――誰?

 突然内側から突き破られた段ボール箱、飛び出たこぶし大のゴムボールのような物体、いきなり右手首にめられた金属のような輪っか。

 破られた段ボール箱はゴムボールのような物体が飛び出した反動で閉めたばかりの扉のあたりに滑って当たり、飛び出た物体の方は、畳の上になんと直立した。

 二足歩行ができる子猫のように見える、が、まさかそんなはずはないだろう。


 ていうか最後の、バイト先の疲れたパートのおばちゃんの声の調子に似すぎてたんだけど独り言のつもりか。ぽろっとこぼれた本音か。


 何がなにやらわからず、直は、もしかすると一番どうでもいいかもしれないところに突っ込みを入れた。頭の中だけで。


「――誰?」

「俺が聞きたい。ってか何だ」


 勝手に送られてきた上に勝手に飛び出て勝手に名乗った子猫もどきに、不審者を見つけたような反応をされたら、どうすればいいのか。

 おそらく、どこにもマニュアルはない。


「何とは失礼な! この小さく愛らしくか弱い身で世界を守るために奮闘しているこのボクに対して、何、だなんて!」

「おもちゃか?」

「どこまで失礼なんだ! 大体、お前は誰なんだ、ナオちゃんの父親には見えないけど兄なんていなかったはずだぞ!」

「…ナオ、って」

「イノウエナオちゃんのところに着いているはずなのに、さてはお前、途中で――」


 井土直。


 二つ折りの携帯電話を開き、打ち込んだ名前を見せると、子猫もどきはぽかんと見つめ、おそるおそる、といったように直に視線を移した。


「――同姓同名…?」

「もっと悪い、字面じづらが似てるだけだ。ここは、イノウエナオの家じゃなくて、イヅチタダシ、俺の家だ」

「なっ………!」

「何をどうやって調べたのか知らんが、住所ごと間違えたな。わかったら出て行け」


 猫そのものの顔のくせに、やたらと表情ゆたかに、子猫もどきはぽかんとただしを見上げた。こうしていると、ただのぬいぐるみのように見える。

 しかし、日本語堪能な生き物だ。


「…ウソだ」


 とりあえず部屋に上がって荷物を下ろすべきか、荷物だけその辺に置いて子猫もどきをつまみ出すべきか、悩んでいる間に、声はさらに重ねられた。


「ウソだ、ウソだウソだウソだっ! お前が邪魔をしたんだ! お前――の手先だなっ!?」


 何の手先扱いしたのかは、聞き取れなかった。

 しかし、本気でそう思い込んでいるというよりは、子どもの癇癪かんしゃくのようなものだということはわかった。


 施設で暮らしていたこともある直にとって、こういった反応は、珍しいものでもない。人間ではない、というところは初体験だが。

 ラジコンだとしたら物凄く高性能だよなあ、違うとしたら、生物学者が仰天しそうだよなあ、と、心の中でつぶやいてみる。ついでに、ため息も心の中だけにとどめた。


「さっぱり話が見えないんだが、どこで何をしたかったんだ?」

「…」

「話すくらいいいだろう。こうやって巻き込まれてるんだから」

「腕輪…」

「ん?」


 子猫もどきのつぶやき声に、直は右手首を見た。

 何か金属のようなものを嵌められた、とは思ったが、よくよく見れば、妙にかわいらしい、アクセサリーじみた腕輪だ。

 金属の感触だが、うっすらピンクがかった銀色に、プラスチックの宝石のようなものがちりばめられている。


 何故、こんなものを隙を突くように嵌められなければならないのかがわからない。

 腕輪の観察を終えて首を捻りつつ子猫もどきに視線を戻すと、じいっと直を見上げていた。

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