地球を救いたくはないかい?

「これがどうかしたか? ああ、ナオちゃん? への贈り物だったのか?」

「君は、ここに一人暮らし?」

「ん? ああ」


 それがどうかしたか、と続ける前に、たたみ掛けるように言葉が続けられる。


「家族は? 何歳? 働いてるの? どこで?」

「家族はいない…って、なんで俺が答えなくちゃいけないんだ」

「いないってどういうこと? 離れて暮らしてるってだけ?」

「いや、だから…」


 はあ、と、今度ばかりは素直にため息を吐き出した。

 本当に、子どもと同じだ。自分のことが最優先で、しかもそのことに気づいていない。面倒で、少し――うらやましい。

 ただしは、靴を脱いで、手にしたままだったバイト先の残り物を、とりあえずちゃぶ台に載せた。

 そうして、直立したままの子猫もどきの前に胡坐あぐらをかく。


「どこかで生きてるんだか死んでるんだか、知らねーよ。俺が生まれた以上親はいるんだろうが、お目にかかったことがない」

「ふうん、天涯孤独か…それはいいかもしれない」

「は?」

「君、地球を救いたくはないかい?」


 直は、目を閉じた。

 目が疲れたときにそうするように、目頭めがしらを指でむ。


 そういえば箱から飛び出したときにも似たようなことを言っていた気がする、と、勝手に思い出したことを、しぶしぶ事実と認める。

 目を開けると、残念ながら子猫もどきはまだ目の前にいた。夢のように消え去ってくれてはいない。


「地球」

「そう、今この星は大変な危機にさらされているんだ。君の能力を解放して、是非救って欲しい。君にしかできないんだ!」

「さっき、ナオちゃんとやらにそんなことを言ってなかったか。誰でもいいなら他を当たれ。ごっこ遊びにまで付き合うつもりはないぞ」

「信じられないのもわかるよ、ほら、これならどうだい?」


 子猫もどきが身軽に跳び上がり、くるんと一回転して、直の右手の腕輪に両前足をそろえて触れた。

 途端に、腕輪の宝石のようなものが、それぞれの色に光を放つ。

 ぱああ、とでも効果音をつけたくなるようなそれに、直は目を見張り、あまりの強さに慌てて目を閉じた。


「さあ、目を開けてごらん」


 言われるまでもなく、目蓋まぶたに明るさを感じなくなったところで、直は目を開けた。

 目の前には、すっくと立つ子猫もどき。


「何が――」


 ふわふわとした、ピンク色のフリルの布の端。

 この部屋で一度としてお目にかかったことのないものを視界のはしとらえ、首をめぐらせた直は、言葉を失った。

 絶句――なるほどこういうときに使うのか、とは後で思った。


 カーテンを開けたままで部屋の灯を反射して鏡のようになった窓に、フリルで飾られボリュームたっぷりのドレスだかワンピースだかを着た、成人男性が映っている。

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