付嬢の驚きの声はレオン以外には届いていない。


「あ?しってんの?」


「勿論です!、数十年か数百年かに現れて必ず魔王を倒し世界に平和と繁栄をもたらす存在だと……英雄譚として語り継がれているお話もあるんですよ?」


「それもそうか……そういや、あのクソ女神も何人か呼んで平和にしたとかなんとか言ってたっけな」


「く、くそ……?」


 女神をクソ呼ばわりする勇者という光景に理解が追いつかず、どういうことかと頭を混乱させている受付嬢に早く説明をしろと促すレオン。


「あ、はい。それならうってつけの人物が居るのでご紹介いたしますね?」


「あん?ああ、早くな」


「はい!」


  世界を救う勇者に会えたという事で舞い上がり口の悪さには無意識的に目を瞑っている受付嬢は身をひるがえして小走りにカウンターの奥へと消えていった。


 戻るまでの間にどんな依頼があるのか見ておこうと、大きく依頼板と書かれているカウンター横の壁にかけてあるボードの前まで行き、ざっと眺める。


「薬草系はあんまりねーな……。モンスターの名前なんか見てもよくわからねーし、難易度は自分で判断するっぽいな。完全に初見の名前ばっかりだ」


 元の世界とは多少似ているだけで全く違うんだなと、腕組み頭を唸る。


「よぉ、新人か?、冒険者ランクはいくつだよ?」


「あーん…?」


 そんなレオンに声がかかると同時に肩に手が置かれる。

 その手を振り払いながら振り返るとレオンは相手を睨み付ける。

 男に触られる趣味は無い。

 自分との違いはよくわからない、雰囲気から新人と察したのだろうか?、武器は腰に二本差した剣とポーチの中に何が入っているか、と言ったところ。


 レオンは人と相対した時まず全身を見る。雌と雄に共通してチェックする項目が相手の得意とする戦い方の推察とパッと見で何の武器をもっているか、だ。

 ただ会話するだけだろうと実力の上下はとても大事だ。

 いざ何かあった時にどちらが主導権を握るかで生死が傾くことがある。


 相手の得意武器や戦闘スタイルの見当をつけておいていつでも倒せるように観察しておくのだ。

 ちなみに共通しない項目は雌のいい女かどうかの観察である。


「新人だが?まだランクはねーよ。今日登録しに来たからなぁ」


 わざと顔を上に向けて見下す様に相手を睨むレオン。

 何も無条件にそんなことをしているわけではない、明らかに不穏な空気を相手が醸し出しているからだ。

 それにその相手の後ろのテーブルに座っている三人がクスクスと笑っている。

 男2人に女1人。

 座っている二人の男はまだ青年と言えるような顔だちで、特徴のない冒険者にありがちな緑のマントを羽織った服装だ。

 どっちも茶色の短髪。


 女の方は多少身長が高く胸が大きい。若々しい顔と肉体だが成熟したような大人の風格も持ち合わせていて、人を見下したような生意気な眼で頬杖を突いている。

 さっきのパーティの女と同じように鍔広の真っ赤なとんがり帽子を被っていて真っ赤なマントを羽織り、白いワイシャツの様な服を着て、足には太ももまでの黒のストッキングをはいて、それを見せつける短い白のスカートを履いている。

傍らには茶色い木の杖がおいてあり、いわゆる魔女っ娘だ。

 その女だけはまたか、と肩を竦めて呆れたようにこちらを見ている。


「なるほどなぁ。駆け出しの冒険者ですら無いってことか。よし、解った。俺らのパーティに入れてやる。だからお前も協力しろ、な?今度受けるのは草原に出現したゴブリンの討伐でな、数が多いから囮が必要なんだよ。頼むぜ――っぶ、うぉあっぐ……なに、しやがんだ…!?」


 相手の言葉を聞いたレオンは重心を落とし、鎧で覆われていない脇腹の部分めがけて横から拳をぶち込んだ。

 いきなりの不意打ちにのたうち回る男、さらに後ろで笑っていた男2人が睨む様にすぐさま倒れた男とレオンの間に立ちはだかり、女は倒れた男に寄り添っている。


「俺に生意気な口を聞くな。初対面のくせに上からモノいってんじゃねーぞてめぇ!!」


 凄みを効かせ踏み込みながら怒声を上げる。

 あまりの大声に二人の青年は睨んだ顔から一転、身が竦んだように強張っている。


「い、いきなり何するんだ!憲兵を呼ぶぞ…!?」


「なぁ坊やたち。憲兵が来るのと、俺がてめぇらぶちのめすの。どっちがはぇーの?」


 勇気ある、立ちはだかった青年たち二人の肩に手を置いてにやにやと下卑た笑いを浮かべながら顔を寄せて交互に見やる。

 片方の青年が恐怖のあまり剣の柄に手をかけようとする。


「おっと、なにしてんの?」


 敏感に察知したレオンがその手を掴み、捻りあげ床に組み敷く。


「ぐ、ぐるじ……ぅ…」


 体重を乗せて身体を床に押し付け、ふんっふんっ、と押し潰さんとするように何度も体重をかけ直す。


「やめて!私の仲間に何するのよ!?」


 男に寄り添っていた生意気な眼をした女魔法使いが杖を構えて近寄ってくる。


「ぐ、グレイスさん!!」


 無事な片方の青年が嬉しそうな声を上げてグレイスと呼ばれた魔法使いの後ろに隠れに行った。

 それを見てレオンの下で潰されている青年は恨めしそうな視線を向けている。

 自分だけ助かりやがって、と。


「てめーの仲間が俺に失礼な事を言ってきたからよ、調教してやったんだよ、なぁ?坊主。あのおっさん、俺に囮になれとか言ってきたんだけど、どう思う?」


「そ、それは……」


 返答させるために押し付けを止めて顔を上げさせるレオン。


「……ふん。それでも別に殴ることはないじゃない!あんたも同じ目に遭ってみる?!あたしの魔法で同じくらいの衝撃を――」


 ボゴォ。と身体からしてはいけない音がする。


「い、ぎ、ぃいいっ、あぁあああっ、がっ……な、んでぇ…っ」


 生意気だ、とレオンに感じさせたグレイスはそのお腹を不意に足でけり飛ばされ、テーブルにガシャァンとぶつかりながら背後へ吹き飛んでいった。


「ぼ、ぼ、冒険者ランク3のグレイスさんが……!?」


 レオンの下になっていた青年が、そんなまさかといった様子で呟いている。

 ランク3でも駆け出しの青年からしたらかなり強い部類なのだろう。

 もう一人のグレイスの後ろに隠れた青年はグレイスと共に吹き飛んで行った。

 流石にこの騒ぎにギルド内の冒険者たちも騒ぎ出す。


「ちょっと、なにあれ?」

「喧嘩?」

「誰か止めなよー」

「めんどくせぇなぁ」


 そこへギルドのスタッフが飛び込んでくる。


「冒険者さん!うちで問題起こすのは困りますよ!!」


 レオンと吹き飛んだグレイスを交互に見てレオンの方へ苦情を言うスタッフ。


「ふっかけてきたのはあのグレイスとかいう女だぞ。もうどっか行くから気にすんなよ。邪魔したな」


 押さえつけていた青年を解放し、すり抜け様に床に座ったままの脇腹を抑えている男の反対側の脇を蹴とばして悶絶させグレイスの元まで辿りつく。


「ふぐ、ぅう……ぐはっ…」


 一本ぐらいは男の肋骨が折れたかもしれない。

 特に気にせず、レオンはぐったりしたままのグレイスへ近づいていくが起きる気配がない。

 意識はあるようなのだが呻いたままお腹を押さえて丸まっている。


「お客さん!!」

 あまりの行いにスタッフが二度目の注意を行い、レオンの前に立つが…。


「うるせぇな!!!あぁ!?でてくっつったろーがぁ!!もう少し黙ってろッ!!」

 レオンより小さい青年の様な店員は胸倉をつかまれ宙に浮かされる。

 怒鳴りつけられると同時に床に放り投げられガチガチと震えて歯を鳴らしながら床に尻もちをついている。その瞬間、公正中立ギルドのスタッフなら手を出されない、という過信は崩れ去った。

 (なんで俺の担当の日にこんな奴が居るんだよぉーーっ!)

 早く過ぎ去ってくれと、まるで嵐が来た時の様に心中祈り始める青年スタッフ。


「ひ、ひでぇ……」

「だれだ、あいつ?」

「駆け出しじゃねーのか?」


 周囲の注目は冒険者ランク3のグレイスをこんな酷い状態にしたレオンへ集まっている。


「なに見てんだゴラァ!!!」


 周りへ一喝。

 ランク3以下の者は眼をそむけるか床へとし視線を移し、同じ駆け出しの冒険者は人ごみの中へと逃げてゆく。

 ランク4以上はまた何か喧嘩か、とわれ関せずの態度だ。


 全員が何も言ってこないのを確認するとレオンは眼にかかるでもない金髪をかき上げながらグレイスへと視線を戻す。


「さ、行くぜぇ……」


 片手に持っていた鑑定羊皮紙をポケットへねじ込んでグレイスの服の襟を掴み上げ、肩に乗せると担ぎ上げて、ギルドを出て行った。

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