殺してやりたい…。

「………なん、だ、これ」

「気に入ってもらえたかな? それがぐぁっ!?」

「なんだこの奇天烈きてれつな格好は阿呆あほうか阿呆なんだな何がかなしくってくたびれて帰ってきてこんなもんを着せられにゃならん」

「くっ、くびっ、くびっ、しまっ」

「ぁあ? このまま絞め殺すぞ戻せ」


 がくがくと、ただし咽喉のどを握りつぶさんばかりにつかまれた子猫もどきは、全身を痙攣けいれんさせるようにうなずいたものの。


「井土さん、おでんを煮たのでさっきのお礼…」


 軽やかなノック音から間をおかず、鍵をかけずにいた戸が開かれ、笑顔の隣人が顔をのぞかせ。その笑顔のまま停止したかと思うと、ややあって、ぱたん、と戸は閉じられた。

 子猫もどきから手を離し、直は、畳に突っ伏した。


「ちょっ、何するんだよっ、死ぬところだったじゃないか!」

「殺してやりたい…」


 うめきながら、直の頭は高速で空転していた。

 気のせいだったと、幻だったと思ってはくれないだろうか。というか直自身幻だと、夢だと思ってしまいたい。

 このまま目を閉じて眠って目覚めたら、子猫もどきもこの衣装も消えていて、隣人も何も目撃していないということにはなっていないだろうか。

 何一つ解決してくれないことをひたすらに考えつつ、実際にはただうめき声をもらしていると、ばたん、と、今度は激しく戸が開けられた。

 のろり、と顔を上げ、直は再び絶句した。


「こんなところに潜んでいたとはね! 誰に助けを求めようと無駄よ、――、キサマらに救いなどない!」


 ハイグレのようなきわどい格好に、仮面舞踏会に出るような、目元だけを隠したマスク。しかし、そこに仁王立ちしていたのは、まぎれもなく隣人だった。

 清楚な、明るくかわいらしいあの女性はどこにいった。

 自分自身、違和感しか生まない妙な格好をしていることを忘れ、ぽかんと、直は思考を停止させた。

 隣人の指先はぴしりと子猫もどきをしていたが、名前か何かを呼んだらしい隣人の言葉は、そこだけ聞き取れなかった。


「なっ、――の手先めっ、こんなところにまで?! タダシっ、立つんだ、こいつは敵だ!」

「そいつの味方をするなら貴様も容赦はしないぞ!」


 ――何の学芸会だ。

 現実離れした光景に、直は、出かかった言葉を飲み込んだ。


「あー…佐々木さん?」

「わっ、私はそんな名前ではありません!」

「言葉遣い戻ってるし。隣の部屋の、佐々木さんですよね? これとお知り合いで?」

「ち、違うって言ってるじゃないですか井土さん! …あ!」

「うん、とりあえず、中入って戸閉めてもらえますか。で。お前は、これ戻せ」

「違います、違うんです、これはそのっ」

「何を言ってるんだタダシっ! 敵の前で防御をくなんて!」

「い、い、か、ら。言う通りにしてもらえますか?」


 にっこりと、直はそれぞれを笑顔で睨みつけた。

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